「ハンド高総体終了 準優勝した君たちに捧げる言葉」

高総体ハンドボール競技が終了した。

なんという素晴らしい決勝戦だったのだろう。

点差が大きく開いてしまっても、
2人が退場し4人で戦う状況になったときも、
どんなに苦しい場面になっても、
君たちの心が折れることはなかった。

はなされても、追いつき、そして追い越した。

キーパーの奇跡のような好セーブに、
私は鳥肌が立った。

最後は球運なく、終了間際のゴールによる、
1点差負けという悔しい結果だった。

でも、私は、君たちを誇りに思う。

高校から始めた選手もたくさんいる
花北ハンド部が、

国体強化の拠点校であり、
18年連続インターハイ出場を決めている、
まさに絶対王者ともいうべき不来方高校に、
臆することなく挑み、堂々たる戦いをした。

君たちは、花北ハンド、
いや、岩手県ハンドの歴史に残るチームである。


多分、今、皆は悔しい思いをしているだろう。

皆が取り組んできたハンドボールの部活動は、
爽やかなスポーツであるとともに、
チャンピオンを目指す勝負の世界でもある。

だから、そこには否応無く「勝者」と「敗者」が存在する。

試合を行う当事者は、勝利を追及し、
必死に、真剣に戦う。

そして勝ち進めば進むほど、
その戦いは緊張感を増し、
まさに命を削るようなものとなる。

そんな中、応援している我々に言えるのは
「頑張れ」とか「感動をありがとう」的な、
戦う当事者から見れば、
ある意味、お気楽なことだけなのかもしれない。

しかし、私は、敢えて今、
負けて悔しい思いをしている
選手に向けて一言述べたい。

一つは、君たちが、勝ち負けを争う舞台には、
応援する学校の仲間、共に喜びを分かち合い、
苦しみを共有しあえるチームメイト、
そして、活躍を暖かく見守る
家族の存在があるということである。

そんな声援の中で戦うことができた事は、
かけがえのない財産として
生涯残っていくものだ。

だから、そのような場で戦えたことに
感謝するとともに、
大きな声援を受けてきた
自分自身を誇りに思って欲しい。

二つ目は、負け試合にこそ
学ぶべきものがあるということだ。

それは勝負の世界のことだけではない。

成功体験に喜び、
できなかったことに嘆くことは誰でもできる。

しかし、負けたこと、失敗したことから学び、
立ち上がろうとする人間は
間違いなく大きく成長する。

問題は負けたことではなく、
負けたあと何を学び取るかだ。

もちろん、そうはいっても、
部活動を間もなく引退するという身では
反省が次に活かせないという人もいるかもしれない。

しかし、そうではない。

なぜなら、部活動とは、試合に勝つための
スキルを磨く場だけではないからだ。

部活動とは、

「自分をより良くする」
「仲間との関係を築く」
「全体がより良くなるように寄与する」

という精神を身につける場でもあるのだ。

だから、試合に負けたことから得ることは、
その種目の中に留まることではなく、
君たちの生き方の中に必ず活かされる。


特に、君達のように、日々自分を追い込み、
厳しい練習を行ってきた者は、

結果に悔いは残しても、
やってきたことには悔いは残していないはずだ。

だから、君たちの今回の激闘の経験は、
これからの高校生活、社会生活の中で
大きな力になっていくと私は確信している。

そういう意味では、君たちの部活動は
今始まったばかりといってもいいのかもしれない。



熾烈な戦いを終え、
喜びや、悔しさや、挫折を経て
大きく成長した君たちの、
これからの様々な場所での活躍に大いに期待したい。
 
歴史に残る名勝負。ありがとう。

ハンド0531-02

ハンド0531-01


 

高総体ハンドボール競技スタート

本日から、第68回岩手県高総体
ハンドボール競技が始まっております。

私は、昨年度は大野高校でしたので
卓球専門部でしたが、今年度から、
ハンドボール専門部へと変わりました。

そういうわけで、今日から3日間
ハンドボール三昧の日々となります。

私は、中学高校とハンドボール部に
所属していましたし、

盛岡三高での教員時代も
ハンドボール部の顧問をしていました。

そんなわけで、久しぶりのハンドの空気は、
とても心地よいものであります。

皆さんもフレンドリーですしね。

さて、今日は、我が花巻北高校チームは
男女とも初戦を順調に勝ち上がりました。

この調子で頑張って欲しいですね。

大会を運営されているスタッフの皆さん、
ありがとうございます。

これからもよろしくお願いします。

ハンド高総体01
選手宣誓

ハンド高総体02
本校の同窓会長から激励を受ける男子。

ハンド高総体03
1回戦の盛岡一高戦は白熱の展開に

ハンド高総体04
応援も燃えます。
応援団長は男子会場と女子会場を往復して
一騎当千の応援を繰り広げてくれました。

ハンド高総体05
勝利の瞬間




 

グループワークについて③「遺棄されること」

前回は、グループワークの失敗事例ということで、
少し憂鬱な事例をあげてしまいました。

一応、授業者本人が見てもわからないように、
実際の事例と科目を変えるなど、
脚色をしていることをお断りしておきたいと思います。



グループワークは、発信などの活動によって、
自分に自信を持つことができるでしょう。

また仲間と話し合うことで、
深い心の交流ができるかもしれません。

そして、集合知によって、問題を深く掘り下げ、
新しい価値を生みだす可能性もあります。

しかし、一方そこには、
危うさも隣り合わせにあることを
教師は自覚すべきと思うのです。

それは、自我がぶつかりあうことで、
人を傷つけたり、あるいは他者を疎外してしまう
ことがあり得るということです。


私はとりわけ人見知りで
引っ込み思案な性格だったので(本当)、
グループ活動が好きではありませんでした。

だいたいいつも疎外される側に
なってしまうからです。

皆が盛り上がる中で、じっと静かに
時間が経つのを待つのは辛いものがあります。

自分が意見を言いたくても、
大きい声の人にかき消されてしまいそうで、
気後れして諦めてしまうこともあります。

大人になってからでもそういう場面はあります。
例えば、部活動の専門部での
懇親会に参加したときなど。

私の周りの人たちはみんな和気藹々として、
ふざけ合って、大声で語り合い、笑いあっています。

自分も勇気を振り絞って話しかけても、
スルーされるか適当な相槌を打たれるだけです。
ヘタすると場がしらっとします。

そのときの自分の心理は

「あなたは、まだここで話をする資格を得ていない」

と烙印を押されたような感じです。

もちろん、彼らに悪気などはないのですが。

まあ、大人の世界なら、自意識過剰とか、
イレイショナル・ビリーフだって片付けられますが、
高校生などの発達段階の中では
とても深刻な問題に発展していくと私は思うのです。


少し脱線しますが、私が10年ほど前に、
花巻北高校に勤務していた時、
ネット絡みのいじめ問題がありました。

当時、学年長の私は、学年集会を行った後に、
ジョージ秋山の「浮浪雲」の話を
学年通信に取上げました。

WEBなので、絵は紹介できないので、
そのストーリーを以下に簡単に記しておきます。


それは、青田塾の師範の青田先生が
血相を変えて走る場面からスタートします。

青田塾に通う正次郎が自殺したのです。

新之助(浮浪雲の息子)たちが、噂をしています。

「昨日会った時はいつもの通り、にんまり顔だったよ」
「なんか悩み事があったのかねえ。勉強ができないとか」
「正次郎はできるほうじゃん」

青田先生は悩み、いろいろなところに出向き、
彼の死の理由を探ります。

「正次郎のことでちょっとしたことでもいいんだ。
なんでもいい話してくれ」
「喧嘩とかいじめは?」

塾に通う子供たちに問います。

子ども達は
「正次郎は喧嘩するようなヤツじゃないですよ」
「いじめっつうのも見たことないです」

青田先生は原因が掴めず途方に暮れます。

そんな時、正次郎の母が遺書を持って、
青田先生を訪ねます。

遺書には

『こんど生まれてきたらみんなとなかよく遊びたい。
母上ごめんなさい』

と書かれています。

母親は、青田先生を問い詰めます。

青田先生は、自分が調べた範囲では
いじめはなかったと母親に伝えます。

しかし、母親の気持ちは収まりません。

「先生、私、五日前にご相談に参りましたよね。
正次郎が元気がないようですって」

「はい。ですから私は正次郎君を
十分に監視しておりました。
いつもとなんら変わりはありませんでした」

「だから、放っておいたんですか」

「子どもというものは、すぐに落ち込んだり
元気になったりするものですから」

「もーっ!言い訳ばかりで!
あなたに教育者の資格はありません!
お奉行所に訴え出ます。」

青田先生は自問します。

(正次郎だけではない。
私はひとりひとり片時も目を離したことはない)

青田先生は、更に彼の足跡を辿り、
悩み考え続けます。


塾に、説明を求め、多くの母親達が押し寄せてきました。

青田先生は

「私は逃げているのではありません。
真実を見極めたいのです。
正次郎君の死の真実をです。
それがいじめだとは私にはまだ掴めないのです」

「まだそうやって、責任逃れをするのですか」

「原因は家や親にあるとでもいいたげですね」

「いい加減にしなさいよ!子供が死んでいるんですよ」

畳みかけられた青田先生は涙を流します。

「泣いたからって正次郎さんが
戻ってくるわけじゃないよ!」

青田先生は、心身ともボロボロになり、
遂に浮浪雲に意見を求めます。

「おねえちゃん、いいうんこしてます?」と、
いつもの調子の浮浪雲に、
青田先生は切羽詰った顔で訪ねます。

「浮浪さん、お願いですから
今日は真面目にはなしてくれませんか」

そこで、浮浪は、いじめについて語りだします。

「いじめねえ・・。」
「いじめの根っ子は何だかわかります?」

「・・・」

「遺棄でんす」

「死体遺棄。これは重い罪でんす。
しかし、生きている人間を遺棄する。
これはもっと重い罪です。
ですけど、お咎めは受けません。
その罪は見えませんから」


青田先生は浮浪のその言葉を聞いて、
回想します。

それは、塾が終わってから子どもたちが、

「おーい、勝馬、山田屋に寄ってくか?」
「あー行くよ行くよ」
「吾輩もいっていい?」
「もちろん」
「行こう行こう」

という和気藹々と話をする場面です。

青田先生は気づきます。

「そうかも・・。あのとき、遺棄されてたんだ。
うかつだった。気づかなかった」



「どうして人はいじめをするのでしょうか」

心労の青田先生は、
渋沢先生の下に相談に出かけます。

渋沢先生はこのように答えます。

「自我です。自我とはねえ、ひとを妬み、嫉み、
ひとを蔑み、ひとを虐げ、ひとを辱め、
ひとに憤る・・・これらの念でございます。

これは人間誰でもございます。
この念は生きるための力になっています。

子どもにはこの自我の念が強いんですね。
その自我の念を満足させるには、
その対象となる相手が必要なんです。」

青田先生は更に問います。

「先生、私は子どもたちを預かる立場の
者としてどうすればいいのでしょう」

渋沢先生は答えます。

「慈悲です。慈悲とは他人の悲しみを
いつくしむということです。
これよりほかにございません」

「浮浪雲」第783話より


私は、

アクティブラーニングをどうとらえているかによって、
グループワークの性質が大きく変わると思います。

アクティブラーニングを、
学習定着率を高めるメソッドと捉え、
結局、模試の偏差値や大学進学実績に
エビデンスを求めようとするのなら、

あるいは、教科の深い学びなくして
アクティブラーニングではないと
主張するのであるなら、

そこで行われるグループワークから
教師は遺棄を見逃してしまうのではないか。
またはそれが助長されていくのではないか。

そうではなく、

アクティブラーニングを、
生徒が主体的に学びだす場、
安全・安心な対話空間という
生徒目線で捉えた場合に、
グループワークにおける遺棄そのものを
なくすことが、
むしろ焦点化されていくのではないか、

