「コンプライアンス研修に見つけた確率の問題」

昨日は職場のコンプライアンス研修会を行いました。

副校長先生の発案によるサイコロトーク。

11個のテーマを用意し、サイコロを2個振り、
出た目の和の番号のテーマについて
1分間スピーチをするというルールです。

コンプライアンス研修01

4人一組のグループで楽しく行いました。

コンプライアンス研修02

コンプライアンス研修03


私もあるグループに混ぜてもらいました。

ところで、やっていると、あちこちで、

「交通法規」や「利害関係者との対応」
「クレーム対応」のスピーチが
多いことに気づきだしました。

「薬物乱用」「パワハラセクハラ」が
殆ど出てこないことも。

そりゃあそうだよね。

目の和が7の場合の確率は1/6
目の和が2の場合の確率は1/36
ですからねえ。

数学の初任者のK先生に、
こんな質問をしました。

「サイコロ2個振って目の和で考えると
11のテーマの出現する確率は
二項分布に従ってしまう。
じゃあ、サイコロを2個使って
一様分布にするにはどうすればよいか」

つまりどのテーマが選ばれるのも
同様に確からしくするにはどうすればよいか、
という質問です。

皆さんはどう考えますか?

ちなみに、彼は
瞬時にうまい方法を答えてくれました。

それは、次のような方法です。

Ⅰ 2つのサイコロをA,Bと区別する。
Ⅱ Aのサイコロの目が偶数なら、
  偶数番号のテーマが選ばれる。
  奇数なら奇数番号のテーマが選ばれる。
Ⅲ Bのサイコロの目が、その中の順番とする。


例えば、Aが2で、Bが3なら、
Aは偶数なので、
②④⑥⑧⑩⑫の偶数テーマの方が選ばれます。

そして、Bは3なので、
その中の3番目の⑥が選ばれました。

つまり、②④⑥⑧⑩⑫が選ばれる確率は、
Aが偶数で、かつBがその番号の
順番の目が出ればいいので、
それぞれ(1/2)×(1/6)=1/12 ですね。

③⑤⑦⑨⑪の場合はAが奇数が出て、
Bが1の目なら③が、
Bが2の目なら⑤が決定されるということなので、
それぞれの確率も、
(1/2)×(1/6)=1/12 ですね。

なるほど。うまい!

と一瞬思いましたが、
実はよく考えると疑問が湧きます。

テーマは11個なので、
全部の確率の和が11/12。

1になりませんね。


Aが奇数で、Bが6の目が出た場合、
奇数テーマは5個なので、
対応するテーマがありません。
この場合は
「何も話さなくてもよい」
としてもいいのですが、

必ずトークをすることにすれば
テーマをもう一つ増やして(⑬)
全部で12個にする必要がありますね。


でも、もう少しこの問題を
掘り下げて考えてみましょう。

もし、Aが奇数で、Bが6の目の場合、
対応するものがないから、
「再度最初からやり直す」
というルールを設定しましょう。

これを、次のような確率推移図で考えてみます。

確率推移図

青の矢印で移動する確率は1/2
赤の矢印で移動する確率は1/6です

すると、例えば、テーマ③が選ばれる確率は、
Aが奇数でBが1の目か、
Aが奇数でBが6の目で、
次にまたAが奇数でBが1の目でもいいですね。

そうやって考えていくと、これは、
無限数列で表される確率になりますね。

つまり、

(1/2)×(1/6)
+(1/2)×(1/6)×(1/2)×(1/6)
+(1/2)×(1/6)×(1/2)×(1/6) ×(1/2)×(1/6)
+・・・

初項1/12、公比1/12の等比数列なので、
求める確率は

(1/12)×{1/(1-1/12)}=1/11 

となり、一様になりますね。

めでたしめでたしですね。


この問題は、
A,Bの2人がジャンケンをしたとき、
それぞれが勝利する
確率を求める問題と同じ構造です。

どちらが勝つ確率も同様に確からしいので、
それぞれ1/2と考えてもいいのですが、
細かく考えると
次のような無限級数になります。

1/3+(1/3)(1/3)+(1/3)(1/3)(1/3)+・・・=1/2

つまり、Aが勝つ確率は、
1回目にAが勝つか、
1回めにアイコで、2回目にAが勝つか・・・
と考えるわけですね。


サイコロトークに潜む確率、
とっても面白い。

 

「数学という名の自由の翼」連載終了!

