「ハードルの少し上を飛ぶ」から思ったこと

早稲田大学の向後千春先生のブログ

「KogoLab Research & Review
~遊ぶように生きる~」

の4月26日の記事に、
とても示唆に富む絵が描かれていました。

task-01LT.jpg


記事はここ⇒★★

向後先生は、その絵に、
次のような言葉を添えています。

どんな課題であろうと、
それを最小限の努力で
「切り抜けよう」という態度でやれば、
何も学ばないだろう。

そうではなく、
なぜその課題が目の前にあるのか
ということを想像して、
その「少し上を跳ぼう」
という姿勢を取れば、
より遠くに着地することができる。

毎回、毎回、少しだけ遠くに
着地することができれば、
積もり積もって
あなたは遥か先に
進むことができるだろう。


なるほど。納得。

私は、この絵を見ながら、
教育現場における授業について
イメージしてみました。

task-02LT.jpg

上の図は、生徒の側の
「できるだけ苦労したくない」という思いと、
教師の側の「授業を成り立たせたい」
という思いが一致した授業のイメージです。

「これはテストに出るから」
「テストで赤点をとらないように」などが、
ほぼ唯一のモチベーションであるような
授業が展開されます。

これでは生徒を遠くに着地させることはできません。

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この図は、入試などをターゲットにした
鍛錬型授業のイメージです。

教師は、タスクの量を増やすことで
力をつけようとします。

しかし、単純にタスクを積み上げるだけでは、
「それを乗り越える」(=その場を凌ぐ)
ことだけが目的化してしまい、
たとえ乗り越えたとしても、
遠くに着地することはできませんね。

時に意欲を失ったり、挫折を繰り返し
落ちこぼれが生まれることもあります。

また、このようにして得た知識は、
他に転移し、広く活用していくものには
なりにくいとも思われます。

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大切なことは、生徒にどのような力を
身につけさせたいか
(=どこに着地させるか)を明確にして、
そのために、生徒の想像力をかきたてる
授業をどうデザインするかという、
逆向きの思考ではないかと思います。


task-05LT.jpg


この図は、教師が生徒に授業を通して
つけたい力を意識し、
そこに着地させるような意識づけや、
授業デザインを組み立てることを示しています。

例えば、教師は、
その単元の先にある
「面白さ」「社会での活用」「他との繋がり」
などを垣間見せます。
そして、生徒に「少し上を飛ぼう」
という意欲や関心を喚起させます。

また、時に、そこに向かうために
仲間と協働する場面を作ります。

そうやって、
生徒を遠くに着地させることを目指すのです。


教師の仕事は、生徒の負のニーズに
迎合してハードルを下げることではない。

逆に、タスクを上乗せして、
そこを乗り越えさせるために
生徒を引っ張り上げることでもない。

タスクの先にあるものを見据えて、
生徒の想像力を掻き立てること。

つまり、頂点の位置を
右に少しだけずらすような
仕事をすることではないかと思います。

だとすると、そこで教師に問われる力量は、
教材のつながりや広がりを含めた分析力と、
生徒を飛ばせるために授業をどう構成し、
仕掛けを行うかという
コーディネート力なのかもしれません。

※ 上の図に登場する動物たちの絵は
  数学教育協議会委員長で、
  盛岡白百合学園の講師である
  伊藤潤一先生がつくったキャラクターです。



 

「花高生のマルカンプロジェクトとシティズン・リテラシー」

花巻北高生が始めた
マルカン百貨店の存続運動。

3月には新聞でも大きく報道され、
今や大きな市民運動に発展しています。

この活動の様子は、以下のフェイスブックの
サイトから見ることができます。⇒★★

3月12日に、このフェイスブック上に、
花巻北高校の生徒有志から
次のようなメッセージが発信されています。

みなさんは、花巻市のマルカンデパートが
無くなってしまうのはご存知ですか?
このままでは、いけないと思い、
私達はいま動いています。

「マルカン食堂は花巻市にとって
かけがえのない宝物です。
その宝物が、来たる6月7日に
無くなろうとしています。
マルカン食堂が無くなってしまっては、
花巻市のPR活動も滞り、
花巻市街地の 衰退に向かっていくばかりです。
そこで、私たちは、マルカン食堂を
上町大通りの空き店舗に移し、
『マルカン食堂を残す。』ことを目標に
署名活動を行っています。
みなさんの思い出がたくさんつまった場所、
みなさんの思い出の味を残しませんか?
みなさんのご協力、
ご署名をよろしくお願いします。
岩手県立花巻北高等学校有志」
日時 3月15日(火)12時半~15時半
3月21日(月)9時半~12時半 
場所 コープ花巻あうる(キラキラモール)生協
よろしくお願いします!


この記事に、「いいね!」が何と3340件、
そして977件のシェアがありました。

これをきっかけに、オンライン署名も含め、
各所での署名活動が精力的に行われ、
大きなムーヴメントに発展していきます。

そんな流れの中、花巻市にある、
「花巻家守舎」という
「リノベーションによるまちづくり」
を推進する企業が、
マルカン存続検討に名乗りをあげたのです。

花高生の有志の一歩からスタートした運動が
大きなうねりとなり、社会を動かしたのですね。

現在、有志達は、署名の宛先を
「花巻家守舎」さんに変更し、
これからも署名活動を続けつつ、
家守舎さんの計画を実現できるよう、
テナント探しという形で
協力する計画を立てています。

メンバー全員が受験生なので、
署名活動は4月末まで、
テナント探しなど他の活動は5月末まで
という期限を設けて活動するとのことです。


昨日、Marukan T projectの発起人の一人であり、
本校の保護者でもあるSさんが来校され、
マルカンプロジェクトについて
お話をお伺いすることができました。

Sさんは、マルカンデパート存続運動を興している
花巻北高生を応援したいということで、
立ち上がってくださった、
とってもアクティブな方です。

Sさんはこう言います。

「子供たちが本来持っている
リーダーシップ能力や、
自己肯定感を高めるための応援をしたい。
マルカン存続については
専門家にお任せするしかないと思っていますが、
生徒達の行動力、実行力に共感して
私達はprojectを立ち上げました。
そして、生徒達を否定することなく
応援している先生方を、さすが!
と、誇りに思っています。」


Sさん達がTシャツの見本とともに
本校に持ってきたフライヤには
こんなことが書かれています。

<このプロジェクトができた背景>
マルカン百貨店が閉店となる
衝撃のニュースから各方面で
存続に向けた活動が広がっています。
私たちは存続活動をする高校生や
新たなビジネスモデルを創ろうとする
事業様を応援したいという気持ちと
マルカンさんへの感謝の想いを形にしたい、
というところから商品づくりを考えて、
そしてはじまったのが、このproject です。

<デザインに込めた想い>
このT-shirtデザインは
「マルカンソフト」という花巻ならではの
文化を表現しています。
低価格でずっと提供してくれたマルカンソフトは
市民のみならず観光で訪れた方々も
一度は食べているのではないでしょうか。
そして、「箸で食べる」ということで生まれた文化は
マルカンデパートの閉店とともに
今後は無くなるのかもしれません。
その文化を忘れずに残したいという想いも
このデザインには込められているのです。

いつでも、そこでも、誰でも普段使いで
着こなせるこのT-shirtをみんなが着て歩くことで、
愛された地域文化を一人でも多くの人に
伝えられたらうれしいです!

<製作チームより>
現役花北生の募金活動を行っていることを
誇りに思い、陰ながら応援したいと思います。
黒橋魂は受け継がれている・・
今後の花北生、花巻の若者の活躍が楽しみです。

このTシャツの売り上げはマルカン存続活動に
少しでも役立てていただきたく、
署名活動している高校生等に寄付します。
先生方のご協力をお願いいたします。


私も、白とオリーブの2着買いましたよ。
先生方も協力させていただきました。

マルカンTプロジェクト01
職員室に展示されたTシャツ

マルカンTシャツPTALT
PTA総会のときに出来上がりました。プレゼントに感激する生徒。

さて、

マルカン存続運動は、
一企業に対する働きかけなので、
もちろん学校としての取組ではありません。

でも、私は、生徒のこのような
主体的な行動を誇りに思います。

今後とも、彼女たちの活動を見守り、
応援していきたいし、
もし、活動の中で、
トラブルに巻き込まれそうになったら、
学校として全力で彼女たちを
守っていくつもりでいます。

今、選挙権年齢が18歳以上に引き下げられる中で、
高校における「主権者教育」が叫ばれています。

主権者教育とは、

「社会参加に必要な知識、技能、
価値観を習得させる教育」(総務省H.23)

