高橋惇さんの出張授業

今日は、「旅する先生・出張授業」の
高橋惇さんが来校し、
3年生2クラスの生徒に
授業を行ってもらいました。

昨日、私と話をするだけ、
ということで本校にいらっしゃった
高橋さんですが、
彼の真っ直ぐなところに惹かれ、
急遽、授業を調整して
実施をしてもらいました。

彼は、この4月に広島を出発し、
これまで、16もの道府県を、
各地10日ほどの滞在で回り、
今、岩手に到着したのです。

しかも、今回は2回目の日本一周
ということで、
その体力と気力に脱帽するばかりです。

彼の話の内容をここでいうと
ネタバラシになるので、封印しますが、

生徒が社会に出るにあたり、
今がいかに大切か
という気持ちにさせられる、
心に響く内容でした。

そして、彼の鉄板ネタには、
感動で胸が熱くなりました。

この出張授業を聴いて、
私は3つのことを感じました。

一つは、経験からの言葉は、
力強くブレがないということです。

たった一人で、所持金も無い中、
日本を自転車で駆け抜けるという、
誰もができないことを
やり切ったことからくる言葉は、
自信に満ち、人を説得し、
勇気づける真の力を持つということです。

二つ目は、今回の授業は、
もちろん生徒のためであると同時に、
彼にとっての生きる意味を
見つける場でもあるということです。

彼は、自分の未来を充実させるため
「今」を全力で駆け抜けています。
今回の授業もそんな彼の全力の
「今」を見せる場でもあるわけです。

私は、彼が、日々を必死で生きている
後姿こそが、恐らく誰もが真似のできない、
キャリア教育の確固たる
教材になっているのだと思いました。

「コンテンツとしての生き様」
とも言えるのかもしれません。

三つ目は、彼の行動は、一見、
自転車での孤独な一人旅に見えますが、
本当は、
人との出会いの旅だということです。

いろいろな人の出会いの中で、
互いに与え与えられる
関係が築かれている。

そして、一期一会の「点」の出会いが、
ある日突然「線」となる。

そんな、人との出会いの面白さ、感動、
美しさ、尊さのようなものを感じました。


今日の本校生徒との出会いは、
点の出会いですが、
もしかしたら、
いつか線となるかもしれませんね。

高橋さん、お気をつけて。

ネタを損なわない範囲でのショート動画です。




 

大野木工球体スピーカー

今日、佐々木工房の佐々木さんから
電話がありました。

以前お願いしていた、大野木工の
球体スピーカーが完成したとのこと。

ボディだけでなく、ユニットや
アタッチメントも装備してくれました。
この工程まで行ったのは
初めてとのことでした。

やった!

