「風車の理論」

実は、私は、数学やJAZZの他に、
秘かに好んでいるジャンルがあります。

それはプロレスです。

ああ。

カミングアウトしてしまいました。

もうね。

小学校の頃からね、
友達と技かけて遊んだりね。

カールゴッチがいかに凄いかを
熱く語ったりね。

誰が最強かを真剣に議論したりね。

大学時代に村松友視氏の
「私、プロレスの味方です」に共感し、

更に、それを読んだ山下洋輔(ジャズマン)の

「『私、プロレスの見方です』の過激な見方です」

にハマり、「ジャズ=プロレス論」に
快哉を叫んだりしていました。

「プロレスは八百長ではないか」
「しょせんショーだ」
なんて巷でささやかれますが、
我々プロレス者にとっては、

「遠野には本当はカッパがいないのではないか」

というような、野暮で、ミもフタもない
「正論」なのです(あれ、自爆?)。

なぜ、こんなことを書きだしたかというと、
先日、キャリア・クエストの齋藤みずほ先生から、
対話や接遇についてのお話を伺っていて、
アントニオ猪木の
「風車の理論」を思い出したからです。

子ども達は、しばしば教師や大人から、
理不尽と思われる言動がなされます。

先生は、このとき、
相手を立て、不快な気持ちを与えない
という「表」の姿勢で聞きつつ、
しかし、そこで簡単に迎合するのではなく、
むしろ、自分の軸をつくるための
良い材料として内面化しておくという
「したたかさ」があってもいいというお話をされ、
なるほどと思いました。


さて、アントニオ猪木のいう「風車の理論」とは、
プロレスの試合の中で、
無理に攻撃を避けたり、
相手の得意技を封じるのではなく、
風を受け流す風車のように、
逆らわずに技を受け、
相手の力を最大限に引き出したうえで、
自分の技を繰り出して、
敵を倒すというものです。

この風車の理論は
「対話」の世界でも使えそうです。

相手の意見を遮る、封殺する、
頭から批判するのではなく、
それを受けて、共感しつつ
それを次の自分の技で
しなやかに跳ね返す。

そうすれば、お互い気持ちよい
対話空間が得られるかもしれません。

私が思うに、プロレスも対話も、

「スイングしなけりゃ意味がない」

ものなのだから。


 

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