教育からの復興

明日、復興ボランティアに
出かけるにあたって、
教育からの復興について
まとめようと思い、
以前ある雑誌に投稿した文章を
読み返しました。

それを記す前に、
どうしても書いておきたいことがあるので、
まずそのことを述べておきたいと思います。

平成12年に、
当時の森喜朗首相の諮問機関として、
教育改革国民会議が設置されました。

その審議の経過として出された資料の中に
「子どもへの方策」
という文書があります。

これは、今でも、首相官邸のWEBサイトから
見ることができます。

こちら⇒「子どもへの方策

昨年、ふとしたきっかけで、
この文書を目にしてしまいました。

おっちょこちょいの私は、
これを、今の政府によって
出されたものと勘違いし、

カラダが震えるほどの、怒りに包まれました。
もはや、教師辞めるか、もろ肌脱いで闘うか、
という選択を自分に突き付けるほどでした。

その後、これは2000年に出されたものと知り、
少し落ち着いたのですが、
いわゆる地位や名誉や学識のあるとされる方々が
集まって喧々諤々と教育を語ったかと思えば、

「子どもを厳しく『飼い馴らす』必要があることを
国民にアピールして覚悟してもらう」

「遠足でバスを使わせない、
お寺で3~5時間座らせる等『我慢の教育』をする」

「一定レベルの家庭教育がなされていない
子どもの就学を保留扱いする」

「警察OBを学校に常駐させる」


などいう意見のオンパレードとは・・・。

これは、過去のこととして、
やり過ごしてしまっていいのか。
または、荒唐無稽な復古主義として
「とほほ」と一笑に伏していいものなのか。

問題は、これらの意見が、
飲み屋で繰り広げられる
オヤジがクダを巻くような
無責任トークではなく、
首相の諮問機関という
権威が付与されたものであるということです。

国を憂うのはいいとしても、
大人の都合や、彼らの価値観を強制する
上から目線のこのような教育観に出会い、
教師はただ立ちつくすだけでいいのか、
と私は考え込んでしまいました。

そもそも「教える」「教育する」、そして「授業」も、
「注入する」「与える」「授ける」という
一方通行性が内包されている言葉にも思えます。

なので、教育語りをする巷の人たちには
「上から目線」の傲慢さが
標準装備されているのかもしれません。
もちろん、それは私のような教師を含めて
ということですが。

最近、全校を挙げて真面目にAL推進に
取り組んでいる高校や中学校から、
「生徒の評価が良くない」「効果がない」
という声を聞くことがあります。

私は、それは、AL型授業を
完璧に機能させようとして、
結果、生徒を厳しく管理していくような方向に
流れてしまっているからではないかと想像します。

そうであれば、生徒はたまらんちんですよ。

私が、ALの推進に関して、
教師のマインドセットを力説するのは、
教師の「教え込み」「掌でコントロールする」という
「上から目線」が保存されたままで
ALが進展されることによって、

「管理の行き届いたAL」
「主体性を生徒に叩き込むAL」
「教師の都合によって生徒を振り回すAL」
が行われることが懸念されるからです。

しかし、それでもなお、
私がALの推進にすがりつくのは、
上に述べたような、
教育を取り巻く様々な動きに対して、
現場で子どもと直接関わるものからの
声を届けるための、
残された最後のツール
(もしかしたら希望の星)
かもしれないと思えるからです。

前述の「子どもへの方策」や、
3.11の震災後の経験から、
教師は、教育からの復興とは何かについて
考えるべきではないかと
あらためて感じるこの頃であります。

では、以下に2011年に「数学教室」
という雑誌に寄稿した
「半年が経過して」を紹介します。

時間が経ち、
自分の考えが変化した部分もありますが、
あらためて記すことで、
「学び」についてこれからも
考え続けていこうと思っています。


半年が経過して
~We are not afraid today~
 
震災から半年経とうとしている。
「時が解決する」という言葉がある。
今なお「汲めども尽きぬ」瓦礫の山を
前にしている人々にとって、
それはあまりに気休めというものである。

