今年の終わりに 2学年通信より

12月26日に発行された2学年通信の、

「365日の終わりと始まりに」

という駒込学年長の拡張の高い文章にとても感動しました。


学年長には断っていませんが、すでに配布され、公的情報と
なっているので、ここで紹介させていただきたいと思います。


1枚だけになっていたカレンダーも、もうすぐはずされる。
12枚が綴られた新しいカレンダーとともに、
私たちは新しい時間を意識する。


  暦は約束だった。泰平の世における無言の誓いといってもよかった。
  “明日も生きている”
  “明日もこの世がある”
  天地において人と人とが暗黙のうちに交わす
  そうした約束が暦なのだ。 (「天地明察」より)


しかし、あの日、天地が鳴動し、多くの人にとっての「無言の誓い」
が崩されてから3年目。先月、山田高校を訪れた生徒会執行部は、
その報告で次のように記している。


  今回の訪問で実感したことは <略>
  震災から月日が経つにつれて内陸の人々の被災地に対する
  意識が薄れていき、現在、結果として感じ方に違いが現れて
  きてしまっていることです。 <略> 
  現地の方々は「3.11」や「被災地」などの言葉はあまり
  使わずに、震災の日のことを「あの日」「あの時」
  と仰っていました。
  今の私たちには、メディアを媒介した情報のみではなく、
  直接、現地の方々とお話することでしか得られない情報を知り、
  理解することが求められているのではないでしょうか。


生徒会長のこの言葉を、私たちは真摯に受け止めながら
「みちのくの黎明」のために何ができるのかを考えなければ
ならないだろう。


一方、メディアを媒介としてではあるが、
今年は東北を勇気づける場面も見られた。


「3.11から11.3へ」と言われた。
9回裏、田中投手がマウンドに走る。
スタンドで多くの東北の人たちが雨に濡れながら声を張り上げる。
そこには、プロたちの技術も戦略も超えた熱いものがあった。
そのとき、こんな言葉が球場を覆っていた。


  あと一粒の涙で
  ひと言の勇気で
  願いがかなう
  その時が来るって


フィクションではあるが「あまちゃん」も話題を振りまいた。
最終回で2人の少女が光射すトンネルの向こうへ走るシーン、
その直前の主人公の言葉はこうだった。


  あしたも。あさっても。来年もある。
  今はここまでだけど、来年はこっから先にも行けるんだ


私たちは、こっから先にいこうとしている。
いく粒の涙といくつかの勇気と言葉を携えて。


  私は毎日言葉を手繰る
  ぶつかり合うために
  捕まえるために
  泣き出さないように
  逃げ出さないように
  この手で掴んだものにしか
  私の指紋はつかないのだ
 
  毎朝生れ落ちる今日が、
  毎晩枯れてゆく今日が、
  ぐるぐると回っている

  私が私となるために
  借り物でない言葉だけで私自身をつくってゆく
 
 (全国高校文芸コンクール 詩部門最優秀賞 
  2年2組 高橋真梨「黎」より)

また時はめぐる。
一人ひとりに新たな黎明を約束しながら。
よいお年を。



駒込先生ありがとうございました。

皆さまにとって、2014年がよい年になりますように

 

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