女性の進出と登用

安倍内閣は積極的に女性の登用を謳っている
との報道が盛んになされていますが、
私は、これは、ことさら安倍内閣だから
ということではなく、世界、社会の
潮流の中での必然であると思っています。

先日、産業能率大のアクティブフォーラムで、
小林先生から、現在の、
「産業主義社会から知識基盤社会への移行」
という変化は
「明治維新や太平洋戦争敗戦のとき
よりも大きな変化」
といわれている、ということを聞き、大変驚きました。

「知識基盤社会」とは、文部科学省によると
「新しい知識・情報・技術が
政治・経済・文化をはじめ、
社会のあらゆる領域での活動の基盤として
飛躍的に重要性を増す社会」
と定義されています。

その一方で、教育学者の佐藤学氏などは、
「知識基盤社会」を、それまでの、
「産業主義社会」が行き詰まり、収斂した社会、
つまり「ポスト産業主義社会」という文脈で捉えています。

麻布教育研究所の村瀬公胤氏は、
知識基盤社会と産業主義社会の特徴を
次のような表で対比させています。
産業主義社会と知識基盤社会

このように、知識が高度化、複合化、
流動化するポスト産業主義社会において、
求められる力とは
「高度な複合的知識」
「創造的思考力」
「発信力と傾聴力」
「ネットワークを形成する力」
「協働で問題解決をする力」
「多様な人々と共生する個性」
「生涯にわたって学び続ける能力」
などがあげられています。

そして、ICT機器の進展によって、
職場という閉じた世界だけではなく、
あらゆる場面で、他者とつながりながら、
そのような能力が発揮される
状況が生まれているということです。

だから、子育てをしている女性でも、
時間に拘束されず、
発信し、ネットワークを形成し、
イノベーションを生み出していくことが
可能だということです。

更に、このように、価値や考え方を含めて、
社会が構造的に変化したことで、
女性という存在が、魅力ある社会的リソースとして、
経営者からもウェルカムになっていると私は感じています。

さて、
学校現場を見てみると、
昔は、仕事は上から言われたことを、
それが多少理不尽であっても、
それを忠実に守るということが良しとされていました。

誰かが批判的な見方をすると、
「お前は黙っていろ」などとたしなめらたりする。
PDCAの視点なんか無いのですね。

「遅くまで残って仕事をしている」とか、
「家庭を犠牲にして」とか
「上司に忠誠を尽くす」といったところが、
教師の「隠れた評価」だったり。

そのようなヒエラルキーの中で、
「進学校には女はいらない」とうそぶく教員もいたり、
「あの先生は年休が多い」などと後ろ指をさす
先生もよく目にしました。
(そして、そういう教員がまた管理職になるんだ)

そういう中で、若い教師は
「訓練された無能(trained ignorance)」化し、
女性教師は蔑視されるという
悪しき循環があったと思います。

今は、さすがにこのような職場は
ありませんよね(あったりして!)

学校現場では、そのような前年踏襲、
上位下達の業務ではなく、
プロジェクトによってつくられるグループや
人間関係の中で、個性を活かし、
学校外部も含め、様々な層からの発想や
提言を活かしながら、
協働で問題を解決していくスタイルに
変革されています。

そこでは、遅くまで作業を頑張った人が
偉いわけではなく、それより、
求められるのは「考えること」や
「傾聴・発信すること」であり、
得られたアウトカムを
全体で共有することだと思います。

これは、そのまま、特別支援教育の視点、
つまり、共生とインクルージングの考えにも
結び付くと思います。
つまり障害者を
「インクルージングしてあげる社会」ではなく、
「インクルージングする中で、
新たな価値を生み出せる社会」
という積極的で戦略的な視点です。

さて、そういう社会の到来により、
明らかに、女性が、能力を発揮する
場面が増えるのは必然であると思います。

私は、盛岡三高で2年勤務する中で、
知識基盤社会をリードしていく
多くの女性に出会い、学びました。

本校の活躍・躍進は女性の
活躍なしに語ることはできません。

長くなりました。この続きは、また後で。


 

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