河合塾フォーラム終了

仙台での河合塾フォーラム
無事に終わりました。
今、仙台から到着しました!

50分間とても気持ちよく
話をさせていただきました。

ワークショップの質疑コーナーでは、
佐々木先生と高屋先生にたくさん
対応していただきました。

ありがとうございました。

50名を超える意欲的な参加者。
アクティブラーニングに関心を寄せる
先生方がとても多いことを実感しました。

このような会で、必ず出てくる質問として、
「このようなアクティブな授業も結構だが、
これでは教科書が終われないのではないか」
というものがあります。

私は、この類の質問に出会う度に思うのは、
授業とは教科書を進めることなのだろうか、
ということです。

年間指導計画の予定表に従って、
教科書を順次進めていくことが、
その教科を教えたということなのでしょうか。
多分、説明責任的にはそうかもしれません。
そのように考える人には、
グループ学習などで学びを深化させることは、
道草的な授業と映るのかもしれません。

でも、生徒目線ではどうなのでしょう。

学ぶこととは何なのか。
それは、教師が生徒に教科書にある
知識を注入することに過ぎないのか。


かなり昔の話ではありますが、
國學院大學教授の里見実氏は、
対話による授業の推進を唱え、
現在学校現場で行われている
一方通行型授業に対して、
次のような辛辣な意見を述べています。
少し長いのですが引用します。

<前略>
こうした主張に対しては、
いつも、同じ反論が蒸し返される。
「大変結構な理想論ではあるけれども、
いかんせん“時間が無い”」という反論である。
「講義式の授業ですら、教科書の内容を
すべて教え切ることは困難なのに、
まして、そのような時間のかかるやり方を
していたのでは、必要な知識を生徒に
習得させることはとうてい不可能である」
という議論である。
それは制度の在り方と密着した、その限りで、
大変<現実的な>実感でもあるだろう。
実際には時間がないわけではない。
時間はある。その時間をどう生きるかという
選択の違いがあるにすぎないのである。
むしろ、自分で活かすことのできない時間が
あまりにも多すぎるから、
教科書や指導書の指示にもとづいて、
時間を埋めているというのが
本当のところではないかと思う。
「必要な知識」なるものは、
そのための隠れ蓑として使われているに過ぎない。
<能率的に>教科書の内容を生徒の頭に
移し入れている(つもりでいる)教師たちは、
だが、そのことによって、生徒の精神を受動化し、
知識をみずからのものとしてつかみとる力を、
彼らから奪い取っているのである。
知ることの楽しさを、つまり物事の中に
深く入り込むことの楽しさをしらない生徒達は、
当然のことながら、教科書に書かれた
知識をも含めたすべての知識に、
内発的な関心や興味を失っていくのである。
そうした「教育」に時間をかければかけるほど、
それは、生徒の感覚や思考力を
いっそう麻痺されるものとなるものとなるだろう。
(中略)
対話にもとづく知の探究を「時間の浪費」
と考える教師たちは、
学習者を人間的主体性を欠いた物と化すことによって、
知識そのものを死物と化しているのである。
どんなにすぐれた知識でも、
人間が人間であることをやめるような仕方で
それが習得されているかぎり、
それは、精神をいっそう無力化する
重圧となることはあっても、
たえず物事に問いかける活発な精神を
育む力とはなり得ないだろう。
その意味では、一見能率的な知識の注入は、
かえって時間を無駄に使い捨てているのである。

僕らが時間を節約し、手際良く、教科書の
すべての知識を生徒達に伝達したとしよう。
生徒達の社会を読む力が、
それでいささかなりとも、高められるであろうか。
回答は教師自身が、誰よりもよく知っている。
いや、それは、教師自身の姿において、
すでに示されている。
(「学校を非学校化する新しい学びの構図」より)



 

コメント

初めまして。私は三高OBで小学校の教員をしています。6月頃から毎日読ませていただいています。(息子も娘も運よく三高に入学できました。)今日の内容を読んで考えさせられました。小学校でさえ学期末の時には、教科書をの内容を教えるために、講義式の授業になることがあります。そんな時に児童は正直ですので、つまらなそうにしたり、遊んだりします。(高校生みたいにだっまて聞いていません。)でも、それでは児童に力はつきません。わかってはいるのですが、評価の時期にはそんなつまらない授業になることもあります。小学校と高校の違いはありますが、わたしも参加型の授業を目指しています。ここに書かれていることを参考にしながら頑張っていきます。
話しは変わりますが、ここには学校のホームページには載らない三高の情報や音楽の話題がありとてもたのしく読ませていただいています。お忙しいととは思いますが、内容の更新をよろしくお願いします。
2014/ 09/ 21( 日) 11: 26: 00| URL| 鵬がんばれ# -[ 編集 ]
 
コメントありがとうございます。
アクティブな授業は、小学校ではとても活発に行われているのですが、高校では、殆どが一方通行型の授業ですね。小学校で楽しく学んできたことが、上級学校に進むにつれ、勉強が嫌いになるということにならないように、私たちはもっと授業改善や、学びとは何かということを考えていく必要があると感じています。
小学校の授業から学ぶところはたくさんあると私は思っています。これからもご提言をいただければありがたいです。
2014/ 09/ 21( 日) 15: 41: 20| URL| しもまっち# -[ 編集 ]
 

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