「塚田-高橋」の子弟物語に見える教育の本質

今日は、花巻市商工会による
リオオリンピック代表である高橋英輝選手の
激励金贈呈式が行われました。

高橋選手本人は、北海道で合宿中でしたが、
お父さんと、恩師の塚田先生が来られました。

宮澤商工会会頭より、激励の挨拶とともに、
激励金が贈呈され、その後、
お父さんと塚田先生からご挨拶をいただきました。

高橋選手は、中学時代から「箱根駅伝を走る」
という夢を持っていたそうです。

その夢をかなえるために、花巻北高に入学後、
早速陸上部に入部しました。

ところが、長距離ランナーとして
成果をあげることができず、
また、怪我にも苦しみ、大きな挫折を経験します。

落ち込んでいた彼に、
顧問の塚田先生が競歩への転向を進めます。

塚田先生は、この日の挨拶でこんなお話をされました。

「彼は、競歩の選手としての技能が
優れていたことはもちろんだけど、
チャンスをつかむ力があったから
成功したと思います。」


私は、塚田先生の
「チャンスをつかむ力」という言葉を聞いたとき、
先日PTA講演会で話した、
「セレンディピティ」のことを思い出しました。

セレンディピティとは、
何かを探しているときに、
探しているものとは別の
価値があるものを偶然見つけること、
ふとした偶然をきっかけに、
幸運をつかみ取ることをいいます。

でも、これは、
ラッキーで人生が巡っていくという
安直な話ではありません。

私は、講演会で、
ジューク(19)というグループの
「あの青を越えて」
という曲の歌詞を紹介しました。

生きてゆくことは掛けていくこと
「僕」らしく意味を追いかけて
どんなにチャンスがめぐってきても
君がゼロなら意味はない


つまり、幸運に恵まれる人とは、
本当は、誰にでも訪れているチャンスに
「気づく」か「気づかない」かの差の問題
なのだろうと私は捉えています。

講演では、セレンディピティとあわせて、
プランドハプンスタンスセオリーの話もしました。

これは、偶発をただ待つのではなく、
自ら作り出して自分のキャリアを
良いものにする、という意味です。

この偶発を創りだすためには

・好奇心(新しい学びの機会を模索する)
・持続性(失敗に負けず努力し続ける)
・楽観性(新しい機会は必ずやってくると思う)
・柔軟性(姿勢や状況を変える)
・冒険心(結果がどうなるか見えなくても行動を起こす)


という行動指針が求められるといわれています。

まさに高橋選手は、
このようなものを持ち合わせていたがゆえに、
チャンスをつかみ取ったのではないでしょうか。


彼は、競歩への転向を、
最初は嫌だなあと思ったそうです。
でも、チャレンジすることで
自分が変わるかもしれないと考え、
競歩の道に進むことを前向きに選択します。

その後、成功体験を積み上げることで、
夢が変化し、大学、実業団(富士通)と
競歩を続け、トップアスリートに成長します。


塚田先生は挨拶の最後に、このように結びました。


「もちろん、選手として能力を発揮し、
よい結果を残してほしいけれど、
自分が部活動の中で常に話してきたのは
『人から応援されるような選手になって欲しい』
ということ。
今、彼がこのように皆から応援され、
輝いていくところを見て、
私も成長させてもらっている。」



教え子と恩師は、教え教えられる関係ではなく、
共に向上しあう同志なんですね。

私は感動して胸が熱くなりました。

高橋選手は本当に過酷な練習と、
試合を日々続けています。

でも、今は、試合で負けても、その失敗や挫折を、
「今の自分を向上させるための材料」にして、
成長し続けているのでしょう。

これは、恩師の塚田先生から、
技術的な指導だけではなく、
「一生成長し続けていける真理」
を学んだからなのだと思います。


「塚田-高橋」の子弟物語には、
教育の本質がいくつも隠されています。

つかぽん01



 

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