雑誌「数学教室」の3月号が来ました。
連載「数学という名の自由の翼」
遂に最終回を迎えました!

今日は、2年間にわたり書き綴ってきた
自分へのご褒美で一人酒に浸りました。

以下、最終回の内容の一部を以下に紹介します。



今日でこの連載も28回目。
ついに最終回がやってきました!
お付き合いいただいた
100万人の「数学教室」愛読者の皆様
ありがとうございました^^。

「数学という名の自由の翼」というテーマで、
書き散らかしてきましたが、
私の中に一貫してあったことは、
「今の数学教育をどげんかせんといかん」
というドン・キホーテ的思い込みだったり、
「数学教育って何だろう」っていう、
数学の輪郭をなぞりながら
自分探しをする旅だったのかもしれません。

最終回では、そんな私の
数学に対する思いを書き連ねて、
まとめにかえたいと思います。

1 数学の問題を解くとは

ある人に、
「高校において数学の問題を解くとはどういうことか」
と問うてみたところ、次のような答えが返ってきました。

「数学とはいくつかの前提となる条件から、
公式など既知の解法パターンを駆使して
演繹的に答えを導く作業である。
そこから論理的思考力が育つ。」

図に描くとこんなカンジですね。

数学教室㉘01


しかし、私は、解答を導く思考過程は、
最初から「模範解答」にあるような流れに沿って
行われるとはどうしても思えません。

実際は、問題文から、条件を見つけ、
式にしていくだけでなく、図やグラフ、
時には表を作ってみたり、
具体的な数値を入れてみたり、
そういう試行錯誤によって、
「図・グラフ」「条件・ことば」「式」が
ぐるぐると循環していく中で、
解答への糸口が見つかるのではないかと思います。

数学教室㉘02


ですから、「式」や「図・グラフ」が語っている声に
耳を傾けること、つまり、式や図などと
友達になるような活動を
授業の中に取り入れていく必要が
あるのではないかと思うのです。

例えば、なぜを掘り下げ、
理由を言葉で説明しあう活動を取り入れるとか、
教具を用いて概念を「見える化」する
などが考えられます。

それは一見回り道に見えるかもしれませんが、
一方的に模範解答をひたすらなぞっていく授業より、
はるかに大きなものを子どもたちは
身につけるのではないかと思います。


さて、もう一度先ほどの問いの
答えについて考えてみましょう。

「数学とはいくつかの前提となる条件から、
公式など既知の解法パターンを駆使して
演繹的に答えを導く作業である。
そこから論理的思考力を育つ。」

確かに数学はそのような一面をもっています。
でも私はそこには
欠けているものがあると思うのです。
それは「前提となる条件」や
「得られた解の意味」を考えることです。

数学とは、現実の様々な事象をモデル化し、
分析するものとしての意味もあります。

多くの要素が複雑に絡まり合う「構造」を持つ
「現実」の属性や指標を、ある視点で眺め、
切り取り、抽出し、組み合わせて
数学の問題としてリメイクすること。

そして、出てきた解が現実世界をよく
記述するものであるかを
操作や実験などの活動を通して実感すること。

それも数学の一つの顔であり、
そこから分析と総合の能力が
育つのではないかと思います。

2 数学とは何か

最近私は朝のスロージョギングが
日課となっています。
ある日曜日、少しゆっくり起き、
いつものコースを走りました。

すると、家から数百メートルのところに
リンゴ畑があることに気づきました。
そのリンゴがとても美しく、
見ていて心が洗われました。

私はこのリンゴの木を見ながら、
数学者の岡潔氏の「数学と情緒」について
思いを馳せていました。

岡潔の「春宵十話」(名著!)のはしがきに
こんなことが書かれています。

「数学とはどういうものかというと、
自らの情緒を外に表現することによってつくりだす
学問芸術の一つであって、知性の文字板に、
欧米人が数学と呼んでいる形式に表現するものである」