そんな風に思えるのです。

そう考えると、アクティブラーニングは
教師の監視や、
もしかしたら従来的な評価からも
解放されていかなければならないのかもしれません。


今、私は、グループワークを
積極的に行おうと考える派です。

グループワークが嫌だと思っている生徒が、
経験してみたらとても充実し、自分が変わった、
と思えるようになって欲しいのです。

白状すると、それは、私自身の経験でもあります。

グループでの学びあいが、
どれほど自分を変えてきたか、
その思いを子ども達にも味わって欲しいのです。

それは、アクティブラーニングブームを捉えて、
教室をいじめのない空間に変えていく
試みでもあると思います。


では、具体的にどうするか。

どのようなグループワークを行うべきか。

もう、これは、それこそ集合知。
皆さんの意見を求めるしかありません。

ですが、次回は、私の乏しい経験の中で
思っていることを述べてこのシリーズを
終わりたいと思います。



 

「花巻北高校同窓生の高橋圭三のマント」

先日は、花巻北高校に在学していた
ミュージッシャンの大瀧詠一さんの
話を紹介しましたが、
今回は、花巻北高校の1回生
(正確には組合立花巻中学校)の
高橋圭三氏の話を紹介いたします。

若い人で、高橋圭三氏をご存知の方は
少ないかもしれませんが、
彼はNHKのアナウンサーとして
1953年から9年連続、紅白歌合戦の
司会を務めたという凄い方なのです。

1961年にNHKを退職後に、
フリーアナとして活躍します。

Wikiによると、日本初のフリーアナウンサー
という記述があります。

フリー後は、日本レコード大賞など、
日本の顔として大活躍していました。

さて、ここで本題に入ります。
実は、先日の高橋英輝さんの
リオオリンピック激励会に、
花巻北高校の第26期の卒業生の
後藤勝也さんが来校されました。

後藤さんは、現在、総合花巻病院の
外科医をなさっていますが、
高校時代は応援団長だったそうです。

そして、彼が持ってきてくださったのが、
何と、初代の応援団長であった
高橋圭三氏が自分で手縫いして作ったマントでした。

高橋圭三氏から、第二代応援団長の
佐々木宏三さんに受け継がれ、
その後時を経て、
後藤さんの手に渡ったとのことです。

そして、この度、その貴重なマントを、
高橋選手の応援記念として、
現幹部に贈りたいとのことで、
持ってきてくださったのです。

この日、後藤さんから幹部に、
説明とともに、マントが手渡されました。

高橋圭三マント01

高橋圭三マント02


本校の応援団史としても、
そして高橋圭三生い立ちを語る上でも
大変貴重なマントです。

後藤先生ありがとうございます。


 

「高橋英輝選手激励会」

5月25日に行われた、
リオオリンピック競歩の日本代表、
本校OBの高橋英輝さんの
激励会の様子を紹介したいと思います。

8時半に市役所前で待ち合わせです。

0525高橋ー01


おお。

市役所にも立派な垂れ幕がありました!

高橋さんと、彼の高校時代の塚田先生、
そして、日本陸連強化委員会の副委員長で、
富士通の元監督である木内様と落ちあいました。


市役所では皆さんから温かく出迎えられました。
上田市長を表敬訪問し、しばし歓談。

0525高橋ー02

上田市長も花巻北高校のOBですので、
思いもひとしおだったようです。

そして、いよいよ、花巻北高校へ。

花巻商工会議所会頭で、
本校の前同窓会長の宮澤啓祐様、
現同窓会長の佐藤良介様はじめ、
多くの桜雲同窓会の皆様や、
PTAの皆様、学校評議員の皆様などが
激励に駆けつけてくださいました。

0525高橋ー04

0525高橋ー03
同窓会長から激励金が手渡されました。


激励会では、最初に花北の旧職員の
伊藤寿一先生が作成した、
高橋さんが活躍していた当時の
花北陸上部のスライドショーが放映され、

その後、塚田先生から高橋さんの紹介と、
生徒の皆さんを激励する
メッセージをいただきました。

0525高橋ー05

私が心に響いた塚田先生の言葉は二つあります。

一つは、
「失敗をすることで進歩がある」
ということです。

往々にして人は、無様に負ける姿を
人前に晒したくないものです。

だから、自分が成功できると思うことしかやならい。
でも、失敗を恐れて
前に踏み出すことができないことは
自分の成長を止めているということでもある。

高橋選手は、大きな試合で失敗を繰り返したけれど、
その失敗の経験があるからこそ、
次への進化、進歩があったということですね。

そして、もう一つは、
夢をどう持ち続けるかということです。

高橋選手の高校時代の夢は、
箱根駅伝を走るということだったそうです。

でも、その夢が叶わないとわかったとき、
彼は競歩に出会い、その世界で頑張る決意をします。

今、彼がオリンピック代表としてこの場にいるのは、
自分の夢を形にするための、
別の道を見つけたからということなのかもしれません。

私も進路指導の中で同じような話をします。

早く夢を持て、夢を持ち続ければ必ず叶う、
という夢追い込み型の進路指導は、
時に生徒に強迫観念を与え、
「夢の決め打ち」→「挫折して立ち直れない」
という結末を生み出してしまいます。

大切なことは、夢が変化しても、
自分の中でぶれない軸(価値観)を持つこと、
そして、夢破れても対応できる方向感覚を持つこと。

これらは、キャリア・アンカー
(職業生活における錨のポジション)と
キャリア・アダプタビリティ(変化への適応)
と呼ばれます。

高橋さんは、陸上競技部という部活動の中で、
技能の向上だけでなく、
人間力を高めていったということがわかります。

部活動の意義はそこにもあるのですね。

さて、塚田先生の後、私からも5分程時間をいただき、
激励の挨拶を行いました。

0525高橋ー06

競歩は、相当な筋力と体力を使うのはもちろん、
知力、そして、精神力、自制心など、
あらゆる力が総動員されているスポーツです。

そこから、私が感じるのは、
体力・知力・精神力を一体的に使いながら
自分の人生をナビゲートしていくという、
「生きる力」を具現化する営みのようでもあるということ、

そして、
凡事の徹底が、大きな何かを成し遂げる
ということにも通じると思います。

生徒の皆さんには、彼の姿から、
そんな生きる力を学んで欲しいと思います。


こんな話をいたしました。
尚、私の挨拶の全編はこちらにあります。

校長激励の挨拶→★★

そして、いよいよ、
高橋英輝さんから挨拶がありました。

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ごく普通の高校生活、駅伝ランナーの夢、
その夢の挫折、
そしてそこから競歩との出会い。

国際舞台で戦う中で
自分の力になっているのが、
花高時代に培われた黒橋魂であったこと。

お世話になった故郷への感謝の思い。

朴訥で、一言一言に誠意の滲み出た言葉に、
会場の私たちこそが勇気づけられました。


そして、応援団登場。
校歌とエールで締めくくられました。

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最後に、高橋選手を囲んでの全体での撮影会。

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終了後は、取材の嵐でした。

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最初は本校新聞委員会です!

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IBCアナウンサーは
何と高橋さんの花北時代の同級生でした。

テレビ東京が追いかけ取材をしていました。
8月のリオ五輪の競歩の放映権を
テレビ東京が持っているとのことです。

すると、岩手では生で観られないのですね・・・。
うーん残念。


高橋さんからオリジナルTシャツを
プレゼントされました。

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お返しに、私の持っている
マルカンプロジェクトTシャツを差し上げました。

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Tシャツは、図書館前のT先生のコーナーに
翌日の一面トップの新聞記事とともに
ディスプレイされています。


高橋英樹さん。

あなたの躍動する姿は、
花高生の、どんな状況でも折れない心、
負けない心、くじけない心、
困難に立ち向かう勇気を培ってくれるでしょう。

もちろん、それは花高生だけでなく、
被災地で復興に取り組む人々や、
2020年の東京オリンピックを夢見る人たちにも
勇気を与えることでしょう。

リオから、夢と感動、希望と勇気を
日本中に送り届けてくれるような大活躍を
心の奥底から願っております。

頑張ってください。

 

「JICA地球ひろば」

昨日は、高橋英輝選手の激励会を行い、
その後、新花巻駅発の新幹線に飛び乗り、
大宮ソニックホールに出かけました。

全国校長会という、
全国から2500人もの校長が集まる会議です。

到着したのが16:00でしたが、
植松努氏(植松電機)の講演会の
最後の40分を何とか聴くことができました。

植松氏の講演、本当に素晴らしいですね。

私の尊敬するサマンサ(才神)さんとも通じる
ノーリミットマインドの話。

生徒にも、親にも、教師にも
聴いて欲しい内容でした。

そして、「えー、あのー」などの
ノイズのない話し方、
無駄を省いた短い文節で畳み込み、
聴き手を引きこんでいく巧みな話術、
間のとり方、くすぐりの入れ方等々、

彼の講演は、メッセージの「伝え方」
という点でも本当に勉強になりました。

私は、講演を全部聴くことが
できなかったのが悔しくて、
昨日の懇親会の後、ホテルで、
彼の「Youtube」の動画
(TED×Sapporo)を見ましたよ。

そして、今日は、昼まで大宮で会議があり、
その後、ダッシュで市ヶ谷のJICAに移動して、
全国国際教育研究協議会の
総会に出席しました。

実は、来年度、国際教育の全国大会が
花巻市で開催されます。

本校はその開催事務局校
ということになっております。

初めて、JICA地球ひろばに行きました。
会議が始まるまでちょっと時間があったので、
特設展示を見学しました。

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私は、退職後、
JICAシニア海外ボランティアを
秘かに目論んでいるので、
数学の授業風景の動画など、
とても興味深く参観しました。

