真性粘菌のメッセージに耳を傾けよう

田原真人さんという方がいます。

彼は、4000人を超えるオンラインコミュニティ
「反転授業の研究」を主催するなど、
様々なジャンルと関わりながら、
人を繋げ、他者をエンパワーしている
オンライン教育プロデューサーです。

そんな、ネット時代の寵児ともいえる彼ですが、
根っ子はサイエンティストです。

彼が最近語り始めた、
「生きるための物理」が非常に面白いのですが、
先日、彼のオンラインセッション
「真性粘菌に学ぶ生命論的パラダイム」の
録画動画を拝見し唸ってしまいました。

彼は、粘菌などの生命体の持つ
非線形性をクローズアップし、
その自己組織化について論じながら、
それを、ネットワーク社会における組織の構造の
アナロジーと捉えて我々に提示します。

何かを論じる時、話の中にサイエンスのテイストを
散りばめることはよくあります。

でも、それはだいたいが、気の利いた引用、
いわゆるレトリックに過ぎないもののように思います。

ところが、田原さんは、
生命体についての議論と組織論の両者を、
同等に、一体的に論じていきます。

数学の言葉でいうと、同型とか、
デュアルな関係という言葉が思い浮かびます。

例えば、よく、「アメーバ型組織」といいますが、
この「アメーバ」とは、普通は比喩として用いられます。

でも、彼の場合は、本当の意味で
「アメーバ」の生態から学んだ組織論なのです。

そういうわけで、彼の話は、
実は本格的なサイエンスのトレンドなのですね。

それでいて、組織論(組織の生態学)
にもなっているという、一度で二度美味しい話なのです。

私は、田原さんの話を、組織論からの類推で、
教育論として受け取っていました。

さて、では「真性粘菌に学ぶ生命論的パラダイム」の
動画を見た感想を、教育論という視点で、
ごくごく簡単にまとめてみたいと思います。

【非線形の概観】
非線形とは、線形でないということです。
おおざっぱにいうと、部分の単純な総和で論じられない
複雑な振る舞いを持つ性質で、
原因と結果が単純な関数関係で決定されない世界である、
とまとめておきたいと思います。

非線形の概観を語る際のキーワードとして、

■ 興奮性(ある閾値を過ぎるとドラスティック
  な変化が起きる)
■ リミットサイクル(周期的な運動に安定)
■ 引き込み(シンクロ)現象(リミットサイク
  ルの相互作用)

という現象を彼は指摘しています。

田原01


この中の引き込み現象とは、
個々の生命体が互いに作用し合うことで生まれる変化、
つまり外的刺激ではなく、
局所的な複数の相互作用が自己内で組織化され、
個々の振る舞いからは予測できないような
システムができあがるということです。

田原さんは、メトロノームの共振現象や、
BZ反応などの反応拡散方程式による
模様パターンなどを例示しながら、
このことを説明しています。

これは、教育論でいえば、
外発的な動機付けで個々が学びを得るのではなく、
その外的な働きをきかっけに、他者との共創が起き、
シンクロし、新しい価値が生み出される
ということのように捉えられます。

これがいわゆる「創発」ということなのかもしれません。

【粘菌】
田原さんは、イグノーベル賞を受賞した
中垣俊之氏の粘菌の研究にもスポットを当てています。

ある迷路上の入り口と出口に餌を置くと、
しだいに餌と餌の最短距離をつなぐ管のみが残って、
それ以外の部分が衰退する現象が起きます。

このような性質を利用して、コンピュータでも解決困難な
ネットワーク上の巡回問題などの最適解を、
粘菌によって解決していこうという試みが行われていて、
私も関心をもっておりました。

田原さんは粘菌の活動を提示しながら、こんな話をします。

餌を置くという外的刺激によって粘菌が触発され、
餌に向かうという行動が生み出される。

結果として最適解を見つけ出す。
でも、それとともに、自己組織化、シンクロが起き、
「探索活動」が見られてくる。

つまり、与えられたえさを食べる行動と、
「探索活動」のバランスと調和が本来の
のびのびとした生命の活動の姿ではないか。

田原02


更に田原さんは、「フレーム内部での最適化は、
ゆらぎ(アソビ)を押さえて計画通り進めようとする
機械論的な世界観を生む」と指摘します。

そして、機械論的な世界観の
暴力性について言及されます。

このことを教育に置き換えてみましょう。

教師の教え込みによる反応だけで
教育の成果を計ろうとする考え方があります。

注入型教育観、あるいは、
行動主義型教育観というものです。

ここでは、教師の「教え方」をどうすれば、
定着率が高まるかが焦点になります。

田原03


昨今のアクティブラーニングに関する
百家争鳴の議論を見ても、
未だに行動主義的学習観から
抜け出せないものが見られます。

それは、生徒の学びは教師の指導の
アウトカムに過ぎないという考え方です。

そんな考え方の教師は
「学習定着率を向上させるための手段」という
浅い文脈でしかアクティブラーニングを
捉えていないように思います。

本来は、粘菌の活動と同様、学習者は、
教師が発する問いかけや、説明などに呼応して
行動が決定されるだけではなく、
自分の中で「探索活動」も同時に起こるはずです。

教え込み、注入型の教育観は、
いわば、最適化を目指すための外的刺激による
機械論的世界観と同型であり、それによって、
学習者の、のびのびとした「探索活動」が
阻害されるという暴力性を
指摘することができるのではないか。

そんなことをイメージしていました。

田原さんは、最後に次のようにまとめ、
粘菌に学ぶ21世紀型の組織の在り方を提起します。

■ ゆらぎを押さえてフレーム内を安定化させ
  るよりも、ゆらぎを増幅してドラマを起こす。
  (ドラマ=予測できないこと、予想通りにい
  かないこと)
■ フレーム内でソリューションを求めるので
  はなく、フレーム外部のリソース、フレーム
  外部の知恵、フレーム外部からのコミットの
  存在を信じてビジョンや思いを発信すると、
  自分の射程に入っていないものが入ってく
  る。そしてイノベーションが生まれる。

田原04


田原理論には、「学び」に対するメッセージが
満ちあふれています。




 

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