大和町での講演より

今日は宮城県大和町で
小中学校の先生方への講演を行いました。

大和町は人口3万人の町ですが、
そこにある全小中学校の先生方
160人が参加されていました。

私は高校の教師なので、
義務教育の先生方へのアクティブラーニングの話しは
かみ合わない面もあったかもしれません。

でも、ALのムーヴメントが、
このような校種の垣根を越えた交流を生み出しているのは
非常に良いことではないかと思いました。

いろいろなお話をしましたが、
その中から3つほどブログで取り上げておこうと思います。


1 夢と手段という側面からALを語ってみる

以前、このブログで、植松電機専務の植松努氏の、
以下の様な夢と手段の話を紹介しました。

「自分の夢が、夢か手段かを判断するためには、
その夢にプランBがあるかどうか考えてみるとわかります。
プランBが思いつかない場合、
それは夢ではなく手段であり、
その向こう側に夢がある」


例えば、植松氏は、
医者になりたいという子どもに対して、
次のように問いかけます。

yume-uematsu01.png

「なぜ」を掘り下げることで、
夢は医者になることではなく、
「人の命を救うこと」という言葉を導き出したのですね。

つまり「人の命を救う」という夢に対しては、
いくつものプランが存在するのです。

yume-uematsu02.png

この話を、アクティブ・ラーニングに
当てはめて考えてみましょう。

yume-uematsu03.png


今、「アクティブ・ラーニング」を、
「子どもたちが主体的に学びに向かうこと」と定義します。

これは、教師の夢(目標)かもしれません。

そして、それを実現するためには、
いくつもの手段が考えられます。

例えば、発信する場を設ける、
グループでの学びあいを配置する、
課題研究活動を行う、
学びを深める問いを立てる、等々。

これらは、アクティブ・ラーニングではなく、
アクティブ・ラーニングが実現するための手段です。

ところが、多くの教員は、
その手段そのものをアクティブ・ラーニング
と感じているのではないでしょうか。

2 ALの視点・論点

日本型ALは、トップダウン、草の根運動など、
百家争鳴の中で議論百出の様相を呈しています。

私は、ALが語られる中で、
その定義が何であるかに拘泥するよりも、
学校を変革する、教師のマインドを変える、
学校経営に位置付ける、総がかりで行う、自分事とする、
という骨太の理念が
生まれつつあることの方に興味があります。

ALの論点

3 足し算ではなく、引き算でALを語る

毎日ALを行うのは大変だ、という話がよく聞かれます。

それは、従来のマインドセットはそのままで、
新たに、新奇な活動を
組み入れようとするからではないでしょうか。

hikizanAL-01.png

私は、アクティブな学びの状態とは、
「普通の状態」「健全な状態」であると思います。

つまり、教師が手を加えて、
何らかの状態に持っていく「足し算」ではなく、
無意識のうちに、生徒の健全な状態を殺いでしまう
教師の言動や教育システムを
「引き算」すると考えればいいのではないか。

例えば、アリバイづくり的問い、
強迫的な発問をやめてみる。

TMTT(too much teacher’s talk)にならないよう、
教師のしゃべりの時間を管理してみるとか。

hikizanAL-02.png
(引き算した上にビルドされた新しいマインド)



教えるとは、知識を生徒に与えることではなく、
生徒がはじめからわかっていることを、
自分自身で掴み取るように導くことと私は考えたい。



最後に一つ今日ちょっと思ったこと。

私たちが、私たち自身の病巣に気づいていないことが、
ALが進展していかない理由なのかもしれない。


いつか時間があれば、
講演の全体をまとめておきたいと思います。

 

コメント

コメントの投稿

  • URL
  • コメント内容
  • password
  • 秘密
  • 管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL: http://simomath.blog.fc2.com/tb.php/1272-6a4a40e3