「迷い線による外心と内心の話」

先日、「あなたとバスケと数学と」という記事で、
バスケットのディフェンスと
三角形の内心の話を書いたら、
いろいろな方から感想をいただきました。

ありがとうございました。

そこで、今回はその続編として、
「迷い線」によって三角形の
外心と内心を定義してみようと思います。

尚、ここで紹介する話は、
拙著「つながる高校数学」(べれ出版)
に書いているのですが、

その原点は、共著者でもある
伊藤潤一先生(盛岡白百合学園)の実践を
参考にしたものです。

【2つの水場と迷い線】

草原に2つの水場A,Bがあります。

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ここに生息する動物たちは、
どちらの水場を選ぶでしょうか。

下の図の直線l(ABの垂直二等分線)の
左側に棲む動物はAを選び、
l の右側にいる動物が、Bを選ぶでしょう。

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すると、l はその境界線ですね。

境界線上にいる動物は、AかBか迷いますね。

そこで、この l を「迷い線」と呼ぶことにしましょう。

【水場を3つにしたら】

では、水場を1カ所増やして、
3カ所にしてみましょう。

下図を見ると、l はAかBかの迷い線、
mはBかCかの迷い線です。

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すると、2つの直線の交点Pは、
AかBかCかの迷い点ですね。

このことから、Pを通って、ACと垂直な直線は、
AかCかの迷い線ということになります。

つまり、
「A,Bの迷い線」
「B,Cの迷い線」
「A,Cの迷い線」
は1点で交わり、その交点Pは「A,B,Cの迷い点」
(A,B,Cから等距離の地点)と考えることができます。

このことから三角形の外接円の中心は
各辺の垂直二等分線の交点であることが納得できます。

次に、三角形の内心について考えてみましょう。

【2つの川に挟まれた草原】

a川とb川に挟まれた草原があります。

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この草原に棲む動物たちは、
水浴びするためにどちらの川を選ぶでしょう。

下図の直線 l (角の二等分線)の上側に棲む動物は
a川が近いのでa川を選ぶでしょうし、

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l の下側に棲む動物はb川を選ぶでしょう。

l 上にいる動物は、aかbか迷いますね。

そこで、この直線 l を「迷い線」と呼ぶことにしましょう。

【3つの川に囲まれた場合】

今度は、a,b,cの3つの運河で囲まれた草原を考えます。

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ここに棲む動物たちはどの川を選ぶでしょう。

l は「aかbかの迷い線」、
mは「bかcかの迷い線」ですね。

すると、2直線の交点Pと、
2直線a,cの交わる点を結んだ直線は、
「aかcかの迷い線」と考えられます。

つまり、
「a,bの迷い線」
「b,cの迷い線」
「a,cの迷い線」
は1点で交わり、その交点Pは「a,b,cの迷い点」
(a,b,cから等距離の地点)と考えることができます。

このことから

三角形の内接円の中心は
それぞれの角の二等分線の
交点であることが納得できます。

ちょうど、外接円と内接円の関係が、
「頂点」を「辺」に置き換えたものに
なっていることが面白いですね。

 

「あなたとバスケと数学と」

先日、ある宴席で、
ふとしたことから
バスケットと数学の話しになりました。

三角形の内心と
バスケットボールのディフェンスについての
他愛のない内容なのですが、
子どものように一人めっちゃ熱中して
話してしまいました。

ニコニコと聞いて下さった皆様
ありがとうございます。

今から16年前になりますが、
ある雑誌にその話を書いたことがあります。

以下にその内容を記しておこうかと思います。

インラインの原則

「バスケットボールとはボールを
ゴールに入れるスポーツ」

非常に当たり前ですが、
これをバスケットボールの定義にします。

b-fig01.png

すると、この定義から、図1の様に、
オフェンスAがボールを持っているとき、
次の定理が導かれます。

【定理】
AはゴールGに向かってシュートする。
またはAはゴールGに向かって走り込む。

どちらも線分AG上での動きですね。
このことから、Aに対するディフェンスは、
線分AG上に立ちふさがるように
守らなければいけません。

これを、インラインの原則といいます。

従って、Aが図1のX方向にドリブルで進んでも、
ディフェンスはその動きに
構うことなんかありません。

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また、図2のようにAが速攻でゴールに向かって
ドリブルしているときは、
その選手を追いかけるのではなく、
早くインラインのポイントに走り込むことが肝要です。