ずっしりとしたこの質感、存在感。
インテリアとしても素敵です。

パワーはボックス型の
3倍から4倍とのことです。

早速、音楽室に持って行って
アンプにつなげ試聴。

チェットベイカーの枯葉のCDがあったので、
かけてみました。
パワーはもちろんですが、
ボリュームを低くしても、
それぞれの音域がはっきりと響きます。

後ろのダストから低音が抜けます。
自宅に持って行って
早くこれでレコードを聴きたいなあ。

文化祭に、これを展示したいと思います。
きっと、「目玉」になると思います。

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旅する先生・出張授業

昨日はケイティさんのことを書きましたが、
洋野町のイノベーターといえば、
やはりこの人、麦沢忠美さんですね。

私が赴任した早々、
彼のブログ「岩手県洋野町発信」を見て、
速攻で電話をして、
大野高校まで来ていただきました。

彼は、パソコントラブル対応・各種セットアップ・
HP制作などのPC関連の仕事をしていて、
種市高校や大野小学校など、
多くの学校のHPの作成を手掛けています。

そして、
洋野町のイベントに必ずこの人あり!
という凄い人物です。

彼は、毎日、洋野町の魅力を
全国に発信するため、
洋野町全域を日夜取材に歩いています。

彼のブログを追いかけていると、
洋野町で今日何があったかが
すべてわかると言ってもいい程です。

そんな麦沢さんが、今日、
「旅する先生プロジェクト」で、
自転車で日本一周旅行中の、
高橋惇さんを連れて、私を訪ねてくれました。

高橋さんは広島生まれ
神戸育ちの爽やかな青年です。

今年は4月に広島を出発し、
岡山→兵庫→大阪→和歌山→奈良→滋賀→
福井→石川→富山→長野→新潟→山形→
秋田→青森→北海道と、
50キロもの荷物を自転車に積んで
旅をしてきたとのこと。
そして、各都道府県に10日間滞在し、
学校をまわってキャリア教育の講演や
授業を行っているのだそうです。

昨日、彼は岩手に到着し、
10月6日まで滞在し、
そして、宮城→福島・・・と再び各県をまわり、
12月26日にゴールの沖縄に入るようです。

そんなわけで、本校に出前授業の
オファーで訪問されたわけです。

突然のことで、難しかったのですが、
彼の爽やかな佇まいを見て、
何とかしようと思い、関係の先生方にお願いし、
急遽、明日3年生の授業に
乱入してもらうことに決定しました。

明日の11時からと13時40分からの
50分2コマ彼が出前授業を行います。

全国を自転車で旅をしながら、
どんなことを感じてきたか、
生徒にどんなメッセージを伝えてくれるか
とても楽しみです。

授業は公開しますので、
気になる方は、どうぞおいでください!

彼のホームページはここです。
「旅する先生プロジェクト」

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つなぐ力

私は、大野の地に4月から住み、
高校再編の問題に直面し、
最初はどうすれば多くの生徒を
高校に集められるかばかりを思案していた。
それが高校の存続であると思っていたからだ。

しかし、生活するうちに
だんだん考え方が変化した。

大野高校が存続するということは、
地域が存続することである。
そして、地域が活気づくことは
大野高校が活気づくことでもある。

つまり、大野高校の存続を考えることと、
地域の存続を考えることは等価である。

数学的な言葉を使うと、両者は
同値な命題であるということである。

何を今更と思う方もいるかもしれないが、
それが今、
私がたどり着いた正直な思いである。

そして、その議論の中心となる
子どもの存在とは何だろうか。

彼らは、学校や地域の存続のために
あるのではない。

それは根本を見失った考えだ。

本当は、学校や地域が、
子どもの未来のためにあるということだ。

では学校は地域創生のために何をすべきか。
そして、自分は何ができるか。

そんなことをぐるぐると考えている私に、
力を与えてくれた言葉があった。

それはボブ・スティルガーの
「未来が見えなくなったとき、
僕たちは何を語ればいいのだろう」
に述べられている次の言葉である。

●あらゆるコミュニティは
 リーダーにあふれている
●問題が何であれ、コミュニティ自身が
 答を持っている
●自助と相互依存が共に機能する
●人は自分がほしい世界を生きる必要がある、
 今からすぐに
●誰も待たなくてよい。
 我々は多くの資源を持っていて、
 今すぐ物語を動かしかけている
●最もペースの遅い人に合せて歩く。
 ささやき声でさえも聞き分けながら
●明確な方向感覚、それからエレガントで
 最小限の次のステップ
●一度にひとつずつ進める。
 歩むことで道を創りながら
●好奇心と、敬意と、寛容さをもって。
 お互いに出会う
●ローカルな仕事は世界の同様の仕事と
 つながることで進化し、
 社会的変容を生み出す

この言葉に私は勇気をもらった。

地域創生のためにすべきことは、
行政や当局の指示を待つ、不満を言う、
資金を要求する、などではない。

自分の足元、半径数メートルを見つめて、
そこから行動を起こしていくこと、
あるいは身近に確実にいる
リーダーやイノベーターの存在に気づき、
彼らと連帯することから始めるべきではないか。

