年末年始学習会

元旦の新聞記事に、
大晦日に盛岡三高で行われた
自学自習会の様子が
大きな写真とともに紹介されていました。

今は、ほとんどの学校で
年末年始にかけて、
3学年の先生方が
自発的に校舎を開放し、
生徒に学習の場を提供しています。

以前勤務していた学校では、
このような自学自習会は、
他の生徒と話をしたり、
先生に質問をすることを許さず、
厳しく時間管理をしながら
(遅刻は許さない、
チャイムを鳴らしながら
自学時間と休息を一律・一斉に行うなど)、
教室に整然と着席して、
あくまで一人黙々と行う
というスタイルで行われていました。

そして、結構そのスタイルが
効果的だということで、
他の学校に伝わっていったように思います。

そんな中、本校はその点実に緩く、
時間配分は各自のペースにまかされ、
時に職員室に質問に来たり、
生徒同士で相談しあったりもOKです。

登校時間も決められていますが、
出入りもわりと自由な雰囲気があります。

つまり、あくまでこの自学自習会は、
そこにある種の劇的な効果を
期待して行っているというより、
単に学習場所の提供ということに
徹しているのが本校の特徴かと思います。

こうして正月から学校に集まって
勉強する意味を
「大晦日も正月も関係なく一刻を大事に、
わき目を振らずに勉強する体験」
という、ある種の悲壮感を伴った
ガンバリズムに求めるより、
生徒をエンカレッジするための
学習環境を提供することにすぎない
とするこのシステムに私は賛成です。

もちろん、時には、
徹底的に黙々と頑張ることは大切です。
しかし、それが、
他から強制される中でしか行えない
というのは少しレベルが低い
考え方だと思います。

授業でも、教師の余談的話題や、
発展的内容が始まると、
とたんにテストと関係ないからと
顔をしかめたりする生徒や、
家庭学習時間調査で、
異様に勉強時間が長い生徒は、
長期的に見ると、
成果が上がっていないように
思えることがあります。
何か、学問に楽しく付き合うというより、
嫌なモノを避けるために
必死に闘っているという姿が
垣間見えるのです。

それより、リラックスと緊張の
切り替えを上手に行いながら、
友人や先生との対話を自由に行ったり、
自らペース配分を考えたり
していく生徒の方が、
知への欲求が高く、
良い成果をあげる場合が
多いように感じます。

何より、将来にわたって
学び続ける力という意味においては、
明らかに優位です。

さて、前置きが
ことのほか長くなりました。

元旦の昨日、
近所の紫波農園で作っている
ラフランスの差し入れを持って
学校にいきました。

そのラフランスは、
形は悪かったりする
「わけあり品」ですけれど
味は抜群です。

学年長と2人で、
せっせと皮をむきました。
校内放送で
「おやつの時間ですよ」
と学年長がアナウンスすると、
ぞろぞろと職員室に
笑顔の生徒が押し寄せました。

束の間のリラックスタイムを、
次の集中への力にしている
生徒達の様子を見ることができ、
少し嬉しくなりました。

明日も頑張ろう!



 

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