アクティブラーニングに否定的なコメント(回答)

先日の記事で、アクティブラーニング(以下AL)
に関するいくつかの質問をあげたところ、
たくさんの方々から貴重なご意見をいただきました。

私が考え及んでいなかった視点、深い考えに、
なるほどと感心し、思わず膝を打ち、
目から鱗が落ちました。

最早、私の手を離れてしまい、
今更という感もありますが、
私が昨日、大田原女子高で述べた所見を
以下にまとめておきたいと思います。

■アクティブラーニングって今盛んに言っているけれど、
 工夫を凝らして生徒を動かす授業は昔から
 やってきたことではないか。

●ALは、「私の工夫された授業」から
「私たちの工夫された授業」へと広がる
社会的なムーブメントである。
つまり、ALを語るとき、以下の点を
踏まえておくことが必要と考える。
①単なる学習定着率を高めるスペシャルな
 メソッドを指すものではないこと。
②アクティブラーニングを柱とする
 次期学習指導要領の改訂は、大学入試改革、
 大学教育改革とセットになっていること
③世界が総がかりで行わなければならない、
 授業パラダイムから学習パラダイムへの
 変革を促すという意図をもっていること。

■双方向の授業という理想論もけっこうだか
 大体そういう授業は教室の秩序が乱れて失敗する。
 (これは一昨年に伺った某高校の校長先生の意見)

●まず「アクティブな授業」=「賑やかな授業」
 という誤解がある。
そして、双方向の授業、集団指導ができないこと、
やろうとしないこと、価値を見出だそうとしないことの
言い訳にも聞こえる。
教師は、常に学び、新たな指導法を模索し、
自分を更新する姿勢を持ち続けるべき。
それを放棄するのはプロフェッショナルとはいえない。

■グループワークに馴染めない生徒がいる場合どうするのか。
●人間は「人との間柄」のことであり、
他との関係性を抜きに語れない存在である。
人生の課題とは、どのような対人関係を持って
ライフタスクを果たしていくかがすべて(アドラー)。
そういう人間関係の育成は、授業、学習という場で
育てられなければならない。
できない理由を語るより、
どうすればできるかを模索しよう。

■そもそも、意欲や関心を評価するのは
 可能なのか。それは傲慢な考えではないか。

●例えば、京都大学で始まる
「高大接続型京大方式特色入試」では、
在学中の活動を評価する「学業活動報告書」とともに、
高校での活動内容から大学で何を学びたいのか、
卒業後どういった仕事に就きたいのかといった、
志願者自らの学ぶ意欲や志について評価する
「学びの設計書」が示されている。
それまでの学びの成果の評価だけでなく、
それを基に、これからどのような学びを
展開していくかの意欲を評価することは、
傲慢ではなく、誠実な姿勢と思う。
数学的に述べて煙に巻くわけではないが、
変化し続ける主体において、
f(ある時点での値の評価)と
f‘(ある時点での伸び率や、内包するパワーの評価)
の両面を行うのは科学的な態度である。
そもそも、高校の進路指導において、
AO・推薦の志望理由書や面接の指導を行う際に
「もっと意欲を」と言っている教師が、
自身の授業だけ意欲を評価しようとしないのは
いかがなものだろう。

■ペア学習やグループ学習をやっていれば
 教科書が終われない。授業が遅れるのではないか。


●まず、授業とは教師が効率的に
教科書の内容を伝える場であるか、
生徒の創造力を伸ばし、
自ら学ぶ力を育てる場であるか、
という点に立脚して語るべきと考える。
ジグソー法、反転学習などは
教科書の内容を網羅するだけではなく、
多次元的に教科書の内容を構成していく
手法でもある。
やはり、できない理由を述べる前に、
どう工夫すればできるかを考えよう。
そのような実践をしている人は
周囲にきっといるはずだから。

■アクティブラーニングだろうが、
 一方的な授業であろうが、
 要は学力がつけばいいのではないか。

●その「学力」がどのような「力」に
フォーカスしているかがポイント。
いわゆる学校教育法で定義された
「学力の3要素」を指すとすれば、
そのような「力」は一方的な授業では可視化できない。
ALは知識・技能だけでない「学力」や、
発信力・傾聴力・協働型問題解決力などの
汎用的な力を評価する前提として、
それらを可視化することを
意図して行われるものでもある。
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■アクティブラーニングでは
 大学入試に耐えうる学力が身につかない。

