マイナス×マイナスはなぜプラス

先日、フェイスブック上で、
あるブログを紹介されました。

それは、無料塾で中学2年生に
「偶数と偶数の和が偶数の証明」
の指導を行い、
それがどうしても生徒が理解できず
四苦八苦している様子が
書かれているものでした。
なんと、70件近いコメントがあり、
いろいろな人がアドバイスを行っています。

面白く読ませていただきました。

特に感想ということではないのですが、
「~を解かせた」
「中学までの数学というのは、積み重ね」
「わからなくなっている部分まで戻って、
積み直せば大半の生徒は
平均的な理解に達することができる」
などの言葉が少し気になったので、
私は、こんなコメントをしました。

数学が「わかる」というとき、
それは、ある前提から、
矛盾なく推論を繰り返し、
結論にたどり着くこと、
と言ってしまえばミもフタもないわけで、
「わかる」とは、そう単純なものではない
と思います。
例えば今、「わかる」を、
「納得して気持ちよくなる」
と定義してみます。
「気持ちよくなる」ためには、
数学の完全性や無矛盾性だけではなく、
「そこに潜む面白さ、
操作や遊びの中での発見」
みたいなものがあるのではないか。
数学「教育」においては、
ロジカルで、ディダクティブな推論を
完璧に行うことだけではダメで、
教具やシェーマによる
概念の「見える化」や、
知的好奇心に火をつけるための、
遊び心みたいなことも
忘れないようにしたいと私は思っています。



話しは変わりますが、
というか、本題に入りますが、
以前勤めていた学校で、
「マイナス×マイナスはなぜプラスなのか」
と問われたことがあります。

それは、私がその学校に赴任して
間もなくの4月のことでした。

その生徒は、数学がとても苦手という1年生で、
彼女は、掃除時間にこの質問を
私にそっと呟いたのです。

私は、その生徒を納得させようと
いろいろなことを考えました。
しかし、納得する説明を行うのは
簡単ではありません。

ところが、そうこうしているうちに、
聞きつけた生徒の輪ができ、
ああでもない、こうでもないと
大きな議論に発展したのです。

最早掃除はそっちのけになってしまいました。
多くの生徒がいろいろな意見を出しては、
賛否が起こりました。

では、その議論の中から、
私がまとめたいくつかの例を紹介しましょう。

【その1】数学は都合よく定義される
(負の数)×(正の数)=(負の数)を使う
例えば、-3×4というのは、
(-3)+(-3)+(-3)+(-3)=-12
ここから、かける数を一つずつ少なくする
-3×4=-12
-3×3=-9
-3×2=-6
-3×1=-3
-3×0=0   
この流れから
「かける数が前より1つ少なくなると、
計算結果は3ずつ増えていく」
が推察できます。
この規則を維持すれば、
-3×(-1)は、
前の数より3増えるので、
-3×(-1)=3
とすれば都合がいいというわけです。
(数学は、いつでも自然に、
都合がよく回るようにつくられているのだ。
といってむりやり納得!)
-3×(-2)=6
-3×(-3)=9 
という感じですすむ。

【その2】反数と分配法則を自明として
3+(-3)=0 から出発する。
両辺に-2をかけると
(-2) { 3+(-3) }=0
カッコをはずすと
(-2)×3+(-2)×(-3)=0
-2×3+(-2)×(-3)=0
移行して (-2)×(-3)=2×3

【その3】髪の毛の本数
今、1日にちょうど3本髪の毛が
生える人がいるとする。

①現在から、4日後には
 現在より何本増えているか。
 答 3×4=12本
②現在から4日前は、現在より
 何本増えているといえばよいか。
 答 12本減っているのだが
 これを-12本増えたと考える。
 つまり3本×(-4)日=-12本である。

今度は
「1日に髪の毛がちょうど
3本ずつ抜けていく人」
について考える。  

①現在から4日後、髪の毛は何本増えているか。
 答 -3本×4日=-12本 
 つまり12本今より少なくなっている。
②この人の、現在から4日前の髪の毛の本数は、
 現在より何本多いだろうか。
 答 今より12本多いはずだが、これは
 -3本×(-4)日=12本 の説明となる。


