ミニ色紙づくりにハマる!

一昨日行われた
PTA北上支会の総会の前日、
ミニ色紙を買ってきて、
木村先生よろしく
一言メッセージを書いていたら
止らなくなり、気がついたら
30枚も作ってしまいました^^

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講演後の帰り際に、
参加された保護者の皆さんに
声をかけたところ、
皆さん喜んで持って行ってくださいました。

本当はさらに一言添えるつもりでしたが、
時間がなく、
そこまで手が回りませんでした。

すみませんでした。

でもこのミニ色紙づくり、
ホント癖になりそうです。

いくつかを紹介します。

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キムTとのコラボ講演

一昨日は北上市のさくらホールで、
今年度最後の地区PTAが行われました。

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今年度から、地区の主体的活動の促進と、
職員の多忙化解消という視点から、
地区PTAでの担任団の面談を廃し、
地区の独自活動として
展開していただくようお願いしていました。

すると、殆どが校長の講演
という形になってしまいました。

痛しかゆしですが、
職員の多忙化の解消に
少しでも役立つのならば
良いかなと思っています。

その北上地区PTAでは、
昨年まで北上南中学校の
校長先生だったキムTこと
木村利光先生との
コラボ講演を企画していただきました。

私は、彼と実際に
お話を交わすのは初めてですが、
これまで、FB上で、
彼の発するメッセージを読み、
そのほとばしるエネルギーと、
子ども達への深い愛情、
そしてその思いをカタチにし、
感動や気づきを与える
ウィットに富んだ言葉と、
ユニークな「書」の凄さに
深い感動を覚えておりました。

そして、いつか生で
お話を伺いたいと思っていました。

それが今回、北上地区PTA会長の
照井さんのプロデュースによって実現しました。

特に事前の打ち合わせがなかったので、
取りあえず私は、
言葉のアーティストであるキムTと
シンクロできればと思い、

「言葉はアートだ
~思いを具現化する魂の言葉たち~」

というテーマで私はお話をさせていただき、
キムTにバトンを渡しました。

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そのスライドの一部を紹介します。

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キムTのお話は、気づきと学びの宝庫で、
メモとりまくりでした。

いつかブログにまとめられればと思います。

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西わらびピクルスの香気の秘密

昨日、ラフランス温泉に行ったら、
西和賀町の西わらびピクルスを
売っていたので喜んで買ってきました。

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県内一の豪雪地帯である西和賀町は
「ユキノチカラ」というプロジェクトによって、
地域の食材を活かした
ユニークな商品開発や
各種サービスを仕掛けています。

豪雪や過疎といった、
地域の持ついわば「負の資源」を、
逆に強みと捉えて
街づくりをデザインしていく。

素晴らしいですね。

人もそうでありたい。

どこかにある平均や標準という
モノサシを引っ張り出して
自分を他者と比較し、
境遇や容姿や能力を卑下するのではなく、
それをありのまま受け入れて、
逆に強みにさえ変えていくこと。

西わらびの美味しさの秘密は、
豪雪の中にあるからこそなのかもしれません。

厳しい冬の中にあっても、地面の中で
じっと春を思い続けるわらびたち。

そんな健気さと強靭さが、
西わらびピクルスの鮮烈な味になって
現れているのだろうな。

 

「終業式の挨拶」

一昨日の終業式で話したことを
以下にまとめておきたいと思います。




12月も半ばを過ぎました。
2017年も終わろうとしています。

先日、今年を表す漢字が、
漢字能力検定協会から発表されました。

今年は「北」という字でした。

皆さんにとって今年の漢字は何でしょうか。

私は、センター試験100日前集会で、
代表生徒が紹介したそれぞれの漢字が
とても印象に残っています。

今思いつくのは、
昨年の3年生が選んだ
「向」という漢字です。

これを選んだ生徒は、
「向」に3つの意味づけをしていました。

一つは、向上心を持って
成績を向上させるということ、

二つ目は「向き合う」ということです。
それは、机に向き合って
一生懸命勉強することだけではなく、
自分と向き合い、
自分を見つめる機会を持つ
という意味もこめていました。

そして、三つ目は、
「向かいにいる人への感謝」
という話しでした。

また、今年の3年生で、
「優」という字を選んだ生徒がおりました。

これは、一生懸命勉強して
優秀な成績をあげたい
という思いとともに、
もう一つ別の意味について
語ってくれました。

それは、優には優しいという意味があり、
更に、その中に「憂う」という字が
隠れているという話しでした。

彼女はこう言いました。

「自分はこれまで挫折を経験し、
悔しい思いもしてきた。
そんな時、顧問や担任の先生などの
優しさに救われた。
『憂い』を『優しさ』によってささえてくれる
周りの人への感謝の気持ちを
表したくこの字を選んだ」

