「ニーズに応える進路指導」

昨日、大学入試報告会が行われ、
昨年度の3学年の先生方から、
取組の経過などが
丁寧な資料とともに説明されました。

また、進路指導課からの総括、
教科指導の面からの提言など、
様々な視点から議論を深めることができました。

このように、昨年度の取組を「みんなごと」として
課題や成果を共有し、互いに評価しあい、
次の学年へのリレーションしていくという
PDCAサイクルはとても大切ですね。

先生方、お疲れ様でした。

私は、最後の講評で
いくつか話をさせていただきましが、
その中で、

「ニーズに応える」

ということについてこんな話をしました。


進路指導における私たち教師のミッションの一つは、
ニーズに応えることだろうと思います。

生徒のニーズ、保護者のニーズ。

しかし、もしかしたら、その保護者のニーズは、
実は旧弊な考え、
昔の価値観にどっぷりと根ざしたもの
であるかもしれません。

また、最近はネットワークテクノロジーの進展から、
生徒がセンター試験の結果と、
業者判定システムのマッチングによって、
安直に進路先を決めてしまう傾向も見られます。

そんな「ニーズ」に応えて進路先を決定したとき、
果たして将来彼らに「生きる力」、
とりわけ、「自分を信じる力」が身につくでしょうか。

私は、教師に求められるのは、
ニーズに応えるだけではなく、
「ニーズを創造する」ということでもあると思います。

そのために、社会の変化に
アンテナを立てていくことが
進路指導を行う上で必要ではないかと思います。


例えば、岩手大学人社と教育学部の
改組について考えてみます。

今年から、従来の「人間科学課程」「国際文化課程」
「生涯教育課程」「芸術文化課程」が、
「人間文化課程」という1つの過程にまとめられました。

この意味することは何か。

それは、特定の学問的ニッチのための学部から、
領域横断的な方向に向かっているのではないか。
融合と協創を行い、新しい価値や、
存在していない仕事で成功を収められるような
知性を獲得していく方向に、
文系学部が変遷していると
解釈できるのではないか。

そう考えると、これまでの、
「なりたい職業を早期に決定」⇒「学部研究」
⇒「大学決定」という、
「逆追い型」の進路指導ではなく、
「学び方を学ぶ」こと、キャリアアンカー、
キャリアアダプタビリティを身に着けること、
といった進路指導の必要性が導かれると思います。
(以下省略)


ところで、ニーズを創造する、ということに関して、
だいぶ前ですが、岩手県内の数学科教員に
メール配信していた「すうがく通信」に
こんなことを書いたことがありました。

今述べたことと重なる内容ですが、
以下に記しておきたいと思います。



ピーター・F・ドラッカーは、「マネジメント」の中で、
企業の目的の定義を『顧客を創造すること』
と論じています。

企業は社会の機関であり、
企業の目的は社会の中にある。
そのために、人々が気づいていない
(自覚していない)ニーズを探し、提供することで
市場を生み出すということが書かれています。

ここで「顧客のニーズに応える」のではなく
「顧客(のニーズ)を創り出す」
というところがポイントです。

ドラッカーは例として、コピー機や
コンピュータの欲求は、
それが手にはいるようになって
初めて生まれたと示しています。

これを教育に置き換えてみようと思います。

「顧客のニーズに応える」は
「生徒のニーズに応える」
ということになると思います。

生徒が国公立大学に進学をしたい
というニーズを持っていれば、
それに応えるために、学力をつけ、
センター試験でよい点を取るために鍛えることは、
そのニーズに応えることになるでしょう。 

しかし、中には、
「とりあえず地元で働けるから看護の大学に行く」とか、
「数学や理科はわからないし嫌いだから、
文系の大学を志望する」という、
ある種後ろ向きなニーズもあります。

生徒の「好き」「嫌い」という価値観や
ニーズに教師や学校が目線をあわせ、
その流れに沿って必要な手助けをするのが教育だ
という論があります(植物モデル型教育という)。

これは一面大切なことかもしれません。
しかし、生徒は子供であるが故に、
時に未熟で幼稚な判断を行い、
結果として不本意な進路を選択する可能性もあります。

そこで、ドラッカーの言うように、
「生徒のニーズに応える」ではなく
「生徒のニーズを創造する」という視点に
立って考えてみたいと思います。

教師(またはチームとしての教師集団)が、
その学識や経験を基にした「進路教育」を行い、
生徒に主体的に課題を見つける力を培う。

更に、潜在する興味関心を引き出し、
広い視野を持たせる。

そして、そのような中で、
「学び」に根ざした高い進路意識を持った生徒を
創造することが、生徒の自己を実現するための、
いわば教育の一つの使命であると考えられます。

数学教育を例に取れば、
教師が数学の面白さや、
考えることの楽しさを伝え、
自然・社会・生活において活用されるような
知見を育てる授業を行うこと、

またはそのような授業を目指して研鑽を積むこと。

あるいは、生徒が主人公となるような
学びの場を構築すること。

それが、生徒のニーズに応えるだけでなく、
生徒の中に眠っている知的好奇心を呼び起こし、
「学びへのこだわり」を持った生徒を
創造していくのではないかと思います
(もちろんそれは、大学受験の過去問指導の
中であっても行い得ることができる)。

そして、そのような教育は、
教師の個に依存するものではなく、
教師集団の組織としての力量、
校種を超えた連携、
様々なネットワークの活用などから
深められていくものではないかと思います。


 

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