そうした気持ちで周囲を見てみると、
この洋野町というに地は、
実は、着実に歩を進め、輪を広げている
リーダーに溢れていることに気付いた。

その注目に値する人物の一人が、
ケイティさんこと宮本慶子さんである。

彼女は、横浜生まれで、
岩手とは縁のない人であるが、
3.11後、いわて復興応援隊に応募され、
沿岸の地での復興支援活動後、
2012年10月に洋野町にやってきて、
現在広野町役場に勤務されている。

彼女は、「ひろのだより」という
地域密着型ブログを毎日更新されるとともに、
FBでも日々の取材の様子を発信されている。

その発信力の素晴らしさに目が奪われるが、
実は彼女の凄さは、
「受信力」と「つなぐ力」であると私は思う。

毎日、洋野町の津々浦々に足を運び、
各種イベントなどを通して、
そこに生きる人々の生活風景を切り取り、
発信し、輪を広げていく。
それは人や地域をつなぐ活動である。

場所を超えた子どもたちどうしを、
大人と子供を、地域と学校を、
そして種市と大野を、
笑顔でつないでいくのである。

まるで分身の術を使うかの如く、
毎日、いろいろな場所に出没し、
取材し、受信し、発信し、そして、つなぐ。
とっても楽しそうに。

横浜市民でありながら、
洋野町民より洋野町をよく知り、
洋野町をこよなく愛している。
私は今、そんなケイティさんと連携することで、
きっと新しい何かを生み出すことが
できるのではないかと思っている。



「ひろのだより」9月27日には、
本校が10月下旬に行う地区懇談会の
記事を取り上げていただきました。

是非ご覧ください!

ひろのだより・地区懇談会





 

帯島小学校の訪問

今日は、帯島小学校を訪問して、
地区懇談会のアピールをしてきました。

帯島小02
日時計が綺麗です。

帯島小の中村校長先生は
盛岡三高の同窓生で、
野球部のエースだった方です。

因みに、夕方は、
大野中学校を訪問したのですが、
大村校長先生も三高の後輩。
大野には盛岡三高の卒業生が
たくさんいて心強いです。

帯島小学校の元気な子どもたちが
掃除をしていました。

帯島小01

床がピカピカになるまで、
それは本当に、一生懸命磨いていて、
その姿に感動しました。

「トイレにはそれはそれはキレイな
女神さまがいるんやで
だから毎日キレイにしたら
女神様みたいに
べっぴんさんになれるんやで」

というフレーズが思い浮かびました。

帯島小学校では我らがPTA会長も合流。

学校の傍にある、
会長の経営される鶏舎も
見学させてもらいました。

長川会長鶏舎


とてもクリーンで近代的な鶏舎に
びっくりしました。

今夜ここでスーパームーンの
写真を撮影するそうです。

彼のブログが楽しみです。



 

マインドセットとAL

確かなICT技術をもって、
アクティブで斬新な発信を
続けておられる、
山口県立萩商工高等学校の先生である
松嶋渉さん。

彼は、私がリスペクトする
イノベーターの一人です。

そんな彼から、昨日の私のFBの記事に
「教師のマインドセットが改善されないまま
形だけやっても効果が少ない」
というコメントをいただき、
我が意を得たり、と膝を打ちました。

そこで、今日も、昨日の続きで、
宮城県の校長研修の内容から
マインドセットについての話を
とりあげたいと思います。

■基礎力のない生徒にはALはできない?
ALのような、教えあいや
協働型問題解決を行うような授業は、
高いレベルを生徒に求めるので、
基礎力のない生徒にはできない、
という声をしばしば聞きます。

「AL型授業を語る前に
まず教科書で基礎・基本を」、とか、
「基礎学力の低い生徒は、
板書をしっかりノートにとる、
いわれた課題を繰り返しこなす、
などという授業を行うしかない」
という教師もいます。