そして、岡氏は、学問は頭でするのではなく
「情緒が中心となる」と主張します。

「緒」とは端緒などと用いるように、
「いとぐち」「きっかけ」を表す言葉です。

「情」とは、感情や心の変化を表すもの。かな。

リンゴの話に戻します。

リンゴがどんなにきれいに実っていても、
それに気づく人と、
気づかずに通り過ぎていく人がいます。

あるいは、リンゴの実の存在に気づいても、
心が動かない人もいるでしょう。

「ただの食べ物じゃん」みたいな。

私は、そのリンゴの実の価値は、
リンゴ自身にあるのではなく、
それを見た人の「気づき」によって
生みだされていくと考えたいと思います。

リンゴが「緒」で、そこで「情」が動き出すというように。

私の好きな言葉に、
幸せとは「築く」のではなく「気づく」こと、
というものがあります。ここで、
この「幸せ」を「学び」に置き換えてみましょう。

学びとは「築く」のではなく「気づく」こと

それは、学びとは、ある事物や現象を眺め、
そこに潜んでいるものに心が動かされること、
そして、それらの事象を「いとぐち(緒)」にして、
思考が駆動され、自分の内部にあったものを
自分自身で掴み取ることであると考えてみたいのです。

そのような見方をすると、数学とは、
自然や、宇宙や、図形や、数や言葉や式など
あらゆるものに心を寄せ、それらと一体化し、
心が動きだすことであり、それによって、
自分の中にある「何か」を呼び起こし、
気づき、つなげていくことであるとも
言えるのではないでしょうか。

これこそがまさに数学の情緒
ということではないか、と。

さて、私は、リンゴを見たとき、
岡潔氏のことと同時に、2年前、
ある高校に勤務していたときの
3年生のDさんのことも思い出していました

Dさんは、数学の課題研究グループに所属し、
合同変換群の研究をしていました。

彼女たちの研究は、東北地区の発表会で
見事優秀賞を受賞します。

その一方、Dさんは文芸部に所属していました。

この年、彼女が書いた
「細工ロイドの通り道」という小説が、
何と全国1位の文部科学大臣賞に輝きました。

この小説は、進路に悩むある女子高生を主人公とする
爽やかな学園ものです。

作中、「細工ロイド」のことを、

「小細工ばかりするロボットってこと。
私のことだよ」

という描写があります。
透き通るようにカッコいいフレーズですね。

また、進路を決められない主人公を慰める
こんなセリフがまた素敵です。

「でもね、実際はそうじゃない。
サイクロイド曲線をたどることは
無駄なんかじゃないの。
サイクロイド曲線を通っていても
絶対にゴールへはたどり着くし、
しかも他の曲線を通っている人より
早くゴールテープを切れるんだよ」

これは「学び」や「授業」についても
本質を突くことばではないでしょうか。

さて、そんなDさんの文部科学大臣賞受賞
に向けての挨拶文を読んで、私はシビレました。

その一部を以下に抜粋します

この度、最優秀賞を頂いた「細工ロイドの通り道」は
理系少女たちの物語になっています。
作中で紹介されているサイクロイド曲線は、
きっと文系の方々には馴染みのないもので、
理系の私だからこそ書けた小説なのでしょう。

文芸部での活動と理系という進路とは
私の中で当初交わらないものでした。

しかし、2年と半年という文芸部での活動を通して、
その考えは変わりました。

文芸作品とは、自然法則のようなものだと思うのです。

この世界に存在している自然法則を
解明しようという理学の姿勢は、
筆者が書き出した世界を紐解く読者の姿勢と
同じもののように感じるのです。

自然法則も、文芸作品も
確かに存在しているものの、
私たちが気に留めなければ何の意味も示せません。
表面を眺めてみても、
少し理解できた気になるだけで、
その本質は見えてこないのです。


しかし、真剣に向き合ってみれば、
そこにはヒントが散りばめられていて、
それを手がかりに世界を自分のものへと
引き寄せることができます。


(傍線付記)

この文の傍線部分が、
まさに情緒なのではないかと思います。

きっと、Dさんは、対象に真剣に向き合うことで、
自分の中に眠っていた「宝」に
リーチすることができたんですね。

Mathematicsの語源である、
μαθηματα(マテマタ)とは、
「学ばれるもの」という意味なのだそうです。

それに従うと、「数学とは何か」とは
「学びとは何か」を問うことと同じと
考えることができます。

そして、学びとは、誰かによって
知識や技能が注入され、
「真っ白な自分」が変容されていくことではなく、
はじめから自分の中にあるものを
自ら引き寄せることなのだと思います。