ヘルプサイドディフェンス

では、次にオフェンスとディフェンスを
1人ずつ増やして2対2の状況を考えましょう。

今、Aにボールがあるとします。
すると、「バスケットの定義」によって、
次の定理が得られます。

【定理】
① AがGに向かってシュートする
➁ AがGに向かって走り込む
③ AがBにパスをする
④ BがGに向かって走り込む

上で述べた4つの定理を見ると、
守るべき要点は、
線分AG,AB,BGであることがわかります。

つまり△ABGの3辺ですね。

今、ボールを持っているAに
ディフェンスaがついているとき、
Bに対するディフェンスbは
どの地点で守ればよいでしょう。

b-fig03.png

もし、図3のように、bがBに
ピッタリとくっついて守っている
(ディナイといいます)とすると、
定理の③④は防げますが、
②に対しては甘い防御になります。
(もしAがドリブルでaを抜いたとき、
カバーに行けません)

では、どうすれば3つの要点線分
AG,AB,BGを効率よく守ることができるでしょうか。

ここからが数学の話しになります。

△ABGの各辺に対して平等な位置は、
各辺から等距離となる三角形の内接円の中心、
すなわち内心になります。

b-fig04.png

よって、BのDFであるbは
三角形の内心の地点で
守るということになります(図4)。

これにより、例えばAがaを抜いて
Gに向かっていったならば、bはAを守るために、
AGのインラインに入ります。

また、AからBへのパスのラインは、
パスカットを狙いながら、
もし、Bにパスが入ったら、
bはすぐにBの前に出て、ディフェンスを行い、
今度はaが△ABGの内心の位置をとります。

このような守り方を、
ヘルプサイドを守るディフェンスといいます。

内心の定義

ところで、選手はいちいち
△ABGの内心を意識して守る
というわけにはいきませんね。

b-fig05.png

実際、指導をする場合は、図5のように、
bはAを見て、ABとAGのラインの両方を
同等に気を配るということと、
一方で、Bを見て、ABとBGのラインの
両方に気をつけて守っていれば、
よいポジショニングとなります。

ということは、知らず知らずのうちに、
∠Aと∠Bの二等分線上に立つということになります。

ここで、三角形の
角の二等分線の交点が内心であることが、
何と、バスケットのディフェンスによって
説明されたわけです。

内心も重心

バスケットのディフェンスという観点から
内心を考えた場合、
三角形の各頂点に重みを分布させた状態での
釣合いの点、つまり重心と考えることもできます。

b-fig06.png

例えば、図6のように辺の長さが
g>b>a
という場合を考えてみましょう。

このとき、その辺に対応した頂点G,B,Aが
Bのディフェンスの守りの優先順位となります。

b-fig07.png

また、図7のようにA,BがGから遠い位置の時、
たとえGがゴールであっても、
b>a>g
なので、B,AがBのディフェンスの
守りの優先ポイントです。

つまり、Bを守るディフェンスをIとしたとき、
Iの守る位置(内心)は、
実は各頂点に異なる重みがかかっている状態での
釣合いの点と見ることができるのです。

具体的に数学の問題に移して考えてみましょう。

b-fig08.png

今、△ABCが図8のようなとき、
各辺の長さに対応して、
質点の重みが決定するとします。

この場合は、Aに3、Bに2、Cに4が対応します。

このように重さが分布している、
偏った三角形の質点重心を内心と考えるのです。

つまり、Aにボールがあるとき、BのDFのbは、

「BよりもCやAに注意を向けるべき」と考え、
A,Cに寄った点で守ることになります。

これは自然な考えですね。

ヘルプサイドを守るディフェンスは、
ボールマンとマークマンとゴールの重要度(重み)を
瞬時に判断して、重みが大きい方に
シフトすることが意識されれば、
一流のディフェンスと言えるのかもしれません。

では、図8のときの
釣合いの点の位置を決定しましょう。

まず、線分ABを2:3に内分する点に
ABの重心があるので、その点をDとします。

ここで、DとCを結んだ線分を考えると、
Dには2+3=5の重みがかかっているので、
CDを5:4に内分する点が釣合いの点です。

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図のようなフレーム三角形において、
この点を指で支えると釣り合います。

