パソコンに目覚める?

4月20日の朝。

そろそろ出かけなければならないのですが、
マゴがパソコンに熱中して返してくれません。

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このキーボードは、
ただついているだけの
「なんちゃって」なのです。

よかったよかった。




 

イーハトーブマラソン

4月23日、
第5回イーハトーブマラソンが行われました。
参加者は何と3200人をゆうに超すという
大人気ぶりでした。

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市長の号砲でスタート

私も人生初マラソンを気持ちよく完走しました!

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20分を切ることが目標でしたが
16分台でゴールでき、7位でした! 

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といっても3km、50代の部ですけどね^^。

さゆりっちファミリーの皆さんや、
以前の職場の同僚など、
たくさんの人との出会いもあり
本当に楽しくランできました。

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補助員で活動した本校陸上部の皆さん、
私に温かい声援を送ってくれて
ありがとうございました。
大きな勇気をいただきました。

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スタート地点で本校の陸上部員と

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陸上部顧問の川村先生と


3時間半もの間、声援を送り続けた
本校応援団の幹部の2人、
注目の的でしたね。

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花巻市長も激励にきてくださいました。

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本校のPTA役員のIさんと

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花巻温泉のゆるキャラと一緒に

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最後の1人まで声援を送り続けてくれました。


引率してくださった沼井先生
ありがとうございました。

来年度は、60代の部で入賞するぞ~ \(^o^)/


 

「新入生エンカウンター」

高校は中学校と違って、様々な地域、
異なる学校から生徒が集まってきます。

だから初対面の人もたくさんいるかと思います。

学校が楽しい場所になるだろうか。
クラスで新しい友人ができるだろうか。

入学したてのこの時期は
そんな不安があるでしょう。

特に、同じ中学校から来た生徒が
少ない学校の場合は、
その人の悩みは大きいと思います。


中学校が一緒だった人は
その人間関係を継続したいと
思っているかもしれませんね。

部活動での人間関係を大切にしようと
思っている人もいるでしょう。

でも、楽しい高校生活を送るためには、
まずは、その基盤であるホームルームが
安心な場所にならなければなりません。

「対面同席五百生」
という釈迦の言葉があります。

あなたの隣に座っている人、
偶然何かの出会いがあって同席した人たち、
つまり『対面同席』している人は、
最低でも500回、人生を一緒に
過ごしているという意味です。

隣の席になった人、同じクラスのメンバーの人、
このような縁のある人は、釈迦の言葉で言うと、
これまで前世で何百回と
一緒に過ごしてきた仲間、
いわばファミリーなんですね。

私は、人間関係を特定の誰かだけに求め、
そこに垣根をつくって安住している人を
「我慢強い人」と言っています。

ここでいう「我慢」とは、
一般的に知られている
「自分の欲望を押さえて耐える」
という意味ではありません。

本来仏教でいう「我慢」の定義は、
自分を偉いと思い込み、
他者を軽んじることなのだそうです。

なので、私が思う「我慢強い人」とは、
自分や自分が所属する特定のグループに執着し、
その結果、自分たちを高く見て、
他者を軽視する心が生まれている人のことです。

さて、花巻北高校では、この時期、
新たな出会いのサポートと、
クラス内の融和をはかるために、
新入生エンカウンターを行っています。

今年度は、4月12日に行われました。

特に、専門家を招いて特別なことを
仕掛けるというものではありません。

クラスごとに、
担任がファシリテーターになって
ちょっとしたゲームを楽しむだけのものです。

だいたいこんな内容です

① ペアになってジャンケン大会
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メンバーを変えたり、緩急をつけたり
クラスごとにいろんな工夫がされていました。


➁ 4人グループで50までカウントするゲーム
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7の倍数と7がつく数字の時は
言葉を発しないというルールです。


③ ペアで質問しあう活動
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こんな質問紙を共有します。

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メンバーを変えながらどんどん行います。


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あるクラスに行ったら、いきなり
自己紹介をすることになりました。


私は全クラスの活動を見学しましたが、
どのクラスでも、生徒の皆さんの
ほっこりとした笑顔、
そして、他者への思いやりの視線を感じました。

「半径3m以内に大切なものはぜんぶある」
これは宮崎駿さんの言葉です。

目の前の人を大切にし、
すべてのクラスメイトを同じように見られるようになると、
きっとあなた自身とあなたの周囲が変わってきます。

そして、かけがえのない友人や、
素敵な物語に出会うことが
できるのではないかと思います。



 

「ブレイクスルーの『窓』」

京都大学の総長で、
ゴリラの生態研究の第一人者としても知られる
山極壽一氏の入学式の式辞がとても素晴らしく、
心が打たれました。

式辞はここから→★★

式辞の中で、山極総長は、
大学は世界や社会に通じる「窓」としての
役割を果たさねばならないとし、
WINDOW構想を立ち上げています。

それは次の様なものです。

Wild and Wise
International and Innovative
Natural and Noble
Diverse and Dynamic
Original and Optimistic
Women and Wish

