平成27年度第1回大学進学懇談会の講演追記

昨日は、平成27年度第1回大学進学懇談会で、
授業動画を交えながら、100分間ノンストップで
講演させていただきました。

130人近い参加者の熱い眼差しと
意識の高さを感じました。

懇親会でもたくさんの方々と交流することができ、
とても有意義な一日でした。
ありがとうございました。

話しの中で、アクティブラーニングや
盛岡三高の参加型授業の成果を、
模試の偏差値やセンター試験の得点の向上によって
測ろうとする問いかけに対して、
私が感じていることを、
講演の内容から、もう少し突っ込んで
以下にまとめておきたいと思います。

少し長いのですが・・・


私は、マスコミの取材などから、
「参加型授業」によって、入試や模試の結果が
どう向上したかという質問をしばしば受ける。

それに対して、
①参加型授業は模試の結果を伸ばすために
 行っているのではない。
②結果がよくても悪くても、それが参加型授業の
 影響によるものなのか測定できない。
③模試の結果ではなく、生徒の学ぶ意欲や
 学び続けようとする姿勢は向上している。

という姿勢で応対してきた。

因みに、今年度より、盛岡三高と大野高校では、
③についてのエビデンスとして、
PROGの高校版といわれる、
汎用的能力の評価テストを
全国に先駆けて実施している。

しかし、彼らは私のそのような応対に不満があるようで、
どうしてもアクティブラーニングを行った結果として、
進学実績にも良い影響が出ているという
ストーリーを求めていることがわかる。

今、学力が学校教育法30条で、知識を活用する力や、
学ぶ意欲も学力の要素として定義された。
だから、アクティブラーニングによって、
「学力が向上されているか」
「その数的な根拠は」という問いに対し、

「その『学力』には、主体的に学ぶ意欲などが含まれる。
であれば、そもそも、それを可視化しないことには
評価そのものが行えない。
根拠を示す以前に、可視化するために、
一方通行ではない授業を行うことが前提となる」

ということを話している。

実は、観点別評価やアクティブラーニングを
推進しているはずの教育行政の人からも、
「今後は『参加型授業』をやることによって、
センター試験の平均点が伸びるとか、
模試の偏差値の向上につながるような
結果を示すだけですね」
などと言われ、ショックを受けたことがある。

私は耳を疑い聞き直したところ、
「そういう数値的裏付けがないと、一般市民や
社会や議会への説明につながらない」
とのこと。

なるほど。私は、そこが一つの核心なのだろうと思った。
つまり、だからこそ、現在の学習パラダイムへの
変化の必要性や「値打ち」を、
地域、生徒、保護者に伝えていくことが、
まず必要だということだ。

アクティブラーニングを、
学習定着率を高める授業メソッドと矮小化するのではなく、
高校から大学、社会に繋げていく、
授業パラダイムから学習パラダイムへの
変革であるということを全体が認識しなければならない、
そして、その改革を社会が総がかりで
行っていかなければならないというレベルの話なのである。

我々は、例えば20年後30年後の未来を担うべき
大人を作るために教育を行っているはずだ。
しかし、ではその未来はどのようなものなのか。

知識基盤社会、グローバル社会、高度接続型社会
などといえば聞こえはいいが、
一方で、人口減少超少子高齢化社会、
異常気象環境激変社会、
地域紛争戦争準備社会、
格差拡大株式会社化社会(全部今考えた造語)
という社会でもあろう。

それにもかかわらず、模試の偏差値や、
大学実績を評価基準とし続けていくことはどうなのだろう。

そもそも、授業とは、生徒に身につけさせたい力は何か、
というゴールから出発し、その展開を練り、
実施されるべきものである。

そして、評価とは、その身につけさせたい力が
どのような形で生徒の中に実現、構成されたのかを
可視化させることで、
その実現具合を推し量ることであり、
また、その結果から自身の授業改善に
フィードバックしていくことでもあると思う。

では、これまでその評価はどうように行われてきたか。

「生徒につけたい力とは何だったか(何を評価したか)」
「その力をどのように可視化したか」
「可視化された力をどのような方法で評価したか」
「誰が評価したか」
という流れで振り返って概観すると、それは

「模試の偏差値や進学実績につながるような知識・技能を」
「テストによって可視化し」
「ペーパーテストの得点と提出物によって」
「教師が」評価した、ということだろう。

アクティブラーニングは、
学力が、学校教育法30条で規定され、
単なる知識・技能ではないというところに立脚して、
そのような学力をつけるために、
逆向きに設計された授業から学習パラダイムへ
変革するための、授業法である。

更にいえば、先ほど述べたような、
グローバル社会、知識基盤社会、高度接続型社会、
共生社会、地域創生全員参加型社会、超少子化社会
などという、ドラスティックな社会の構造的変化の中で
生きるためのマインドセットを身につけた
人づくりという点に立脚して出現した理念でもある。

だから、それは、個人の授業の工夫という枠を超えて、
学校組織や社会が共通の理念を持って
総がかりで行われて初めて意味を成すものであると考える。

何度も言うが、そういう意味で、アクティブラーニングは、
授業手法であると同時に、
教育理念を内包しているものなのである。

我々は、そういう部分でのゴールイメージを持って、
授業づくりを行っていく必要がある。

それゆえ、私は、模試の偏差値の向上や、
国公立大学の合格実績などの数値を、
エビデンスにすることに違和感を覚えるのだ。

授業はすべからく、大学入試や模試の偏差値に
繋がるところの知識・技能という、
学力の3要素の一部にのみフォーカスをあてて
行われるべきものではない。

そして、学校は、工場で商品を製造するように、
知の注入とその訓練を行う機関ではない。

私たちは、アクティブラーニングの注入によって、
テストの得点が向上したという因果関係だけを
追いかけるような、行動主義的な教育観に
いつまでもとらわれてはならないことを、
今一度確認するべきではないだろうか。


まんだらポジティブ


 

コメント

下町先生

御意です。

そして学校教育の最後の最後の最後の大学課程で、忽然と
「社会人基礎力」(経産省)とか「学士力」(文科省)という名のもと、
先生が主張されている能力が仁王立ちのように学生たちの前に現れ、その習得が求められます。

その能力を是とし、
それが模試なりなんなりで測るべき学習課題でないなら、
ALと模試の点数の相関あるいは因果を説明する必要はないと考えます。
そして一方で、私はALは(模試の点数の向上を企図すれば)必ず模試の点数の向上につながると考えます。
アクティブラーニング入門の著者で、元高校の物理教員の小林昭文先生がなにか「実証」をお持ちかもしれません。

2015/ 06/ 23( 火) 11: 20: 00| URL| しばた# Lis.ZDmI[ 編集 ]
 

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