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会議終了後、
またまた、新幹線に飛び乗って、花巻へ。

そして今、自宅に辿りつきました。

今日はサミットもあって、
電車の運行が随分乱れていましたね。

何と、新花巻駅にも、警官がいて、
ゴミのチェックをしていたのには驚きました。

アップしたい記事はたくさんありますが、
今日はちょっと疲れたので休みます。




 

グループワークについて②「いくつかの事例」

グループワークについての私見を
ブログに書いたところ、
多くのご意見をいただきました。

私と同じような問題意識を持っておられる方が
たくさんいるんだなあと、しみじみと感じ、
ちょっと嬉しくなりました。

私などが話すより、皆さんからの
フェイスブック上での書き込みを紹介するだけで、
十分のような気がしますが、
更に皆さんからご意見をいただければと思い、
前回の続きを書き綴っております。

今回は、昨年私が体験したいくつかの授業や、
担当者などとのやりとりを紹介しながら、
私が感じたことを記したいと思います。

【事例1】

ある中学校の数学の授業です。

授業の冒頭、先生は

「これからはアクティブラーニングの時代だ。
だから今日はグループで話し合って進める授業を行う」

と高らかに宣言します。

新しい単元に入ったところなので、
グループワークでどのような問題解決を
仕掛けるのか期待していたのですが・・・。

彼は、いきなりプリントを配り出しました。
そのプリントは教科書にある問題が
10個ほど書かれているものでした。

そして

「じゃあまわりと相談して問題を解いてください」

といって、30分以上生徒を放置してしまったのです。

どうやらはじめてのグループ学習だったようです。

先生は、ぐるぐる机間巡視し、
時々、やる気のない生徒に声をかけたり、
「どうやって解くんですか~」と答えを欲しがる
一部の生徒達のところで話し込んだりしています。

途中で先生が、
「自由に移動してグループを作っていいんだぞ」
というので、だんだん友達どうしの集まりになっていきます。

すると案の定、問題を解こうとする生徒、
何もしようとしない生徒、
何をしたらよいかわからない生徒、
一人で何かを書いている生徒、
何人かで数学ではない話で盛り上がっているグループ、
先生が近づくとやっているフリをする生徒、
堂々と居眠りする生徒などが出現します。

そしてついに悲劇が起きます。

消しゴムをぶつけていたずらする生徒が出てきてしまい、
それを見た先生がぶち切れて説教に。

クラスに険悪なムードが漂うという、
恐れていた展開になってしまいました。

その後、プリントの解答を教師が一方的に解説し
(ときどきアリバイ作りのような発問を加えながらですが)
終了しました。

授業後、授業者の彼が
助言を求めに私のところに来ました。

いくつか問題点を指摘したのですが、
多分彼の心には届かなかったように思いました。

そして、彼は私にこのようにいいました。

「生徒に主体的に学ばせるような授業を行ったけれど、
うまくいかなかった。
やっぱりアクティブラーニングってだめですね」

ああ。

彼は、自分の授業が失敗だったことは
自覚している。

しかし、その原因は「主体的な学び」にある、
といっているんですね。

主体的にしなければ良かった、と。

皆さんどう思いますか。

でも、これは、特別な事例ではなく、
あちこちで繰り広げられている
ケースではないかと思うのです。

「ALをやれと言われる」→「グループワークやったよ」
→「だめじゃん」→「やはりALはだめだった」

という、数学で言う「背理法もどき」の、
よじれロジックが発動されているのですね。

【事例2】

次に、あるメールを紹介したいと思います。

学校を挙げて、組織的に
アクティブラーニングの実践を行っている、
ある高校の校長先生から、
こんなメールをいただいたことがあります。
(少し脚色しています)

キャリア教育やアクティブラーニング型授業を
推進しているので、
生徒の満足度は高いと思っていました・・・。
ところが、○○科(ある教科)の生徒アンケートから
生徒の不満が大きいことが分かりました。
○○科は毎時間グループ活動を行うという
アクティブラーニングを
積極的に行っていたのにショックです。

アクティブラーニングなど、
確かに未来を見て改善する視点は
大切かもしれませんが、
足もとをよく見ないといけませんよね。

現状を見てあたりまえのことが、
あたりまえのようにできているかを
冷静に見る視点が大事だと思います。


私は、この〇〇科の授業を
参観したことはないのですが、
メールのやりとりの中で感じたのは、
ここで行われている「アクティブラーニング?」は、
恐らく、教師が生徒の活動をひたすら管理し、
厳しく評価するという、
いわば、監督・演出・主演=教師、
エキストラ=生徒、
というものではないかということです。

実は、そういう授業も多いんですね。
以下の事例もそのようなカンジです。

【事例3】

以前、「学びの共同体」を掲げる、
ある地域の中学校の授業を観たとき、
とても驚いたことがあります。
例えば、先生の

「じゃあ、グループになって」

の一言で、

生徒は、音も立てず
(机の脚にテニスボールがついている)
瞬時に机をくっつけます。

その素早さに、私は目を丸くしました。

そして、グループ内に
「司会係」「用具係」「まとめ係」などが割り振られ、
先生の合図で彼らはきびきびと動きます。

「グループで話し合いなさい」というと、
まるでスイッチが入ったように、
ペアやグループ内対話が起きます。

先生は、その「心地よいザワザワ」に目を細め、
話し合いの後に、何人かの生徒を指名し
見事な発表をさせます。

着地も成功、素晴らしい授業、一丁上がり、
てなわけです。

でも、私は、生徒の話し合いの様子を見たとき、
「目の前にいる相手に話しかける」対話ではなく、
「話している様子を第三者に見せるため」
の演技のようにも思えてしまいました。

うがちすぎと言われるかもしれませんが。

でも、高校に入って、
こんなグループワークを行うといわれたら・・

うーん・・・嫌だろうなあ・・・

【事例4】

今年、ある中学校に出前授業を行いました。

その教室の黒板に
大きなポスターが掲示されていました。

「学ぶ力」「生きる力」を高める
コミュニケーションスキル

という表題です。

そこには

「前に出た人や、ペアの相手の目を見て、
頷きながら聞く」
「大きな声ではっきりと伝える」
「姿勢を正し、目に力を込め、
ジャスチャーや強弱をつけて話す」

などと書かれています。

現行の学習指導要領の評価の観点は、

「感心・意欲・態度」「思考・判断・表現」
「知識・理解」「技能」の4つなのですが、

一昔前の学習指導要領における評価の観点は、

「感心・意欲・態度」「思考・判断」
「技能・表現」「知識・理解」でした。

つまり、かつては「表現」が、「技能」と
抱き合わせになっていたのです。

現行の学習指導要領では、
この「表現」が「技能」からはずれて、
「思考・判断・表現」と括られています。

当時の中教審の評価ワーキンググループの
主査を務めた無藤隆氏は、
「表現」については、
従来の技能的な表現ではなく、
言語力に類した思考の言葉などによる表現
という意味であり、
思考と表現は一体的循環的に進むもの、
と説明しています。

教師が未だに「技能的なプレゼン力」を
表現力としてクローズアップし、
それを評価までしている現状が、
私はとても気になるのです。

【事例5】

最後は、ある小学校の課題研究授業の様子を
ビデオでまとめたものです。

この学校は文科省の指定も受けているということで、
それは見事な授業でした。
小学生が、こんな凄い街づくりの提言をするのか、
と驚嘆しました。

しかし、その動画をじっくり観ると、
素晴らしい発表を行ったり、
グループ内で持論を展開し
見事に合意形成を行ったりするのが、
特定の子どもであることに気づかされるのです。

他の子ども達は、そのグループ内で、
リーダーに協力すべく、
脇役のポジションで頑張っているわけです。

もちろん脇役のポジションにも
価値を与えているわけですが。

でも、であればこそ、
その子ども達の健気さに、
私は複雑な思いをいだき、
少し胸が痛くなったのです。

クラスの中に、一軍メンバーと二軍メンバーがいる。

グループ活動がこのようなヒエラルキーを
つまびらかにしてしまったのではないか。

一方的な授業ならば、
それは顕在化しなかったかもしれないのに。

これは、言い過ぎかもしれません。
評論家目線なのかもしれません。

でも、私の胸の痛みの理由は、
自分の過去の嫌な経験と
シンクロしてしまったからでもあるのです。

と、ここからが、本題なのですが、
事例にあまりにも字数を割いてしまい、
長くなってしまいました。

この続きは、また次回ということで。

<追記>

私が、ここで述べたことは、
グループワーク自体がいつでも孕んでいる
問題なのかもしれません。

でも、私は、
現在のグループ活動に見られる多くの問題は、
ALの進展によって生み落とされた
病理のようにも思えるのです。

このような現状を見ると、
めげそうになります。

でも歯を食いしばって何とかしたい。

そう思えるのは、
こんな冗長な文章にお付き合い下さり、
更に、激励のコメントや
的確なアドバイスをいただきながら、
互いに高めあえる
同志の存在があるからこそと思います。

では、次回こそ、クラス内ヒエラルキー
についてまとめたいと思います。

 

第2998回!

今日は、花巻市ロータリークラブの
定例会(昼食会)に出席しました。

本校の生徒が奨学生として
採用させていただいており、
この日は奨学金の給付式が行われました。

今回は、何と第2998回の定例会とのこと。

ロータリー0524-02

一体何年間続ければ
こんな回数になるのでしょう。

驚くとともに、ロータリークラブの
継続的な活動に敬服しました。

今回、私はゲストとして初参加だったのですが、
話をして欲しいとのオファーをいただき、
現在の花北の様子を中心に
15分程お話させていただきました。

ロータリー0524-01
生徒の活躍ぶりを中心にお話をいたしました。

ロータリークラブの精神とは、

真実を追求すること、
皆に公平であること、
他者に好意を持ち友情を深めること、
そして社会の役に立つ人間になること、

と私は理解しています。

それは、本校の
「桜雲臺精神」
「りっぱな公民になる」
という目標と合致すると感じています。

今日は、ロータリアンの皆様と会食しながら、
花巻北高校への温かい眼差しを感じ、
そして、たくさんの勇気をいただきました。

ロータリー0524-03
会長の佐々木様から国際協力の話などがなされました。


ありがとうございました。


 

剣道部王座奪還

だいぶ前の話になりましたが、
5月14日に行われた
第48回県高校選抜大会で、
本校の男子剣道部が、
4年ぶりに王座を奪回しました。

剣道選抜賞状

剣道選抜トロフィー


おめでとうございます!