とされますが、単に、政治や選挙の仕組みを
講義で学習するだけだったり、
指導者の掌の上で踊らされるような
「模擬投票」や「議会傍聴」という
ワンショットの「体験」でお茶を濁すだけだったら、
それは、生きて働く知識につながらないと
私は考えます。

ましてや「高校生の校外での政治活動」
についての届け出制が焦点化され
大騒ぎするような世の中では、
日本におけるいわゆる
Citizenship Education(市民教育)の道は
険しいと言わざるをえません。

因みに、イギリスでは、早くから
シティズンシップ教育が推進されています。

「シティズンシップ教育推進ネット」というサイト

http://www.citizenship.jp/citizenshipedu/

に、イギリスの事例が紹介されています。

以下、このサイトからの引用です。

日本の公民教育(Civic Education)では、
政治や経済の仕組みを学習するに止まるのに対して、
英国の市民教育(Citizenship Education)では、
そのシステムに参加するスキル、考え方、
コミュニケーションについても学習します。

たとえば、社会の問題を解決するために、
どこから情報を仕入れ判断し、
どのような手段(政治・ボランティアなど)を用いるのか、
どのようにして他者と合意形成を行うのか、
どのようにして相手を説得するのか、
といったより実際的な
社会参加・政治参加を学習するのです。

これらは、教科の枠を超えて、
生徒会活動や課外活動などとも
リンクして進められます。

ファンドレイジングや
市民活動に関する事例としては、
生徒たちが自ら募金を集めるプランを考え、
地域を20マイル歩くイベントを開催し、
「完走したら寄付をしてください」と、
地域に宣伝した事例があります。

集められたお金は、
津波の復興支援に寄付されました。
(以下略)


まさに、花巻北高校の有志の活動は、
シティズン・リテラシーを体現し発信する
ロールモデルともいえるのではないか。

そして、このような活動から、
持続する知識、他に転移する能力、
社会に活用される「生きる力」が
生まれるのではないかと思います。




 

城山公園の桜

フェイスブックの記事から。

自宅から車で5分の場所に、
それはとても素晴らしい
桜の名所があります。

城山公園。

日曜日に見に行こうと思ったら、
すごい人だったので、
翌日の早朝、
出勤前に立ち寄ってみました。

朝霧の中の桜と透明な空気が心地よい。

臆面もなく
ミスティをバックに入れてみた。



 

「熊本への募金活動」

日々、綿々と続く会議や会合、
そしておびただしい数の
訪問者への対応に追われ、
なかなか生徒の活動を観ることができない
今日この頃なのですが、

朝の打合せから朝会に向かう5分のところで、
昇降口にダッシュすると、
生徒昇降口のところで生徒会執行部が
熊本地震の募金活動を
行っている風景に巡り合い感激!

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今日もとてもたくさんの
募金があったとのことです。

ありがとうございます。

生徒会執行部の
「思い」を「行動」に
迅速につなげていく様子を見て、
大野高校の生徒会執行部に
「できる人」と「できない人」の違いについて
話したことを思い起こしました。


「できない人」とは、
自分でリミットをつくる人のこと。

限界という壁で自分を守ろうとする人。

できないことの言い訳を繰り返し、
自らを変えていこうとしない人。

変化を受け入れたくない人。

余計な苦労を背負い込みたくない、
自分の役割や責任をできるだけ狭くする
という考えに基づいて行動する人。

「こんなことをすると浮いてしまう」などと考え、
一歩前に踏み出せない人。

これが「できない人」です。

では「できる人」はどのような人か。

「できる人」は、できないと言い訳する前に、
「どうやったらできるか」を
考え続ける人のことです。

他人がどう思うかと周囲をいちいち気にせず、
でも、他者の意見をよく傾聴し、
新しい考えを柔軟に取り入れ、
思ったことを行動に移す人。

困難にも笑顔で前向きに取り組む人。

それまでの慣習、前例に縛られない
自由な発想を持ち、変化を受け入れる人。

様々な人と協力、協働し、
チームワークを大切にして、
共に向上していこうという人。

それが「できる人」。

そのような人の輪から、アイデア、知恵が生まれ、
組織は発展していくのです。

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花高生は「できる人」の集団であって欲しい。


 

熊本×反転G「支援を反転する」

フェイスブック上に、「熊本×反転」という
非公開のグループがあります。

私もそのメンバーの一人です。

このグループは、
「反転授業の研究グループ」内に
組織されたもので、
zoomという優れものの
ネットミーティングツールを使って全国と繋がり、
被災地の情報交換や
支援の輪を広げる活動を行っています。

先日、この運営責任者の倉本さんから、
スピーカーの依頼を受けたので、
昨夜の9時から1時間半ほど、
ネットミーティングに参加しました。

「熊本でこれから起こることを経験者に聞く」
というテーマで、東日本大震災の経験を
語って欲しいとのことでした。

でも、私は内陸部の人間なので、
家を流されたり、家族を失ったりという
経験をしているものではありません。

そんな私が、東日本大震災からの
復興について何を語るのだろうか、
そもそも語る資格があるのだろうか、
という思いが強く、引き受けるべきか迷いました。

私は震災後、岩手に戻り、
教育委員会に異動になりました。
学力向上のために学校訪問を行うというのが
私の仕事だったので、
被災した高校は全て訪問しました。

その経験の中で
「教育からの復興」ということだったら、
感じたことを、ささやかながらも
発信できるかもしれないと思い、
お話しさせていただくことにしました。

zoom-01.png


<教育からの復興>

震災後ほどなく、被災地の学校、
特に中学校の先生方から、
「学力の回復を急がなければ」という話が出された。

始業式が遅れ、教科書は流され、
そもそも学校に集まることができない。
もっといえば学校そのものがない。

そんな中、学力の回復を
どのように進めていけばよいか、
現場教師は途方に暮れながらも
必死に考えていたと思う。

その後、学校がスタートするが、
授業の遅れ回復、授業時間の確保という点から、
芸術鑑賞などの文化的行事や、
学年全体で行うような学校行事を
取りやめていったところが多かったと聞く。

その結果、後になって、
人間関係形成力やコミュニケーション力など、
情操に関する能力が健全に育まれていない
という結果が見られたと
多くの臨床心理士の方が指摘している。

つまり、人間形成という視点に立ったとき、
それほど、文化的行事の意味は大きい
ということなのだろう。

そして、それと同時に、
授業が、良い人間関係をつくる場であることに、
私たちはもっと意識すべきではないかとも感じた。

復興が進むにつれ、学力回復のエビデンスとして、
「全国学力調査」の順位の向上
という方向に集約されていった。

私はそのことに違和感を覚えた。
「教育からの復興」というスタンスで考えたとき、
学力の回復とは、「全国学力調査の順位」を
引き合いに出して論ずるだけでいいのだろうか。

そんな一元的な価値観で
学力の回復を論じようとするのは
間違いではないか、という感情だ。

もっと違う視点から
「学力」を論ずる必要があるのではないか。

私たちは震災で世界中から多くの支援を受けた。

例えばモンゴルの貧困地区に住む子供たちが、
生活保護費の一カ月分を支援した話や、
コロンビアのトイレもない小学校に通う子供たちが、
日本の子供たちに絵を描いて送り、
もし、自分たちのところに避難してきたら、
あたたかい食事をご馳走したいといっている
などの話には心を打たれた。

日本文学研究科のドナルドキーンが
「この震災で決意した」といって日本に帰化し
永住することを決めたという話にも感動した。

こんな話を聞くにつけ、
宇宙の共通語は「数学」
と言ってはばからなかった私だが、
実は「数学」ではなく、
「愛」であり「絆」であったのだと
確信したものである。

しかし、その一方、ローカル局での放送事故
「怪しいお米セシウムさん」問題とか、
京都の「大文字送り火」では東北の木は
汚染されているから使わないという話など、
東北に対する差別的発言や蔑視も相次いだ。

また、被災地支援という名目で
一発稼ごうというテレビのバラエティや
タレントなどの売名行為や、
政治家が被災地で瓦礫をバックに
写真だけ撮って走り去っていく、
「視察」という名のパフォーマンス的な行為も鼻についた。

そのような状況の中で、私が感じた、
教師ができること、しなければならぬ
「教育からの復興支援」とは何か。

それは、他者の気持ちに共感し、
支援する力を育むことであったり、
よい人間関係をつくり、
新しい価値を創造する土台を創ることであったり・・。

つまり、人権の尊重について学び合うことであり、
平和と民主主義、助け合いの精神の文化を
創造するための人づくりではないか。

これだって「学力」の創造だ。

我々が、教育屋の端くれとして
「教育からの復興支援」を謳うのであれば、
全国学力調査の順位という1つの評価軸によって
学力を矮小化するべきではないはずだ。

<他者との共存・リレーション>

田老町漁協の方の話を聞く機会があった。
彼は、壊滅してしまった漁場を復活させるには、
ウニやアワビが採れるようになるよりも、
ワカメが採れるようになる方がいい
ということを話された。