●ALが、遊びの要素を取り入れた
 楽しい授業に過ぎないという偏った見方を感じる。
●それでは、大学入試の問題を、一方的に
 教え込む授業で我々は成功してきたのだろうか。
●大学入試が活用力を見るような問題づくりに
 舵を切っていることも付記しておく。
●そもそも、授業とは、
生徒が「学力」を向上するための
様々な「環境」のひとつに過ぎない。
しかし、その授業が、知識をただ生徒に
与えていくのではなく、生徒の心を動かし、
生徒が持っている世界観を
広げていくことができるような場であれば、
学習者の態度(考え方)が変容する。
授業とは、学習者に自己の内部の欠乏に気づかせ、
自分を拡張・更新するチャンスを与えることである。
それが大学入試に耐えうる
骨太の学力になると私は考える。
決して、大学入試の過去問や、
入試対策を行うことが大学入試に耐えうる
学力を養成することではない。

■ベネッセの「大学生の学習・生活実態調査」を見ると
 「学生の自主性に任せる」より
 「大学の教員が指導・支援する方がよい」が
 15.3%(2008)から30.0%(2012)に増大。
 大学では生徒に受け入れられていないのではないか。

●高校で学習への「浅いアプローチ」を行ってくることで、
大学でのALに結びついていないとも言える。
ALを語るとき、高校、大学、大学入試の3点を
セットに見ていく必要があることを
このデータは示しているのではないか。
●学生の実態がそうだから、
ALを否定するのは方向が違う。
そういう実態を社会問題として捉え、
若者の意識を変えていくことが
ALの使命とも言えるのではないか。

■アクティブだけど気が散りやすい
 騒がしい教室より、熟練の教員に指導を受け
 アイディアを展開してもらいながら、
 自分で静かに思慮にふけることのできる
 環境の方が学びやすいという人もいる。
 (参考 ディープアクティブラーニング/松下佳代)

●ALの質を高めること、内化と外化の両方を深化させ、
ALからDALへと進めることが一つの方向。
私は、講義だけで生徒の思考を揺さぶる、
熟練の講師が、外化を伴った授業にチャレンジして、
生徒の著しい変容とともに、
目覚ましい成果をあげた授業を何度か見た。
彼は、熟練の講師から、更に、一歩懐を広げたなと
感心したものである。
私は、そういう講師に拍手を送りたい。

■アクティブラーニングにおいても、
 講義形式の授業で見られた
 「学生の学びの質の格差」という課題は
 解決しておらず、一方で、フリーライダーの出現や、
 グループワークの非活性化、
 思考と活動に乖離のあるアクティブラーニングの
 状況が見られている。
 (参考 ディープアクティブラーニング/松下佳代)

●前問と同様である。
●今こそ、多くのALの実践家との交流が必要である。

■現在の学校現場の体質から見ると、
 学習指導要領で規定することで、
 「主体的に学ぶことを叩きこむ」などといった、
 画一的にアクティブラーニングが進められ、
 教育現場の自立性・創造性が減殺される
 危険性がある。(参考 文部科学省コメント)

●もちろん、ALを自分たちの組織のものとして、
再定義することが必要だ。
マニュアルに頼る教師の増加を懸念する前に、
優れた実践家や、様々な職種の人(企業教育など)
との交流を行うような、
ダイナミックなマネジメントを考えたい。
何度も言うが、できない理由を述べる前に、
どう工夫すればできるかを
つねに考えるべきである。

 

コメント

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2015/ 06/ 29( 月) 14: 58: 09| | # [ 編集 ]
 
校長先生、こんにちは!
アクティブラーニングという言葉をこのブログで初めて知ったのですが、とても興味を持ちました。
洋野の子ども達が「自分の考えを自分の言葉で伝えられる」ようになったらいいな…と思っていまして、そのためにどんな接し方をしたらいいのかな~と考えながら、担当業務の企画・実施したりしていたところです。
今度いろいろお話お伺いしたいです!^^
2015/ 06/ 30( 火) 11: 30: 54| URL| ケイティ# -[ 編集 ]
 
こんにちは。ケイティさんのアクティブな発信にいつも感服しています!「自分の考えを自分の言葉で伝えられる」本当にそうですね。「真面目である」「我慢強い」「先生のいうことを聞く」「課題をこなす」「頑張る」「規則を守る」だけでは、学ぶことの楽しさを実感することや、自分から課題を見つけたり、発信したりという能動的な学びは生まれにくいと思います。大野高校でも、これからはそこが大事なポイントになると思っているところです。
2015/ 06/ 30( 火) 18: 27: 45| URL| しもまっち# -[ 編集 ]
 
初めまして。3年前より小学校でALを校内研究で取り組んでいる教諭のごんたと申します。
専門は数学で,元中学校教諭(数学と音楽を教えていました)で,今は小学校教諭をしています。

「実践家に期待する」との言葉をいただき,身が引き締まる思いです。

様々な講演会や研究発表会でも記事のような質問は多く,私は北海道の人間ですが全国各地で同じような反応なのだろうなと思います。現在「この質問にはこう答える」というテンプレートを構想しているところでしたので,ぜひ参考にさせていただきたいと思います。ありがとうございました。
2015/ 12/ 20( 日) 19: 57: 23| URL| やまの ごんた# -[ 編集 ]
 

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