同時に、教えることとは、
相手がはじめから持っているものを、表面化させ、
自分で掴み取るように
導くことなのではないかと思います。


三流の教師は、ひたすら与え、
一方的に教科書の内容を刷り込みます。

そして、目先の結果や成果にこだわり、
強制、強要、叱責によって
子どもを正そうとします。

そしてその結果、
多くの数学嫌いを生み出してしまいます。

では、カッコよく難問を解いてみせ、
生徒たちから「神」とよばれる教師、
あるいは、パフォーマンスや話術で
巧みに生徒をのせる教師はどうでしょう。

どちらも素晴らしい数学教師なのかもしれません。

でもそれはまだ二流。

一流の教師は、授業で子どもたちに
トキメキを与え、彼らの情緒を育てます。

そして、子どもたちが、すでに心の中に持っている
「数学」の存在に、自ら気づかせ、
掴みとるように導くでしょう。

「そうだよ、答はあなたの中にあるよ」と。

そうやって自ら気づき、引き寄せたものこそが、
「数学という名の自由の翼」。

それはきっと、生涯にわたって羽ばたき続けていく、
かけがえのない宝物であると私は信じています。

長い間お読みいただきありがとうございました。


 

「K君との数学談議・全微分可能とは」

もう十数年も前の話しですが、
T大学をAO入試で合格したK君との
数学談議シリーズを
備忘録としてブログに書いています。

1回目はヤコビアンについてでした。

実は、彼が、最初に私にした質問は
「全微分」についてでした。

そこで、今回は、その様子を
対話形式でまとめたいと思います。


K:先生。全微分可能の定義なんですが、
  次のような記述がありました。

zb-01.png

  この中の、

 zb-02.png

  の意味がイメージしにくいのですが。

T:じゃあ一緒に考えてみよう。

  まず、高校では1変数の関数だけを
  あつかってきましたが、
  大学では2変数以上の関数も扱います。

  高校では、y=f(x)、つまり、独立変数が x で、
  それに対応して y が決まるという関数をならいます。   

  それが、2変数では、z=f(x , y)という形、
  つまり独立変数 x , yに対応して、
  z が決定するということです。

zb-03.png

K:図形的には、y=f(x) は
  xy平面上の曲線を表すのに対して、
  z=f(x , y) は、xyz 空間上のある曲面を
  表す式と考えるのですね。

T:そう。次元が1つ上がるのです。
  平面→空間で整理してみると
  
  ● y=f(x) → z=f(x , y)
  ● 平面上の曲線の方程式 → 空間上曲面の方程式
  ● 微小部分は直線で近似 → 微小部分は平面で近似
  ● x軸と曲線で囲まれた面積を考える → 
     xy平面と曲面で囲まれた体積を考える

  という対応です。

  レベルがワンランク上がるのですが、
  平面で行なった考えがそのまま保存されます。

  つまり、きちんと平面上での考えが理解されていれば、
  3次元でも難しいことはないと思います。

  では、まず1変数から復習してみましょう。

   y=f(x) が x=a で微分可能とはどういうことでした?

K:
  zb-04.png

  が有限確定値を持つということです。

T:そうですね。ここで、f’(a) の図形的意味は?

K:x=aにおける接線の傾きです。

T:そうです。では、図を見てください。

  zb-05.png

  まず、Q1Q3 の長さは、f(a+h)-f(a)