この点が内心というわけです。

上で示された位置ベクトルの式  

b-fig10.png

を変形すると、  

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となります。


この式はモーメントを表していることがわかります。

おわりに

ここで述べたバスケットと内心の話は、
あくまで一つの標準的な考え方です。

このセオリーを踏まえて、
様々なバリエーションを
チームとして考えることができます。

例えば、ボールマンのドリブル突破能力が弱ければ、
ヘルプサイドを守らず、
完全に1対1の形にすることもあるでしょう。

また、ボールマンに対するディフェンスを
オーバーシフト
(一方向に強制的に向かわせるような守り)
することで、動きを誘導して、
1:2の状態(ダブルチーム)をつくって挟み込む
というピンチプレイを仕掛ける戦術も考えられます。

私は、20年以上前に、
大野高校でバスケットの顧問をしていた時に、
ゾーンディフェンスとマンツーマンディフェンスを
コンビネーションしてトラップを仕掛ける
独特なディフェンスを考えて、
それをチームの武器にしていたことがありました。

選手が5人しかいないようなチームでしたが、
とびきり素直な子ども達が
私の指導についてきてくれて、
県のベスト8に入ることができたのは
私のかけがえのない思い出です。


 

FMワン「あのなはん」

昨日は、花巻市のFM局FMOneを訪れました。

パーソナリティの瀬川さんと
フェイスブックでやりとりする中で、
本校の放送部の生徒を
瀬川さんの担当する番組イブニングワンの
「あのなはん」のコーナーに
生出演させていただくことになりました。

そういうわけで、この日は彼らの応援団として、
なはんプラザにあるFMOneの
ブースの前で番組を参観しました。

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瀬川さんは、冒頭に、私が事前に送った
応援メッセージを紹介していただきました。

メッセージの内容は以下の通りです。

朝の空気が日一日と優しくなり、
生命の息吹きがみなぎる希望の季節になりました。

さて、

本日は、本校の放送部の生徒に
スポットを当てて頂いてありがとうございます。

花巻北高が、教育活動において
掲げているテーマとして、

一つは、地域に開かれた教育活動を
どう展開していくかということ、

もう一つは、生徒の主体性をのびのびと
発揮させるにはどうすればいいかということです。

本来、本校の生徒に限らず、子どもは、
地域社会に対する興味や、社会参加への
意欲を持っていると私は信じています。

しかし、学校生活が進む中で、
現実的な対応に忙殺され、
その気持ちが衰退して
いくという一面も否定できません。

そのような中、イブニングワンの存在に、
私は大きな価値を感じています。

これからも、イブニングワンが、
子どもたちの主体的な活動を「拾い上げ」、
学校内から地域へと「広げ」、
そして様々な人どうしを「つなげ」、
更に高いところに「発展させていく」ための
プラットフォームとなっていくことを
期待しています。

そして、いつも心温かいメッセージをおくり、
私たちを元気づけてくださる、
とってもステキな瀬川様を
これからもずっと応援していきます!

今後ともどうぞよろしくお願いします。


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ちょっと長くて理屈っぽいものでしたが、
全部読んでいただきありがとうございます。


番組では、日常の活動の紹介や、将来の抱負、
そして、全国高総文祭に出場する
高橋さんの朗読など、短い時間の中でしたが、
とても中味の濃い盛りだくさんの内容でした。

瀬川さんありがとうございます。

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小倉先生の最終講義

先日、今年度をもって定年退職される
小倉先生のラスト講義が行われました。
題材は1年生の数学Aの「整数」。

2時間続きです。

まず、用意されたテキストがステキです。

ユークリッドの互除法の原理をしっかり証明し、
その後、図形を用いて
「概念の見える化」をはかります。

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次に、整除の式から有理数の連分数表示、
そして無理数の連分数表示へと進みます。

更に、√2が無理数であることを
背理法、素因数分解の一意性、連分数、図形、
という4つの手法によって示していく
流れになっています。

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いやもう、骨太で、
そしてワクワク感満載の教材でした。

その内容を全部終えることはできませんでしたが、
生徒達が

「この先をもっと学んでみたい」

と思わせる展開でした。


小倉先生は、最後に
ギリシャの三大作図不能問題
(角の三等分問題・円積問題・立方倍積問題)
について生徒に語りました。

また、先生のテキストには、トピックスとして、
エラトステネスのふるいや、完全数の話題、
また、双子素数の存在や、コラッツの予想など
数論の未解決問題も紹介されていました。