この大会は、県の16強が参加する
勝ち抜き戦です。

女子は3位決定戦で惜しくも福岡高校に敗れ
ベスト4でしたが、高校総体に向けて、
いい流れができたのではないかと思います。

狭い剣道場のため、
早朝に体育館を使うなど、
時間を工夫しながら、
活動している剣道部。

時々、道場での練習風景を見ておりますが
部員全員の集中力と
一体感が素晴らしいですね。

今後の活躍を期待しています。

 

グループワークについて①「グループに馴染めない生徒はどうするの?」

先日、小林昭文先生のブログで、
グループワークの影の部分についての
話題が取り上げられていました。

ある保護者から
「グループワークによって不登校になった」
という言葉が寄せられたという内容です。

小林先生のブログはこちら→★★

実は、私は最近、
アクティブラーニングの功罪としての
グループワークについて、
少し考えるところがありまして、
この機会に、自分の意見を
何回かに分けて記していこうと思います。

今回は、これまで私が
グループワークに関する質問に
こたえていたことを記したいと思います。

なので、ここで述べることは、
昨年度時点での私の考えです。

私は、講演会などの中で、

「グループ活動だと教科書が終わらない、
グループ学習は騒がしく秩序が乱れる、
グループになじめない生徒はどうするんだ・・・」

という質問をいただくことが何度もありました。

私は、そのような質問に遭遇する度、
この言葉の裏には、質問者の

「私はグループ活動が嫌いなので
やりたくありません」

というメンタリティが働いている
のではないかと感じていました。

まあ、偏見かもしれませんが。

そこで、まずは、以下に、
昨年度私が講演を行った
ある学校の質問に答えた内容を
ペーパーにしたものから
抜粋しておこうと思います。

<前略>
(グループに馴染めない生徒は
どうするのかという質問に対して)
次の2つの視点から私の考えを述べます。

一つ目は、グローバル社会、共生社会を
生きる人づくりという大きな視点です。

人間は他との関係性を抜きに語れない存在であり、
人間関係の育成は、授業、学習という場でも
育てられなければならないというのが私の持論です。

授業が学校という空間で行われるならば、
そこは、自分に向き合うだけではなく、
共に歩む仲間とのつながりを深めていく場と
捉える必要があります。

人間は他者と共にあるとき、より賢くなり、
より強くなり、より多くを達成できる。

これは教師の持つべき見識ではないでしょうか。

そこで、私は、授業という場で
人間関係を再構成することに
価値があることを強調したいと思います。

人間関係は中学時代の友人関係や
部活動だけの中で十分であり、
授業は個々が孤立していていいのだという考えは、
極論かもしれませんが、
固定的、排他的な人間関係をつくり、
それはいじめの温床にもなりかねないと思います。

グループワークに慣れない先生も
多いかもしれませんが、
できない理由を探すのではなく、
どうすれば教室という空間が、
人間関係を築く安全・安心の場にできるか、
日々工夫するのがコーディネータとしての
教師の役割かもしれません。

二つ目のポイントは、
グループ学習=アクティブラーニング(AL)
という誤解です。

ALに否定的な人は、
AL=「グループワークによる賑やかしの授業」
という誤解をしていることが多いと思います。

必ずグループワークを入れなければならない
ということではないのですが、
学習者の主体的な活動を「見える化」する機能として、
グループワークが適切な方法の
一つであると考えられるから行うということです。

確かに、小中学校で、あまりにも形式的で、
管理されたグループワークにばかり浸かっていれば、
辟易してしまっている人も
少なからずいるかもしれません。

私は、グループワークを行っているとき、
1人で考えたい生徒がいたら、
それはそれでよいとするなど、
「グループ活動ありき」の授業にならないように、
生徒と教師がコンセンサスをとれば
いいのではないかと思います。

グループワークといっても様々あります。
最近多く用いられる「ワールドカフェ」は
グループ間のメンバーを交流させますし、
OST(オープンスペーステクノロジー)は、
グループに参加せず立ち止まる生徒や、
様々なグループを行き来する生徒の
存在を認めながら知識の構成を行います。

私は、グループ発表に時間がかかるので、
OSTの手法を基にした自分なりの方法を考案し、
しばしば用いています。

是非、皆さんも自分なりの
スペシャルな方法を考えてみてください。


以上が、私が様々な場で話してきたことです。

ところが、最近、少し考え方が変化してきました。

その原因は、小学校や中学校の授業を
参観する度に芽生えてきた
ある種の違和感によるものです。

そして、グループワークの危険性について
気になるようになってきました。

次回はそのことについて、
グループ内ヒエラルキーとスクールカースト
というテーマで書いてみようと思います。

では、いずれまた。


 

「大瀧詠一と風の又三郎」

昨日、本校の第31期同窓生の
大畠さんという方から、
お手紙と貴重な資料をいただきました。

その資料とは、
大畠さんが高校1年生のときに
同じクラスの友人だった、
大瀧詠一氏に関するものでした。

これが貴重な写真です。

大滝01LT

そうです、あの大瀧詠一は
花巻北高校に1年間在籍していたのです。

彼は各地を転校していて、
本校に1年間通学した後、
風のように去り、
釜石南高校に転校します。

風の又三郎のようですね。


大瀧詠一は、日本の1970年以降の
音楽シーンをリードしてきたパイオニア。

偉大なミュージッシャンであり、作曲家であり、
そしてプロデューサーであります。

山下達郎の師匠ともいわれていますね。

私は、1960年代後半に衝撃的に登場した、
あの伝説のロックバンドの
「はっぴいえんど」
(細野晴臣、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂)
を聴いて、それまでの洋楽一辺倒から、
日本のロックに目覚めていきました。

私のサブカルチャーや
アンダーグラウンド志向は
この辺りでつくられたように思います。

さて、大畠さんの手紙には
次のように書かれています。

<前略>
大瀧さんと1年生のときに同じ教室で学び、
英語のリーダーの時間には大瀧さんの
流暢な発音や語学力に皆驚き感心したり、
下宿に遊びに行った学友が
ビートルズやプレスリーなど、
沢山の英語のレコードコレクションや
音楽の話題を拝聴して感服。
当時既に音楽家の路を爆走していた
「一人の天才と同じ教室で学ぶことができた
大変貴重でFantasticな一年間」でした。

校長先生のメッセージにありますように、
大瀧さんは「公民的資質と桜雲臺精神」
を持った偉大な同窓生と誇りです。
<後略>


早速、大畠さんにお礼の電話をし、
大瀧さんのエピソードや、彼が亡くなってから、
現在、各地で行われている彼の企画展
についてのお話を伺うことができました。

というわけで、早速今日、
「もりおか啄木・賢治青春館」
で行われている
「大瀧詠一の青春展」に出かけてきました。

写真撮影禁止だったので、
展示内容は紹介できませんが、
懐かしい思いにしばし浸ることができました。

そして、「もりおか啄木・賢治青春館」は
とても昭和モダンでお洒落な場所でした。

大瀧詠一企画展01
これは盛岡の象徴である岩手銀行。
このすぐそばにあります。

大瀧詠一企画展03

大瀧詠一企画展02
「もりおか啄木・賢治青春館」です

五十数年間、盛岡っ子として生きてきたのに、
ここに来たのは初めてでした。

この企画展、7月3日まで行っています。

大瀧詠一企画展04


いつか本校でも、大瀧詠一企画展を
行えればと思っております。

大畠さん
ご紹介ありがとうございます。


 

「PTA役員会」

昨日は、ホテルグランシェールで、
PTA役員会が行われました。

協議に先立って、
昨年度役員をされた方々に
感謝状と記念品が贈られました。

2016PTA役員会02


私は前会長の佐藤寿美様とは、
この4月からのお付き合いですが、
何となく古くからの
友人のような気がしています。

2016PTA役員会03

これは、誰とでもすぐに良好な
人間関係をつくられる
佐藤前会長のお人柄によるものです。

このような方を社会的知性に長けた
人物というのでしょうね。

彼は、世界中を飛び回る国際人ですが、
今度は、台湾と岩手の交流に一役買う
重要なミッションを持って、
近々また旅立たれるとのこと。

この日表彰された前会長の佐藤様、
前副会長の石村様、高橋様、
また、ご欠席の前副会長平澤様、
前監事の小原様、
ありがとうございました。
お疲れ様でした。

そして、新たにPTA会長に就任された
小原雅道様、どうぞよろしくお願いします。

小原会長には、議長として
スムーズな進行を行っていただきましたが、
何を隠そう、本職は市議会議長なので当然ですね。
「議長不慣れにつき・・・」という
常套句を彼が発すると、
場に笑いが起きてしまいます。

2016PTA役員会04


小原会長はもちろんしゃべりのプロですが、
実は、ダイビングが趣味とのこと。
今は多忙で休まれているようですが、
これまで、世界中の海を潜っているとのことです。

前会長現会長の共通点は、
どちらも本校のOBであること。

そして、お二人とも超多忙にもかかわらず、
まるで「どこでもドア」を持っているかのように
瞬間移動されるところです。


今回の役員会では、
熊本への義援金も了承されました。

ありがとうございました。



 

「トイレットペーパーで数学を」

先週の土曜日に、岩手大学で
数学授業づくりカフェが行われ、私も参加しました。

そこで、「トイレットペーパーで数学」
の実演が行われたので、
そのことについてまとめてみたいと思います。

ここで使ったトイレットペーパーは、

幅11.4cm、長さ65m

という規格の製品でした。

tp-03.jpg

トイレットペーパーの外径(外側の円の直径)
を図ってみると、ほぼ10cmです。

内径(内側の円の直径)は3.8cmでした。

すると、外側の円周は、
10×円周率なので、31.4cm

内側の円周は、3.8×円周率なので、
11.9cmとなりますね。

さて、このトイレットペーパーは、
一体何巻きかという問題を考えてみましょう。

まずは、皆さんカンで
何回転位になるか想像してみてください。


tp-04.jpg

このトイレットペーパーを
上の写真のように切り開くと、
台形のような図形になりますね。

本当は台形ではないけれど、
まあ、台形とみなしてもよいことにします。

この台形の面積を考えてみます。

上底=11.9cm
下底=31.4cm

ですね。

トイレットペーパーの1枚の厚さをd、
切り取られた枚数をnとすると、
台形の高さは、d×nとなります。

すると面積は、

tp-01.png

となりますね。

一方、このトイレットペーパーを一面に広げると、
底辺が65mで高さがdの
めっちゃ薄っぺらな直方体になるので、
その側面積は6500×d(平方センチメートル)
となります。

これら2つの面積は等しいはずなので、
式を作ると

tp-02.png

これが、理論値(怪しいけれど)なんですね。

因みに、※式右辺(のnを除く部分)は、
切り取られたトイレットペーパーの
平均の長さといってもいいですね。

ということは、※式は、面積で考えずに、
65mの長さを、平均値でデバイドしたもの
とみることもできますね。

ポイントは、切り取られた
トイレットペーパーの長さは、
等差数列をなしているということです。

だから、※式の右辺は、
等差数列の和の式にもなっています。

では、実際に何回転なのか、
実験してみなくてはいけませんね。

その動画がこちらです。




やった!