   また、Q1Q2=h tanθ で、
  tanθは接線の傾きですから、tanθ=f'(a)です。

  つまり、Q1Q2=h f’(a) ですね。

  さて、ここで、Q1Q3=Q1Q2+Q2Q3 なので、

  Q2Q3=εとすると、
 
  zb-06.png

  が成り立ちます。

  両辺を hで割れば、

  zb-07.png

  つまり、

 zb-04.png

  が成り立つということは、
   h→0 としたとき、ε/h が0に行く
  ということが微分可能の図形的解釈です。

K:なるほど。つまり、Q0をP0に近づけるとき、
  それよりずっと急速にQ3はQ2に近づくということですね。

T:そうです。それはイメージ的にいうと、
  「Pにおいて微分可能とは Pの近傍を直線(接線PQ2)に
  見立てることができる」ということになります。

  このことを「まるい地球もすむときゃ平ら」の原理
  といった人がいます(小沢健一先生)。

  面白いですね。

  このことを踏まえて、最初の式を考えてみると
  イメージしやすいでしょう。

K:なるほど。

  zb-02.png

  の意味が見えてきました。

  つまり、平面の場合は、Q0 をP0
  x軸上の直線に沿って近づけていくのに対して、
   3次元の場合は、図のように
  対角線に沿って近づけていくカンジですね。

zb-08.png


T:そうです。そのとき、誤差の項 ε(p , q) が
  Q0P0よりも急速に0に近づく。
  つまり、その点の近傍で平面に
  見立てることができるというわけです。

T:2変数関数での微分可能性では接線ではなく、
  接平面が登場します。

  ところが、高校では残念なことに
  平面の方程式はやっておりませんので、
  まずは、最初に平面の方程式の説明から
  していきたいと思います。

【平面の方程式】

T:まず、直線の方程式の復習から入りましょう。  
 
  zb-09.png
 
  を考えてみましょう。

K:直線上の任意の点をPとして、ベクトル方程式でかけば、
  
  zb-10.png

T:そうですね。このようにベクトルを使えば、
  空間における直線の方程式も同様に
  求めることができますね。

  ではもう一つ。今度は、

  zb-11.png

  を考えてみましょう。

K:内積=0ですね。直線上の任意の点をPとすると、

  zb-12.png

  ですね。 成分表示すると、

  zb-14.png

  となります。

T:では、いよいよ平面の方程式を求めます。
  今2通りの方法で直線の方程式を求めましたが、
  そのどちらかの考えを利用します。

K:例えば、

  zb-15.png
 
  考えれば… ええと。これはだめですね。

  平面がただ一つに決まりません。

zb-16.png

T:そうですね。では後の方の方法ではどうなりますか?

K:

 zb-17.png

  ですね。あっこれはただ一つに決まります。

  そうか。こうやって平面の方程式を求めるんですね。

  zb-18.png


  求めると、

  zb-19.png


T:これを、

  zb-20.png

  といいます。   

  一般に、この式のカッコをはずすと、

  zb-21.png

  とかけます。 これが平面の方程式の一般形です。

   さあ、これで準備完了。

  いよいよ全微分可能についての説明に入りましょう。

  あっそうだ。その前に偏微分は大丈夫ですか。

K:大丈夫です。x , yで表された関数に対して、
  微分する1つの文字以外をすべて
  定数と見るという方法ですね。

  例えば

  zb-22.png

  なら、x で偏微分すると、

  zb-23.png


  また、yで偏微分すると、

  zb-24.png

  ですね。

  zb-25.png

  と書くのでした。

T:偏微分の図形的な意味はどうですか?

K:例えば、y を定数に見るということは、
  ある曲面に対して、xz平面に平行な平面で
  切ったときにできる曲線の接線というイメージです。

T:では偏微分のイメージ図を描いてみます。

 zb-26.png

  図のような
  z=f(x , y)で表される曲面があったとします.