であれば、教科書を用いて基礎基本を教える場面を
AL型にできないか、と突っ込むと、
それは、理想論であって、実際の現場では無理、
という言葉が返ってきて、以下話が伸展しません。

それならば、
私はもっと理想を語ってみたいと思います。

今述べたようなALにつての考え方を、
図で表してみます。

基礎力がないとALできない01LT

生徒に、基礎・基本ができることで、
互いに話し合うような基盤が形成され、
そのような生徒達が準備されて、
ようやくAL型授業が行えるということなのですね。

すると、つまりALとは、
そのように「仕上がった」生徒達の前に、
教師が六方踏んで登場し、
パフォーマンスしてみせることなのでしょうか。

これは、あまりにも教師の都合による
考え方なのではないでしょうか。

厳しい言い方をすると、
そこには、生徒ではなく
教師が安全な場所に身を置きたい、
自分のペースで生徒をコントロールしたい、
という教師のメンタリティが感じられます。

そして、そもそも、
基礎・基本を身につけることからでしか、
「表現する力」や「他者と協働する態度」は
生まれないのでしょうか。

そう考えると、「学力と階層」(苅谷剛彦.2008)
「ハイパーメリトクラシー化」(本田由紀.2005)
などという言葉が思い浮かび、
滅入ってしまいます。

それでは、巷で言われるところの
「低学力層」の人間は、
ひたすら言われたことをやれ、
協働の学びなんて危険でもってのほか、
ということになってしまうではないですか。

今、ALは大学に進む生徒、
日本の未来を背負う子どものために
という文脈で語られることが多いですね。

私は、そうやって国の戦略として
ALが推進されるならば、
そこに大きな疑問と危機感を抱かざるを得ません。

高校からすぐに社会人になる生徒、
偏差値は低いかもしれないが、
日本を支えてくれる静かなマジョリティである
彼らにこそ良質のALを提供すべきだ
と私は強く思っています。

■ALでマインドセットを整える
そこで、先ほどの図の逆向きを
考えてみたいと思います。

基礎力がないとALができない02LT

つまり、AL型授業の役目は、
図に示すように、
生徒のマインドセットを形成すること、
でもあるとしたいと思います。

ここで、今、文科省の高大接続部会
などで言われている、

「主体性」「多様性」「協働性」

という言葉に注目したいと思います。

これらを、AL型授業で育てるということですが、
そこで問われるのは、
生徒の「主体性」「多様性」「協働性」、
生徒の「関心・意欲・態度」は、
AL型授業というパッケージ化された
一つの(魔法の)手法によって、
息を吹き込むことができるのだろうか
ということです。

私は、生徒に求めるのであれば、
同時に、教師の「主体性」「多様性」「協働性」、
教師の「関心・意欲・態度」、
つまり、教師のマインドセットが
非常に重要なのではないかと思います。

基礎力がないとALができない03LT


つまり、ALとは、AL型授業と
教師のマインドセットを
合併したものと考えたいのです。

あるいは、教師と生徒が、
学びの場の中でマインドセットを共有し、
醸成していくということも
あるのではないかとも思います。

基礎力がないとALができない04LT

■マインドセットは「不易」
私があちこちでALの講演会で
このような話をすると、

講演後、
「もう自分は教員やっていられない」
「大変な時代になった。
もう自分は身を引くしかない」

などという言葉を耳にすることがあります。

こういう話を伺うと、自分は
「上から目線だったよなあ」と
ひたすら自己嫌悪に陥ってしまいます。

でも、考えてみると、
確かに昔はマインドセットという言葉こそ
使わなかったけれど、
教師が学びの専門家として見識を持つことは、
ごく普通のことだったのではないでしょうか。

もちろん、時代が変わる中で、
その見識の中味も変容しているわけですが、
そういう心構えを持って教育にあたるというのは、
古今東西変わらぬ、むしろ教育の
「不易」の部分ではなかったのかと思うのです。

