あなたは成仏できましたか?

6月8日に3学年PTAが行われました。
なはんプラザで研修会を行い、
その後、ホテルグランシェールに移動して
懇親会という、例年にない、
ガッツのある試みでした。
懇親会もとても楽しく、実り多き会でした。

高総体が終わり切り替えの時期を迎え、
3学年の保護者の皆さんの
気合を感じた一日でした。

冒頭の私の挨拶では、「切り替え」について
お話をさせていただきました。

以下に紹介します。




本日はお忙しい中お運びくださいまして
ありがとうございます。

3年生の特に運動部の生徒の多くは、
高総体を終えて、
ひとくぎりついたのではないかと思います。

だから、切り替えて
今度はしっかり勉強に向かいなさい、
ということを殆どの人はいうかもしれませんね。

でも、私はその前に、
「ひとくぎりつける」ということを
掘り下げてみたいと思います。

確かに、高総体は終わった。
だから時間的にはひとくぎりである。

しかし、そのとき、自分の心の中にも
「ひとくぎり感」があるかということです。

自分がやり遂げた感、
つまり心が成仏されているか
ということが問題です。

成仏されないまま、
「終わったんだから次に向かえ」と
外側にいる人間がいうのは
無責任なことのような気もします。

また、私としては、次に向かうのであれば、
その出だしのパワーを
最大にしていきたいと思うのです。

そのためには気持ちの整理、
心がすっきりと成仏されることが
必要ではないかと思うのです。

皆さんのお子さんは成仏されましたか?

先日、ここにいらっしゃる理事の
瀬川さんのフェイスブックの記事を見て、
とても感動しました。

娘さんの高校での部活が終了し、
東北大会へは行けなかったけれど、
これまでの未経験者で苦しんだ日々、
勉強との両立に頑張った日々について、
万感の思いで綴っていました。

そして、最後はこういう言葉で締めくくっていました。

「これからは大学受験に向けてまっしぐら。
文武両道で頑張ってきた2年は
決して無駄ではないはず。
志望校合格に向かって頑張れ!
でもまずは、好きなもん食べな」


私は、この記事を読みながら、
こうやって子どもが頑張ってきたことを認め、
激励し鼓舞しつつ、でもそれと同時に、

「好きなもん食べな」

という優しさにつつんであげる。

これが次に向かわせるパワー、
成仏させることにつながるのかなあと思いました。

そんな家族の愛に見守られた子どもたちは、
結果を云々する前に、
すでに紛れもない勝者であると私は思います。

なぜなら、そのような親の愛の力は、
単に競技の結果を左右することなどより、
ずっと大きなものを与え続けてくれるからです。

そして蛇足ですが、瀬川さんの記事を読むと、
成仏するべきは子どもだけではない、
親もなんだなあと思いました。

瀬川さんはこの記事を書きながら、きっと
自分の気持ちを整理しているんだなあ、と。

親の気持ちも成仏し、前に向かうためにも
この学年PTAの意義があるのかもしれません。


さて。

高総体ではアーチェリー部が
盛岡工業の団体30連覇を阻む
劇的な優勝を勝ち取りました。

剣道部の山口君は
他を寄せ付けない強さで個人優勝し、
インターハイ出場を決めました。

また、昨日の新聞報道にもありましたが、
放送部が高総文祭放送部門大会
兼NHK杯のラジオドキュメント部門で
最優秀賞を受賞する快挙を成し遂げました。

朗読部門の高橋美綺さんと
校内放送研究発表会の3部門で
全国に進むことが決定しています。

全国大会に進むものについては、
校門前に垂れ幕をかけておりますが、
今年度に入って現在、
10本もの数を数えることになりました。

そのような華々しい結果に
我々は注目しがちですが、
でも、一方で
本当に悔しい思いをした選手達もいるのです。

剣道部は女子が先月、8年ぶりで選抜大会を制し、
今回の高総体では
男女アベック優勝を狙っていたと思います。

本当に紙一重の戦いでした。

でも残念ながら勝利の女神はほほえみませんでした。
男子は大将戦に持ち込めず準優勝でした。

思えば、昨年度の高総体ハンドボール競技では、
決勝で不来方高校に
1点差に敗れたことも記憶に残っています。

私は考えます。

なぜ生徒達は部活動に熱中し、
そして学校としても部活動を重要視するのか。

それは、個人や学校の名誉のためではありません。
そんなことよりもっと大事なことがあるからです。

それは、部活動が
生きる力を身につける場だからです。

そして、それは失敗や負けるショックによって、
培われていくと私は思います。

潜在能力の氷山モデル
といわれるものがあります。

古来人間は、多くの能力を持っていましたが、
快適な環境の中にいる中で、
それを発揮する機会を失ってしまい、
それが潜在的なものとして
見えなくなったというものです。

そんな中、人間がショック受けたり、
厳しい環境に身を置く状況が生まれると、
水位が下がり、氷山が浮かび上がります。

つまり、そこに眠っていた潜在能力が
「いよいよ俺の出番だ」とばかりに
顕在化するというのです。

個人的な話で申し訳ありませんが、
私は先日3日間の断食を終えました。
昨年から4度目になります。

これは、自分の体に安全なレベルでの
ショックを与えることで、
眠っている能力を呼び覚ます
という意味もあるのだそうです。

私は断食によって、ある種の能力を
自覚したような気がしています。

話を部活動に戻します。

部活動は、いわば「負けるための練習」
をする場でもあると思います。

つまり、安全なる失敗体験を
積む場でもあるわけです。

生徒は失敗に学び、強くなる。

昨年、決勝で、1点差で涙を飲んだ
ハンドボール部の3年生8人は、
全員が国公立大学に合格しました。

それは、きっと、自分の中に眠っていた能力が、
負けたショックを自分で受け止め、
それを成仏させることで
開花していったと私は考えたいと思います。

バスケットボールのマイケルジョーダンは
こう言っています。

「何かを始めるのは怖いことではない。
怖いのは何も始めないことだ。」

失敗や負けることを恐れること、
失敗を回避するように生きる事で、
能力は衰退します。


子どもは基本的に、限界はないのです。
親や教師が限界を与え、
子どもの能力を見切ってしまうと、
子どもの成長は止まります。

子どもが自分の力で学びだせば、
限界を突破します。

私は、先日行われた吹奏楽部の定期演奏会で、
その演奏だけでなく、素晴らしいMC、ダンスや寸劇、
アンコールでの合唱等々の、
自分たちで創り上げたパフォーマンスを見て
そのことを確信しました。

つまり主体的な学びほど
強いものはないと思いました。

私たち大人は、
そんな生徒みんなが持っている能力を引き出し、
尖らせるために、
最高の環境を整えていかなければならないのです。

今日は教職員と保護者が
そんな気持ちを一つにする
決起集会にしていければと思います。

ご静聴ありがとうございます。


 

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