考えてみると、我々が学生時代は、
不能問題や、未解決問題に心をときめかせたり、
アキレスと亀の話を聞いて、
無限について思いを馳せたり、
パラドックスの面白さに
興味をかき立てられたりしていました。

それが未知の扉を開けて
数学の世界を垣間見る楽しさでした。

そうです。私にとって、数学は
そんなふうに一人で楽しめる
アソビの時間でもありました。

今、そんなワクワク感が
数学の学びから失われているのではないでしょうか。

あまりにも「活用」ばかり叫ばれすぎて、
純粋に数の世界に遊ぶことや、
意味もないことに心血を注いで
時を忘れて問題に没頭するようなことが
無くなっているのではないか。

小倉先生の授業は、生徒だけではなく、
実は、参観している数学科教員への、
そんな現状に対して問題提起をしているように
私は感じていました。

そして、小倉先生のテキストには
ユークリッドの「原論」の、
最大公約数について書かれた
記述の引用がありました。

古典に回帰しながら、
興味を喚起する教材を取り上げ、
でも、単にイメージだけで終わるのではなく
論証の大切さを説く。

小倉先生の数学教師としての矜持を感じました。

小倉先生の入魂の最終講義。
ありがとうございました。

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この日、数学科の送別会があり、
及川先生から、小倉先生に
手づくりの切り絵が贈呈されました。

これがすごいのなんの。

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花北の校章の切り絵の封筒です。

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これは凄い!
平面に畳まれた紙を開くと球体に。
そしてその中には
HANAKITAの文字と
校章が見えます。

素晴らしい!


 

3月14日の出来事

最近は、フェイスブックの記事が主になり、
ブログの更新が途絶えておりました。

少し前のフェイスブックの記事になりますが、
3月14日の一連の出来事を
ブログにも記しておきたいと思います。

この日の朝、校長室に、
翌日からアメリカのオクラホマ州に向かう
1年生の小田島さんが
担任の先生と一緒に挨拶にきてくれました。

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小田島さんは、国際ロータリー事業の
短期海外研修生に選ばれ、
15日から28日までオクラホマに滞在します。

思う存分楽しんで、見聞を広げてくださいね。

この日は3月14日、円周率の日、
じゃなかった、ホワイトデイ。

お餞別がわりに、オリジナルチョコを1個プレゼント。

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お昼には花巻ロータリークラブの第3036回例会に出席し、
15分ほどスピーチをいたしました。

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その後、速攻で学校に戻り、卒業式を行いました。

卒業式当日が入学試験と重なったために
出席できなかった生徒が1人だけおりました。

その生徒のために3学年会が企画した卒業式です。

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Mさん、卒業おめでとうございます。
振り返ると、今年の3年生の活躍は
目覚ましいものがありました。

部活動では多くの成果がありましたが、
私は、その結果だけでなく、皆の、
日々頑張るプロセスを評価したいと思います。

特に、Mさんは野球部のマネージャーとして、
献身的に活動されたと聞いております。

希望郷いわて国体では、
野球競技の開会式で始球式を行われましたね。
大所帯の本校野球部唯一の女子として
活躍されている姿が、多くの関係者の心を動かし、
抜擢されたのでしょう。

そんな、Mさんの、選手をサポートしてきた経験は
きっと、今後の進路に
役立っていくことになると思います

(以上式辞より抜粋)。

企画、準備をしてくれた3学年の先生方、
そして、彼女の卒業をお祝いしてくれた多くの先生方、
ご隣席いただいた野球部コーチの伊藤さん

ありがとうございました。


さて、家に帰って、ホワイトデーの準備。

この日のために仕入れた必殺のお菓子です。

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私が、昨年大野で出会った、
オリーブオイルソムリエ、野菜ソムリエの美しき妖精、
かおりんこと 布施香さん。

身近な食と健康から、地域復興、
そして世界平和まで見据えて行動されている、
それは素敵な方です。

そんな、かおりんの経営する
フェアリーチェからの超限定品をゲットしました。

一番感謝しているカミさんに渡しました。

とても喜んでくれました。

よしっ。

 

「承認欲求という難敵」

私は今、株式会社惣兵衛の代表取締役で、
Sobe’s Cafeのオーナーでもある、
畠山さゆりさんのプログラムモニターとして
お世話になっております。

第一クールでは体重や体形の
顕著な変化が得られました。

今、第二クール。

具体的な内容はモニターなので詳しく明かせませんが、
「うまくいきそうでいかない理由」で有名な
佐藤由美子さんと畠山さんは連携をとられていて、
佐藤さんの「10秒ワーク」の手法なども
取り入れておられます。