理論値とほぼ近い値になりました!



数学における問題解決とは、
現実問題を数学の世界に移し、
定式化して数学の問題とする。
それを現実問題の一つの解答として返すこと。

そして、数学で得た解が、
現実世界の良いモデルになっているか、
操作や観察、実験によって検証すること。
このように考えることができます。

これは、PISAの「数学化サイクル」で
述べられていることです。

でも、このトイレットペーパーの実践もそうですが、
数学教育協議会で行っている、
このようなあまたの実践は、
PISAの数学化サイクルが喧伝されるより、
随分前から同じような意図で行われています。
(銀林ダイヤグラム)

このような教材を開発してきた
数教協の昔からの実践家達には、
今の「アクティブラーニングムーブメント」は、
どのように映るのでしょうか。


授業づくりカフェの講師として
トイレットペーパーの
実践を紹介してくださった、
伊藤陽菜先生、ありがとうございました。



 

今日の図書館

さて、今日の図書館前は、
母の日シリーズから一新し、
オリンピックモードになっていました。

オリンピック図書館01

オリンピック図書館
おっと。金メダルもありますよ。

これは、来週の5月25日に、
本校を卒業した高橋英輝さんの
激励会を行うことになっているため、
そのタイミングを捉えてのものとのことです。

そうです。高橋さんは、
リオデジャネイロオリンピックに、
岩手県からただ一人選ばれた選手なのです。

このディスプレイは、
「桜」⇒「母」⇒「オリンピック」と続きました。

今度は何になるのか、とても楽しみです。

T先生ありがとうございます。


 

自転車のツーロック

今日は、花巻警察ボランティア協会の
方がいらっしゃり、
本校に、240個もの自転車のロックを
贈呈していただきました。

自転車安全01

昨年度の花巻管内の自転車盗難は6件
とのことですが、その内の2件が
本校の生徒だったとのことです。

駐輪場を見回すと、ロックされていない
自転車が80台近くありました。

今回の贈呈を機に、
自分の自転車の管理に
気を配りたいところです。

それは、自分自身を大切にする心を
育てることにも繋がると思います。

自転車安全02




 

高総体壮行式挨拶

今日は高総体の壮行式でした。

花北壮行式01LT


私から選手の皆さんに述べた
激励の挨拶を以下に記しておきます。


いよいよ高総体が始まります。
これまでの活動の成果を存分に発揮してください。

ところで、東日本大震災津波で被災した
沿岸のある高校では、
「かきくけこ」を復興のスローガンにして
取り組んできたそうです。

それはこのようなものです。

【か:感謝】 
支援していただいた人への感謝を忘れないこと。

【き:希望】 
どんな状況にあっても希望を捨てず
未来を見つめること。

【く:工夫】 
他から与えられるのを待つのではなく、
自ら工夫を凝らすこと。

【け:決断】 
自分たちが何をやるべきかの決断をすること。

【こ:行動】 
決断したことを行動に移すこと

これは、実は、これから高総体に向かう
皆さんに対する思いにも
通じるのではないかと思います。

【か:感謝】 
お世話になった指導者、顧問、保護者、
地域への感謝の気持ちを持つこと。

【き:希望】 
どんな厳しい戦いでも
最後まで希望を捨てないこと。

【く:工夫】 
試合の中で頭を使って
勝つための工夫をすること。

【け:決断】 
試合の状況を見て、どのプレーを
選択するかを冷静に決断すること。

【こ:行動】 
決断したプレーを実行できるような
技術と行動力を持つこと。


この「かきくけこ」の精神で、
試合に臨んで欲しいと思います。

団体種目であろうが個人種目であろうが、
勝利という結果は、
部員全員の勝とうという強い思いが
あればこそのものだと思います。

勝利のために、部員一人一人の強い思いと、
人の和をもって戦って欲しいと思います。

「結果に悔いは残しても、
やってきたことに悔いは残したくない」
という言葉もあります。

試合とは、それまでの準備と経験の
総決算の場とも言えます。
そういう意味で、皆さんは、
ここまでいい準備をしてきたし、
応援歌練習などの経験から
不撓不屈の黒橋魂が注入されています。

ですから、そんな自分を信じ、
それまで行ってきた練習を信じ、
仲間を信じ、ベンチ、スタッフを信じ
試合に臨んでください。

しかし、往々にして、大舞台の中で、
人は意外と
自分を信じられなくなるともいわれます。

すると、冷静さを失い、顔に力が入りすぎ、
視野が狭くなり力が出せなくなることもあります。

少し古い話ですが、北京オリンピックで
金メダルに輝いた、日本ソフトボールチームには、
西田さんという脳科学専門の
メンタルトレーナーがいました。

彼は、オリンピックに出かける前に
代表の選手には全員、
お世話になった方々のところに
挨拶にいくような指導を行っていたそうです。

「人間の脳は、人を信じ感謝すると、
自分を信じられるようにできている。
そこで、周囲への感謝の気持ちを持つことによって、
自分を信じ、脳の潜在能力を引き出すことができる。」

と彼はいっています。

因みに、エースの上野投手は
高校時代にお世話になった恩師の
墓参りにいったそうです。

参考にして欲しいと思います。

さて、そうはいっても、本番では時に、
思いもよらない力を発揮することもあるし、
あるいは好運に恵まれて、
ぎりぎりの勝利をものにすることもあるでしょう。

そんな力を生み出すのは、
ここにいる皆さんの「応援の力」でもあります。
是非、皆の応援によって
選手を後押ししてほしいと思います。

そして、これまで「世界最高の」応援活動を
立派に牽引してくれた応援団幹部の皆さん、
補助幹部の皆さん、これまでありがとう。

そしてこれからもよろしくお願いします。

では、選手の皆さん、悔いのないよう
全力で戦ってきてください。


花北壮行式03LT

花北壮行式02LT



 

「3学年PTAで思ったこと」

毎日ビッグイベント目白押しで、
ブログの記事が追いつかないこの頃であります。

先週の木曜日の夜、3学年PTAが行われました。

参加者が、学年全体の75%に達する
という大盛況ぶりでした。

学年PTA会長の奥山さんから、
学年PTAの出席率と進路の成果は
相関するというお話がなされました。

私は、その話を聴いて、2つの事を考えていました。

一つは、私が8年前に花巻北高校に
勤務していた時のことです。

この年、私は3学年長だったのですが、
その前の年度の3年生が、
国公立大現役合格者数の
卒業生全体に対する割合が73%という
成果を挙げました。

そして、この年、
保護者の学年PTAなどへの出席率も
非常に高かったという印象が残っています。

このことについて、
当時、新3学年が始まった
最初の学年集会で取り上げ、
それを私は、学年通信に次のようにまとめました。


今年の卒業生は、240名中175名が
国公立大学に合格するという
過去最高の進学実績を残した。
このことは皆いろいろなところで
何度も聞いていると思う。

確かに数字は語る。
そして人は往々にして数字によって評価する。
しかし、数字だけでは本当のことはわからない。

私は、今年の卒業生の
素晴らしさを評価すべきところは、数字よりも、
後期試験まで粘り強く戦い抜いた
その心身の強さではないかと思っている。

そして、保護者の温かな眼差しが
あったからこそと思う。

私は、昨年度学年通信を作るためもあって、
皆の部活や勉強以外の様々な活動を
ビデオや写真に収めながら眺めてきた。
その経験の中で、
私は少しだけ威張れることがある。

それは、数字でしか物事を評価できない人よりも、
皆の真実を一つ多く知っているということだ。

部活での試合や、受験に臨むにあたって必要なことは
「自分を信じること」だといわれる。

よく教師はこの言葉を発する。
しかし、私たちは同時に
「生徒を信じること」ができなければいけない。

部活でも進路でも、よき指導者と選手や生徒には
互いに信じあう関係がある。

私は、昨年度1年間皆の様々な活動を
追いかけていく中で一番嬉しかったのは、
皆を信じることができ、
皆を見直すことができたということである。

皆が1年生のとき、実は少し憂鬱なときがあった。
なんてコミュニケーション能力がないのだろうと
嘆いたこともあった。

しかし、昨年度1年間の活動振りを見て、
皆の成長を実感することができた。
そして私は、教師として、
無理やり押し付けてやらせるのではなく、
皆の生き生きとした活動を見たり、
ともに行動することなしに
生徒の評価はできないということを学んだ。

だから、今年は皆を信じたい。
昨年に比べ休日もなくなり、
平常課外も始まり大変になることは明らかだ。

しかしだからこそ皆を信じる。
もちろん私たちは皆の進路の成果を追い求めるけれど、
それは数字やパーセントを求めるのではなく、
一人一人の幸せを求める。

そして、私は皆を支えてくれる学年のスタッフに
絶大な信頼を寄せている。
そして君たちの後ろにいる保護者の皆さんの
熱い思いも感じている。

このチームで最後のそして最高の
高校生活を送りましょう。
(2008年4月14日付「桜雲臺」152号より)



