「解の公式」の歌と自己言及

今日、ある方から、「解の公式」の歌と
自己言及パラドクスの話を聞きたい
との話をいただきましたので、
ここで紹介したいと思います。

「解の公式」
作詞作曲は、青森県の
元高校教員の中村潤先生。

これを、私が、J.S.BACH 
平均律クラヴィア曲集のプレリュード
(アヴェ・マリア)風にギターでアレンジし、
ピアノ譜にして演奏したものを
ホームページにアップしていました。

すると、以前の同僚(現在金沢医大)の
井上先生が、それにヴォーカロイドで
歌を入れてくれました。

こんな曲になりました。



ところで、この「解の公式」の歌詞、
良く見ると、何か変です。

♪君は覚えているだろうか
 二人で歌った解の公式を


この歌詞を見ると、二人は、
「解の公式」の歌を、
以前にどこかで歌っていたという
情景が思い出されます。

4-1解の公式
(絵は伊藤潤一先生作のネコ仙人)

ということは、そのときも、
「二人で歌った解の公式を」と
歌っているのだから、
その更に前にも「解の公式」を
歌っていなければならない。

すると、その前も・・・・ということで、
下図のような
無限に連なる構造がイメージされます。

4-2解の公式

このような無限連鎖が起こるのは、
「解の公式」という歌の歌詞の中に
「解の公式を歌う」という
自分自身のことが述べられているからです。

これは自己言及型の構文
といわれるものです。

例えば、

「私はいつも嘘をつきます」

というのも自己言及型の構文です。
この言葉が正しいとすると、
「私」が嘘つきであることは
嘘ということになります。

すると、「私」は嘘をつかない
ということだから、
「私」の言っていることは正しい、

ということは、やっぱり「私」は嘘つきだった。

でも・・・

と無限連鎖に陥ります。

さて、この「自己言及」を
実際に目で見てみましょう。
次の動画をご覧ください。



何だと思いますか。 

実は、カメラでTVの画像を
撮影しただけのものです。

カメラはテレビの画面を撮影し、
それを画面に映しだします。

同時に、その映された画像をコミで、
カメラはそれを撮影し、
それを、画面に映します。

その映された画像をコミで、
カメラはそれを撮影し、
またそれらを画面に映し出す・・・・

このような無限連鎖の中で、
合わせ鏡のように、フレームが
無限に映し出されることになります。

この現象は、例えば、
マイクをスピーカーの近くに持ってくと、
マイクで拾った音源が、
スピーカーで再生され、
それをまたマイクが拾い、
スピーカーで再生する・・・
と同じものといえます。

ただ、マイクとスピーカーの場合は、
音が拡大する方向に次々繰り返されるので
「ハウリング」という現象が生じてしまいますが、
テレビカメラの場合は、
逆に画像が次々縮小されていくので、
だんだんある一点に近づいていくように
見られます。

カメラを少し傾けているので、
「自分自身を縮小し別の像として移す」
という写像と
「回転」という写像が合成されるため、
動画のように、螺旋型の図形を生じながら、
像がある1点に向かっていくのです。

こんなカオスとフラクタルの世界を、
数学の世界では「複素縮小写像」
という言葉でシンプルに表現することができます。


 

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