なぜなら、ウニやアワビと違って、ワカメは、
それを養殖する人、採る人、干す人、
加工する人という、
多くの人の繋がりを生むからだとのことだった。

つまり、そこに雇用が生まれ、
連帯が生まれることで、
地域の活性化に繋がるということだ。

私はなるほどと膝を打った。
それは、学校生活についても
同じことが言えるかもしれない。

幸せを感じながら高校生活を送るためには、
自分に向き合うだけでなく、
共に歩んでくれる仲間とのつながりを
深めていくことが必要であろう。

私たちは他者と共にあるとき、
きっと、より賢くなり、多くを達成できるはずである。
他者に寄り添うとともに、他者に分け与える。

その中で新しい知恵や考え方を共に創り上げ、
そして、そこに自分の存在を感じることで、
内なるレジリエンスが増幅される。

<復興は自分ごと>

「乞食は3日やったらやめられないって知ってるか。
政府や行政の支援を頼るだけで、
自分で何もせずパチンコだけしている人もいる」

被災したある地域に住む老人に話を聞いたとき
このようなことを言われ愕然とした。

そのとき私は、復興も学びも、
他から与えられるのを待つだけでは、
自分というものを失い、
どんどん疲弊していくのだと感じた。

「復興の取組は辛い仕事だけれど、
その後の未来のために苦難に絶えて必死に頑張ろう」

という悲壮感を伴った活動ではなく、
復興活動そのものを、
被災地の人々が今を生きる糧となるような
取組にしていくことが必要なのではないか。

それは、アクティブラーニングの理念ともつながる。

バングラデシュなどの途上国で、
アパレル事業を展開し、
社会起業家といわれる山口絵理子さんは、
現地の人々の持つ技術によって、
その事業を発展拡大している。

彼女のこだわりは、コミュニティを活性化するという、
正義感や義務感ではなく、
現地の人々への「シンパシー」であり、
「途上国から世界に通用するブランドをつくる」
という夢だという。

山口さんの足跡は、持続する震災復興への
ヒントになるかもしれない。

<組織のコンピテンシー>

東日本大震災津波の後、
行政のそれぞれの領域の「隙間」に起きる問題への
対応がうまくいかなかったという指摘がなされた。

領域分担型による縦割り行政は、
機能的、効率的であり、
それは、ガバナンスのスタンダードな形態といえる。

学校の校務分掌も同じである。

しかし、そのシステムは、
自分の範囲だけをまかなうことの危険性、
互いに相手の領分に口出ししないことによる
怖さも内包している。

大切なことは、自分の領域という株を守るのではなく、
領域を超えて「つながりあう」「重なり合う」こと、
その精神が必要である。

私は、今回のネットミーティングを通じて感じたことは、
「組織のキーコンピテンシー」ということである。

キーコンピテンシーとは、
個人と社会の両者にとって
価値や効果をもたらす能力であり、
それは

①テクノロジーなどの道具を相互作用的に用いる能力
②異質な人々からなる集団で互いに関わりあう能力
③自律的に行動する能力

とまとめられる。

私は、これを「行政組織」という文脈でとらえてみたとき、
従来型のガバナンスに足りないものとして、
関わり合う力、と
テクノロジーを相互作用的に用いる能力かな、
と感じた。

人の思いと情報を紡ぎ、瞬時にリフレクションができ、
素早く次の段階につなげていくことができる
「zoomによるネットミーティング」に
新しい可能性を感じたのは私だけではないだろう。


 

PTA・教育振興会総会

昨日行われたPTA教育振興会総会は、
300名近くの参加の下に行われました。

保護者の皆さんの
学校への温かい思いに感激です。

PTA会長さんはじめ、副会長、監事、役員の皆様、
お忙しい中、本当にありがとうございました。

佐藤会長は世界中を駆け回って
活躍されておられる超多忙な方ですが、
いつもユーモアの心、
サービス精神をもって
我々を盛り上げてくださいます。

次期の小原会長も、花巻の市政を守り、
発展させるため、
日夜活動されている立場の方ですが、
本校のために、
会長を引き受けていただくことになりました。

頭が下がる思いです。

そして、この会の目玉は
何といっても生徒の活動です。
それが、このような多数の参加人数に
繋がっているのだと思います。

午前中の授業参観にも
多くの保護者の方が来校されました。

廊下に掲示された応援団の「告知」は
保護者の方の目をひいていましたね。

布告應援團

午後は放送部制作の映像発表、
合唱部、吹奏楽部の発表と続き、
会場を盛り上げてくれました。

放送部の生徒が、自分たちだけで企画し制作した、
「総合的な学習の時間」のPRビデオが
とても素晴らしい!

彼らからDVDをいただきました。

許諾を得たので、さわりの部分だけアップしますね。



私も、生徒の活動風景を3分程度にまとめてみました。



進行とビデオ発表を行った放送部、
素晴らしい演奏を披露してくれた
合唱部、吹奏楽部、
記録をしてくれた写真部の皆さん、

ありがとうございました。

そして、生徒会執行部の皆さんが、
熊本地震の支援や、
マルカンデパート再建の署名活動を
積極的に行っている姿がとても印象的でした。

PTA募金と署名

PTA講演会01LT

私は、この日の講演の中で、
「学校と社会を繋ぐ学びを」
なんて口幅ったいことを話しましたが、
それは、実は、生徒たちが、
すでに行動によって示しているんだなあと
しみじみ思いました。

 

生徒会執行部からのお願い

今日の18:30頃、校長室に
生徒が訪れてくれました。

生徒会執行部の3年生でした。

彼らは、熊本支援のための
募金活動を行いたいとのことで、
趣意書を作って持ってきてくれたのです。

熊本募金01


このように、自発的に考え、
行動に移してくれるところ、嬉しいですね。

まさに「桜雲臺精神」「よい公民になる」
という花高の伝統を受け継ぐものと思います。

私は思い立って、
19:00頃生徒会室をのぞいてみました。

すると、4人の生徒達が残っていたので、
少しお話をしました。

彼らは、今、さびれている、
本校の敷地内にある「万葉植物園」の
復興計画も考えています。

万葉植物園

彼らのメモ書きを見ながら、
私は、宮澤賢治が残していた
涙目の花壇「Tearful eye」の
設計図を思い出しました。


熊本への募金は
4月25日~27日の朝7:25~8:00。
場所は生徒昇降口です。

生徒の皆さん、保護者の皆さん、
教職員の皆さん、熊本への支援と、
その支援を企画した
生徒会執行部への応援を、
これからもよろしくお願いします!

熊本募金02




 

「ニーズに応える進路指導」

昨日、大学入試報告会が行われ、
昨年度の3学年の先生方から、
取組の経過などが
丁寧な資料とともに説明されました。

また、進路指導課からの総括、
教科指導の面からの提言など、
様々な視点から議論を深めることができました。

このように、昨年度の取組を「みんなごと」として
課題や成果を共有し、互いに評価しあい、
次の学年へのリレーションしていくという
PDCAサイクルはとても大切ですね。

先生方、お疲れ様でした。

私は、最後の講評で
いくつか話をさせていただきましが、
その中で、

「ニーズに応える」

ということについてこんな話をしました。


進路指導における私たち教師のミッションの一つは、
ニーズに応えることだろうと思います。

生徒のニーズ、保護者のニーズ。

しかし、もしかしたら、その保護者のニーズは、
実は旧弊な考え、
昔の価値観にどっぷりと根ざしたもの
であるかもしれません。

また、最近はネットワークテクノロジーの進展から、
生徒がセンター試験の結果と、
業者判定システムのマッチングによって、
安直に進路先を決めてしまう傾向も見られます。

そんな「ニーズ」に応えて進路先を決定したとき、
果たして将来彼らに「生きる力」、
とりわけ、「自分を信じる力」が身につくでしょうか。

私は、教師に求められるのは、
ニーズに応えるだけではなく、
「ニーズを創造する」ということでもあると思います。

そのために、社会の変化に
アンテナを立てていくことが
進路指導を行う上で必要ではないかと思います。


例えば、岩手大学人社と教育学部の
改組について考えてみます。

今年から、従来の「人間科学課程」「国際文化課程」
「生涯教育課程」「芸術文化課程」が、
「人間文化課程」という1つの過程にまとめられました。

この意味することは何か。

それは、特定の学問的ニッチのための学部から、
領域横断的な方向に向かっているのではないか。
融合と協創を行い、新しい価値や、
存在していない仕事で成功を収められるような
知性を獲得していく方向に、
文系学部が変遷していると
解釈できるのではないか。