だから、ALをスケープゴートにして
教師がマインドセットを整えることから
距離を置くことはフェアではない。

そして、最後に、蛇足ながら。

ALの流行とともに、
マインドセットが抜け落ちて、
AL型授業だけが、はい回っていくことへの
懸念も表明しておきたいと思います。


 

宮城県高等学校・特別支援学校長研修

昨日は、宮城県総合教育センターで、
宮城県高等学校・特別支援学校長研修
が行われ、

「育てたい生徒像に基づいた
学校ぐるみで行うアクティブ・ラーニング」

という演題で2時間ほど講演をいたしました。

悉皆研修(全員対象の研修)
ではなかったのですが、
私学も併せて、80名を超える
宮城県内の校長先生が参加され、
ALに対する関心の高さを実感しました。

pptスライドを、資料として
配布しませんでしたので、
参加された先生方には
不便をかけてしまいました。

昨日、センターの所長が
私のブログを紹介されましたので、
参加された先生方で
このブログをご覧になっている方も
いるかもしれません。

そこで、昨日の内容を思い出しながら、
少しだけ説明したいと思います。

次のような流れでお話をしました。

CP.1 学校としてALに踏み出す前に
CP.2 ワーク 「生きる力」とは?
CP.3 ALと評価
CP.4 組織化のために
CP.5 盛岡三高の実践より
CP.6 動画で語るAL

この中の、冒頭のCP.1から
一部を取り上げたいと思います。

■ ALとキャリア教育は似ている?
ALとキャリア教育を概観すると、
その構造の類似性に気が付きます。
それは、例えば次のような部分です。

・どちらも定義が漠然として汎用性が低い。
 つまり、ある定型の手法が存在し、
 どの学校もそれに従って行っていけば
 うまくいくというものではない。
・何のために働くかを突き詰めて考えることが
 キャリア教育だとすれば、
 なんのために学ぶかを突き詰めて
 考えることがALともいえる。
・ALもキャリア教育も、成果が見えにくいため、
 目標設定を生徒の出口での実績
 という方向にしてしまいがち。
・ALもキャリア教育も、国や県教委の肝いりで
 トップダウンされている傾向がある。
・ALもキャリア教育も学校から仕事への
 トランジッション(移行)を目指すものである。

このことから、キャリア教育が学校現場で
どう位置付けられ、
活動が展開されているかを知ることで、
ALが今後どのように定着するかの展望が
見えてくるのではないかと思います。

今、キャリア教育が、
形だけの取組になっている学校も
多く見られることを考えれば、
ALについても同様のことが懸念されます。

形だけの取組を、
「例年通り」「前年踏襲」という
思考停止の状態で行われることは、
効果が期待できないだけでなく、
多忙化や疲弊感を生む温床にもなります。

学校現場では、ALもキャリア教育も、
あるいは、いじめ問題や教育の質向上の
取組にしても、
学校内部に横たわる問題を、
「学校外部の力」によってメスが入れられ、
トップダウンで進められる
という流れがあります。

実は、そういう他律的なシステムが、
特に公教育の、前年踏襲型で内向きの
教育活動に拍車をかけているとも思えます。

大切なのは、
自分たちの学校の実態を直視して、
自分事としてALを語り、
その輪郭を描いていくことではないかと思います。

盛岡三高の参加型授業が
他県からも高い評価を得るほど
軌道に乗ることができたのは、
それが未履修問題に端を発し
「生徒に時間を返す」という
三高改革に進んだという、
いわば、内発的な動機からの行動、
つまり「自分たちの意思でALを創る」
「自分たちの言葉でALを語る」という
ボトムアップのムーブメント
だったからではないかと思うのです。