2人の生徒に共通することは、
もちろん2人とも、一生懸命頑張って
成績を向上させ優れた成果をあげたい
という思いを持っているけれど、
そのためにも、他者との関わりの中で、
感謝や、優しさの気持ちを持つことの
大切さを示してくれていることです。

話は変わりますが、
先日修学旅行でお世話になった
京都の松井本館という旅館から
とても素晴らしい
西陣織の壁掛けが送られてきました。

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びっくりして添えられていた手紙を読んだら、
実は、この旅館のある部屋に宿泊していた
2年D組の女子の生徒達が、
旅館の方へのお礼のお手紙を
部屋に残して行ったというんですね。

旅館の方が、その行為に感動して、
お礼にということで送ってくださったのです。

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私はこのエピソードに2つの感動を覚えました。

一つは、本校の生徒の
心遣いの素晴らしさです。

部活動でこのようなことを
習慣的に行っていたということで、
自然な行動だったそうなのですが、
こうやって、思いをきちんと表現して
伝えることができることが素晴らしいです。

本当に嬉しく思いました。

そして、もう一つの感動は、
旅館の方々に対するものです。

本当にささやかな一通の手紙に対して、
このような美しいお手紙とともに、
素晴らしい品物を贈ってくださる応対に、
さすが一流の旅館とは
こういう旅館をいうのだな、と思ったのでした。

私は、この松井旅館の話と、
先ほどの「向」「優」の漢字を選んだ
生徒の話には
つながるところがあると感じています。

普通は、成績を上げるためには、
ひたすら問題を解き、
テストや、講習を受ける、
ということを考えるでしょう。

そして、「優しさ」とか「感謝」は
直接偏差値の向上には関係ないものだと
思う人もいるかもしれません。

そんなセンチメンタリズムよりも、
知識を頭に徹底的に
叩き込んでいくことを考えるべきだ、と。

しかし、私はそのような
視野狭窄的にしか成績の向上を
考えられない人は二流の受験生であり、
本当の意味で骨太の知識は
身についていかないと思います。

あの漢字を選んだ
2人の生徒が取り上げた
「優しさ」や「人への感謝」とは、
成績を向上するためのベースとして
捉えることができるのではないかと思います。

つまり、優しさや、
感謝の心の大切さを知る人間は、
相手を高めることで
自分の能力が磨かれることを
知っているのです。

そして、そのような情緒が育つことによって、
「気づき」の感度が高まり、
本質を掴む力に繋がると私は思います。

さらに、それは、自ら学ぶことへの
原動力にもなっていくはずです。

もっと言うと、
優しさや感謝の心を持つことは、
世の中の理不尽に立ち向かう
勇気を持つことにもなると思うのです。

松井本館についての話しに戻します。

旅館業は企業ですから、
利益を上げること、
事業を継続発展されることが
当然の目的であると思います。

であるなら、企業はひたすら利益の最大化、
リスクの最小化を目指しながら、
システムやマニュアルを
最適なものに追求していくことになるでしょう。

でもそれだけでいいのでしょうか。

もしかすると、それが加速され、
「結果を出す」という大義名分が
まかり通っていく中で、
思考が止り、
根底を見失ってしまうことも
あるのではないかと私は思うのです。

なぜなら、過度なマニュアル化は
「それさえやっていればよい」
「自分の役割以外はやらない」
「自分の責任範囲を絞り込む」
という文化を生み出す
危険性があると思うからです。

松井本館が一流だと感じたのは、
営利的には「やらなくてもいいこと」なのに
「だからこそやる」という
思いのこもった姿勢を持っているからです。

企業は利益を追求するためには、
ノウハウやシステムの前に
「企業としての理念」を
堅持しているかどうかなんだということです。

つまり、そこで仕事をする人たちの、
気づきの感度が高いこと、
心を通じ合わせること、
そして気持ちを表現するために
行動を起こされるという、
ホスピタリティマインドが
前提にとしてあるということです。

これが、実は事業が発展していく
ベースなんだなあと思ったのです。

勉強で成績を上げて結果を残すことと、
企業が業績を上げること、

両者に通底することが何であるか、

「向」「優」の漢字を選んだ生徒の言葉と、
松井本館の方からのメッセージから
私は大きな学びを得ることができました。

ありがとうございました。




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松井本館への感謝の手紙を送るために
クラスで写真を撮りました。

 

