複式授業と習熟度別授業③

このテーマ3回目になります。
今回は、習熟度別授業が展開される理由
について、私見を述べて
まとめにかえたいと思います。

授業とは、もちろん知識や技能などを教える場
であるわけですが、それだけではありません。
集団の中で他と関わりあう力、
多くの情報を取捨選択し自律的に行動する力
などといった、「生きる力」を育む
一つの啓発的な場でもあるわけです。

だとすれば、私は、
クラスを解体・再編成するのではなく、
通常クラスで授業を行う方が、
より生徒の成長を促すことが
できるのではないかと思います。 
 
それなのに、なぜ、多くの学校で
習熟度別編成による授業が
展開されているのでしょうか。

その理由として考えられることは、
数学の評価を、テストの点数という
モノサシのみで考えていること、
つまり授業が知識・技能の習熟のみの場
として意義付けられているのではないか
ということです。

そういう視点で捉えると、
習熟度別編成で展開される授業は、
必然的に数値(点数)を伸ばすことを
第一義としたトレーニング型の
展開になっていくと考えられます。

昨年度、本校で東京大学の三宅先生と、
埼玉県浦和高校の野崎先生をお呼びして、
協調学習と呼ばれるアクティブラーニングの
公開授業を行ったことがありました。
「理想的な答案づくり」というテーマでした。
このとき、グループ活動(ジグゾー活動)を
観察していたら、
数学のテストの成績が悪い生徒でも、
非常に建設的な発言を行い、
グループの意見をまとめ、合意形成に
力を発揮していたことに感心しました。

つくづく、教育とは、眠っている生徒の力を
いかに引き出すかということなのだなあと感じました。

もし、これが、単なる問題演習と解説だけで
進められる授業であれば、その生徒は、
恐らく一人隅っこで、板書を写しているか、
あるいは、「あなたはこのクラスでは無理」と言われ、
ベイシッククラスへ振り分けられていたかもしれません。



2002年にニュートリノの研究で
ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏は、
受賞後、市民を対象に多くの講演会を行っています。

もし、彼の講演内容が、
ニュートリノや反粒子や電磁相互作用に関する
本格的な講義だとすれば、
当然ついていける人間は限られているでしょうから、
聴衆を「選んで」行われるはずです。
しかし、ニュートリノの研究を通して、
未来の世界像や、研究の面白さ、
科学の大切さや可能性などの講演であれば、
小学生から科学者まで、
学歴や知識・技能の習熟の差に関係なく
講演に参加することができるでしょう。



授業を通して、「学力をつける」というのであれば、
今やその「学力」には「知識・技能」だけではなく、
「主体的に学習に取り組む態度」や
「課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力」
も含まれているということを教師は自覚しなければなりません。

それは、法律にも規定されたことでもありますが、
一斉労働や大量生産、均質と効率性を追求する社会が
行き詰ったことから生まれた必然でもあると思います。

そのような中、知識・技能の習熟の度合いだけで、
クラス編成して効率的に授業を行おうという考え方は、
実際に社会に旅立つ生徒への夢や希望に
こたえるものではないと私は思います。




 

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