ですから、ALの推進の機運が高まる今、
トップダウンに委ねるのではなく、
各学校が
「育てたい生徒像にもとづく学校ぐるみのAL」
を展開することが、
ドラスティックな社会の変化に対応する
未来型の教育を築く
一歩になるかもしれません。

■ 組織の構図
今、私が感じている学校組織、
あるいは全国の教師のALへのスタンスは
次の図のように4つあるように思います。

組織の構図LT

私は、今、Dに属している人たちと
全国的なネットワークで交流しています。
そんな彼らに、
「ALの目的は」という質問をすると、
次のような答えが返ってきます。

・主体的に学び続ける生徒を育てること
・アクティブラーナーをつくること
・生徒のマインドセットを整えるため
・社会と学校を結ぶため
・知識・技能だけではない学力をも評価するため
・一元的な価値観により序列化をするのではなく
 多様な価値観を認め、他者と共存するため
・グローバル社会・共生社会に生きるための
 マインドを身につけるため
・学校を安心と安全の学習の場にするため


一方、Aに属するグループ、
つまり、旧パラダイム型の先生方に、
ALについてのイメージを問うと、
だいたいこんな言葉が返ってきます。

・それはことさらALと騒ぎ立てなくても、
 昔からやっていることだ。
・ALのような賑やかしのような授業では
 学力が伸びない。
・そもそも授業は優れた先生が教え、
 それを生徒が真面目に静かに聴き、
 学ぶことである。
・ALは所詮一時的な流行である。
・基礎基本を身につけないとALはできない。
・教師はますます多忙化する。
・意欲や態度を評価するのは傲慢。
・学びは個のものであり、
 グループ活動は効果がない。
・ALを推進するものは教育の
 「流行」を求めている。
 私は「不易」を大切にする。


Dのグループは、生徒目線に立ち、
現在の教育に問題意識を持つ中で
未来型の教育を目指そうとしています。

一方、Aのグループは、生徒目線ではなく、
どちらかというと教師の都合や、
過去の資源を守る視点に
立っているように思います。

ポジショニングが相当違うわけですね。

それぞれの意見にコメントする前に、
私は、組織内にそのような二者が
存在していくことに
不安を覚えてしまいます。

それは、今後、「上から」ALが
推進されていく中で、
Dグループの教員がクローズアップされ、
結果としてAグループの集団が疎外されたり、
あるいは、対立が起こったりすれば、
そもそも学校として教育成果をあげることは
難しくなるのではないかと思うからです。

■ 未来型学校への発達段階
ここで、「未来型学校への発達段階」
という構図を考えてみました。

まず図①は、マネジメントが入っていない、
いわゆる昔の(古き良き?)学校です。

未来型授業の発達段階①LT

いろいろな教師が、個性に従って
様々な方向で生徒を指導します。
教師は「一国一城の主です」

確かに、学校における教育成果は、
生徒の能力や主体性と、
教師の個の力量に依存します。

しかし、学校とは社会的なものであり、
社会に対して成果をもたらすもの
とされている今、
このような教師の個の力量の集積
に頼る教育は限界があります。

私見ではありますが、このような組織では、
「学び」「授業」という面での
教師間の連携が薄く、
教師の授業は、
自分が高校時代に習った先生の手法や、
自分のパーソナリティを過信するような
教え込みが多く見られると思います。