  このとき、xで偏微分するということは、
  y を定数と見るということです。

  それは、図のように、xz平面と平行な平面で切って、
  その切り口に表された曲線を
  微分したということになります。

  例えば、図のように y=2とすれば、図の太線の関数は、

   z=f(x , 2) という、

  xz 平面上の2変数関数になるわけですね。

  ですから、図において、fx(1 , 2)というのは、
  曲線z=f(x , 2) の、点 Pにおける接線の傾きというわけです。

  ではいよいよ、最初にあげた問題、
  全微分可能性について説明します。

zb-27.png

  この図が命です。

  P(p, q , f(p , q))において
  全微分可能とはどういうことでしょうか。

  P における接平面 PQ1R1S1の方程式を
  次の手順で求めます。

  まず、直線PQ1の方程式は、
  曲面を平面PP0Q0Qで
  切った曲線PQ2のPにおける接線の方程式なので、

  zb-28.png

  とおけます。

  また、直線PS1の方程式は、曲面を
  平面PP0S0Sで切った
  曲線PS2のPにおける接線の方程式なので、

  zb-29.png

  さて、ここで、平面PQ1R1S1の方程式を、

  zb-30.png

  とおくと

  zb-31.png

  と求まりました。
  
  この式において、x=p+h , q=q+kとすると、    

  zb-32.png

  となります。 z=f(x , y)なので、    
  
  zb-33.png

K:長かったけれど、
  ついに、最初の式にたどり着きましたね。

T:全微分可能の定義の式をもう一度書くと、

  zb-01.png


  ここで左辺はRR2
  右辺では、
  
  zb-34.png

  であることに注意して下さい。

K:そして、

  zb-35.png

  ですね。 そうか。わかりました。

  R0をP0に限りなく近づけるとき、
  その距離よりもずっと早く、R1R2が0に近づく。

  そして

  zb-02.png

  となるとき全微分可能という。  

  つまり点Pの近傍での曲面を
  接平面にみなすことができるというのが
  全微分可能ということなんですね。

  1変数で考えたことの自然な拡張になっていますね。

T:そうですね。「丸い地球も住むときゃ平ら」
  が更に実感できますね。
  上で述べた全微分可能性から、    

  zb-36.png

  となり、これを動的に考えて規則化して

  zb-37.png

   という全微分が得られます。

K:1変数関数の、dy=f'(x) dx と対応していますね。




 

「数学教室」1月号

「数学教室」1月号が届いておりました。
「数学という名の自由の翼」の連載も
足掛け3年、26回となりました。

数学教室1月号


そして、あと2回で終了となります。

今回は、ちょっと数学の話題を離れて、
以前、ブログに書いたことをリメイクしながら、
グループワークについてまとめてみました。

以下に、さわりの部分を紹介します。


最近、アクティブ・ラーニングの進展とともに、
「グループ活動だと教科書が終わらない、
グループ学習は騒がしく秩序が乱れる、
グループになじめない生徒はどうするんだ・・・」
などという声を聞くことが多くなりました。

それに対して、

「グループワークに慣れない先生も
多いかもしれないけれど、
できない理由を探すのではなく、
どうすれば教室という空間が、
良い人間関係を築く安全・安心の場にできるか、
日々工夫するのが教師の役割かもしれませんね」

などと応じてきました。

なぜなら、このような疑問を発する人の心の裏には、
「私はグループ活動が嫌いなのでやりたくありません」
という思いが見え隠れするからです。

もちろん、私は、グループワークを
積極的に行おうと考える派です。

グループワークなんか嫌だと思っている教師や生徒が、
経験してみたらとても充実し、自分が変わった、
と思えるようになって欲しいと思っています。 

白状すると、それは、私自身の経験でもあります。
私は、学生時代、黙々と一人で勉強していました。

グループでの学びあいなんて大っっ嫌いの
糞食らえでした。
クラスの中にいる、ポジティブでクリエイティブな人たちに、
ある種の羨望の気持ちを抱きながらも、
自分はそんな世界と距離を置いていました。

それは、自分の弱点や、失敗する姿を
人前にさらすのが恐かっただけなのでしょう。

もちろん、一人で黙々と勉強することは
大切なことで、それによって、
自分自身多くのものを得てきました。

でも、他者との協働によって、
新しい価値を創り出したり、
人への優しさや共感する力を身につけるなど、
自分の可能性をもっと広げることが
できたのではないかと今は思うのです。

現在、私は、校種、職種、年齢、国籍などを超えて、
多くの人たちと学びあう機会に恵まれています。

すると、かつて自分がガチガチに身にまとっていた
プライドや自意識過剰が無くなり、
自分が確実に変わってきたと実感しています。

私のような年齢になってからでさえそうならば、
若い人たちならなおさらではないかと思います。

そんな私の思いを子ども達にも味わって欲しいし、
アクティブラーニングブームを捉えて
全体のものとすることで、
教室をいじめのない安心な空間に変えていく
チャンスでもあると思っています。

