J MOOC Open Learning アドラー心理学スタート

教師は、「昔取った杵柄」から抜け出せず、
自分を更新すること、スキルアップすることに
距離を置く人が多いですね。

身銭を切ってセミナーに参加する人は
私ぐらいかも(^^)。

今、授業改善についても、
キャリア教育についても、
大きなパラダイムシフトの曲面を
迎えているというのに、
未だに、自分の経験だけで生徒に接し、
「君臨している」先生を見ると、
思わず「痛いなあ」と感じてしまいます。

私がブログを書き始めた2年前に、
こんな過激なことを書きました。
少し長いのですが・・・

教育現場はある種特殊な空間である。
「教務主任をやらされた」
「管理職試験を無理やり受けさせられてさあ」
などをエクスキューズにしながら、
スキルアップに勤しむことから距離を置く人が多い。

しかし民間ではそうはいかない。
職域が変わったならば、それに応じて、
身銭を投じてスキルを磨かなければ
生活を失ってしまうという危機意識を持っている。

もちろん「民間」と一括りにはできないが、
自発的に研修会に出向くことなく、
悉皆研修(全員を対象とした指名手配研修)に
「いやいやながら」参加するのが
関の山である教員世界とは異なる。

教育現場においては、
そのような自己啓発に勤しむことを
「出世意欲」に置き換えて
冷やかに見る人もいる。
また、「マネジメント」など民間的発想は
教育になじまないという人もいる。

それはもしかしたら一面真実かもしれない。
しかし、そういう職員集団から、
激動する国際社会という荒波に
生徒を送り出すことができるだろうか。

その責任の重さを自覚せずに、
出口指導に明け暮れるだけでよいのだろうか。

そういった社会に子供たちを送り出す我々には
「働くことの意義」を語ること、
そして、自らそれを語れる生き方を
していくことが求められると私は思う。

それは教師が聖人君子となれ、
偉くなれ、ということではない。

偉くないくせに教室で君臨する
「いばりんぼう将軍」ほどイタイものはない。

我々は、自分が「足りない人間である」
という自覚から始まって、
それを克服する努力をし続ける姿を
生徒に見せることが、キャリア教育を
語る資格を得ることではないかと思うのだ。



いやあ、我ながら過激。

私が、もし人に自慢することがあるとすると、
それは、自分はいつも足りないと思っていて、
いろんな人から、様々な事を学ぼうと
いつも思っていることかなと思います。

さて、そういうわけで、私は、昨日から、
OpenLearning, Japan による
オンライン授業を受け始めました。

それは、早稲田大学の向後千春先生による
「しあわせに生きるための心理学
~アドラー心理学入門~」です。

course_card009.jpg


動画視聴を基本とするE-ラーニングですが、
とにかく面白い。向後先生凄い!。

講義内容も素晴らしいのですが、
受講生同士の相互のコミュニケーションや、
自己評価・他者評価を取り入れるなど、
ダイナミックな学習空間が
展開されていることにも感心します。

私は、その内容を学びながらも、
このような教授手法が、高校教育にも
応用できないかと考えてしまいました。

公教育に携わる我々は、巷で次々開発され、
更新されている新しい教授法に敏感に
アンテナを立てていく必要がありますね。

以前から学びたいと思っていたアドラー心理学、
このようなディスタンスエデュケーションによって
勉強できること本当に素晴らしく、
ありがたいことです。


 

コメント

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2015/ 06/ 06( 土) 14: 12: 54| | # [ 編集 ]
 
コメントありがとうございます。DVD26年度版はまだありますので、連絡くだされば送付いたします。
今後ともよろしくお願いいたします。
2015/ 06/ 06( 土) 16: 30: 29| URL| しもまっち# -[ 編集 ]
 

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