「月間高校教育・授業を変える」

月間高校教育2月号が発刊されました。

月間高校教育LT


今日、学事出版より送付いただきました。

編集長の二井さんから、一部分なら
SNSでの紹介は歓迎とのことでしたので、

私の執筆した

「授業改革を実現する
カリキュラム・マネジメントと学校経営」

の前半部分を紹介いたします。




1 ALは所詮手段にすぎない?

先日、ある方から

「アクティブラーニング(以下AL)なんて
所詮手段にすぎないからね。
ゆとり教育の二の舞になって、
そのうちなくなるかも」と言われた。

「ALは手段である」というならわかる。
しかし、「手段に過ぎない」というなら
「じゃあその先にある目的は何ですか」
と私は問う。

植松電機専務取締役である植松努氏の
「夢と手段」の話はとても興味深い。

彼は、思いついた夢に
「プランB」があるかどうか考え、
プランBを思いつかない夢は、きっと手段であり、
その向こう側に本当にやりたいことがある、と述べる。

例えば、ある人の夢が「医者になりたい」だったとする。
すると、「医者になる」ことにプランBはない。
つまりこれは手段だったのだ。

じゃあ、なぜ医者になりたかったのかと掘り下げて聞くと、
彼は「人の命を救いたい」と答えるかもしれない。

すると、そこには、「医療機器を開発する」などといった
「医者になる」以外にも多くのプランが
存在することがわかる。

さて、「ALと手段」の話にもどそう。

ALが「主体的、対話的で深い学びを実現すること」、
あるいはマネジメント視点で考えて、
「アクティブラーナーを生み出す組織を創造すること」
であるならば、それは、授業者にとっても学習者にとっても
「理想の姿」ではないだろうか。

そして、そんなALを実現するための手段として、
「グループ活動を行う」
「課題研究活動を行う」
などといった多くのプランが存在するのである
(図参照)。

月間高校教育図版

巷に見られるALの誤解は、
そういった、グループワークなどの
「授業手法」というプランとして
ALを捉えてしまっていることである。

だから
「基礎基本ができていないからALなんかできない」
「そんな賑やかしでは学力がつかない」
「ALでは教科書の進度が確保できない」
などといった疑問が止むことがない。

確かに、我が国におけるALは
「ラーニングピラミッド」を伴って登場し、
「学習定着率を高めるスペシャルなメソッド」
という文脈で語られてきた面はある。

しかし、その後、様々な批判や対立を乗り越え、
「授業手法としてのAL」から
「生徒が主体的に学びに向かう状態として」
「アクティブラーナーを育てる組織論として」
「未来に生きる子ども達を送り出すための見識として」
ALがリメイクされていると私は考える。

2 足し算から引き算のALへ

毎日ALを行うのは大変だ、という話がよく聞かれる。
それは、従来のマインドセットは温存したままで、
生徒をアクティブにするため、
新奇な活動をモザイクしようと
考えるからではないだろうか。

私はこれを足し算のALと呼んでいる。

ここで私は問いたい。

そもそもアクティブな状態は、
教師や学校によって「創りだされるべきもの」なのだろうか。

教師の掌の上でコントロールする「足し算の指導」が、
実は、デフォルトとして備わっている
子どもたちのアクティブさを殺いでしまっているとは
考えられないだろうか。

教師は、「生徒のために」をエクスキューズにして、
自分の「過剰さ」は善であり是であるとする傾向がある。

でも、今必要なのは、教師や学校が持つ、
そんな病巣を自覚することなのかもしれない。

教室を安全な対話空間にするためには、
まず、教師が学校というある種の権力空間の中で
身に纏ってきた鎧を脱ぐことから
始めてみてはどうだろうか。

予定調和型、強迫的な発問をやめてみる。
一方向的に語り倒す授業をやめてみる。
テストに出るぞ、などという動機づけをしない。

そうやって引き算をすることで、
生徒と教師が共に学ぶ対話の場が生まれるならば、
もうそれはALである。




以下、
「学校マネジメントと授業マネジメントの親和性」
「花高活性化プロジェクト」
の説明に進みますが、
この先は、どうぞ「月間高校教育2月号」で!


 

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