哀悼の意を込めて

小原誠先生の訃報を知り、
しばらく身動きができませんでした。

小原先生は、盛岡三高時代の
同僚であるとともに、
高校時代のハンドボール部の
仲間でもありました。

彼は、スキーの第一人者として、
シーズンが来ると、日本だけでなく、
世界を飛び回って活躍されていました。

まさに、余人をもって代え難い先生でした。

12月にフィンランドから帰国後、
体調を崩し、しばらく入院されていましたが、
様態が悪化し、
先日お亡くなりになられたとのことです。

2014年の5月、
私が盛岡三高に勤務していたとき、
高総体の壮行式で、
校長の代理で挨拶をする機会がありました。

そのとき小原先生のことを話しました。

こんな内容です。

(前略)
数十年前、私も皆さん同様、
盛岡三高の生徒でした。
私は、ハンドボール部の
キャプテンをしていました。
授業は休んでも部活には出るという、
部活少年でした。

私が入学した時、ハンド部は同好会でした。
なんでも、先輩が悪いことをして、
部から格下げになったというのです。

担任の先生から、
「下町、ハンド部だけは絶対入るなよ。
あそこは悪の巣窟だ」などといわれました。

そんな弱小クラブだったけれど、
いや、そうだっただけに、
私たちの代になってから、
本当に意地になって練習し、
部に昇格することができました。

もちろん、指導者もなく、
優勝を目指すようなチームでは
ありませんでしたが、
どんな強い相手にも食い下がれるような
チームになったのです。

そんなチームになれた最大の理由は、
私の一つ下の学年に、
今、生徒課長をしている
小原誠先生というスーパースターが
入部したからであります。

彼は、試合でのポイントゲッターは当然ですが、
それだけではありません。

彼が練習で一生懸命頑張る真っ直ぐな姿が、
先輩である我々の気持ちを鼓舞し、
「試合が終わってから後悔だけは絶対しない」
「自分ができることを全部やろう」を合言葉に、
全員が一つになったのです。

つまり彼の姿勢が、
部員全体の心構えを変えたのです。
(以下略) 
(5月14日高総体挨拶下書きより抜粋)



小原先生のプレーする姿は
今でもすぐ脳裏に甦ります。

「走る」「飛ぶ」「投げる」の全てが、
バネのようにしなやかで、そして力強い。

それは、素直で、真っ直ぐで、
竹を割ったような彼の性格そのものです。


教員になってもそれは変わりませんでした。
生徒のために直向に頑張る。
自分に厳しく、決して妥協しない。
一方、とても面倒を見の良い先生でした。

若い頃は、2人で痛飲し、泥酔した私を介抱し、
実家まで送り届けてもらったことも思い出されます。

小原先生は、私の後輩ではありますが、
尊敬する教師です。

昨日の火葬の後、
お二人の息子さんが、
「ありがとうございました」と会葬のお礼を、
笑顔さえ浮かべながらさわやかに行う姿を見て、
私は胸が張り裂けそうになりました。

彼らの気持ちを慮りながらも、
小原先生の真っ直ぐで、真っ当な生き方は、
お子さんにちゃんと受け継がれているんだなあと
強く感じました。


小原先生、どうか
安らかにお眠りください。

ご冥福をお祈りいたします。


 

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2016/ 04/ 05( 火) 17: 32: 21| | # [ 編集 ]
 
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