次に図②です。

未来型授業の発達段階②LT

これは多くの進学校や
「文武両道」を標榜する学校に
見られるパターンです。

基本的に学校としての教育成果を
大学合格実績
(東北では国公立大合格者の実数が
モノサシになることが多い)
に求めているので、
それに向かうベクトルが働きます。

このような中、
生徒に過剰の課題を与えたり、
模試対策中心の学習、
教科書を早く終わって
問題演習を繰り返す授業が
行われがちになります。

また、部活動を生き甲斐とする
教員との対立もしばしば起こります。

このような中、実績が上がったとしても、
生徒は疲弊し、
学び続ける力を
殺いでしまうことも考えられます。

最後に示す図③は
未来型の組織と私は考えます。

未来型授業の発達段階③LT

大切なのは、教師個々の自立性・創造性を
損なわない方向でマネジメントが
行われているということです。

そして、教師同士が「学びのエキスパート」として、
教科を超えて繋がりあう関係が築かれます。

その中で、「学校が目指す生徒像」や
「社会にでるためのトランジッションの意識」
などを全体が共有し
教育活動を行うというものです。

盛岡三高は、歴代校長のリーダーシップと
リレーションによって、図②型の組織から
図③型に変化しようとしてきた、
ということが言えるのではないかと思います。

ここで、ボブ・スティルガー氏が用いる
2つのループという図を紹介します。

2つのループLT

青い曲線は旧パラダイム型の
授業の流れを示します。

今、そこに限界が見え始め、
下降を辿っています。
そのような中で、
行動を起こしている人たちが出始めています。

彼らは孤軍奮闘したり、
あるいは、学校を乗り越えて
繋がりを形成しているかもしれません。

そして、今まさに、
ALを基本装備とする
新しい学びのパラダイムが
後押しされています(赤い曲線)。

このような中で、
校長はどのような立ち位置で
マネジメントすればよいでしょうか。

そもそも、校長は旧パラダイムでの
「勝ち組」なので、
旧パラダイムに留まり続けようという
彼らの意思を理解できるはずです。

そして、一方、
ALを実践していこうという教員に
尊敬の念を持ち、彼らに敬意を示しながら、
しかし、形式に流れるだけの
「はい回るAL」や
「教材研究よりも教育方法に熱を上げる」
といった方向に流れないように、
支援することが必要です。

つまり、校長は、旧パラダイムと新パラダイムへの
橋を架けるポジションにいることが
必要ではないかと思うのです。


少々長くなってしまいました。
とりあえず今回はこんなところで。


最後に、まとめとして述べたことを
スライドで提示しておきたいと思います。

学びの質の転換のために校長が行うこと





 

スタミナミタス料理

今日、仙台からの帰りの電車で、
不覚にも爆睡!

盛岡駅で停車中、
私の後に座る人に指摘されて、
慌てて降車しました。

あぶねえあぶねえ。
八戸まで行ってしまうところでした。

そういうわけで、今日は疲れていたので、
夕食ではニンニクスープを作りました。

ニンニクのスライスを、
オリーブオイル少々で
こんがりきつね色になるまで
フライパンで炒めます。

そして、本日「伊達の牛たん本舗」
で購入(6袋も買いました)の必殺、
牛テールスープ(レトルト)を
鍋であたためたら、フライパンに投入。

牛テールスープ

ジャーっといういい音と、
香ばしい匂いが立ち上ります。それを鍋に移し、
かきたまにして、火を止めてから、
大量の白髪ねぎをモサっと入れてできあがり。

20150925-02スープ

身がたっぷりついた鯛の頭が
スーパーで250円で売っていたので
これを塩焼きに。

20150925-01鯛のお頭


安くて、芯まで温かくなるメニューです。


 

自然現象や社会現象に現れる一様倍変化法則

8月23日に名古屋、24日に横浜で行った
数学の授業から、対数方眼紙を用いた、
自然現象や社会現象に現れる
一様倍変化法則についての
授業を紹介します。

2日間とも、数学科教員だけに対する
授業ではなかったので、
できるだけ数式の計算などは回避して、
ALのエッセンス的な部分を強調しました。

最終的に、公民(政治・経済)との
コラボを見通した内容になっています。

では、その大雑把な内容を紹介します。

活動① グラフをかく
まず、本時の大きな目標を

「教科書の中だけにあると思っていた
数学やその定理を、
日常の中に見つけ、活用する」


と設定し、

「もし、皆さんがそういうイメージを
持てたとすれば成功、持てなかったら
すべてそれは私の責任」
と宣言してスタートしました。

では、最初の活動です。
1965年から1984年までの、
汎用コンピュータの実働台数と、
国民所得のデータを
グループ内で協力して作成し、
どのような傾向が見られるか
話し合い、考えてもらいます。