そう考えると、これまでの、
「なりたい職業を早期に決定」⇒「学部研究」
⇒「大学決定」という、
「逆追い型」の進路指導ではなく、
「学び方を学ぶ」こと、キャリアアンカー、
キャリアアダプタビリティを身に着けること、
といった進路指導の必要性が導かれると思います。
(以下省略)


ところで、ニーズを創造する、ということに関して、
だいぶ前ですが、岩手県内の数学科教員に
メール配信していた「すうがく通信」に
こんなことを書いたことがありました。

今述べたことと重なる内容ですが、
以下に記しておきたいと思います。



ピーター・F・ドラッカーは、「マネジメント」の中で、
企業の目的の定義を『顧客を創造すること』
と論じています。

企業は社会の機関であり、
企業の目的は社会の中にある。
そのために、人々が気づいていない
(自覚していない)ニーズを探し、提供することで
市場を生み出すということが書かれています。

ここで「顧客のニーズに応える」のではなく
「顧客(のニーズ)を創り出す」
というところがポイントです。

ドラッカーは例として、コピー機や
コンピュータの欲求は、
それが手にはいるようになって
初めて生まれたと示しています。

これを教育に置き換えてみようと思います。

「顧客のニーズに応える」は
「生徒のニーズに応える」
ということになると思います。

生徒が国公立大学に進学をしたい
というニーズを持っていれば、
それに応えるために、学力をつけ、
センター試験でよい点を取るために鍛えることは、
そのニーズに応えることになるでしょう。 

しかし、中には、
「とりあえず地元で働けるから看護の大学に行く」とか、
「数学や理科はわからないし嫌いだから、
文系の大学を志望する」という、
ある種後ろ向きなニーズもあります。

生徒の「好き」「嫌い」という価値観や
ニーズに教師や学校が目線をあわせ、
その流れに沿って必要な手助けをするのが教育だ
という論があります(植物モデル型教育という)。

これは一面大切なことかもしれません。
しかし、生徒は子供であるが故に、
時に未熟で幼稚な判断を行い、
結果として不本意な進路を選択する可能性もあります。

そこで、ドラッカーの言うように、
「生徒のニーズに応える」ではなく
「生徒のニーズを創造する」という視点に
立って考えてみたいと思います。

教師(またはチームとしての教師集団)が、
その学識や経験を基にした「進路教育」を行い、
生徒に主体的に課題を見つける力を培う。

更に、潜在する興味関心を引き出し、
広い視野を持たせる。

そして、そのような中で、
「学び」に根ざした高い進路意識を持った生徒を
創造することが、生徒の自己を実現するための、
いわば教育の一つの使命であると考えられます。

数学教育を例に取れば、
教師が数学の面白さや、
考えることの楽しさを伝え、
自然・社会・生活において活用されるような
知見を育てる授業を行うこと、

またはそのような授業を目指して研鑽を積むこと。

あるいは、生徒が主人公となるような
学びの場を構築すること。

それが、生徒のニーズに応えるだけでなく、
生徒の中に眠っている知的好奇心を呼び起こし、
「学びへのこだわり」を持った生徒を
創造していくのではないかと思います
(もちろんそれは、大学受験の過去問指導の
中であっても行い得ることができる)。

そして、そのような教育は、
教師の個に依存するものではなく、
教師集団の組織としての力量、
校種を超えた連携、
様々なネットワークの活用などから
深められていくものではないかと思います。


 

「ソクラテス・メソッドとアクティブラーニング」

先日、さっちゃんこと、
哲学者の五十嵐先生(筑波大)から、
「哲学・思想論集第41号」(筑波大発行)の
抜刷版をいただきました。

これは、五十嵐先生が、
全国の様々な高校を訪問し、
生徒の様子や授業をリサーチする中で
まとめられた「対話型授業」の
可能性を展望する骨太の論文です。

因みに、私が勤務していた
盛岡三高や大野高校でも、
何度か先生をお招きして、
授業参観や哲学カフェなどの
出前授業を行っていただきました。


この論文の中で、
「ソクラテス・メソッド」(哲学カフェ)について
書かれた部分が非常に興味深かったので
以下に引用したいと思います。

<前略>

つまり、ソクラテス・メソッドにおいて、

・「教師」とは「問う者」である。
彼は「問い」によって自分と人々の
自明な世界観を崩していく。
そのことによって「問われる者」の
「今」の地平が解体され、成長が可能となる。

・そのためには、「問う者」の「問い」が
真実のものでなければならない。
「教えるために問題を出す」のは
「教室」の二元論の再生産でしかない。
問いは問う者自身が真に問いたい問いでなければ
「問いの共同体」は成立しない。

だが既にわれわれは「問いの共同体」としてではなく
「教える-教えられる」従来の教室の
上下の二元論的な関係を身体化してしまっている。
身体化された「教室という関係」を解体しなければ
「問いの共同体」は生まれない。
ここで一つの「空間のイデア」として設定されるのが
「カフェ」(現代の「アゴラ」)である。
「カフェ」で参加者は背景のない対等な、
対話する、合意を求める存在として出会う。


・「カフェ」の関係に移行するためには
空間・身体の解凍の技法が必要である。
たとえば「座らない」「学習者が自分の判断で立ち歩く」
「声を出す」「教室の中の場所を自ら選択する」、
また、「教室の前」「黒板の意味・位置づけ」
「問う者の立ち位置」「立つ/座る関係の解体」
「<机>を使うかどうか」
「学習者の位置づけ/移動」など。

 <以下略>

傍線部は下町が付記

上の傍線部分を読み、私はナルホド!と膝を打ちました。

最近私は「アクティブ・ラーニング」という言葉の流行に、
眉をひそめる教師が多いのではないかと感じています。

「そんなこと(授業の工夫)は昔からやっていたのに、
なぜ、アクティブ・ラーニングなどと、
さも新規なことをやるように打ち出されるのか」

など。

私は、それに対して、五十嵐先生の言葉を借りて
次のように私見を述べようと思う。

「アクティブ・ラーニング」とは、
「教える-教えられる」という
上下の二元論的な関係が
身体化されてしまっている教師という存在と、
そんな彼らによって生み出される
「授業」を解体・解凍するための
「学びのイデア」である。
(カッコよく「イデア」使ってみました。
正しいんだかどうだか怪しいっす^^;)

つまり、そのような意志を伝達させるための
「記号」として、アクティブ・ラーニングという言葉や、
その流通に意義があるのではないか。

「学びのイデア」とは、二元論的な関係が
身体化されてしまっている教師の
マインドセットを変えること。

そして、「空間のイデア」とは、
生徒をアクティブな状態にするためのメソッド。

アクティブ・ラーニング=「学びのイデア」+「空間のイデア」 論

できたっ!

怪しいけど。

 

PTA講演会

宣伝です。

4月23日(土)のPTA・振興会総会後に、
「だあすこ」営農センターで講演を行います。

演題は、

「学校・保護者・地域ぐるみで語り、
創り、進める『花高の学び』」

という長いタイトルになってしまいました。

内容は、現在考え中でありますが、
社会の変化に伴って
学びがどう変化しているかということと、
その学びを「自分ごと」にするために、
皆さんと「黒橋魂」について
考えてみようと思っています。

新しい大学入試の方向についても
触れたいと思います。

作成中のスライドの中から
何枚かを以下に紹介します。

PTA講演会スライドサンプル03LT

PTA講演会スライドサンプル04LT

PTA講演会スライドサンプル05LT

PTA講演会スライドサンプル06LT

PTA講演会スライドサンプル01LT

気楽で楽しく進めたいと思います。


私の講演の他、吹奏楽部、音楽部の演奏や、
放送部による動画の上映もあります。

保護者の皆さん、是非おいでくださいね!


