宮澤賢治の未来型思考

金曜日に、岩手県高P連の定期総会があり、
その中で、宮澤賢治研究の第一人者である
吉見正信先生の講演を聴く機会がありました。

テーマは「宮澤賢治の未来型思考」。

実は、今年度8月に全国高P連が
盛岡市を会場に開催されますが、
そのメインテーマが

「未来圏からの風をつかめ!」

になっています。
これは、宮澤賢治の「生徒諸君に寄せる」
という詩の中に出てくる、
「未来圏から吹いてくる透明な清潔な風」
というフレーズからのものですね。

賢治の言葉には、
今の社会で我々が生きていく中で、
いつも心に携えておかなければならない
「何か」があります。


例えば、吉見先生の講演の中でも取り上げられた、
注文の多い料理店の序文。私も大好きです。

わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、
きれいにすきとおった風を食べ、
桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。

またわたくしは、はたけや森の中で、
ひどいぼろぼろのきものが、
いちばんすばらしいびろうどや羅紗や、
宝石いりのきものに、
かわっているのをたびたび見ました。

わたくしは、そういうきれなたべものやきものがすきです。
これらのわたくしのおはなしは、
みんな林や野はらやら鉄道線路やらで、
虹や月あかりからもらってきたのです。
(以下略)


自然を愛し、自然とともに生き、
日常の小さな一コマにこそ幸せを見出すこと。
そして、物質で満たされる豊かさより、
心の豊かさを求めること。

岩手県民は「心にいつも賢治先生」を
持って生きていきたいものです。

一方、私は、賢治には、グローバルな視点で、
揺るぎなく世界の平和を希求する
力強い姿も感じます。

例えば
「世界がぜんたい幸福にならないうちは
個人の幸福はあり得ない」
で有名な「農民芸術概論綱要」。

私は、この一節を読むと、
遠山啓の「教師をペンキ屋から絵描きにすること」
という数学教育の現代化運動を連想してしまいます。

そしてまた、これは、1980年代に大野村で興った
町興し運動にも通じるのではないかと思います。

当時、大野村を訪れた
東北工業大学の教授の秋岡芳夫氏が、
大工として出稼ぎが多いこの地を、
木工製作という「芸術」を中心とした
「一人一芸の里」という
新しい町づくりを提唱して今に至っているというもの。

この話題はまだ自分の中で
整理がついていない部分もあるので、
いずれまた。


 

コメント

コメントの投稿

  • URL
  • コメント内容
  • password
  • 秘密
  • 管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL: http://simomath.blog.fc2.com/tb.php/848-3bd525d5