そのプログラムの中で、
いろいろな形でフィードバックをいただきながら、
私は多くの気づきや学びを得ています。

「さゆりメソッド」は非常に奥深く、
私は特に、学校教育に取り入れたい
エッセンスが豊富であることに惹かれています。

私は、このプログラムに取り組むことで、
今後の学校改革や教員研修の場などに
活用していきたいという思いがあります。

では、そんな中で生じた、
最近の気づきについて記したいと思います。


私は、毎朝ジョギングをしていますが、
走りながら考え事をしていると、
パッとしたヒラメキ(さゆり語によるとパカチョという)
がしばしば生まれます。

ま、後で冷静に振り返ると
たいしたことなかったりするのですが。

さて、先日雪の中決行した朝ジョグで
「承認欲求」のことをずっと考えていました。

すると、閃きがありました。

パカチョきた~!


それは、悩み事、不安、依存、怒り、
果てはアクティブラーニングや
カリキュラムマネジメントまで、
森羅万象あらゆるものが、
「承認欲求」というタームで
説明・分析できるのではないかということです。

例えば、不安やイライラについて考えてみます。

私はわりと心配性なところがあり、
人に迷惑をかけたのではとか、
自分を不快に思っているのではないかなど、
過剰に不安になることがあります。

だいぶ昔のことですが、私がある方に、
お世話になったお礼にと、ある物を制作し
贈ったことがあります。

ところが、その後、
返信がしばらくなく不安になりました。

最初は「ちゃんと届いたのか」
「住所は間違っていなかったか」
などの思いだったのですが、

その後、
「もしかしたら、贈られて不快に思ったのではないか」
などと自分を責める方向に妄想が膨らんでいきます。

更に「早く気持ちを落ち着けたい」という焦りから、
メールを頻繁にチェックし、
そして、メールが来ていないとわかると
とたんに力が抜け
「ストーカーと受け取られたのではないか」
などとまたあらぬ妄想が始まります。

このような自意識過剰・自分劇場型メンタリティは、
恐らくその人から「嫌われたくない」
「よく思われたい」「認めて欲しい」
という承認欲求によって生み出されていると思うのです。

そして、そのイライラが次のイライライライラを生み出し、
そのイライライライラが次のイライライライライライラ
を生み出す、いわば、自家発電的にイライラが増幅され、
再生産されるという、
負のサイクルに陥ってしまっているのですね。

更に、この葛藤が近視眼的に進むと、
「自分の正当性を探し出す(言い訳)」
「逆に相手を誹謗する(攻撃)」という危険な方向に
思考が働いていくのかもしれません。

ちなみに、その方からは、後日ちゃんとお返事がありました。
そして、私の一人よがりの顛末を正直に話す中で、
そんな自分の心の在り様を書き換えるための
ご指導までしていただきました。

その方は私が尊敬するメンターで、
今でも様々な学びをいただいております。

さて、話を戻します。

では、このような不安のサイクルから
脱するにはどうすればよいか。

アドラー的な言い方をすると

「他者の評価を気にかけない。
他から嫌われることを怖れない。
承認されないかもしれないというコストを支払わないかぎり、
自らの自由な生き方を貫くことはできない。」