 

花巻北高の競歩の躍進

4月16日に石川県輪島市で行われた
陸上の第55回全日本輪島大会で、
本校OBの高橋英輝さん
(花北-岩手大-富士通)が
日本新記録を樹立し、
初優勝を成し遂げました。

17日の岩手日報でも
大きく取り上げられています。

競歩02


高橋さんは、本県で初の
リオデジャネイロオリンピック
代表に選ばれています。
4月25日は本校で
彼の激励会が予定されています。

花巻北高校の誇るべき先輩の一人として、
これからも皆で応援していきたいと思います。

おめでとうございます。

また、この日同時に行われた、
全日本輪島大会男子競歩5キロの部で、
本校3年生の都鳥一樹君が
堂々の4位入賞を果たしました。

こちらも18日の岩手日報で
大きく取り上げられています。

競歩03

人が立っていられない程の
強風の中での入賞ということで、
国体に向け大きな手ごたえを感じたとのことです。

都鳥君のこれからの更なる活躍を期待します。


競歩といえば、私が以前花北に勤務していた
2008年の時のインターハイで、
林唯さんが8位に入賞したことが思い出されます。
(花北-筑波大)

競歩04
(当時の岩手日報記事より)

林さんは明るくて常に前向きな
自慢の教え子です。

そして、そのときの指導者が塚田美和子先生。

彼女は高橋選手の恩師でもあり、
花北の競歩の飛躍の歴史を築いた先生であります。

塚田先生は盛岡三高出身で、
1991年の石川国体の3000M競歩で優勝しています。

競歩01
(当時の岩手日報記事より)

私は彼女とは盛岡三高の同窓であり、
また、教員として、盛岡三高でも花巻北高でも
ご一緒させていただきました。

彼女は自慢の鵬同窓生であり、
陸上の優れた指導者であります。

そして、その爽やかなお人柄とユーモアのセンス、
生徒への接し方、妥協なき精神など、
先生から学んだことは数多く、
教師として、人間として、
私は塚田先生を心から尊敬しています。

高橋さんの記事から競歩にまつわって
いろんなことを思い出しました。

皆さん、それぞれの目指す目標に向かって
かけ上がっていってください!







 

花北の桜

今日は休日でしたが、
少し学校のまわりを散策しました。

桜が咲き始めました。

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花巻北高校は、
恐らく岩手県の普通高校で
最も広い敷地を有する
学校ではないかと思います。


日本庭園に、何と、
高村光太郎像を見つけました。

光太郎02

私は、平成16年度から20年度まで
花北に勤務していましたが、
この像は初めて見ました。

雨ざらしになって、かわいそうですね。
高村光太郎が泣いているように見えました。

刻まれていたのは、彼の有名な詩「岩手の人」。

光太郎01


岩手の人 沈深牛の如し
両角の間に天球をいだいて立つ
かの古代エジプトの石の牛に似たり
地を住きて走らず 企てて草卒ならず
ついにその成すべきを成す


高村光太郎は、友人の宮沢賢治を訪ね、
7年間花巻に住んでいました。

いつか高村山荘に行ってみたいと思います。

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グランドでアーチェリー部が練習していました。

20160416-10.jpg
野球部は花巻東高校と練習試合。







 

恃徳者昌

花巻北高校の初代校長は
佐藤昌氏なのですが、
昌と書いて「さかり」と読みます。

紫波町の観光大使をしている
私の妻にそのことを話したら、

紫波町には平井邸という豪邸があって、
年に何度か公開されているのですが、
そこにある扁額の写真を見せられました。

扁額01

何と書いているかわかりますか?

妻は、この字が読めなくて、
いろいろな方に聞いたところ、

「恃徳者昌」(向きを逆にしました)

であることが判明したそうです。

「徳を恃む者は昌える」
(徳をたのむ者はさかえる)

これは、「史記 商君列伝 第八」
に出てくる言葉だそうです。

「昌える」とは「栄える」ということだったのです。

妻の作った解説書は以下の通り。

商君とは、中国戦国時代の秦国の政治家、
商鞅(しょうおう)のこと。
法を定め、刑罰を厳しくして秦の国政改革を進め、
富国強兵に努めた。
それは、後の秦の天下統一の礎を築くことになったが、
商鞅自身は周囲の恨みを買って処刑された。
この扁額の言葉は、商鞅の腹心であった趙良が、
強引な手法で政治改革を進める商鞅に
忠告した言葉として語られている。


つまり、この言葉は

「恃徳者昌 恃力者減」

「徳をたのむ者は栄え、力をたのむ者は滅びる」
の一部。

「恃徳者昌」と「恃力者減」が
双対表現になっているわけですね。

ここで私は、この書から読み取るべきは、
むしろ、「恃力者減」の方ではないかと思いました。

それは少し言い過ぎだとすれば、
「恃力者減」の視点があってこそ、
「恃徳者昌」なのかな、と。

少し脱線するのですが、
そんなことから、私が思いを巡らせたのは、
アクティブラーニングのことです。

またかよ、と思われるかもしれませんが。

アクティブラーニングの定義として、
京都大学の溝上慎一先生のものを取上げてみます。

一方的な知識伝達型講義を聴くという
(受動的)学習を乗り越える意味での、
あらゆる能動的な学習のこと。
能動的な学習には、書く・話す・発表する
などの活動への関与と、
そこで生じる認知プロセスの外化を伴う。


ここでのポイントは、「能動的」が、
「受動的」を乗り越えるという文脈で
書かれていることです。

受動的学習という(憂慮すべき)状態があって、
だからそれを乗り越えることが、
アクティブラーニングの
目指すところなのだと私は解釈します。

つまり、一方的な上から目線の
注入型授業(「力を恃む」授業?)によって、
生徒を管理し、その結果、落ちこぼれが生まれ、
子ども達が疲弊している状況の認識がまずある。

そして、そういう現状を乗り越える
というマインドがあってこそ、
アクティブラーニングの登場であると思うのです。

私は人から、アクティブラーニングの実践者
といわれることもあり、
穴があったら入りたくなるわけですが、
そんなことを、ささやかながら
行うことができたとすれば、
その背景には、生徒の批判を受けとめ、
自分が上から目線の毒教師であったことの自覚と、
その反省から出発できたからだと思います。

だから、

「一方的な知識伝達型の受動的学習を乗り越える」
という視点が無く、
アクティブラーニングを一つのスペシャルな手法と捉えて、
取りあえず行おうとすると、
上から目線、教師の過剰なコントロールは
温存されたままで、

「さあ、ペアになって考えろ」
「グループで考えて発表しろ」

などという形式をもって、
アクティブラーニングですよ、
ということになってしまうように思うのです。

これでは、
「教科書が進まない」
「学力が本当につくのか」
「秩序が乱れる」
などの疑問が
いつまでも循環し続けてしまいますよね。

そして、やはりアクティブラーニングでは
基礎基本が身に着かない、
効果がないということになり、
昔型の学びに回帰する方向に
進んでいくのではないかと私は懸念しています。

 

ひろの『福幸』への希望

昨日、岩手大学人文社会科学部の
秋田淳子先生から、
岩手大学ひろの福幸プロジェクトの冊子、

「ひろの『福幸』への希望~食がつなぐ未来~」

が、お手紙とともに送られてきました。

ひろのふっこう01

「ひろの福幸プロジェクト」とは、
岩手大学人文社会科学部の
1年から3年の十数名のメンバーによって
行われる地域復興の取組みです。

この構成メンバーの中の4人が
大野高校の卒業生ということもあり、
洋野町とのコラボレイトが実現しました。

このプロジェクトは、
洋野町の食文化に学生がコミットし、
その魅力を世界に広く発信していくことを
目的としています。

素晴らしいと思うのは、
そこに暮らしている方々に密着取材する中で
記事が書かれているということです。

とかく、フィールドワークを伴う調査研究では、
アンケートや、ネット調べや、行政への取材などという
手っ取り早いワンショットサーベイ型の取組で
終わる傾向があります。

しかし、このプロジェクトは、
学生が地域に入り込み、
そこで生活体験を共にする中で、
共感という素晴らしい場を
生み出しているところが注目に値します。

つまり、フィールドの「内側」からのリサーチです。

ひろのふっこう02
おお。南さんが取材されています。

ひろのふっこう03
本校の卒業生の村田君は、
豆風鈴という大野にある素敵なお豆腐店を、
そこで働く彼の祖母の視点で書き出しています。

地元大野に貢献するために、
岩手大学人文社会科学部への
進学を選んだ村田君。

彼の文章から、
単に大野の食文化のアピールだけでなく、
世代間の連帯という、高齢化社会での
共生マインドの大切さを浮き彫りにしています。

私は胸が熱くなり、涙がでてきました。



岩手大学人文社会科学部と大野高校は
今年度、更に深く連携する予定になっています。

私が、昨年度この取組に期待したのは、
表層的な「連携」ではなく、
大野という地域、大野高校という学校、
そしてそこに存在する生徒に対して、
内側から接近して、
その内部に存在する
「彼らには見えない良さ」や逆にそこにある課題を
掘り出して欲しいということでした。

頭にあるのは
「エスノグラフィーとアクションリサーチ」
というフィールドワークの手法です。

彼らの取組みにエールを送りつつ、
今後の連携を
陰ながら応援していきたいと思います。

学生の主体的活動を支援し続ける秋田先生、
これからもよろしくお願いします。

ありがとうございました。




 

文部科学大臣表彰科学技術賞の受賞者の決定

一昨日、文部科学省のホームページに、
平成28年度科学技術分野の
文部科学大臣表彰科学技術賞の
受賞者の決定が通知されました。

この賞の、「理解増進部門」において、
岩手大学教授の、
我らが高木浩一先生が受賞されました!