「シャノン線図とハンスの馬」

12月2日に、
「第5回学びのイノベーションフォーラム」
というイベントが、
東京の政策研究大学院大学で行われました。

そこで行われた、
奈良女子大付属中学高等学校の
二田貴広先生の
「地域を超えた新聞作りで21世紀型学力」
という発表がとても素晴らしかった。

どれだけ素晴らしかったかというと、

そりゃもう、

絵にも描けない素晴らしさ、

っつうもんで。

いやいや。

実は、彼の説得力ある映像とともに
語られる言葉に、
メモをとるのも忘れて聞き惚れ、
感心、共感の渦に巻き込まれていたら、
あっという間に終わってしまい、
今、その内容をきちんと
言語化することができないのです。

悔しいっす。

もっかい聴かせでけろ。


そんな中ですが、昨日、
フォーラムのレジメを整理していたら、
メモらしきものが見つかりました。

そういえば、
二田先生の発表を聞きながら、
ちょっとした気づきがあって、
そのキーワードを備忘録として
走り書きしたことを思い出しました。

といっても、そこに書いてあるのは、
次の2つだけなんです。

それは、

「ハンスの馬」
「シャノン線図」


実は、私の気づきとは、
彼の発表内容とは
直接関係ないものです。

ですが、話を聴いているうちに、
自分の中で、あるインスピレーションが
生まれたというわけなんです。

気づきや学びとは、
教師の言葉を額面通りに受け取り、
それを内面化するだけではなく、
その言葉に触発されつつも、
それとは別の内容に辿りつく
ということもあるということですね。

昨日、その
「ハンスの馬」「シャノン線図」
というタームを書いた時に感じた、
おぼろげなイメージを
ホワイトボードにまとめてみました。

では、以下に、私が感じたことを
記してみたいと思います。

因みに「シャノン線図」のシャノンとは、
情報理論の創設者である、
アメリカの数学者C.E.シャノンのこと。

シャノン線図とは、
通信路における状態遷移を
フローによって可視化した図のことです。

「ハンスの馬」についても
簡単に説明しますね。

20世紀初頭、
ドイツに簡単な算数の計算ができる
「クレバーハンス」という馬がおりました。

そんなハンスの能力を検証する試みが
ある学者によって行われました。

学者たちが見守る中で、
ハンスに簡単な足し算をさせたのだそうです。

すると、例えば「1+2」という式を示すと、
ハンスは3回足踏みをし、
「2+3」を示すと、
ちゃんと5回足を踏みならしました。

学者は、ハンスの能力は
どうやら本物らしいと考えました。

しかし、その後、別の実験によって、
思わぬことがわかるのです。

それは、被験者が答を
わかっていない状態で
ハンスに問題を示すと、
ハンスは足を踏みならすことが
できなかったというのです。

例えば「2+3」を示したとき、
周囲の人々がその問題をわかっていれば、
彼らが固唾を飲んで、
「期待込めて」ハンスを見守るわけです。

するとハンスは、
その雰囲気を敏感に察知し、
足踏みをしていたということだったのでした。

つまりハンスは、
周囲にいる人の無意識的な動きを
読み取っていたわけですね。

そういう意味で賢かったわけです。

思い込みや、ある種の期待感を持った
周囲の眼差しが、被験者の行動を
コントロールしてしまうっていう話です。

何もわからないのに、
周りの期待に一生懸命応えようとする
ハンスが健気で愛おしいですね。

前置きが長くなってしまいました。


本題に入ります。

昨日のホワイトボードに描いた
シャノン線図です。

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これは、授業の形態をイメージしたものです。

Sは生徒、Tは教師、Rは外部リソース、
Cはコミュニティです。

ではまず、Pt.1からPt.7まで説明します。

【Pt.1】一方向・形式的

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教師がひたすら注入していく授業。
しばしば教師は生徒ではなく
黒板に語りかけたりします。

黒板とチョーク、教師の語り、
生徒は机に向かってノートをとる。
おしゃべりと居眠り。

テレビでこんなシーンが流れれば、
一目で「授業が行われている」
とのコンセンサスが生まれるでしょう。

誰もが納得するステレオタイプの映像。

でも、皮肉な見方をすると、
このような、学びなき授業も、現実の中で
繰り広げられているのではないでしょうか。

【Pt.2】一方向・生徒の内面化

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教師の一方向注入ですが、
それを生徒が取り込んで
自分のモノとして消化しているカタチ。

例えば、メディア教材での学びや、
自動車学校で交通法規を学ぶときなど
こういうスタイルのような気がします。

【Pt.3】一方向・生徒の反応

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Pt.2から発展し、
生徒から教師へのレスポンスがあります。
例えば、教師が発問を行って、
生徒に答えさせるとか、
理解の程度をテストなどによって
アウトプットするとかですね。