しかし、恐らく何年も時が経てば、
いずれは収束に向かうのだろう。

では、被災地の人の心の傷はどうだろう。
時とともに雲散霧消していくのだろうか。

妻も子も失い、そしてその亡骸も
未だに見つからないまま、
それでも懸命に被災地の生徒達のために
教育活動を行っている教師がいる。

私は彼に何も語りかけることはできない。
胸が張り裂ける思いを抱きながら
悲しむことしかできない。

母も家も失い、他県から親戚を頼って
岩手の高校に転校した生徒がいた。
教師たちがお金を出し、
住居や生活の支援をした。
迎える生徒達もその子を励まし、
部活動など共に活動する中で、
打ち解けあい仲間となった。

しかし、三カ月もしないうちに、
家庭の状況が変化し、
別の地に向かうことになった。

その子が学校を立ち去るとき、
生徒も教師も皆泣いた。
それは「別れの涙」ではない。
なぜ、その子は何もしていないのに、
こんなつらい思いをして
生きていかなければならないのか。

彼女の運命に対しての
やるせなさからの涙なのである。

このような幾多の凄惨な状況を前に、
時が解決するなどとは決して言えぬ。

その一方、時とともに着実に
ノー天気になっている最近の周囲の状況に、
私は今とても滅入っている。

それは、被災地支援という名目で
一発稼ごうというテレビのバラエティや
タレントなどの売名行為だったり、
政治家が「視察」の名の下に、
被災地で瓦礫をバックにピース写真を撮って
走り去っていく姿だったり。

そういえば、誰かの
「この津波を利用して日本人の積年たまった
我欲の垢を洗い落とす必要がある。これは天罰だね」
という発言に始まり、
京都の送り火問題や、
東海テレビの「怪しいお米セシウムさん」
そして、ネット上での
「東北の人間はこっちに来るな」
「何も持ち込むな」
「(甲子園で負けたチームは)早く帰って瓦礫を片付けてろ」
などという書込みが頻発されている状況を見たとき、
私は、東北人にとって忘れられぬ
過去のある言葉を想起せざるを得ない。

それは、あるビール業者の社長による
「仙台遷都などアホなことを考えてる人が
おるそうやけど東北は熊襲(くまそ)の産地。
文化的程度も極めて低い」
というあの熊襲発言である。

つまり「セシウムさん事件」も「送り火事件」も、
そして「ネットの書き込み」も、
すべて東北に対する差別と蔑視の
発露であると思えるのだ。

差別意識を秘めたまま、
スローガンだけの復興支援や慈善活動に対し、
私はあの天才ガロアのセリフを引用しようと思う。

「慈善だって?ぼくはそんな言葉は大嫌いだ!
貧乏人や不幸な人間を
金持ちの善良な衝動によりすがらせ、
金持ちに対する貧乏人の闘争意識を
殺ぎとるのが慈善だ。
慈善は国家の神聖な義務を、
個人のムラ気に置き換えるものだ。
斧を持ってこなけりゃ割れないようなパン、
また二日間も水に浸しておかないと
食えないようなパンを食っている家族は、
パリにはいく千あるか知れないよ。
そんな人々は、土間の部屋に
わらを敷いて住んでいるんだ。
部屋の空気は臭く、じめじめしていて、
どんな上天気でもうす暗いんだ。
君はそんな人々に、慈善と愛をもたらそうという。
めっそうもない!
彼らは憎しみを持たなきゃならないんだ。
憎悪は彼らの権利だ。
彼らの窮状を当り前だと思っているやつらを
滅ぼすのが、彼らの権利なんだ」
(「ガロアの生涯」Leopold Infeld 訳 市井三郎)

ガロアのとんがった、
ある意味鬱屈したメンタリティを
引き合いに出すのはどうかとも思ったが
「でくのぼう」と呼ばれても
静かに笑っているほどに
東北人は人が良すぎるのだ。