まさに未来を拓くためのキーワードですね。

私は特に「Wild and Wise」が気に入りました。

このようなものを見ると、
私は無性に自分のものをつくってみたくなります。

ま、へたっぴいでも
Original and Optimisticの精神でね^^

というわけで、高校教育において
カリキュラム・マネジメントを進めるための
「ブレイクスルーの窓」を考えてみました。

What から Why

「何をするのか」から始めると、
往々にして前例踏襲が基本となり、
やらされ感、多忙感が増し、
新しい価値を生み出すことができません。

Whatからではなく、whyからスタートする。
つまり「なぜを掘り下げる」ことから
行事やカリキュラムを見つめ直していくことが
PDCAをまわす基本ではないかと思います。

因みに、米国ランド研究所のスタッフの
サイモンシネックは、TEDカンファレンスの中で、
「Why」から「What」に向かうアプローチを
「ゴールデンサークル」と名づけています。

以前私のブログでそのことを書きました。

ブログ記事はこちら→★★

Input から Intake

知識とは自分の中にインプットされた
情報や事実の断片の集合が、
相互につながり、編み直され
「自分事」として腹落ちする過程であると思います。

マネジメントとは、管理職が上から
特別な手法を注入することではなく、
まず、組織のもつ強みや課題を全体で共有し、
それを各々が「自分事」として
問い直していくことが必要ではないかと思います。

Negotiation から Narrative

ネゴシエーションとは合意や調整を得るための
交渉力や説得力のことで、
AI(人工知能)に負けない社会的知性の
一つのファクタとしてクローズアップされています。

もちろんそれを大切にしながらも、
更にこれからは「対話と傾聴」によって
他者をエンパワーする
「ナラティブアプローチ」が必要ではないかと考えています。

Discipline から Diversity

Disciplineとは、組織に対して
従順で有用な個人を育てることを目標とした
規律や訓練のこと。

学校や軍隊や監獄の共通する
メカニズムであるとも言われています
(ミッシェルフーコー)。

そして未だに多くの教師のマインドセットの中に
それは根強く存在しているように思います。

教育におけるダイバーシティ、
つまり多様な個性を受け入れ、
多様な価値観の中で考えることは、
問答無用の規律や価値観の強制といった
Discipline型教育の批判でもあると思います。

ところで、脱線ですが、ダイバーシティの説明には、
ソロモンの立体が良いのではないかと気づいて、
その絵を描こうと思ったら、
身近にありましたよ。

速攻で写真を撮ってみました。

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正面から見ると台形

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側面から見ると三角形

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上から覗くと円

視点が変わると、多様な見方ができます。
そんな多様な視点を受け入れることによって、
実態に近づくことができます。

Organization から Open Innovation

学校改革は、組織の内側だけで
解決しようという閉鎖性と、
教育行政からの上意下達性という
二つの側面があるように思います。

これからの学校は、組織内外の垣根を取り払い、
他校種、他職種との共同、連携によって
新しい解決の道を模索していく必要があると思います。

Win から Worth

「勝ち」から「価値」。
「競争」から「共創」の精神ですね。

組織の目標として、国公立大に何人入れるといった
実績や成果を単に羅列する前に、
生き抜く力を育む「人づくり」という価値に立ち返って
ゴールを設定することが、
カリキュラムマネジメントのポリシーではないかと思います


以上、英語が不得意なので、
突っ込みどころ満載ではありますが、
叩き台として取りあえず作ってみました。

皆さんの、「ブレイクスルーのWINDOW」
は何でしょう。
つくってみてはいかがでしょうか。





 

「P・振スペシャルワークショップ」

ええと。本題に行く前に、
ちょっと話は長いです。


もう30年近く前、私が20代の頃の話です。
仕事で大阪に出張に行ったことがありました。

泊ったホテルの部屋から、
路上の公衆電話(死語)の
電話ボックス(死語)が見えました。

驚いたのは、そのボックスの全面に、
ピンサロ(死語)のエロい写真と
電話番号が書かれたシールが、
びっしりと貼られていたことです。

ひええ、

大阪ってコワイ街だなあと思いました。

ところが翌朝、そのボックスを見ると、
昨夜まであったおびただしい数のシールが
きれいに剥がされていました。

ホテルを出て歩いていると、
他の電話ボックスの中に、
一生懸命シールを剥がしている
人の姿を目にしました。

なるほど。

公序良俗のために
働いている人なんだなあと感心しました。

仕事を終えて、夜ホテルに戻ると、
何とあの電話ボックスが
またおびただしい数のシールで
覆われていました。

見ると、その電話ボックスの中に、
今度は一生懸命シールを
貼っている人がいたのです。

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その時私はハッとしました。

その人が、朝シールを剥がしていた人と
同一人物に見えたからです
(違ったかもしれません)。

もし、同一人物なら・・すごいマッチポンプ。

物理的にいうと仕事量ゼロなのに、
お金が2倍動いているという。

驚くと同時に、
いろんなことを考えさせられました。

僕らの仕事って、
もしかしたらそんなものではないか。

自分たちの仕事のために仕事をつくっては、
それを処理することを繰り返すという。

何か身につまされる思いもしたものでした。


さてさて、話は変わります。

学校とは、子どもたちが
生き生きと楽しく学んでいく場であります。
特に昨今は、アクティブラーニングの
進展とともにそのことが謳われています。

しかし、現場では、主体性をどう育てるか、
などといったことをあまり真剣に
議論するような空気があるようには思えませんね。

それより、学力を向上させる「手法」や、
進路実績をあげるためのシステムの構築に
議論が前のめりに展開されているように思います。

つまり、競争に勝ち抜き、
目に見える「結果」を手にするために、
校務分掌業務や教科指導に心血を注ぐのが
教師の労働であって、
主体性だの、生き生きとした学びだのといった、
「きれいごと」を議論するのは
センチメンタルな人間愛を標榜する
お気楽な反競争論者などという
ムードが存在しているように感じるのです。

