アクティブラーニングと参加型授業

最近は、何かと
「アクティブラーニング」
という言葉が躍っています。

本校の「参加型授業」も、
いわば
「盛岡三高型アクティブラーニング」
ということなのでしょう。

でも、私は敢えて「参加型」
という言葉に
少し拘ってみたいと考えています。

授業改善、授業力向上といったとき、
そこにはいくつかの観点があります。

かつては、知識や技能は
「大量に」、「一斉に」、「効率的に」教える、
という考え方が主でした。
そんな中での授業改善とは、
能力別クラス編成など、
教える側の都合という視点で
行われていたと思います。
その結果として、
多くの弊害が生み出されたことも事実です。

その反省や、
それまでの大量生産型社会が行き詰まり、
新しい価値観が求められ、
教育や学力に対する考え方も
大きく変化していく中で、
今まさに、アクティブラーニングが
脚光を浴びているということだと思います。

アクティブラーニングでは、
教師の授業技術を云々するというより、
集団の中で、
教えあいなどの主体的な活動を通して、
学習定着率を高め、
結果として学力の向上を図る
というのが目指すところでしょう。

アクティブラーニングのセミナーなどで用いられる
ラーニングピラミッドは、
いかにして学習定着率を高めるか
を示す一つのモデルですね。

ラーニングピラミッド01


さて、ここで、本校の「参加型」の意味を
考えてみたいと思います。

私は、「参加型授業」を、
アクティブな授業形態を指すだけでなく、
共生社会の実現に寄与するための
「マインドの育成」
という視点で捉えてみようと思っています。

今、特別支援教育の推進が
謳われて久しいのですが、
特別支援教育とは、
特別な場で、
特別の資格を持つ教員が行う教育
だけではなく、
すべての学校のすべての教員が
行うべきものであるという
考え方が強くいわれています。

それは、単に障害者が生きやすいような
優しい世の中をつくるというだけでなく、
特別支援教育をすべての人が理解し
推進することが、
ひいては共生社会の実現につながる
という意味を持っているからです。

共生社会とは、誰もが互いに尊重し、
支えあい、他者の意見を傾聴し、
相互に認め合う社会、

それは、障害者を含め、
あらゆる特性(個性)も
社会の構成者として活躍し
貢献することを保証する社会ともいえます。
つまり、全員参加型の社会です。

それは、寛容な社会という一面だけではなく、
行き詰った社会に変革をもたらす
非常にポジティブな戦略と
考えてもいいのではないかと思います。

ポスト産業主義社会と言われる今、
均質と効率性という価値観や、
一斉労働とピラミッド型上意下達の労働組織
という考えは崩れ、
今は、自身の特性を活かしつつ、
他者と繋がって、
集団や組織の目標達成に貢献できる
人材が求められています。

様々な人々とプロジェクトで繋がり、
異なる分野とジャンルを超えて
コラボレートする。
他者と積極的に関わり社会参画を試みる。

このような中で、
新しい価値は創造されていく、
これをイノベーションというのでしょう。


盛岡三高の「参加型授業」を、
このような
「様々な人々の多様なあり方を認め合う
全員参加型の共生社会を築くための準備の場」
という文脈で捉えることで、
学校が社会に果たす責任という意味から、
授業の在り方を提起するもの
となるのではないかと思います。

長文にお付き合い下さりありがとうございました。






 

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