もう一つは、「美味しんぼ」という
漫画の究極のメニューと至高の献立の
第1回の卵料理対決のシーンです。

究極のメニュー側の山岡さんは、
フランス料理の逸品である、
半熟卵のトリュフソースを提供します。

一方、至高側の海原雄山は、
何と、卵の黄身の味噌漬けという、
何の変哲もない料理を出します。

山岡さんは、
「俺は一生懸命最高の料理を考えたのに、
こんなふざけた料理を出すなんて」
と怒ります。

ところが、食べてみると、
卵の黄身の味噌漬けの方が、
圧倒的に美味く、
究極のメニューが敗れてしまいます。

海原雄山は、この料理の秘密として、
使った卵が「初卵」であることを明かします。

初卵とは、ヒヨコが育って初めて産む卵のことです。

雄山は、

「初卵には、鶏の体内にヒヨコの時から
蓄積されてきた栄養素の中でも、
価値のあるものが含まれている
という説があって珍重する人が多い」

と解説します。

そこで、山岡さんは憮然として、
そんなの迷信だ、
単に神秘化しているだけに過ぎないと反論します。

すると、雄山はこんなことを言うのです。

「なるほど、たぶんそんなところだと私も思う。」
「人間はどうやって初卵を手に入れるのか・・
鶏を飼っている人間が一羽一羽の鶏を
ずっと注意深く見守っていなければできないことだ。
今にも産みそうな時期ともなると、
それこそ目がはなせない・・・。

それは何を意味するか。
それほど注意深く育てられてきた鶏の卵は、
初卵であろうとなかろうと、
その中味は美味しいに決まっている。
完璧な健康状態にあるようにと
見守られ続けてきた鶏の卵なんだから」

(「美味しんぼ」15巻 究極VS至高より)

なるほど。つまり、
「初卵」だから美味しいのではなく、
初卵を得るための周囲の思いが、
健康な鶏をつくり上げるということなんですね。

学年PTAの出席率もきっと同じなのでしょう。
出席率が高ければ進学実績もあがる
という因果関係が成り立つというのは迷信でしょう。

進学実績を高めたい、だから出席率を高めましょう、
というのはヘンですよね。

実は大切なのは、出席率が高いことは、
子どもへの思い、学校への期待の大きさを
表しているということなのですね。

親にそのように温かく見守られていることが、
子どもの態度、マインドを変化させ、
成長が促されるということは
確かに言えるのではないかと思います。



最後に話が飛躍しますが、
教育のことに少し触れたいと思います。

今巷で話題になっている、
アクティブ・ラーニングとは、
注入型教育、行動主義型教育を
乗り越える教育という一面があります。

行動主義型の教育とは、
教師がインプットした知識や技能が、
テストの成果などのアウトプットに
直接結びつくという考え方です。

行動主義01LT

例えば、自動車学校はそうである
(そうでありたい)と思います。


でも、学校で行われる教育は、
テストの点数を上げるための
効率的な手法のことではなく、

子どもの
「自分でもっと学ぼうとする思い」
「その先を大きくしたい思い」
という気持ちを育てるものであると
私は思います。

そのような教育が、結果として
なぜ成果を上げるかというと、
子どもの「行動」を強制するのではなく、
子どもの「態度」を変えることで、
自らが行動することに
結びついていくからではないかと思います。

構成主義01LT

教師がアクティブラーニングの推進を語るとき、
行動主義的なスタンス
(ALをやれば点数もよくなるという迷信)
に陥らないようにすべきと私は思っています。


 

「充実の日本史AL研修会」

先週の金曜日に、
本校の日本史の教員である
木村総司先生と助川剛栄先生、
そして、昨年まで本校におられた
熊谷道仁先生などが発起人となり、
日本史のアクティヴ・ラーニング研修会
がもたれました。

以下のような内容です。

<関係者>
●仕掛人
熊谷道仁(警察学校副校長)
金子勇太(青森県総合教育センター)
鈴木徹(岩手県総合教育センター)
川村俊彦(花巻北高校副校長)
●授業者
助川剛栄(研究授業①)
木村総司(研究授業②)
●講師
下町壽男(AL研修講座)
●授業参観・懇談会
花巻北高校地歴公民科教員全員

<日程の概要>
●「研究授業①」13:05~13:55(2年BC組)
「古墳とヤマト政権 大陸文化の受容)
●「研究授業②」14:05~14:55(3年AB組)
「南北朝期・室町時代」
※授業は10分短縮50分(通常は60分授業)
●教科の研究協議15:20~16:50
●AL研修講座17:00~18:00
●懇談会 18:30~「花龍」


研究授業①は、史料の比較から
時代を読み解いていくという、
「深い思考を誘う」授業が展開されました。

また、論述問題では、
東大の入試問題を取り入れながら、

「書かれた史実を知識としてインストールする」

ことから、

「様々な見方、切り口から思考・判断し、
知識を構成する」

という方向に発展させていました。

私は、歴史オンチの数学教師なのですが、
助川先生の目指している授業は、
「分析と統合」という
数学における方法論と同根のものを感じ、
目から鱗が落ちる思いをしました。

もちろん、ペアやグループワークも行っていましたが、
それより、静かに深く思考が回転し、
内面化されていくという、
ディープなアクティブ・ラーニング
という授業ではなかったかと思います。


研究授業②は、
「学習者の主体的な学び」
「グループでの知識構成と発信」といった
「外化」にスポットが当てられた
授業だったと思います。

生徒が、自ら課題を見つけ、
自らの言葉で語りだすことで、
その知識は深化していき、
生きたものになっていくということが、
この活動からよくわかりました。

この授業で、木村先生は、
殆ど説明や解説を行いません。

しかし、外部指導者を活用して
発表者への即時フィードバックを行うことや、
入試問題に対応するまとめテキストを準備し、
タイミングよく生徒に提示するなど、
「教師のコーディネート力」が
非常に優れていると感心しました。

何より感心したのは、生徒たちが、

「教師の掌の上で、一斉に同じ活動を行っていない」

ということです。

しかし、にもかかわらず、
浮きこぼれやフリーライダーの出現は無く、
安全・安心な対話空間になっているのです。

私はこの授業から
「教授パラダイムから学習パラダイム」
という言葉を実感しました。

この授業の様子を、5分の動画に
まとめましたので是非ご覧ください。


お二人の授業、どちらも非常に参考になりました。

授業後には、授業者と、
校外からこられた先生方を交えて、
教科内容を中心とした研究協議が行われました。

なお、今回のゲストの金子先生と鈴木先生は、
8月5日に産業能率大学で行われる
第10回キャリア教育推進フォーラムで、
日本史と地理の「AL型授業」の講師をされます。

その後、私の方から、
アクティブ・ラーニング観をどう持つべきか、
というテーマで講座を行いました。

皆さんがアクティブラーナーなので、
非常に充実したディスカッションを持つことができました。

その後、「課外授業」ということで、
「花龍」に場所を移して、懇親を深めました。

AL日本史懇親会03

日本史AL研修会02

AL日本史懇親会04

AL日本史懇親会01




今回は、単なる研究授業ではなく、
校外の先生方などをお呼びしたり、
教科内容だけでなく、
アクティブラーニングについての研修を組み込んだり、
そして最後に交流の場を持つという、
本当に充実した内容でした。

きっと、今後、更に発展し、
持続していくものになると私は確信していいます。




 

「花巻北高校吹奏楽部定期演奏会」

先日、吹奏楽部の生徒が
校長室に来てくれました。

6月4日(土)に行われる、
定期演奏会の招待券をいただきました。

定期演奏会チケット

素敵なデザインですね。
本校の美術部の生徒が
描いてくれたものだそうです。
美術部とは、このようなコラボを
いつも行っているとのこと。

昨年度、吹奏楽部は、
全日本吹奏楽コンクール
第53回岩手県大会において、
11年連続の金賞を受賞し、
全日本吹奏楽コンクール
第58回東北大会銀賞受賞という
輝かしい成績を残しました。

その結果、今年の8月2日から
広島市で行われる全国高総文祭への
出演が決定しております。

また、全日本アンサンブルコンテスト
第43回東北大会に、
クラリネット八重奏が出場を果たすとともに、
今年の1月に行われた
「いわて吹奏楽祭2016」には、
全国吹奏楽コンクール金賞の埼玉栄高校など、
有数の学校とともに本県代表として出演し、
素晴らしい演奏を披露しております。

このような成果を挙げることができたのは、
向上心を燃やして励み合う部員たちの強い絆と、
それに応える顧問の先生の情熱的な指導、
そして、それを日々温かい眼差しで
見守ってくれる保護者の存在があるからと思います。

更に、桜雲同窓会はじめ、
本校を応援してくださる地域の皆様、
音楽を愛する多くの市民の方々に
支えられてこそのものでもあります。

現代はグローバル社会といわれますが、
その目指すところは、異なる立場や意見に共感し、
支援しあう共生社会でもあります。

このような社会は、
吹奏楽の演奏にも例えられるでしょう。

個々の持ち味を発揮しながら、
全体に貢献することを皆が意識する。
他の楽器の音色を歓迎し、
他者の演奏に耳を澄まし、互いに調和し、
ソロを交換しながら、感動的な楽曲を生み出す。

本校の吹奏楽部は、
各種コンクールで活躍するための高い技能と
優れた芸術性を追求しつつ、
一方、この定期演奏会では、音楽を通して、
皆様に笑顔と感動の場を提供することを目指しています。

これは、今注目されている(私の中で)、
創造的知性と社会的知性が
融合する場でもあると思います。

私は、定期演奏会の当日は、
花巻北高校の同窓会関西支部総会があり、
大阪に出かけるため、
残念ながら行くことはできません。

ですが、皆さんの活躍を大いに期待し、
心から応援しております。


 

「教育研究岩手」

昨年度末に
岩手県総合教育センターから発刊された
「教育研究岩手」がwebで公開されています。

「授業改善の深化~知・徳・体の調和の視点から~」
の特集テーマの一環で、私も

「アクティブラーニングを巡る百家争鳴」

というタイトルで執筆しています。

こちらからご覧ください。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~simomac/jissen/center-al-simo.pdf

なお、刊行物全体は総合教育センターの
サイトから見ることができます。

http://www1.iwate-ed.jp/kankou/kk_iwate/h27_kyouikukenkyu_iwate.pdf



 