そんな現状ではあるが、いや、だからこそ、
私は、AMIはじめ、多くの方々からの支援や、
被災地の教育復興のための様々な行動に接し、
希望を持つことができた。

この震災後の今、人権を尊重し、平和と民主主義、
助け合いの精神の文化を創造することが
教育の使命である。
つまりそれは教育の側からの復興支援である。

しかし、その崇高な使命を果たすことは、
授業をノルマとして成立させるための
「術」を模索し奔走する教師や、
知の探究活動を時間の浪費と捉え、
教師の都合による大量の課題と、
直前のテスト対策だけに没頭するような、
思想性の無い薄っぺらな教師にできるものか。

今数学教師に必要なのは、
世界の情勢や、子どもの教育環境を
読み解く力を持ち行動すること、
利害を離れて、美しいものを美しいと
判断できる能力を持つこと、
数学を本当に楽しいと思っていて、
その楽しさを、生徒自らが体験し
発信する場を与えること、
子どもと向き合い、高い志を持ち、
授業の質を高める姿勢を持つこと、
などではないかと思う。

そういう意味で、
AMIのこれまで築いてきた理念と実践の集積、
そして優れた実践家達によるネットワーク。
これらは今後大きな力となるのだと私は感じている。

瓦礫撤去やインフラ整備により
街が復興していくのに伴って、
私たちは「思い」を風化させていってはならない。

子どもに豊かな教育と、心のケアを行うこと。
そして、差別や蔑視に毅然と立ち向かい
周囲の多くの人たちを巻き込んで、
スクラムを組んで乗り越えていく、
そんな力と勇気を与える「学び」を
子どもたちとともに行うこと。

私達が教育屋のはしくれであるならば、
そんな心の復興のための教育に
立ち上がらなければならない。

我々の出番なのだ。 
We shall overcome someday !

(2011年8月31日) 
AMI=数学教育協議会


 

無限の猿定理

あけましておめでとうございます。
昨年は大変お世話になりました。

毎年、年賀状にこむずかしいことを
書いている私ですが、
今年もやっぱりそうでした。

以下に、年賀状に書いた内容を
もう少し詳しく記しておきたいと思います。


無限の猿定理(infinite monkey theorem)」
をご存知ですか?

ランダムに続く無限の文字列の中には、
どんな(有限の長さの)文字列も含まれるという
数学の測度論に関する定理です。

例えば円周率はランダムな無限数列ですが、
2016年1月1日、つまり20160101という数列は、
63,502,852桁目から現れます。

「猿がランダムにキーを叩き続けた文字列の中には
シェイクスピアのハムレットさえも含まれる」
という例えによって示されることから
「無限の猿定理」と呼ばれます。

これをピアノで考えると、
ランダムに弾き続けると
どんな音階もその中に含まれるというわけですね。
(ただし単音で長さを考慮しないとする)

でも、実際は、猿にもクリシェ(手癖)
があるでしょうから、
決まりきったパターンしか
生じなかったりすると思いますが。


さて、この「無限の猿定理」を、
「能力」のメタファーとして考えてみます。
すると、猿は
「何にでもなれる可能性を秘めている存在」
と見ることができます。

そこに「学び」が行われることで、
デタラメさを乗り越え、
意味のある文字列(思考)が形成されていく。
それを「能力」というものかもしれません。

しかし、教師の過度な
「一方的教え込み」が行われれば、
教授者の期待に応えるだけの、
パターン化された列(思考)しか生成しなくなり、
結果、本来有していた自由な発想や、
自分で考える楽しさが
失われていくのかもしれません。


以上、幼少期のピアノの練習を
イメージしながら書きました。


今年もまた、教えること・学ぶことについて
いろいろと考え続ける年になりそうです。

本年もよろしくお願いいたします。


しもまっちピアノLT