ところが、最近、グループワークを
取り入れた授業を参観する中で、
ある種の違和感が芽生えてきました。

そして、グループワークの危険性について
気になるようになってきました。

それは、グループワークによって、
授業の雰囲気が暗くなったり、
人間関係を気まずくしてしまうような、
そんな悪いムードを助長するような
授業を目の当たりにすることが結構あったからです。

そこで、今回と次回の2回にわたり、
グループ活動について、
まとめてみようと思います。

今回は、3つの事例を紹介しながら、
私の抱く違和感について記してみます。


<以下省略>

続きは「数学教室」1月号で。

 

「大学への数学への架け橋 重積分」

先日、大学への数学への架け橋として、
重積分に出てくるヤコビアンについて記しました。

やこびあ~ん

私が、8年前花巻北高校に勤めていた時にも、
大学初年級の数学の勉強をしていた
Sさんという生徒がいて、
ちょくちょく質問を受けていました。

ある日、彼女が重積分のこんな問題を持ってきました。

重積分01

そのときのやりとりの様子を
対話形式でまとめてみます。

S:この問題ですが、答えを見ても
 よくわからなかったんですけれど。

T:答えはどうなっていたの?

S:答えは次のようになっていました。  
 
重積分02

  なぜ急に1/nが出てくるのかとかが
  分からないのです。

T:なるほど。じゃあ少しじっくり考えてみましょう。   

  まず、  

  重積分03

  の意味を考えましょう。   

  これは、xy 平面上の領域 D 内の
  すべての点 (x , y) に対して、

  重積分04

  の値を計算して
  (それにdxdyという無限小幅をかけて)
  足しまくるというイメージです。   

  今、Dでは y>x なので、 z>0 です。

  すると、これは、
  曲面 z=f(x ,y) とxy平面で囲まれる
  部分の体積を求めていることになりますね。

  D内で (x , y) が変化すると z=f(x , y) がそれに
  ともなって決定します。

重積分05

  すると空間に曲面ができます。

  z>0 のとき、曲面と xy平面で
  囲まれた部分の体積は、
  dV=z dxdy (上の図の直方体)から

  重積分03

  となります。

  今、領域 D を xy平面上に図示すると、   
  図のようになります。

重積分06

  この領域内のすべての点にわたって

  重積分04

  を計算するためには、点を選ぶ順序を
  うまく決めなければならなりません。   

  君はパソコンでプログラミングができるよね。   

  例えばBASICで次のようなプログラムを
  考えてみましょう。

① for i=1 to 5   
② for j=1 to 3
③ y=i : x=j
④ next j
⑤ next i   

  このプログラムはどんな処理をしていると思う?

S: まず、 y=1 のとき x=1,2,3、
  y=2のとき x=1,2,3… 
  というカンジなので、

  結局 (x , y) の組は

  (1 , 1) , (2 , 1) , (3 , 1)
  (1 , 2) , (2 , 2) , (3 , 2)
  (1 , 3) , (2 , 3) , (3 , 3)
  (1 , 4) , (2 , 4) , (3 , 4)
  (1 , 5) , (2 , 5) , (3 , 5)
  
  という15個になります。

T:そうです。これがまさに重積分の考え方です。

S:なるほど、for i=1 to 5 は

  重積分07

  next i はdy に対応しているカンジですね。

T:そう。プログラムの②行目から④行目は
  いわばxで積分しているところなので、
  ここでは、yは定数となっていることに注意しましょう。
  
  さて、本題に戻りましょう。

  Dは、 0≦y≦1 , 0≦x<y

  なので、これをBASICのプログラミングで
  イメージすると

for y=0 to 1
for x=0 to y
S=f(x , y)+S
next x
next y


  つまり、図のような形で、D内の点を
  しらみつぶしに網羅していくわけですね。

  重積分08

  さて、そこでポイントです。   

  今、関数は

  重積分04

  だったので、これは y=x 上の点では定義されませんね。

S:あっそうか。分母が0になるんだ。

T:そうです。ですからこの積分は、
  2重積分の広義積分(仮性積分)なのです。   
  つまり、0の少し手前からスタートして、
  y=x の少し手前で終了する形にして、積分をして、
  その後、その微小部分を0に近づけるという作戦です。

S:だから 

  重積分09

  なんですね。

T:あとは普通の広義積分なので、
  計算すればいいだけです。

重積分10