「理解増進部門」とは、
「青少年をはじめ広く国民の科学技術に関する
関心及び理解の増進等に寄与し、
又は地域において科学技術に関する
知識の普及啓発等に寄与する活動を行った者」

を対象とする賞です。

高木先生は、
「自然の中に潜む科学に気づき学ぶ
エネルギー教育の普及啓発」
の業績が評価されての受賞です。

先生には、私が勤務した
八戸西高・盛岡三高・大野高で講演や
出前授業を行っていただきました。

特に、盛岡三高時代には
SSHの運営指導委員長をお願いし、
各種事業へのアドバイスや、
生徒の課題研究への懇切丁寧な指導助言を
行っていただきました。

また、SSHクラス結成と同時に行われる
「課題研究事始め」というガイダンスは、
サイエンスへの興味関心だけでなく、
「生きる力」にリーチする内容で、
私は、これを「高木メソッド」と呼んでいました。

昨年度大野高校では、超忙しい合間を縫って、
里山整備講演会とマツタケ収穫祭に
おいでいただきました。

感動的な講演や実験が大好評でした。

高木先生のアウトリーチ活動の特徴は、
子ども、学生、大人が、
世代や校種を超えて、ワクワク体験をし、
「遊び」から学びの場を形成する
ということではないかと思います。

そんな、世代を貫く先生の地道な活動が、
やがて、学びの文化を変えることにも
繋がるはずだと思います。

おめでとうございます!



 

桜雲臺精神

花高の校門をくぐると、
20本あまりの全国大会出場の垂れ幕が
目に飛び込んできます。

垂れ幕花高

花巻北高校は毎年、部活動でも、
進路実績においても、
素晴らしい成果を挙げています。

それは、黒橋魂と桜雲臺精神という、
花高生に脈々と伝わるスピリッツと、
そんな花高をこよなく愛してやまない
先生方の温かい指導、
そして保護者や同窓生、地域の方々の
支援によるものだろうと思っています。

私は、始業式で、生徒の皆さんに、
これからの高校生活において、
大きな課題に向き合うという
桜雲臺精神を持ちつつ、
その一方、身の回りの「何か」に気づき、
自分ができる小さな一歩を
発信していって欲しいという思いから、
以下のようなことを述べました。

<前略>
桜雲臺精神とは、
雲とみまがうばかりの桜の花、
つまり大きな志と高い理想をもって、
郷土に貢献するという意味が
込められているということだと思います。

一方、そのような、
大きな志を抱くことと同時に、
自分の小さな周囲を見回し、
そこにある小さな幸せや、
横たわる課題に気づき、
そして自分ができる一歩、
自分の隣の人を幸せにしようとする
ささやかな一歩を踏み出していくことにも、
私は同じ価値を感じます。

自分の隣の人を幸せにする「利他の心」は、
身近にいる誰かを幸せにするだけではなく、
自分の心の成長を促し、
あなた自身の人生を変えていく力にもなります。

もっといえば、先日、花高生の有志が
マルカンデパートの存続を求めて運動し、
それがきっかけで多くの人の心が揺さぶられ、
大きなムーブメントに発展していったように、
自分のまわり半径1mのささやかな行動が、
他者との繋がりや協創を生み出し、
学校や地域社会の文化や
習慣さえ変えていくという、大きなパワーをも
秘めていると言えるのかもしれません。

ところで、今年の東大の
現代文の入試問題には
「日本の反知性主義」
という本から出題されていました。

今、日本において「知性」という言葉が
一つのキーワードになっています。

そして、この本でもそうですが、
「集合知」という言葉が語られだしています。

知識は教室という限られた空間で、
教師から、一方的に
インストールされるのではなく、
教室を含め、あらゆる場で
個々が獲得した知識を、
他者と交わる中でそれを構成して、
新しい価値を生みだすということ。

つまり、知性とは、個人の属性ではなく、
集団的に発動される
といういわれかたをされています。

また、AI(人工知能)の急激な進展が進む中、
これからの社会に生きる人間に求められる能力は、
他者に共感し、他者とよい関係を形成し、
他者を支援する力といわれています。

これは社会的知性とよばれ、
AIが人間を乗り越えられない能力として、
今非常に注目されています。

なぜ、私が集合知や社会的知性
などという言葉を強調しているかというと、
それは、異なる人種や、障碍を持つ人など
様々な人と共に生きることが求められる
現代の共生社会に生きる人間に
必須なマインドであると思うからです。

そして、それはきっと、学校におけるいじめや、
世界における紛争などの問題を
解決するためのカギになるものでもあるはずです。

皆さんには、これからの高校生活において、
世界の大きな課題に向き合い、
それらを解決していくために、
桜雲臺精神という志を持ちつつ、

一方、身の回りの小さな何かに気づき、
自分ができる一歩を
発信していって欲しいと思います。

皆さんが実りある高校生活を送れるよう、
私たち教職員は全力で応援します。


 

オリーブオイルメニュー

昨日の夕ご飯は、
大野でお世話になった、
かおりんこと布施 香さんからいただいた
超高級オリーブオイルにあわせた
メニューを考えて作ってみました。

これです!

春のオリーブオイルメニューLT

新鮮なホヤにオリーブオイル。

ホヤ01

まろやかになってイタリアンになります。

メインはサメの唐揚げ。
薄く切って唐揚げ粉をまぶして
少量の油で軽く揚げました。
さすがに、この油は
オリーブオイルを使う勇気がありませんでした。

サメ01

アツアツを塩とオリーブオイルで食べると
ビールのつまみに最高。

そして、

何と!タクアンにもオリーブオイルが合うんですよ。

細かく刻んで、ご飯にオリーブオイルと
醤油でもいいかも。

ベークドポテトは
バターを用意したのですが、
結局私も妻も、
塩とオリーブオイルで食べました。

ポテト01

昨晩のカレーの残りを
トッピングにしても美味しかった。

メカブはちゃんと刻んで
熱湯をさっとくぐすのですが、
このとき、高速でかき回し
泡立たせます。

メカブ01

キムチと和えてみました。

若鳥のハートがあったので炒めてみました。

ニンニクをきつね色になるまで炒め、
その後玉ねぎをあめ色になるまで炒め、
味付けして、
その後ハートを入れたら、

玉ねぎとニンニクがねっとりしてしまい失敗。

そこで、これはソースにすることにして、

ハートを炒めた後蒸して、
その上に玉ねぎソースをかけました。

若鳥ハート01

美味しかったけれど、
オリーブオイルが登場しなかった。

残念。

ニラを刻んで酒と醤油をふりかけておくと
万能の必殺ご飯の友になります。

にら01


最後は、必殺ニラスープで締め。

オリーブオイルのおかげで
ウキウキワクワク
楽しく料理できました。


 

入学式式辞から

私は、先日行われた入学式の式辞で、
本校にゆかりのある
お二人の言葉を紹介しました。

その一人は、花巻北高の同窓生で、
日本を代表する宗教学者であり、
国際日本文化研究センター名誉教授として
現在も世界を舞台に活躍されている
山折哲雄先生です。

山折先生は、本校創立80周年の際に
記念講演を行い、

「激しく考え、優しく語る」

という言葉を贈られました。

激しく考え


その言葉について私が思ったところを
式辞で述べました。

以下に記しておきたいと思います。

山折先生は人生信条として
「激しく考え、優しく語る」
という言葉を述べられています。

皆さんが、何かを目の前にして
そこから何を得るかは、
これまで自分が何を学び、
その中でどんなことを考えてきたかに
大きく左右されます。

同じことを体験しても、
激しく深く考えてきた人は多くのことを得て、
自分を向上させていくことができるでしょう。

一方自分の考えを持たず、
他人の意見にただ迎合するだけの
生き方を続けていれば、
結局自分というものがなくなってしまいます。

恐らくこれから皆さんは、壁にぶつかったり、
逆境にであうこともあると思います。

それを乗り越えるためには、
常に自ら問いを立て、
激しく考え続けていかなければなりません。

そういう中から、やがて、皆さんに
黒橋魂という「心の構え」「ぶれない軸」ができ、
逆境をしなやかに跳ね返していける、
生きる力が生まれると確信しています。

また、山折先生の言葉の中の
「優しく語る」の部分に、私は、
「語るべき相手がいるから自分がいる」
という「他者への眼差し」を感じます。

人は、一人で自分に向き合うだけでなく、
ともに歩んでくれる仲間との
つながりを深めることで、
より賢くなり、より強くなり、
より多くの幸せを実感できると思います。