という思いを持って行動することなのかもしれません。

でも、それが簡単にできれば苦労はしませんね。

わたしは、朝ジョグしながら、3つの事を考えていました。

【その1 自分を俯瞰する】

自分の顔を鏡に近づけて見るほどに、
自分の全体像が見えなくなります。

むしろ毛穴や皺などの醜い部分にばかり
意識がフォーカスされてしまいます。

すると自己嫌悪のネガティブサイクルが始まるのです。

自分を見るには、鏡から距離を置いて
我が身を俯瞰すべきですね。

つまり、欲求過剰になって妄想をいだいている
自分に気づいてくれる、
「もう一人の冷静な自分」を心に棲ませておくことが
必要なのではないかと思います。

そうやって、承認欲求を、
自己のアンダーコントロールに置いておくのです。

【その2 「他者の鏡」の存在】

でも一人で、自分を俯瞰するのは
なかなか難しいですね。

そこで、冷静に自分を評価してくれる
他者の存在がとても大きいのではないでしょうか。

よい仲間に恵まれ、よい人間関係があれば、
承認欲求のマグマを沈めてくれるかもしれません。

【その3 リスペクトする人をつくる】

承認欲求は、他者との相対化によって引き起こされます。

例えば、自分を卑下するとか、優越感にひたるとかは、
他者と引き比べることによって起きます。

そのように自分の評判を
他者との比較で決めてしまうことをやめて、
そのかわりに、
「ああこの人にはかなわない」
ということを素直に受け入れ、
その人に惚れ込んだり、リスペクトできる人間を見つけ、
その人のファンになること。

それも承認欲求のサイクルからフリーになる
一つの手かもしれません。

私は結構この傾向があります。


まあ、その2とその3によって、
その1に到達することが一つの目標かなと思います。

つまり自分の中に眠っていた一つの真理を、
他者の適切な支援によって見つけることで
自分のマインドセットが変わってゆくというイメージです。

心理学者でも、カウンセラーでもない
私の駄文ではありますが、

でも、頭に今ぐるぐる思いが巡っている内に、
もうちょっと承認欲求について、
思いつくままに少し書き記しておきます。

<フェイスブックの「いいね」>

正直「いいね」がいっぱいくると嬉しいですよね。

なぜなら、自分に賛同してくれる人がこんなにもいること、
つまり承認欲求が一時的に満たされるからです。

でも「いいね」欲しさに記事を書いたり、
「いいね」が少ないと不安がかきたてられたり、
「なぜあの人は最近いいねをくれなくなったんだろう」と、
あらぬ妄想にエスカレートしたりとか、
そういう倒錯がおきないように
気をつけなければいけません。

「いいね」はされるより、する側にまわる方が
健康ではないかと私は思っています。

そういう意味で、フェイスブックの「いいね」は
まさに承認欲求の水源地なのかもしれません。

PCゲームと承認欲求

PCのゲーム(ソリティアなど一人遊び系)を
何気なくやってしまう背景には、
承認欲求があるのではないかと思いました。

昔は、ゲームを、
「トライ&エラーを繰り返し、成功体験を積む訓練」
などとポジティブに考えたこともありました。

でもこれって、自分がのめり込むことの言い訳ですね。

今はそれより、PCゲームは、それをクリアすることで、
承認欲求を安直に満たそうとするもの、と考えています。

つまり、「パソコン君」に
安直に承認してもらうということ。

これが高じると欲求過剰や、
インスタントに他者に承認を求める、
承認ジプシーになっちゃうのではないかと思うこの頃です。

<怒りと欲求承認>

また、自分が他者に向ける「怒り」についても
「不安」と同様のことが言えると思います。

ある人の理不尽な行為、言動に対し、
それを他者に説明し共感を求めることなどは、
自分の正当性を担保しようとする、
ある種の承認欲求ではないかと思われます。

また、なぜ彼はこんなことをするのかと、
怒りが怒りを生み出す自家発電モードになるのも
承認欲求といえるかもしれません。

なぜなら、その時、心の奥底には、
「改心して欲しい」「こうあるべき」
「本当はわかり合いたい」などの
過剰な期待や要求が潜んでいて、
それがかなわないから自分劇場の
「怒り」のサイクルに陥ると思うからなのです。

<足し算ではなく引き算で>

承認欲求とは、今の心の欠乏を満たそうと、
そこに何かを埋めること、
貪欲に何かを求めることではありません。

そうすると、ネガティブサイクルに陥るのです。
そうではなく、心の中によどんでいる
負の細胞を浄化させること、
取り除くことではないかと思うのです。

つまり、必要なのは、足し算ではなく
引き算の心持ちではないかと思うのです。

長文お付き合いいただきありがとうございました。


 

「カイロス的時間感覚で自分へのメッセージ」

生徒会誌「桜雲」が発行されました。

桜雲2017-01

今回のテーマは「飛躍」(Fly to the Future)。

いやあ、とっても素晴らしいです。
作成した人自身が楽しんでいることが
伝わる内容です。

よい本ができるためにはそれが一番ですね。

知らないうちに私のイラストが使われていました!

