進路選択についてちょっと思ったこと

この時期、高校3年生は、まさに出願シーズン。
慎重に進学先を考慮しているところと思います。

いろいろな業者が、出願状況を分析しています。

理高文低であること。
理系では工、農学系が増加し、理学系は減少。
グローバリズムの影響で
「国際」と名の付く学部の人気が高いこと・・・

このような動向を見て、
私はいくつか心にひっかかることがあります。

それは、大学とは学びを行う場というより、
よい進路先に進むための
準備の場なのだろうか、
学部の選択とは、
一時のトレンドを追いかけること
なのだろうか、ということです。

そして、何も生産せず、
社会への直接的な貢献が見えにくい、
文学、哲学や数学などを静かに
じっくり研究することは、社会の変化に
乗り遅れることなのだろうか、とも思いました。

大学の先生には怒られるかもしれませんが、
私は、大学とは所詮、
人が学習を行うための環境の一つに
過ぎないと思っています。

そしてその学習の意味は、
就職で有利になるためとか、
資格を得るためといった
プラクティカルなものではなく、
自分の人生を楽しく豊かに生き、
賢い市民として行動できる教養や、
価値観、批判力、倫理観などを
持つためのものであると思います。


有名大学に行ったからといって、
それで、良い就職先や、幸せな人生が
自動的に得られるのではないことは
当たり前で、
それを動機にして進路選びをすると、
本当にやりたいことが見えないまま
大人になってしまうのではないか
とも思います。


グローバリズムが叫ばれている中、
遅れてはならじと、
国際系の学部に出願する生徒より、
今、グローバリズムが謳われている
中だからこそ、
夏目漱石の研究をじっくりしてみたい
という生徒の方に、
私は、知性や頼もしさや、
もっと言えば、より国際性を感じます。

余談ですが、漱石の「三四郎」では、
列車の車中で出会った男が三四郎に
こんな話をするシーンがありました。

「熊本より東京は広い。
東京より日本は広い。日本より……」
「日本より頭の中のほうが広いでしょう」


だったかな。

本校でも何度か講演をしていただいた、
人気キャリアカウンセラーの
工藤倫子先生は自身の生き方と重ねて、
「マイノリティ・ブルーオーシャン戦略」
ということをおっしゃっています。

これは、皆が殺到する場や、
大手の企業ではなく、
一見採算が取れそうにない
ニッチな市場に価値を見出す
という考え方です。

普通、非効率で儲からないことは、
人がやりたがらないし、
仕事に繋がるかどうかも分かりません。

しかし、そのような「いばらの道」を
歩むためには、頭を使って、
考えて行動するということが
必然として生まれるし、
骨は折れるけれど、
手間や時間や愛情を注ぐことで、
自信や、他人からの信頼、
そして新しい価値を生み出す
ことができるということです。

結果的に、安定や、親方日の丸を
目指す人より、深い考えと行動力を持ち、
ささやかなことにも達成感や
喜びを抱くような、豊かな心を持って
人生を送ることができると
ポジティブに考えることもできるわけですね。



人がいっぱいで混んでいる
トレンドの世界の中で淘汰されていくよりも、
空いている道にこそ、
それまで誰もが見つけることができなかった
Something があるかもしれません。

そう思うとワクワクしてきますね。
きっと、どんな進路を選んでも、
その人の心持ち一つで、
素晴らしい出会いとなるのでは
ないかと思います。

岩手山と道路
 

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