「母の本」

応援歌練習、佳境に入っております。
幹部の熱の入った指導と、
1年生の必死に頑張ってついて行く姿に
感動しています。

さて、昨日、図書館の入り口をふと見たら、
ディスプレイが母の日モードに
なっていることに気づきました。

tosyo-haha01.png

tosyo-haha02.jpg

先日は「桜」モードでしたが、
また模様替えしたんですね。

「母」の小説。なかなか思い出せません。

次は何が来るのか。
これは目が離せませんね。

担当のT先生ありがとうございます。


昨日は、理科の初任者研修の
中日でもありました。

本校の理科の先生方の授業参観が行われました。

初任研花北04

初任研花北03


そして、夜は本校の理科の先生方との
懇親会がもたれました。

初任研花北01

初任者の皆さん、
初任とは思えないほど立派でしたね。

楽しく懇親会を終え、
その後、21:00過ぎの電車に乗って
家路に向かったところ、

駅のホームで2人の生徒から挨拶をされました。

ある部活の帰りとのことでした。

今日はスペシャルデーで、
この時間までかかったとのこと。

彼らは、岩手県大会で優勝し、
そして東北でも優勝を勝ち取った、
現在東北最強を誇るチームの選手達です。

電車に乗って、少し話をしていたのですが、
彼らは、やおらバックから冊子を取り出し、
一人は化学、一人は国語を、
それは熱心に勉強し始めました。

彼らにとって、電車に乗っている
数分の時間も貴重なんですね。

電車の中で、立ちながら
黙々と勉強する彼らの姿を見て、
自分も背筋を伸ばし、
頑張ろうと思う気持ちになりました。

ありがとう!2人の生徒たち。


 

「初任研講話でのアイスブレイク~○○式~」

今日から本校で
理科の初任者研修が行われています。

因みに昨年は大野高校で行われました。

どうやら私と理科の初任研は
相性がいいようです^^。

6名の初任者の先生方が訪れましたが、
何とそのうちの2名が本校の卒業生です。

もう一人は私が教諭として
盛岡三高に勤務していたときの生徒で、
副校長として2回目に盛岡三高に
勤務していたときは同僚でもありました。

初任研のスタートの講話ということで、
1時間ほど話をさせていただきました。

その話の冒頭に、6人を2つのチームに分けて
アイスブレイクを行いました。

その内容は、思いつく「〇〇式」という単語を
できるだけ多く書き上げるというものです。

ただし、理科の先生方なので
ジャンルを「理数の内容」と縛りを設けました。

最初に30秒間1人だけで考える。
次に、3人が集まりシェアする。

3人よれば文殊の知恵といいますが、
1人で考えるより、
より多くの解が得られることを確認し合います。

そして、今度は30秒間、3人グループで、
協力し合って解答をつくります。

2つのグループで多く単語を出したチームが
勝ちというゲームです。

私はこのアイスブレイクをよく用いています。
ジャンルフリーでやると

「結婚式」「始業式」「卒業式」「入学式」

などがだいたい出されますね

算数・数学用語に限定して行うと

「方程式」「不等式」「整式」「多項式」
「分数式」「恒等式」

などが出てきます。

中には、「微分方程式」「行列式」
なんてものも出てくることもあります。

今回の理科の初任研のメンバーが
30秒間で思いついた「〇〇式」
(理数のジャンル)とは次のものでした。

式(アイスブレイク)

1個差でBチームの勝ち。

それにしても、両グループとも
さすが理科の先生ですね。
理科に関するものが殆どでした。

「大森公式」

なるほどね。

地震の震源地を求める手法ですね。

ところで、私は、
「分」がつく数学用語を出してもらうという
アイスブレイクも行います。

中学生から高校1年生だと

「分数」「分母」「分子」「通分」
「約分」「因数分解」などが主流ですが、

高校2・3年生になると

「微分」「積分」「内分」「外分」「分数式」
などが出てきます。

中には、「分散」「部分分数分解」なども。

最近では「数学Ⅰ」に「箱ひげ図」が
登場したせいで

「四分位範囲」「第一四分位数」

などを挙げる生徒もいます。

大学の先生チームにやったことがあるのですが、
上にあげたようなものは
まったく出てきませんでした。

「ラグランジュの分解式」とか
「リー環の岩澤分解」とか、
「ハウスドルフの分離公理」などと、
へんなのばかり!出てきます(笑)。

こんな他愛のない活動でも、
数分で和やかな雰囲気になりますよ。


 

総学バトル

先日、本校の放送部の3年生のある生徒が、
私にDVDを持ってきてくれました。

彼が昨年、ほぼ一人で作ったという
「総学バトル」のプロモーションビデオです。

後半部分のBGMを、著作権フリーの音源に
入れ替えたとのことでした。

公開してもよいという
許諾をもらったのでアップします。

本校の「総学バトル」の目的、
意義を踏まえた内容で、大変勉強になりました。

このような生徒の自発的な取組が
次々とでてくる花巻北高、素晴らしい。

ありがとうございます。






 

桜の本棚

連休があけ昨日から応援歌練習が始まりました。

1年生の皆さん、頑張って乗り越えてくださいね。

さて、図書館の入り口をふと見たら、
春もようになっていることに気づきました。

「桜」シリーズの本が並んでいます。

春図書館01LT

春図書館02LT



「桜」の小説たくさんあるんですね。

私は、桜の木の下に・・という
梶井基次郎のヤツしか思い出せませんでした^^。

季節ごとに、装いを変えるのだそうです。

ちょっとした心遣いに楽しい気持ちになりました。
担当のT先生ありがとうございます。

 

「アクティブラーニングは無定義用語?」

昨夜の広島での講演会や
その後の懇親会で、
たくさんの質問をいただきました。

そこでやはり出されたのが
「アクティブラーニングの定義って何ですか」
というものでした。

もちろんそれを言われた方は、
文部科学省の定義なども読んでいて、
その上での質問なのですね。

つまり、このような質問を発する人たちの
心の中の疑問は、

「生徒を主体的に動かす」とか
「外的活動を入れる」「思考を活性化する」
といった授業は、これまでも行われてきたし、
自分もやってきた。
それと、今、ことさら叫ばれる
「アクティブラーニング」とは
一体どこが違うのだろうか、というものです。

そこで、ある人は思考停止になり、
ある人は怒り、
またある人は批判的に分析しだします。

ここで話しは変わりますが、
私がお付き合いをしている優れた実践家の方々に、
彼らのアクティブラーニング観を問うと、
だいたい次のような答えが返ってきます。

●「社会=学校」となる学びをつくり、
 グローバル社会・共生社会に生きるための
 マインドセットを生徒に身につけさせること。
●知識・技能という一元的な価値観により
 序列化をするのではなく、多様な価値観を認め、
 他者と共存するための学びを創りだすこと。
●主体的に学び続ける
 アクティブラーナーを育てること。
●教室を「教師-生徒」の権力の場から解放し、
 安心と安全の対話と学習の場にすること。


一方、アクティブラーニングや
その言葉が流行していることに
懐疑的な思いを抱いている人の
特徴的な意見は次の様なものです。

●ALは準備が大変で教師はますます多忙化する。
●教科書が終われないのではないか。
●大学入試に耐えうる学力が身に着かない。
●学習規律が乱れる。活動ありて学びなし。
●その前に基礎基本を徹底することが大切。
●グループワークが苦手な人はどうするのか。
●生徒の活動に評価(点数をつける)なんてできるのか。

私が思うに、この両者の根本的な違いは、
前者は、アクティブラーニングが、
今「なぜ」行われようとしているという
「WHY」の視点から考えていることに対し、
後者は、現実問題、つまり
「WHAT」「HOW」から考えているということです。

米国ランド研究所のスタッフである
サイモンシネックが、
TEDカンファレンスの中で述べた、
「ゴールデンサークル」という概念によって、
このことを図解してみましょう。

WHEN-WHY-01LT.jpg


WHEN-WHY-03LT.jpg


WHEN-WHY-02LT.jpg


サイモンシネックは、
「WHY」から「WHAT」に向かうアプローチが
人の心を動かすということを、
アップル社の戦略や、
ライト兄弟の成功を例にあげながら
力説しています。


さて、話をアクティブラーニングに戻します。

私は、思いっきり歴史が苦手なのですが、
笑われるのを承知で、
豊臣秀吉の行った「刀狩り」を例に出して
アクティブラーニングを語ってみたいと思います。

「刀狩り」とは何か。

それは「刀」を「狩る」こと。

これでは何の意味もありませんね。

それは「アクティブラーニング」を
「能動的な学び」と定義するようなもんです。

では、

「刀狩り」とは、

「豊臣秀吉が1588年に出した法令で、
農民から刀を没収するというものである。」

ではどうでしょう。

これは、私の中学高校時代の、
直近の定期考査にだけ耐えられるような、
貧しい学び方です。

いわば、「WHAT」だけを彷徨った定義ですね。

本当に「刀狩り」を理解するには、それが
「なぜ」行われなければならなかったのか、
その時代背景はどうだったのか、
関連する他の史実としてどんなものがあるのか、
などといっうように
「WHY」にリーチすることが必要ですよね。

そこで、つらつら調べると、
「刀狩り」とは、刀を狩ったことではなく、
下剋上の世の中を終わらせ、兵農分離を進め、
農民を農業に専念させるという、
秀吉の長期政権維持への策
であったということがわかりました
(違うかも^^)。

つまり、私が言いたいのは、
そこで「刀狩り」の具体を云々するのではなく、
その前後の背景や変化、あるいは、
その時代の様々な事象との繋がりに
着目すること(WHYの視点)が「刀狩り」を
理解することになるということです。

その中で、「刀狩り」とは、「兵農分離」の「象徴」
と見ることもできるのではないかと思うのです。

つまり「刀狩り」という言葉は
単なるエポックを記すための「記号」
という見方もできるのではないでしょうか。

またまた、話は飛躍するのですが、
古代ギリシャの数学者ユークリッドは、
彼の記した「原論」の中で、
「点」を「部分がなく位置だけあって大きさが無い」
とか、
「直線」とは「幅のない長さ」などと定義しました。
でも、その定義は、「部分」とは何か、
「幅」とは何か、と突き詰めていくと、
トートロジー(同義語反復)に陥る
危うさを孕んでいます。

そこで、20世紀のドイツの数学者ヒルベルトは、
「幾何学の基礎」という論文の中で
「公理主義」という立場で幾何学をまとめあげました。
彼は、「点」「直線」「平面」の実質的な定義を一切やめて、
無定義用語として導入し、それらに結合、順序
などいくつかの公理群を設定して、
ユークリッド幾何学を再定義しました。

ヒルベルトはこう言います。
「点・直線・平面」という代わりに
「テーブル・椅子・コップ」と言っても良い。

話しを一気に戻します。

私は、件の
「アクティブラーニングの定義って何ですか」
の質問に、

●授業手法としてのアクティブラーニング
●学習者の学びの状態としてのアクティブラーニング
●組織のカリキュラムマネジメントとしてのアクティブラーニング
●社会的ムーブメントとしてのアクティブラーニング

という4つの観点から
アクティブラーニングを語りました。

ここで、私は、アクティブラーニングを、
ほぼ「無定義用語」として使っています。
アクティブラーニングを、
「能動的学習」といおうが「主体的学習」とか
「参加型学習」なんていおうが、
それは一向にかまわないのです。

ただ、ドラスティックな時代の変化の中で、
教育・学びが新時代を迎えるということについて、
社会的コンセンサスを得るための「象徴」、
「記号」として流通させることが、
それを促す触媒になるならば、
「アクティブラーニング」と新奇性を込めた
キャッチ―な呼び方が定着するのも
悪くはないとも思うのです。

だって、みんな
「アクティブラーニング」ってなんなんだ、
と訝しそうにしながら、
職種や校種さえも乗り越えて、
こんなにも学びを議論する
テーブルができているんですもの。



 

「フラワーロールちゃんの秘密教えます」

希望郷いわて国体の
キャラクターといえば、わんこ兄弟。

ですが、花巻市のご当地キャラは
何といっても「フラワーロールちゃん」ですね。

先月、国体の花巻市の
実行委員会に出たら、写真のような、
そばっちとフラワーロールちゃんの
コラボが実現していました。

フラワーロールLT

さて、このフラワーロールちゃんは、
いつ、誰が作ったものかご存じですか?