そして生徒の反応に対し、
教師がフィードバックを与えます。

①→②→③→①・・という
双方向のやりとりが行われている形です。

ある意味、授業の一つの王道かもしれません。

【Pt.4】双方向・学びあい

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Pt.3の発展形です。
生徒の反応から教師自身が学び、
生徒にそれを返していくという学習サイクル。
教師と生徒は共に向上する
仲間という見方ができます。

まずはこれが一つの理想的な学びの場
といえるかと思います。

【Pt.5】リソースに頼る

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今度は、Rが加わった形を考えてみましょう。

例えば、日々教師から与えられる
プリント爆弾をこなすために、
自ら考えることを放棄して、
外部からひたすら答をゲットし、
それをこなしていくという学習活動?が
イメージされます。

これは教師も生徒も、
課題さえ提出すればよしとするという、
ネガティブな方向での利害の一致の中で
ぐるぐるまわっている、
そんな思考停止サイクルです。

【Pt.6】リソースを活用する

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これは、外部リソースへの「丸投げ」ではなく、
リソースの「活用」です。

外部の環境を自らの学びに
取り入れていくということですね。

ここでのRは、友人、塾、インターネットなど、
学びを与えるあらゆる環境です。

【Pt.7】学びのコミュニティ

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Pt.6の発展系。
リソースを、教師と生徒が
共有しているところがポイント。

このようなサイクルによって深い学びが
形成されていくことが考えられます。


次に、対話のシャノン線図を見ていきます。


【対話1】通常の対話

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生徒どうしの対話。
インプットされた情報を、自分事に編み直し、
アウトプットする。

それを相互に行うことで、
新しい価値が生まれていくということのモデルです。


【対話2】ハンスの馬

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これは、二田先生が
指摘されていることでもあります。

いわゆる、準備された、
お手盛りの「アクティブラーニング型」
授業の中で見られる形とも言えると思います。

教室内で自由な対話を
しているように見えますが、
そこに、教師の見えざる「思い」「期待」
という場の力学が働いていて、
生徒は先生の思惑にそった
結論に着地していきます。

「私は何もしないで見ていただけなのに、
生徒は素晴らしい気づきを得た。
生徒は素晴らしい」

などと得心している教師に
しばしば出会いますが、
でも敢えてそこを、もう一つ俯瞰して
批判的に見ていくことも
必要ではないかと思います。

【対話3】バレーボール型

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これは、授業でよく見る「対話型」授業。

「ハーバード白熱授業」の
サンデル先生よろしく、
教師が発問しながら、合意を形成し、
生徒をゴールに引き連れます。

教師の手腕が問われる授業です。

このようなパフォーマンスを行える
「優れた教師」を目指す教員も多いし、
そういうカリスマ性を待ち望む
生徒や保護者が多いのも
確かなのかもしれません。

でも、まあ
Teacher Centered の授業ではありますね。

【対話4】カフェ型

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哲学カフェやワールドカフェのように、
対話の場をダイナミックに展開し、
集合知を生み出そうとする形式です。

教師のファシリテーター力、
コーチング技術が問われるとともに、
教室のレイアウトなど、
空間のコーディネートも
重要な要素となるでしょう。

また、次の図は、
更にリフレクションをつけたものです。

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これによって、自分事の問いに還元し、
継続した学びに
結びついていくことが考えられます。

【対話5】対話からのオンラインコミュニティ

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この図は、二田先生の話から
感銘を受けて考えました。

教室内で対話型の授業を行っても、
時間などの制限もあるので、
往々にして議論が中断してしまいます。

意見を全体で共有したり、
教師が、すべての生徒に
フィードバックを与えることも難しいですね。


二田先生が、
授業の中でSNSを取り入れているのは、
実は、この点を補うためと
述べられていたことが
とても印象に残っています。

また、対話空間は、
しばしばヒエラルキーを顕在化させる場
でもあると私は感じることがあります。

例えばそんな中で

気後れして自分の意見を
封殺する生徒(私のように)

間違いを恐れて
踏み出せない生徒(私のように)

大きい声に付和雷同
してしまう生徒(私のように←しつこい!)

などへの心配りが必要ではないかと思います。

そこで、教室の学びの先に、
オンラインコミュニティをくっつけることで、
閉じた対話の世界が解放され、学びが深化し、
持続性が担保されるのではないかと思いました。


テクノロジーの活用とは、
単なる知識や技能を補完する
アベイラブルなツールとしての
利用だけではなく、
対話を深化発展させるための
コミュニティを形成することでもあると、
二田先生の話に膝を打ったのでした。