ノンクトンクと綾戸智絵

今日、書道部・華道部合同展に出かけた後、
ジムでトレーニングし、
その後、盛岡が世界に誇るジャズ喫茶
「ノンクトンク」でジャズを聴きながら、
ぼーっとしていました。

広くてお洒落な空間で、
音を静かに浴びることで心も身体も癒されます。

マスターとママさんと、綾戸智絵トークをしました。

実は、来週の日曜日、綾戸智絵のライブが、
ここノンクトンクで行われます。

綾戸さん本人から、ノンクトンク25周年のお祝いに、
東京から駆けつけてくれるとの電話があったそうです。
何と、当日朝に東京を発ち、ライブ後に、
最終の新幹線で帰るという、
まさにノンクトンクのためだけに来盛されるとのこと。

私は、1998年に綾戸さんのファーストアルバム
For All We Know を聞いてぶっ飛び、
以来、リリースされる度に
彼女のアルバムを買いまくりました。
今は、「智絵熱」も覚めましたが、
アルバムの数を数えてみたら12枚もありました。

綾戸01


綾戸智絵とノンクトンクの関係はとても古く、
彼女は、ここでのライブをきっかけに
ブレイクしたといってもいいと思います。

ファーストアルバムのライナーノートに、
児山紀芳氏が、
綾戸千絵とノンクトンクとの関係について
こんなことを書いています。

<前略>
さらに1月15日(1998年)に、盛岡の「のんくとんく」で
歌ってもらいたいと彼女にお願いした。
毎年成人の日にその年一番期待される
ミュージッシャンに白羽の矢を立てて、
「のんくとんく」でライブを行うのが
10年前からの恒例となっている。
もちろん、盛岡の人たちは綾戸智絵といっても
知っているはずもなかった。
公式にはまだ一枚もCDはないわけだし、
第一、私自身も数か月前に始めて
ライブに接したばかりという具合なのだ。

しかし、盛岡の友人たちは、私の“智絵熱”に
共鳴してくれて、ライブを楽しみに待ってくれた。
<中略>
盛岡でのライブは文字通り
「music speaks itself」だった。
彼女は2時間あまり、ピアノを弾き、
ジャズとゴスペルを歌って
何度となくアンコールに応え、
聴き手の魂を揺さぶり続けた。
涙を流しながら聴いている人もいた。
ライブが終わった後、何人かの人たちは
腰が抜けたようになり、
すぐには客席から立ち上がれなかった。
誰もが初めて聴く綾戸智絵に大きな衝撃を受けた。
<中略>
聴くところによれば、かねてから抗ガン剤による
治療を続けてきた彼女が
喉にポリープのようなものができたと変調に気づいて、
いくつもの病院で診てもらい、
その結果「歌えるのはあと1年位かもしれない」
と宣言されたのは数年前のことという。

以来彼女は、
「このステージが最後になるかもしれない」
という思いを抱きつつ身体を張って
毎回ライブをつとめてきたのだ。
一回ステージをつとめると、声がかすれるので、
数日は休まないと次のステージには立てない・・・
そういう数年間が続いている。
しかし、それでも彼女は歌うことをあきらめない。
歌は彼女の生き甲斐、生きていることの証なのだ。
これ以上は書かないが、
綾戸智絵のパフォーマンスが
聴き手の心を揺さぶるのは
彼女はひとつひとつの曲に彼女の全人生・命を
賭けているからに他ならない。

(CHIE AYADO /FOR ALL WE KNOW
ライナーノート(智絵さんをめぐって)より抜粋)

綾戸智絵は、
今やテレビでも売れっ子になりましたが、
このように、各地にいる昔からのファンを大切に、
利益度外視で、歌う活動を続けているのですね。

綾戸02
綾戸智絵ファーストアルバムの上に
ノンクトンクのフライヤを置いてみた



 

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