皆さんは、高校生活の中で
是非「良い人間関係」を築いてください。



もう一人は、本校の初代校長である
佐藤昌(さかり)先生です。

佐藤先生は

「中学教育はりっぱな公民を造ることが目的である」

と述べています。

DSC_0447.jpg

公民をつくる


中学教育とは今でいう
高校教育と考えてよいでしょう。

私は、公民的資質が、今こそフォーカスされ、
捉えなおされていかなければならないと感じています。

式辞ではこのような話をしました。

公民的資質とは、民主的、平和的な国家・社会の
形成者としての自覚をもち、
自他の人格を互いに尊重し合うこと、
社会的義務や責任を果たそうとすること、
社会生活の様々な場面で多面的に考えたり、
公正に判断したりすることなどの
態度や能力である、と定義されています。

そして、こうした公民的資質は、
これからの国際社会において、
日本人として主体的、創造的に生きていくために
必須な資質であるとされています。

現代は、地球規模で人や物や情報がつながり、
人工知能が高度に発達していく社会であります。

その一方、人口減少が深刻に進み、
世界でテロや紛争が止むことがない
社会でもあります。

そのような社会において、私は、
佐藤先生の言葉を次のように捉え直し
皆さんに伝えたいと思います。

それは、教室という限られた空間で、
教師から、一方向的に注入される知識を
受け取るという受け身型の学びではなく、
自ら課題を見つけ、失敗を恐れず、
主体的、能動的に学ぶ姿勢を持つということです。

そして、あらゆる場で獲得した知識や情報を、
自ら問い直し、あるいは、他者と交わり、
考えを深め合う中で、
社会の中で活用される知識、
新しい価値を生みだしていくことであります。

その上で、自分の思いを他者に説明する発信力と、
同時に、異なる意見に耳を傾け、他者を支援する、
共感力・傾聴力を育てていくことが
皆さんに求められる公民的資質と考えています。


花巻北高校の皆さんには、
公民的資質と桜雲臺精神をもって、世界を見つめ、
大きな理想と志を抱くと同時に、
一方、自分の小さな周囲を見回し、
そこにある小さな幸せや、横たわる課題に気づき、
自分ができる何かを見つけ、
一歩前に踏み出せる人になって欲しい。

隣の人を幸せにしようとする「利他の心」と、
ささやかな行動が、周囲の人々を動かし、
やがては大きく社会や世界を変えるものに
繋がるかもしれません。

そして、それは何より、それは自分の生活や
人生を幸せにするものでもあると思います。

 

花高対面式

今日は花巻北高校の対面式。

新入生の前座で、
新任の先生方が自己紹介+ダイブ。

10年前に花北にいたときのことを
思い出しました。

生徒の皆さん、
盛り上げてくれてありがとうございました。



 

数学教室5月号

数学教室5月号出ました。

今月号から再び
「数学という名の自由の翼」
の連載が始まります。

どうぞよろしくお願いします。

今回は第18話で

「Roll Over Center Test」

センター試験について書きました。

本来は昨年の9月号に
載るはずの記事だったので、
時制が1年ずれています。

数学教室2016-05


 

始業式のあいさつで

一昨日は始業式。
花高生と初の対面でした。

皆さんの意欲に満ちた顔つきを見て
パワーをもらいました。

始業式での講話の冒頭にこんな話をしました。

4月は「荒れ狂う月」とも言われます。
学年が変わる、担任が変わる、
クラスメイトが変わる。

「ああ、これから誰とお弁当を食べようか」
など不安です。

私も今緊張と不安の気持ちです。

でも、前向きに考えよう。
変わる(CHANGE)とは、
逆にこれまでの不安要素をリセットして、
新しく自分を更新していく機会なのです(CHANCE)。

というわけで、100均で買った
ボードを持っていってパフォーマンスしました。

この文字は千葉敬愛高校の
パンフレットを参考にさせて頂きました。




 

フェアリーワールトトリップとアクティブラーニング 

先日の日曜日は、サマンサ(才神敦子さん)の娘さんの
ロナさんが企画するFairy World Trip に参加しました。

Fairy World Tripとは、豊かな自然に恵まれた
大野キャンパスを舞台に繰り広げる、
妖精をテーマにした楽しいイベントで、
次のような4つのセッションで構成されています。

● Fairy Talk
  超訳ロナの妖精学講座
● Fairy Wand
  妖精の杖を作るワーク
● Fairy Lunch
  大野にまつわる食材を使ったランチ
● Fairy Code
  大野キャンパス全体を使った暗号謎解きゲーム。

その詳しい様子は、サマンサさんのブログをご覧ください

その①⇒★★① 
その②⇒★★②

このイベントは、妖精を信じている小学生が
参加条件なのですが、ロナさんと、
スタッフコーディネーターを務める
サマンサさんとケイティさんの特別な計らいで、
すべてのセッションに参加させていただきました。

私は、このイベントに参加して、
ロナさんから多くの事を学びました。

ロナさん凄い!もう本当に尊敬します!

ロナさんから学んだことは、
「妖精学」の面白さや、楽しさ、
そして深さであることはもちろんですが、
でも、それだけではありません。

「学びとは何か」「教えるとはどういうことか」
そしてアクティブラーニングの本質について、
私は、本当に多くの事をロナさんから学びました。

そして、ロナさんの根っ子には、
ロナママである、サマンサさんの
「No Limits!」マインドがあることを深く納得しました。

私は、生徒と教師は向上心の同志であり、
教師は生徒と互いに成長していく存在
という思いを持っています。

ですから、「学び」のプロフェッショナルであるべき、
ベテラン教師である私が、
この4月から高校2年生になるロナさんから
「教える技術」を含めて、
アクティブラーニングの本質について教えられることは
決して恥ずかしいことではありません。

旧パラダイムに縛られて、
学びの本質が見えなくなっている教師には、
是非ロナさんのイベントに参加して
学んで欲しいと思いました。

では、ロナさんの凄いところを
具体的に記してみたいと思います。

すみません。長くなりますよ~。

■ クラスルームは共感の場
フェアリートークは、ロナさんによる講義です。
いわば知識を伝える場面です。

妖精の定義、妖精の種類や属性、
妖精の言葉などが説明されます。

ここで、ロナさんは、
一方通行の知識の伝達にならないように、
子どもたちに次々と問いを投げかけ、
子供たちのリアクションに
「超いいね」の共感を表します。

このようにテンポよく展開されるので、
1時間もの講義なのに、
飽きてしまう子どもは一人もいませんでした。

■ 英語の勉強も併せて行う
講義の中で、妖精ターム(笑)が
たくさん登場するのですが、
そこで英語の勉強もしちゃうんです。

例えば、seelie court(人間に優しい妖精)に対し、
怖い妖精はunseelie court
というところで、「un」の持つ意味を説明します。

そして、子どもたちに元気よく音読させていきます。

■ Fine Art とCreativity
講座の次は、妖精の持つ
魔法の杖(Fairy Wand)を皆で製作します。
大野キャンパス内に落ちている木の枝に、
様々なアクセサリーでデコレーションしていきます。

今、「知性」という言葉がブームですが(私の中で)、
AI(人工知能)が及ばない知性として、
すぐれた芸術性(Fine Art) と創造力(Creativity)が
注目されています
(オックスフォード大学のマイケルオズボーンなど)。

これらは創造的知性と呼ばれ、
これからの教育において非常に重要な意味を持つ
と言われています(私の中で)。

因みに私が作ったのはこれ。

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周囲の子どもたちは、どんどん糸や針金を巻き、
グルーガン(鉄砲型の糊)で花や星などの
アクセサリーどんどん接着していきます。

FWT-08.jpg
(子どもたちの作品)

私は、どのように装飾を施すかしばし悩み、
最初は中々手が進みませんでした。

これまでの常識や、自意識が
創造力のじゃまをしているのですね^^。

子ども達から「かわいいよ」とか
「この糊ではくっつかないよ」などの、
励ましや「指導」を受けながら頑張って作りました。

一応私の作品の意図を説明しますね。

木の上部に星や花や木の実を配置して、
「きらびやかな世界」を表現します。

しかし、ゴールドの導線を辿って、根の部分を見ると、
そこに宝石が埋まっているというコンセプトです。

上⇒下の順に見ていくと、

「人は表に現れた、きらびやかな世界に
ばかり注目するけれど、
見えないところにもちゃんと宝がある。
つまり、どんな人もみな宝を持っている」

とか

「他者から見える自分とは何かを考えるには、
自分の根っ子が何であるかにリーチすることが大切」

とか。

下⇒上の順に見ていくと、

「優れた成果をあげるには、実は根っ子が大切。
土台がしっかりすることで、表現が完成される」

なんてね。

ま、へたっぴいの言い訳をするための、
野暮なへ理屈ではあるわけですが。

私は、この創作をしながら、
これは、仲間と見せあい、楽しみながら、
創造的知性を伸ばす活動であるとともに、

大人的には、いわゆるコラージュセミナーや
箱庭療法などのアートセラピーにも
繋がるものではないかとイメージしていました。

このように、知識を伝える講義の後に、
素敵な表現の場を設定する
ロナさんの企画力に脱帽です。

■ 反転学習 
このイベントへの参加者には、
事前にメールなどによってテキストが配信されます。
その配信されるテキストが凄い!

