「『マウント野郎』のメンタリティ」 

先日、私が、人として、教師として
とても尊敬しているMさんという方が、
ある話し合いの中で、自分の役割として
内容の確認やまとめを行ったところ、
会が終わってから

「立場をわきまえず出しゃばっている」

という言葉を投げかけられた、
というフェイスブックの記事を目にしました。

Mさんは、周りを気遣い、他者を支援するために
自己犠牲的な精神を発揮される方でこそあれ、
決して「出しゃばる行為」など
する人ではありません。

彼のことをよく知るものなら誰でもわかっています。

実際、彼の記事に寄せられた
数多くの励ましのコメントが、
彼のそんな人柄を物語っています。

私も皆さんと同様に励ましのコメントを
述べたいところですが、
屋上屋を架すことでもありますので、
私は「出しゃばっている」という言葉を
投げかけた人の性格を
(歯を食いしばって)
考えてみようと思います。

ポイントは、Mさんの話した内容や
アイデアについての議論ではなく、
Mさんの行為それ自体に
文句を言っているということです。

つまり、その内容と向き合うことができる
能力がなかった(凌駕できなかった)ので、
「立場」という違う次元に置き換えて
Mさんを非難したわけです。

私はそれを

「能力ある者への悔しまぎれの言いがかり」

と推し量ります。

すると、そこから導き出される彼のメンタリティは

「負けず嫌い+劣等コンプレックス+権威に弱い」

ではないかと思うのです。


さて、本題に入ります。
(ここまでも本題ではありますが)

実は、私は以前から、
「マウント野郎」という言葉を自分の中で
秘かに使っていました。

それは、会話をしていて、
常に自分優勢の形で持っていかなければ
気が済まない人のことです。

この言葉を思いついて一人悦に入っていましたが、
最近どうやら「マウンティング男子」
という言葉が流通しているらしいですね。

「俺の方が先に使っていたのに」というのは、
それこそ「マウント野郎」の発想で
野暮の骨頂^^。

では、私が思う「マウント野郎」について
少しまとめてみようと思います。

尚、評論家のように
書きちらかしてしまうかもしれませんが、
もちろん自分にも「マウント野郎」の癖がある
という自覚もあります。

なので、自戒をこめて書いていますので
ご容赦くださいね。

さて、「マウント野郎」の特徴として、
次のようなものがあると思います。

●会話の最後を自分で締めくくる。

●自分の主張の正しさ、自分がいかに凄いかを
 (それとなく)伝えたいという意志が見え隠れする。

●「いや」「というか」という言葉で相手の会話を受ける
 (あるいは遮って話し出す)。

など。

しばしば「攻撃的マウント野郎」ではなく、
「一見受容型マウント野郎」にも出会います。

相手の意見に耳を傾けるポーズを取っているけれど、
もう自分の結論は最初から曲げることはなく、
絶対にそこに持っていくような人ですね。

実際、マウントをとられて、
「ははあ。なるほど。参りました」
と思うこともあります。

それは相手のすぐれた知見や、
体験の凄さに感心し、
共鳴し、敬服するということです。

そして、そのことで相手への
尊敬の念も生まれます。

なので、マウントをとるという行為は、
必ずしも悪しきことではなく、
「知見・見識・経験・実績」などの豊富さ
というものによって
受け取り方が変わってきます。

また、有名人や目上の人、上司、
という関係性も
影響を与えるような気がします。

そういう人と同席すると、
マウントを取られることが
僥倖であることもありますからね。

そこで、
「能力・知見・経験・実績」
「権威・権力・知名度」
という属性に注目して
「マウントを取るタイプ」
「取らないタイプ」
を分類してみましょう(暇ですね)。

すると、その順列は
2の3乗=8通りのパターンになります。

図示してみました(暇ですねえ)。

マウント


例えば、能力があって、権威があるけれど、
マウントを取らない、というBタイプは、
恐らく「人間的に尊敬される人」なのでしょう。

皆さんは、どのタイプに遭遇しますか。
もしくは、自分はどのタイプだと思いますか。
人のふり見て我がふり直せですからね(笑)。

さて、この「能力」「権力」「マウント」は、
その順で起きるのが普通ではないかと思います。

つまり、

「能力が高い、見識がある、素晴らしい実績を残した」
⇒「よって権威が与えられた」
⇒「マウントすることができるようになる」

というように。

ところが、困るのはその時系列に逆走する
「マウント野郎」なんですね。

つまり、

「マウントをとることをしょっちゅうやる」
⇒「きっとその人は偉いに違いないと人に思い込ませる」

という構図をつくっちゃっているんですね。

そして、ちゃっかりと偉いポジションに
居座るという倒錯が起きるわけです。

そうやって、偉いポジションになり上がっていくことほど、
はた迷惑なことはありません。

今はないと思いたいのですが、
ひと昔は教育現場にも多かったですね。

職員会議で思いを述べると、
「お前は黙ってろ」とか。

管理職に進言すると
「お前はアカだ」
「シモマチの言うことは聞くな」
「俺の目の黒いうちは
絶対お前を管理職にしない」
までいわれました。


そういう人は、権威への盲従が顕著で、
判断基準は
「何を言ったか」ではなく
「誰が言ったか」なんですね。

そして、基本的に「決めつけ」
「レッテル貼り」
「理解不足からくる誤解」が
顕著なマウント野郎なので、
論を尽くそうとしても、不毛な会話に陥り、
結局そこにできる人間関係は、
隷属か対立になってしまうんです。

Mさんに「でしゃばるな」と言った方も
そんなタイプなのかもしれませんね。

でも、今は、確実にそういう世界が
変革されつつあると私は思っています。

年齢、職域、性別を超えて
アイデアを語り合い、
互いに尊重し合うフラットな人間関係が
生まれつつあるのではないか、と。

楽観主義かもしれませんが、
少なくとも私の周りでは
そうなっていると信じています。

そう。

私もMさんも、そういった互いに高めあう
関係をもつ仲間に恵まれています。

そういう人たちとのコミュニケーションから
私は自分の直すべきところに気づき、
自分を変えていこうという思いを
抱くようになりました。

だから、時にマウント野郎にであっても、
自分を見つめ直す機会を与えてくれる人と
ありがたく受入れよう。

そして、

理不尽にマウントをとられパウンドされても、
したたかに、下から
三角締めを狙っていけばいいんです。

何のことやら。


successfulpeople.jpg
(successful people / unsuccessful people wittyfeed.com より)

 

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