「たまご」≡「まこと」

昨日、ヴィゴツキー研究の第一人者である、
柴田義松先生の「ヴィゴツキー入門」
を読んでいて、
ハタと膝を打ったことがありました。

それは、その中のピアジェについて
書かれている部分です。

ピアジェは、幼児の空間表象の特徴は
「ユークリッド的」ではなく、
「トポロジー(位相幾何学)的」
であることを見出しました。


という記述です。

これは、子どもの空間表象の
話ではありますが、
私は、これを読んで、
なぜか幼児の言語活動について
思いをはせました。

実は、私の娘が幼少の時、
「たまご」のことを「まこと」といっていました。

大人たちが、必死に「た・ま・ご」と教えても、
娘は、それをあざ笑うかのように、
満面笑みを浮かべながら

「ま・こ・と」と。

娘の中では「たまご」≡「まこと」なのですが、
これは、まさにユークリッド的な合同ではなく、
位相合同というべき解釈で
考えられるのではないかと思ったのです。

因みに、図形の合同には、

●普通にピッタリ重なり合う合同
 (ユークリッド的合同)
●正方形を平行四辺形に変形するような
 変換を許して重なる合同(アフィン合同)
●千切ったり、切断したりせず、
 引き延ばしたり縮めたりして重なる合同
 (位相合同)

があります。

例えば、正方形と円は、
ユークリッド的には非合同ですが、
位相幾何的には合同となります。

話しを戻しますが、
「たまご」も「まこと」も対応する
位置に注目したとき、
同じ文字は一つもありません。

しかし、なんとなくリズムが
似ていることもあり、
大人たちも、
「なるほど、『まこと』は『たまご』なんだ」
と妙に納得させられたという記憶があります。

もし、「たまご」が「たまも」とかいうんだったら、
これは「ご」が「も」に変わってしまった、
単一誤りが起きた、と、
論理的?に解釈して安心できるかもしれませんが。

それは、いわばユークリッド的解釈で、
大人たちにとっては腑に落ちる
誤りだと括られるでしょう。

しかし、幼児は、
そんなユークリッド的解釈ではなく、
「たまも」を「まこと」というように、
位相幾何的な概念で言語を獲得している
ということではないだろうか。
そう思い、なるほど、と膝を叩いたわけです。

私が尊敬して止まないジャズピアニストの
山下洋輔氏のエッセイに、
江戸っ子弁の話が出てきます。

粋でいなせな江戸っ子は、
「大工」は普通に「だいく」なんて
言ってられねえってんで、
当然「でーく」。

「たい」は「てー」。

「とーちゃんのためなら、えーんやこーらい」は
「てーちぇんのてめねれ、
えーんやけーれい」となる。

では、
「きつねうどん」はどうか。
山下洋輔氏によると、
「けてねえでん」でもいいが、
ここは酢豆腐的に変化して
「けたなはろん」でもよい、と述べている。

今回、その意味が初めてわかったような気がします。

「きつねうどん」≡「けたなはろん」

とするのは、まさに位相の世界での
合同ということなのですね。

芸術家は、時に幼児と
同じような発想をします。

天才山下洋輔ならではの
「けたなはろん」ではあります。

私たちは、幼児期の原始位相的な世界観を、
どんどん捨て去って、ユークリッド的な
「分別」をまとってしまったのかもしれません。

いわば、芸術家や天才になれなかった
我々大人たちは、心も身体も思考も
ユークリッド空間で考えていくしか
ないのでしょうね。

こんな馬鹿な話をして、
受けているのは一人私だけですね。
もしかしたら、井ノ口さんが受けてくれるかも・・・



 

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