桜雲2017-02

桜雲2017-03

ところで、殆どの生徒会誌は、
最後に生徒一人一人の
一言メッセージが書かれています。

もちろん「桜雲」もそうなのですが、
でも「桜雲」の場合は、
ただの自由記述ではなく、
テーマが設定されています。

今回は全体テーマ「飛躍」にあわせて

「『高校卒業後、新生活に向けて
飛躍しようとしているあなた自身』
に向けたメッセージ」


となっています。

例えばこんな記述があります。

「拝啓 未来の私。
明日に向かって生きていますか?
愛に向かって生きていますか?」

「今の私より、充実した大学生活を
おくれていますか。
大好きな憧れの方たちに近づいていますか」


などなど。

さてさて、そんな生徒達の、
未来の自分への一言を
楽しく読んでいて感じたことがあったので、
それをちょっと書いてみたいと思います。

3月のこの時期は、卒業式にあわせて、
生徒会誌だけでなく、
たくさんの会誌や会報が出されます。

本校でも、PTA会報、同窓会報、図書館だより、
学校新聞等々次々発行されています。

これらに書かれている
多くの文章に共通する点は、

「未来のあなた」「未来の自分」

へのメッセージであることです。

つまり、その原稿を書いた時点の思いを、
それを読む未来の誰か(自分も含めて)に向けて
発信しているわけです。

そして、時を経て、その未来が現在になり、
そのメッセージを読み返すことで、
それは、過去の誰かから現在の
誰かへ向けたメッセージとなるわけですね。

つまり、メッセージのベクトルは、
現在→未来、過去→現在という、
過去から現在を経て未来に向かうという
一定方向に向かっています。

それは、我々が常識として疑うことなく
身につけている「クロノス的時間」の
概念に則っています。

普通は、そのベクトルに逆行した
メッセージはあまり行いませんよね。

例えば、

過去の自分に今の自分がメッセージする、
未来の自分から現在の自分に
メッセージがおくられる、なんてことは。

だって、過去の自分に
今の自分がメッセージしたとしても、
過去を変えることはできないし、

未来の自分からメッセージが来るなんて
SFのようなことはありえない、と。

でも、我々は、「クロノス的」時間だけではなく
「カイロス的時間」という
もう一つの時間感覚を持っています。

それは人間の意識が生み出す内的な時間です。

映画を観たり、小説を読んだりするとき、
頭に流れている時間感覚は
「カイロス的」時間ではないでしょうか。

カイロス的時間はその速度も方向も
一定ではありません。

過去・現在・未来が同時に存在したり、
未来から過去に逆行することもあります。

実は私は今、そんなカイロス的時間感覚に立って、
過去の自分へ今の自分がメッセージをおくる
という実践をしています。

私が最近行っている数学の出前授業でも
授業の振り返りとして
過去の自分にメッセージをおくるという
リフレクションシートを使っています。

例えば、昨年末に沖縄で行った
数学の授業での振返りシートはこんなカンジです。


リフレクションシート01


佐藤由美子さんという方の
「うまくいきそうでいかない理由」という本に、
「過去へのメッセージ」についての話がかかれています。

実は、現在私は、畠山さゆり先生という方に
体質改善のご指導をいただいているのですが、
さゆり先生のプログラムに、
佐藤由美子さんの「過去へのメッセージ」の手法が
取り入れられています。

お二人は懇意にされていて、
もちろん、さゆり先生のプログラムにこの手法を
取り入れることは了解済です。

その具体的な内容は、モニターなので
詳しくはあかせませんが、
学校教育にもとりいれらるヒントがたくさん潜んでいる
奥深いテーマであることを感じています。

私が現在感じているのは、個人だけではなく
組織のマネジメントにも
この手法が使えるのではないかということです。

今本校は「花高活性化プロジェクト」という
カリキュラムマネジメントを
全職員で行っていますが、
学校経営を考えるときに必要なのは
このような視点でないかと、
畠山さゆり先生の言葉や、
佐藤さんの本を読んで、膝を打ったのです。

現在の学校の姿は、
これまでのあらゆることを含めての
「過去からの贈り物」であるという視点に立つこと。

そして、現状の課題や、
環境に引きずられるのではなく、
理想の未来をイメージして、
その前提となる現在をどう生きるかを
前向きに考えることが求められるのではないか。

そのように感度を磨くことで、
環境の見え方が変わってくるのではないか。

うーん。言語化難しいっす。

でも、大切なことは、
底流をなすのは
ポジティブマインドではないかなあと思うのです。