一人の時間も大切だ

今日から
「ふれあいランド岩手」がオープン。

初走りをしました。
といっても、トレッドミルで
高々4km程度ですが。

でも、こうして1人ジムにいる時間は
とても貴重です。

ジムに通うということの理由は、
もちろん、体力を向上(維持?)
させるためでしょう。

でも、もう一つ、
メンタルな見方もあります。
それは、一人を楽しむ
一人の時間を生きる、ということです。
少なくとも私はそうです。

一人で黙々とストレッチしたり、
走ったりするという行為は、
大袈裟にいうと、
人間がコミュニケーションから解放され、
自分を整理し直す時間として、
実は「コミュニケーションをとることと
同じくらい」大切だと思うのです。

私たちは、授業において、
生徒どうしの教えあいや
グループディスカッションなど、
コミュニケーションをとることの
重要性を訴えます。
それは確かにその通りです。

実は、ここから山形大の
井ノ口先生の受け売りなのですが、
哲学者の和辻哲郎
「人間の学としての倫理学」によれば、

人間とは、人に間柄を伴ったもの、
つまり、「人間」とはそもそも、
デフォルトとして、
コミュニティなり、
リレーションシップが
コミになっている存在であるとのことです。

非常に卓見であり、
それは、本校の参加型授業の理念を
後押ししてくれる理論であるとも思いました。

しかし、であればこそ、
人間は、一人になって、考えを整理し、
その上で、他と繋がっていく
という循環が必要ではないかと思います。

学習について言えば、
教師の講義や、他との協働などで
得た知識や理解を、
まず一人で咀嚼し、
自分の軸を作り出すプロセスを経た後に、
外化していくことが
実はアクティブな学びの
形態ではないかと思うのです。

まあ、こうして、このブログを
書いていることが、
そもそもそういう活動なのですが。


 

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