三陸実習

一昨日、本校1年生が三陸実習を行いました。
朝8時に本校を出発し、
18時を大きく過ぎて学校に戻ってきました。

田老地区、大槌地区をまわってきた生徒達は
こんな感想を抱いています。

 大槌町は、成人したら約7割の人が他の地区に移動してしまうと聞いて、とても驚きました。また、大槌では震災前は1万5千人もいた人々が、現在は1万2千人、そして、2040年には8~9千人まで人が減少していくと知ってとても残念に思いました。そのために、平成30年までの復興計画を立てて980戸の災害公営住宅を建設していくことで人口流出を防いでいって欲しいと思います。
 宮古地区での実習を通して、あらためて防波堤の大切さ、必要性を感じました。実際に防波堤の上から周りの景色を見てみると、防波堤の近くはいまだに草が生えていて、家があまり見られなかったです。しかし、高台の方にはたくさん家がありました。ハマギクの花ことばにもあるように「逆境に立ち向かう」よう僕も復興に協力していきたいです。


 大槌では、主に被災地の現状や課題を、具体的に知ることができました。復旧期から再生期に変わった現在、いまだにたくさんの課題があるとわかり、これからも支援していくことが大切だと思いました。
 宮古では、実際に津波の映像を見たり、防波堤に登って、目や耳、肌などで感じ、ガイドさんの話で、主に被災者の心の声や感情を知ることができました。津波の映像は、今まで見た中で一番リアルで、とても怖かったです。
 黒くなって、一気に流れてくる津波は、本当に恐ろしい魔物だと思いました。そして、ガイドさんのおっしゃった言葉にとても感動しました。特に「幸せだから笑うのではなく、笑うから幸せがやってくる」ということばが印象に残りました。「津波てんでんこ」というように、「自分の命は自分で守る」ということが防災意識を持つ中で一番大切だと思いました。そして、今自分がここにいること、家族がいること、幸せに暮らしていること、そんな当たり前だと思っていることに、あらためて感謝し、この気持をずっと忘れないで生きたいです。


 最初に訪問した大槌町役場では、職員の方のお話の中で、復興について語った場面が印象に残った。何百年もかけて作り上げてきた町が、一瞬にしてゼロになったのに、それをたった7、8年で元のように戻すことができるのか、復興案ができたとしても用地やお金、そして働く人を確保できなければ案が実現することは不可能だ、などという言葉は、町民にとって一番の支援者であるが、一人の被災者でもある職員の方の本音なんだと思った。
 宮古市田老での実習は今回で2回目だった。1回目の時よりも高台を作る工事が進んでいたり、がれきの撤去が完了していたりしたので、一歩一歩前に進んでいることを実感したが、ガイドさんの「3年経った今になってやっと復興への取組みが始まるのだ」という言葉は本当にその通りだと思った。ちゃんとした町づくりはまだ始まってもいない。自分たちは絶対に東日本大震災を風化させてはいけないと思った。


 大槌での実習で、平野さんの「生きていることが後ろめたい」という言葉がとても印象に残っている。周囲の人々が亡くなる中で、自分自身が生き残った。それに対する責任を持って、使命感を感じながら職務に励んでいらっしゃるんだなと思った。被災地の行政職員の方々の精神的、肉体的な負担というのはとても大きいのではないかと思った。また、命を大事にして欲しいということを何度もおっしゃっていた。津波によらず、日々の生活の中においてもそのことをもう一度、意識を改めていきたいと思った。
 田老での実習では、津波の映像、実際の防潮堤を見たわけだが、やはり話を聞くだけでなく実際に視るということが危機意識を根付かせる上で重要だと思った。また、防潮堤の設備、隅切りなどの工夫等、震災以前から対策は行われていたが、死者は出た。やはり、ハード面はもちろんのことだが、一番はソフト面、人の意識が大事だと思った。大槌、田老、沿岸地帯が5年後、10年後どういう町になるのか。5年後、10年後それを後押しできる存在になりたいと思った。



生徒達は、今回の経験を踏まえ、
それぞれが課題を設定し、
復興への提言を発信する取組みを
1年間かけて行います。

 

コメント

コメントの投稿

  • URL
  • コメント内容
  • password
  • 秘密
  • 管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL: http://simomath.blog.fc2.com/tb.php/328-cf7deba9