学校が、より強く、太いプログラムを用意し、
それに生徒を載せていくことは、
見える「成果」をあげることにつながると
教師も、そして親も生徒も
きっと信じているのでしょう。

でもそこには、一斉指導による効率性といった、
主体化と方向を異にするものが
潜んでいることに私たちは
注意する必要があります。

より強いプログラムが与えられたとき、
それに耐えうるパワーのある生徒は、
恐らくそのプログラムが何であろうと、
それを乗り越え、
かつ、主体的に学ぶ術も自ら手にし、
勝ち抜いていくことでしょう。

また、そのような与えられるシステムに
身を委ねることで
学校生活をくぐり抜けてきた子どもたちは、
上手に「思考停止」しながら
順応していくかもしれません。

でも、価値の強制や、
物量とスピードに戸惑いや
疑問を持つ子どもたちも存在するのです。

そのような子どもたちは、
そこで立ち止まることが許されない状況の中では、
不適応者としてドロップアウトしてしまいます。

学校がそういった、
むしろ主体化を疎外する場として
クローズアップされる中で、
子どもたちの主体性を伸ばし、
生きる力を生み出していこうとする場が、
学校の「外部」に多く生まれています。

それは、フリースクールのような施設であったり、
あるいは、草の根的に展開されている
様々なイベントであったり。

私は、そのような活動を一定に評価しつつも、
ある種の疑問も抱いていました。

それは、そのような学校の外側にある
「主体化」を行う場やムーヴメントが、
公教育に対するアンチテーゼとして、
あるいは、内向きな学校文化に対する
カウンターカルチャーとして
存在しているということに対する違和感です。

つまり、そういった学校文化があるからこそ、
そういう場が存在するという、
ある種の「共存関係」が垣間見えるからなのです。

実は、私が冒頭に書いた、電話ボックスの話は、
このことを考えていた時に思い出したものなんですね。

私が大野高校に勤めていたとき、
子どもたちに共同生活を体験させながら、
主体的に生きる力を育てるイベントを行っている
ある方と話をすることがありました。

彼は、学校が理不尽な場であることによって
自分たちの活動が担保される、
というような話をされました。

私は、子どもたちを
そういう二元論の中に追いやるならば、
彼らは、学校と、非学校の中で
自分を使い分けて生きることを
否応なく迫られてしまうのではないか
という疑問を抱くと同時に、
自分がやることが見えてきた気がしました。

それは、そういった学校の外部にいる
ファシリテーターの存在を、
学校の内部に取り込んで
学校を変えていくことです。

つまり、対立から親和に向かう意識の転換です。

そんなとき、出会ったのが、
八戸に在住のサマンサこと
才神敦子さんという方です。

出会った時の衝撃をブログに書いています。

こちらです→

私は、その後サマンサさんと、
その娘さんのロナさんと繋がって、
学校教育の中から学校の持つ
「負の潜在的カリキュラム」
(negative hidden curriculum)
を変えていく取組みを
ささやかに実行してきました。

そして花巻北高校でも、昨年11月に行った
「ハイブリットワークショップ」で
サマンサさんとロナさんに
お手伝いをしていただきました。

いやあ、とっても前置きが長くなりました。

実はここからが本題です。

4月22日(土)にPTA総会があります。

本校のPTA総会では午後の部として
講演会を行っております。

昨年は私が話しをさせていただきましたが、
今回は「P・振スペシャルトークセッション」と題し、
趣向を変えて実施します。

その中で、サマンサさんを
お迎えすることにいたしました。

最初に、サマンサさんから

「No Limit! ムリという口癖で限界をつくらない」

というテーマで、スピーチをしていただきます。
イメージはTED Conferenceです。

その後、生徒、保護者、職員の
3人のゲストコメンテーターとともに、
「理想の殿堂をつくるために踏み出す第一歩」
というテーマでワークショップを行います。

参加された皆さんにも、彼らの活動を見ながら、
同様の活動をしていただこうと考えています。

この講演会とワークショップは、
どうすれば成績が上がるかとか、
大学進学のためのノウハウを
示すものではありません。

そういったことを期待して臨んだ方は
失望するかもしれませんね。

でも、私は、生徒、教師、保護者が同じテーブルで、
理想の学校教育とは何かを語り合うことが、
今こそすべての学校で必要なことではないか
という思いを持ち、
今回のセッションをプロデュースしました。

保護者の皆様、ぜひふるってご参加ください。

フライヤはこちらです→