実は、2008年、私が花巻北高校に
勤めていた夏に生まれたんです。

企画したのは当時3生だった小野寺夏菜さん
(現在は苗字が変わっている)です。

彼女を中心に3年生数名が、
青年会議所が創設した
地域活性化のプロジェクト
「イーハトーブランド創造委員会」に
自発的に参加しました。

この活動の中で、夏菜さんが、
花巻市をPRするために
「フラワーロール」というキャラクターを作る
というアイデアを出したのです。

私もそのワークショップに参加していました。

夏菜さんが提案した時、
最初は、青年会議所の方も
「フラワーロール」が「花巻」の
直訳と思っていなかったようで、
キョトンとしていたのが印象的でした。

この企画を実現させようと、
青年会議所のメンバーが中心となって
全国に公募したところ、
奈良県に住む美大生の、
「巻き髪に花飾りをつけた妖精」
というイメージで描いた作品が採用されました。

そのことが、2008年9月2日付の
読売新聞の全国版に取り上げられています。

ご覧下さい。

フラワーロール02


当時私は学年長で、
せっせと学年通信を出していました。

その中からフラワーロールちゃんに関する
記事(の一部)を紹介しますね。

学年通信第166号 
学年通信第182号 
学年通信第186号 

今、本校の生徒が自発的に
マルカンデパート存続運動を行っていますが、
実は8年前にも、地域活性化のために
運動を展開していた花高生がいたのです。

これは、花巻北高校生の
「郷土花巻に貢献する志」が
脈々と受け継がれていること、

つまり、桜雲臺精神という名の
DNAなのかもしれません。

 

「広島市立美鈴が丘高校に行きます」

明日、広島市立美鈴が丘高校で
講演を行います。

今年度もたくさんの講演の依頼を
いただいております。
大変ありがたいことです。

でも、今年は日程の都合もあり
殆どお断りをしております。

美鈴が丘高校は
昨年度からの約束ということで、
このような時期にした上で
行わせていただくことになりました。

明日の内容について
少しだけ触れたいと思います。

テーマは

「組織で取り組むアクティブ・ラーニング」

次の3つのことを中心に話したいと思います。

①社会の変化とそれに伴う学びの変化について

アクティブ・ラーニングを、
単に学習定着率を向上させるための
授業改善と捉えるのではなく、
社会の構造的な変化を見据えて、
学校や組織の在り方、
教師や保護者のマインドセットをどう変えて、
新しい学びを創りだすか、
ということに焦点を当てたいと思います。

キーワードは

「自分ごと」
(育てたい生徒像を明確にして、
自分たちの言葉で
アクティブ・ラーニングを問い直す)

そして、

「総がかり」
(学校・教師だけではなく、生徒や保護者、
地域にアクティブ・ラーニングの意義、目的、
その値打ちを伝え相乗効果を生み出す)

②アクティブ・ラーニングの成果について

「大学に行く受験学力はつくのか」
などといった保護者や
教師の疑問や不安に応えるために、
これまで花北、盛岡三、大野で行ってきた
取組の成果について動画も交えて
紹介したいと思います。

③美鈴が丘高校の職員からの質問

事前に、美鈴が丘高校の先生方から
以下のような質問をいただきました。

美鈴が丘質問LT

これを皆さんとともに考えつつ、
私見を述べたいと思います。

キーワードは、
「自分ごとにするための本質的な問を立てる」
「教科の内容によらない教える技術とマインド」

です。

最後に、(現在作り中ですが!)
まとめのスライドを2枚程示しておきます。

美鈴が丘スライド01LT

美鈴が丘スライド02LT

学校文化のネガティブな一面を
やや強調して表現すると

①内向きの教員文化
②多忙で余裕がない職場と職員
③他者・他校・過去との比較によって
 競争を煽る体質
④前例踏襲・例年通りという指導体制
⑤上意下達型のガバナンス

などが思いつきます。
そのような温床の中から
「アクティブ・ラーニングの推進」などと叫んでも、
不安、不満、疲弊というサイクルが
生み出されるばかりで、
結局持続されないのではないでしょうか。

アクティブ・ラーニングの推進は、
明るい学校づくりと軌を一にして行うものであり、
決して「上から」「画一的な手法で」
やらされてうまくいくものではありません。

そして、地域や保護者との
パートナーシップを大切にしていく中でこそ
成功していくのではないかと思います。


 

「数学教室」6月号  

昨日は、娘夫婦+孫+息子夫婦が集まって
焼肉パーティーを大々的に行いました。

焼肉

我が家の近所にある「肉のさんた」は、
私の中では日本一のお肉屋さんです。

楽しく、激しく飲み食いして、
今日は二日酔いモードで、
一日中ぼうっとしています。

そんな中、「数学教室」6月号届きました。

数学教室2016年6月号


連載「数学という名の自由の翼」、
今回は「SNSで世界を広げる」というテーマで、
函館の西谷さんとのやりとりを中心に書きました。

この原稿は昨年の夏の段階のものなので、
大野高校の視点で書いております。

最後の部分を少しだけ紹介しますね。


<前略>
さて、今回は、フェイスブックを利用することで、
岩手と函館で、同時進行で、3人が
いろいろなアイデアを出し合い、
一つの結論に達することができたという話をしました。

いってみれば、SNSやICT機器は、
世界を飛び回る
「数学という名の自由の翼」なのかもしれませんね。

既に手垢にまみれた言葉ではありますが、
現代は、高度接続社会とか知識基盤社会
などといわれています。

それはICT機器の発展がイノベーションを
もたらす社会という側面もあるでしょう。

例えば、今や、アフリカ、アジアなどの
開発途上国といわれる国でも、
タブレット端末とネットワーク環境一つで、
高度な知識を獲得し、SNSによって、
様々な知見をグローバルなレベルで共有し、
新しい価値を生みだしている状況が見られます。

つまり、ICTは、国境や、教育環境格差を
乗り越える武器ともいえます。

ところが、学校現場では、ICTやSNSの活用が
なかなか進展していない現状があります。

それは、学校現場において、
それらの負の部分についてばかりが強調され、
積極的に活用することに
弱腰になっているからではないかと思います。

もちろん、スマホやSNSへの過度の依存、
ネット絡みのいじめ、
悪徳サイトへの誘導や詐欺被害などが
頻発しているという背景は無視できません。

しかし、だからといって、これらを教育問題の
スケープゴートにすることで、
教育の発展が阻害されているとすれば、
それは残念なことでもあります。

教育現場には、有能な女性教師が多いのですが、
出産や育児によって、休職や退職を余儀なくされ、
復帰後、現場で能力を十分発揮できない
状況に置かれるケースもあります。

そのような中、ICTやSNSは
女性が活躍するチャンスを飛躍的に
増加させるためのツールとしても
大きな意義があると思います。


<以下、続きは「数学教室」6月号で!>


 

「宮澤賢治が研究した直線の方程式」

昨日、宮澤賢治記念館に行ったとき、
彼の数学のノートが、展示から
無くなっていた話をしました。

今回はその賢治と数学の話題です。

賢治は、大正10年からほぼ5年間、
農学校で数学を教えていたとされています。

用いていた教科書は、
「高等数学講座」(高木貞治他)
だったようなのですが、
その他に、「代数的解析本論」
「微分積分精義」(河野徳助)
などの本を勉強していたようです。

さて、以前、記念館で賢治のノートを見たら、
そこには何と20種もの
直線の方程式が記されていました。

賢治が自ら発見したものなのか、
それとも本から抜き出したものなのか
わかりませんが、
ヘッセの標準形など
高度なものも見られました。

私は、その時、
筆記用具を持っていなかったので、
記念館で手帳とボールペンを速攻で購入し、
その場で全部の式を
手帳に書き写しました(何とその後紛失!)。

では、その中から、私が興味を持ったものを
一つ紹介したいと思います。

kenji-01.png

〔12〕とあるので、
第12番目の直線の方程式ということでしょう。

奇妙な形をした式なのですが、
一体この式にはどんな意味があるのでしょう。

分かりやすいように、式を変形してみましょう。

kenji-02.png

※のように変形すると意味が見えてきます。

kenji-03.png

㊟ 実際は「符号付面積」

kenji-04.png


ここで、Cは直線AB上の任意の点なので
もう少しこの式を使いやすくするために、

C(x,y)

とし、Cを動点と見ることにしましょう。

すると、次のような式になります。

kenji-05.png

新しいタイプの
「2点を通る直線の方程式の公式」
が出来上がりました。

「賢治の公式」と名づけておきます。 

では、具体例を解いてみましょう。

kenji-06.png


Dを作って、たすきがけを2回行えば終了。
面積の比較でこのようにスマートに
直線の方程式が決定されます。

現在でも通用する公式になるかもしれませんね。


 

球体スピーカーとその仲間たち

昨日ようやく大野からの荷物整理。

お客さんが来るからと、
大野木工の球体スピーカーを
片付けてとせかされ、

2階の小部屋にそそくさと持って行く。

置いてみると、なかなかいいカンジなので、
せっかくだからと30年以上前に
買っていたアンプを持ってきて、
CDプレーヤーとつなげたら、
結構いい音がでた。

こうなったらと、ギターやカホンなども集合。

かつて息子が使っていた部屋が、
マイ・フェイバレット・シングスルームに。

部屋片づけそっちのけ。
というか、この部屋を作るついでに
ジャズを聴きながら荷物整理。

球体スピーカーと仲間たち

こんな写真撮ってアップしたりして^^。
何事も、楽しみながら、ね。