ロナさんのイラストで、
とてもわかりやすく解説されています。

その一部はこんなカンジです。

FWT-03.png

FWT-04.png

これによって、当日の活動がより充実します。
そして、このワクワクテキストを読むことで、
当日が待ち遠しくなります。

これがほんとうの、反転学習(flipped learning)
なのだと思います。

しばしば、教師は反転学習を、
単に予習させることと混同しています。

しかし、そもそも<予習>とは、
授業をアクティブにするという目的のために、
事前に知識や情報をインストールしてもらうことであり、
決して、授業を効率的に早く進めるという
教師の都合によって課すものではないのです。

■ グループワークで知識を構成
午後はいよいよメインのフェアリーコード。
6つのグループに分かれ行うウォークラリーですが、
ここにも様々な仕掛けが散りばめられています。

封筒に入っている暗号(妖精の話)を解読し、
次の目的地を目指します。

FWT-06.jpg
(ロナさん手書きの地図。いい味です)

ここで、暗号の内容を推理し、
話し合ってコンセンサスを得ていく活動が
活発に行われます。

思考して、判断して、表現する。

そして、他者の意見を傾聴し、
グループの合意形成を行う。

まさに、脳と身体と心が揺さぶられる
アクティブラーニング。

また、広い大野キャンパスを歩き回ることで、
大野の良さをアピールするという
ニクイ狙いもあるのです。

■ 振り返り
4カ所の目的地でアルファベットを1つずつゲットします。
その4文字を並べて、ワードを見つければゴールです。

ちなみに、私は大人だけのグループでしたが、
ゲットした4文字はS、R、E、Oだったので、
答は「ROSE(バラ)」

でも、子ども達のグループは、
「NUAD」「SEHE」「WOTR」など。

何だと思いますか?わからないでしょう。

私はわかりましたよ!

なぜなら、これは最初のフェアリートークで
ロナさんから学んでいたからです。
答はこんなカンジだったかな。

「DANU」(妖精の女王)
「SHEE」(丘に住む妖精)
「TROW」(小さいおじさん)

つまり、このフェアリートークから
フェアリーコードに至る活動は
ちゃんと繋がっているんですね。

フェアリートークで学んだ「知識」を、
フェアリーコードで振り返りをしているということです。
これで、生きた知識になっていくわけです。

■ ARCSモデルによる評価
最後に皆で写真を撮っているとき、ロナさんが
「楽しかった人!」
「また来ようと思った人!」
「もっと妖精のことを勉強しようと思った人!」
「やって満足だった人!」
などと言って手を挙げさせていました。

私は、これを見て、
インストラクショナルデザインにおける、
学習意欲評価システムの
ARCSモデルを思い出しました。

ATTENTION(注意)
RELEVANCE(関連性)
CONFIDENCE(自信)
SATISFACTION(満足感)

このような自己評価を通して、
このフェアリーワールドトリップを
更に改善していくわけですね。

まだまだポイントはあります。

互いにニックネームで呼びあうこと。

素敵な木工の名札や、地図や宝箱など
すべて手作りで準備されていること。

大野高校の生徒がスタッフとして
関わるという協創の輪を築いたこと。

書きたりないのですが、

最後に一つだけ付け加えて終わりたいと思います。

このイベントはロナさんが考案し、
運営しているのですが、
スタッフのサマンサさんとケイティさんの
存在抜きには語れません。

先日、ネットファシリテーターの田原真人さんが
「自己組織化」を巡って
こんな話をしていたのがとても印象的でした。

行動しようとする人を、どんどんエンパワーして、
その人を尖らせていく。


キーワードは「エンパワー」。
サマンサさんのNo Limit! は
人をエンパワーして尖らせること。

そして、エンパワーされた人が、
今度は別の誰かをエンパワーする
という循環を生み出す。

この循環が進めば、世界は変わるかも。

サマンサさんを見ていると、
そんな思いも抱きます。


私は、ロナさんのイベントにフルタイム参加し、
多くを受けとめました。

それを、こうして伝えていくことが、
自分にできるロナさんや、
サマンサさんへの恩返しかもしれません。

ありがとうございました。

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東北エモーション乗車 

昨日、ついに東北エモーションに
乗ることができました。

東北エモーションとは
八戸線(八戸⇔久慈間)を運行する、
「走るレストラン」と呼ばれる
超人気のジョイフルトレインです。

私の教え子でJRに勤めるまゆみんが、
切符を手配してくれました。

この日は、私と、まゆみん親子、
まゆみんのJRの同僚の方の5人で
コンパートメントを貸し切りました。

東北エモーション01LT

東北エモーション02LT


往きは豪華ランチ、帰りはスイーツを、
車窓の景色を眺めながら
堪能するという贅沢な旅であります。

東北エモーションmenu

ところで、

震災後、このエモーションが走り出したとき、
これを復興のシンボルにという思いから、
「あまちゃん」の夏ばっぱよろしく、
手を振るという活動を始めた人がいました。

その取組を現在引き継ぎ、発展させているのが、
ケイティさんこと宮本慶子さんです。

彼女は、生まれも育ちも横浜なのですが、
3.11後、いわて復興応援隊に応募され、
2012年10月から洋野町に勤務されています。

ケイティさんはこういいます。

東北エモーションは、八戸久慈間の往復で、
洋野町や階上町などは素通りしているだけ。
そこで、地域の住民が「エモる」ことで
地域をアピールしたい。


「エモる」とは、「手を振る」という行動に
「思いを入れる」ということです。

ケイティさんは、エモりに来た人たちに、
ポイントとしてこんなことをいつも述べます。

「復興のシンボルでもあるJR線への
感謝の気持ちを持って」

「恥ずかしがらずに、笑顔で、大袈裟に表現しよう」

「1人でも手を振り返してくれた人がいれば
エモーションは成功」

「そして電車が見えなくなるまで手を振り続ける」

ケイティさんは、
乗っている人に感動を与えるために、
しばしばサプライズを仕掛けます。

そんなことから、洋野エモーションは、
今やどんどん進化しています。

私が思うに、ケイティさんの本当の目論見は、
手を振られる人に幸せを与えることを目指しつつ、
実は、手を振る側の一人一人が「主役になる」ことと、
人と人とを繋げることなのだと思います。

東北エモーションはジョイフルトレインなので、
ビュースポットで減速したり
停止したりするのですが、
現在は、宿戸、有家など、
エモーションを行っている場所でも、
社内アナウンスしたり、
減速するようになりました。

つまり、この一見誰にでもできそうな
「手を振る」という取組みが、
人と人とのつながりを生み、
相互の感動の物語を編み、
そして、とうとう、
JRの運行にも影響を与える
イベントになったわけです

手を振るという「小さい一歩」を、
ケイティさんは、持続可能な人づくりと
地域活性化の取組みに
ブランディングしたのですね。

さて、

私は、まゆみんから、逆に車中にいる我々が、
手を振る人にサプライズを仕掛ける
という提案を受け(逆エモーション)、
手を振ってくれる人たちに、
ちょっとした看板を用意して臨みました。

東北逆エモーション
(写真は赤坂彩乃さんのFBより)

しかし、驚いたことに、
それを上回る仕掛けがされていました。

今回、私が、エモーションに乗るということを知り、
ケイティさんは、八戸や洋野町の仲間たちに
声をかけていたようでした。

後で、赤坂彩乃さんや佐々木有香さんの
FBなどでそのことを知り、胸がじいんとしました。

また、種市と大野の良さを8年間にわたって
ほぼ毎日ブログで発信し続けている、
麦沢忠美さんも同様に川尻で
サプライズを企画してくれていました。

彼のブログにその様子が書かれています。⇒★★

宿戸と有家に列車が通りかかったとき、
大漁旗を振る人たちや、
それとともに、大きく掲げられた
「しもまっちForever」
「またきてけろ」
などというメッセージの看板を見て
感動で涙が出てきました。

東北エモーション宿戸

東北エモーションuge

皆さんありがとうございます。

ショート動画を作りました。

編集しながら何度も感動で
胸がいっぱいになりました。