その後、驚いたことに、
質問した生徒が目に涙を浮かべながら
私に感謝してくれました。

それだけではありません。
なんと、彼女の母親からも
後日感謝の電話をいただきました。

話を聞くと、中学時代から、
この疑問をぶつけると、先生から
「そんなことは考える必要はない」
「そんなことを考えるからできないんだ」
「そんなのはテストにでない」
と一蹴されていたとのこと
(でも数学検定3級の問題にでているんだけどね)。

そして数学が嫌いになり
数学の授業はいつも隅っこで
ひっそりとしていたそうです。

そんな自分の疑問に
先生が初めて向き合ってくれ、
更にクラスの皆が真剣に議論してくれたことが
とても嬉しかったのだというのです。

そういえばその生徒は、
生徒達が真剣に議論している様子を、
遠慮勝ちに、本当に嬉しそうな顔をして
見つめていたことを思い出しました。

結局、彼女が一番嬉しかったのは、
マイナス×マイナスがプラスになることが
解決されたことよりも、
教師がそれを説明しようと
一生懸命に考えてくれたことや、
クラスの中に、それを解決しようとするために、
知的なコミュニティができたことなんですね。

私は大それたことは何もしていないのに、
こんなにも感謝されることに驚き、
ある種の照れくささとともに、
学びというのは、教師の一方的な教えで
行われるのではないことを実感したものです。


 

コメント

ごぶさたしています、夜雲の父です。

1日に髪の毛が3本ずつ抜けたり生えたりしています。

高校2年の時、数学の教師が大嫌いで、この教師の授業は全くスルーしていました。(教師も、ぼくのような出来の悪い生徒は完全に黙殺していましたが……)おかげで「数ⅡB」は、僕の学問的素養からしっかり欠落しています。以前、先生に教えていただいて、ようやく微分のなんたるかが少しわかるようになりました。その節はありがとうございました。

しもまっち先生が校長先生だと、きっといい学校になるねと娘が言っておりました。僕も、まったく、同感です。数学グッズを肩に背負い、カメラを片手に校舎のなかをうろうろと歩き回る校長先生の姿が頭に浮かび、可笑しくなってしてしまいました。(失礼。)

いろいろと気苦労が多い立場であるかと思いますが、ディープ・パープルをがんがん鳴らしてがんばってください。








2015/ 03/ 28( 土) 19: 11: 17| URL| 夜雲の父# -[ 編集 ]
 
八雲の父さんこんにちは。なかなかお会いできないでしまいました。大野はとてもいいところです。大野キャンパスや天文台、見どころ満載です。是非、一度遊びに来てください!
2015/ 03/ 28( 土) 21: 04: 14| URL| しもまっち# -[ 編集 ]
 
わかることの気持ち良さはやみつきになりますよね。
中学生の頃、同級生のお母様が元数学教師だったので、週に一度何人か集まり勉強会をしていました。
終了時間間近になった時、とても難しい問題が出ました。誰も解けず、宿題となったのですが、帰りの車の中、問題用紙を広げ、なんと、解けたのです!
答えあわせこそ来週になってしまいましたが、これは間違いなく合っていると確信が持てました(確かに合っていました)。
解けた瞬間の爽快感が最高ですね!
これだから数学は大好きです!
2015/ 03/ 29( 日) 19: 51: 04| URL| 夜雲# zjDuAsyg[ 編集 ]
 
こういう勉強会は刺激的ですね。できたときの爽快感、確かに最高ですね。そして、一刻も早く伝えたくなりますね。
以前、私の知り合いのI先生と、ある問題を考えていたのですが、二人とも解けなくて、「じゃあ明日また」といって別れ、その後私がトイレに入っていたら、物凄い勢いでI先生が、私の下に来て「解けた!」といって、私の耳元で解説をはじめました。私が用をたしているのに!です。 ピュアですね。
2015/ 03/ 31( 火) 06: 28: 27| URL| しもまっち# -[ 編集 ]
 

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