●データ
対数方眼紙授業データ

●作成されるグラフ
生のグラフ

対数授業写真03

このグラフからでは
傾向が際立って見えてきませんね。

活動② 常用対数の定義
対数という言葉が浸透されていなかったので、
最初に、
「対数とは、めっちゃ大きい数を
手頃で扱いやすい数に対応させること」
と大雑把に説明しました。

そして、ここでは、オウム貝のような、
動径が一様倍変化するシェーマによって
対数を定義することにしました。

対数授業オウムガイの図

taisu.png

上図のように、1回転すると
半径が10倍に一様倍変化する
対数螺旋を考えます。

半径が r のときの回転数を
log r
と定義します。

r=1 のときは0回転なので log1=0
r=10 のときは1回転なので log10=1
r=100 のときは2回転なので log100=2
ですね。

r=2 のときは、図から、
回転角がだいたい108°なので、
回転数は 108/360=0.30 回転。

つまり、log2≒0.30 と見ることができます。

同様に、r=3 のときは、
回転角がだいたい172°と読めるので、
回転数は 172/360≒0.48 回転です。

つまり、log3≒0.48 と見ることができます。

動径が、0.30回転したあと、
更に0.48回転すれば、動径は、
2倍して、それを3倍するのですから
6倍になりますね。

つまり、0.30+0.48=0.78回転で
動径は6倍になるということなので、

log6=log2+log3=0.78 が言えます。

ここが、「数学的な見方考え方」
の部分で、数学科以外の先生方には
少し難しかったかもしれません。

対数授業写真01

活動③ 対数方眼紙の利用
y=f(x)という関数が指数関数であるとき、
g(x)=logf(x) とすると、
g(x)は一次関数になります。
ということは、ある現象が
指数関数に従うかどうかを調べるには、
対数をとった関数が直線になっているかを
みればいいことがわかります。

このとき、最初からy軸の目盛を
対数目盛りに歪めたグラフを作っておけば、
常用対数をいちいち調べる必要はなくなります。

taisu-01.png

taisu-02.png

このような原理で作られた対数方眼紙に
先ほどのデータをプロットし、
グループで話し合います。

対数授業写真02


グラフは次のようになります。
taisu-03.png

両者とも1974年で傾きが変化する
折れ線になることが見て取れます。

グループでの話し合いから、
PCの実動台数も、国民所得も
指数関数に従った現象であることや、
1974年を境に成長率が低くなっていること、
つまり1974年に何かがあった、
ということが出されます。

対数方眼紙グラフ

活動④ 公民の先生との対話動画
最後に、大野高校の佐々木先生と
事前に共同で作っていた
動画を観てもらいます。(約5分)



彼の話の中から、
次のような学びを得て終わります。

オイルショックの全体図

<授業を終えて>
この授業の中心である
「国民総生産とコンピュータの実動台数」のネタは、
東大名誉教授で情報数理科学の
パイオニアである森口繁一先生(1916~2002)
から教わったものです。
数学セミナーにも掲載されたことがあります。

授業のポイントは3つあります。
一つは、対数法則を「オウム貝」の一様倍変化性
を使って定義したところです。
この方法を水源地にすることで、
対数の様々な規則が自明となります。
尚、この詳しい説明は、
拙著「つながる高校数学」(ベレ出版)
にあります。

二つ目は、対数方眼紙の効用についてです。
世の中には指数関数で表される現象が多いこと、
そして、対数方眼紙上では
指数関数が直線として表され、
その傾きが指数関数の底に対応している
ことがポイントです。

普通のグラフ用紙と対数方眼紙の
両方にグラフを描くことで、
対数方眼紙の良さが
実感できるのではないかと思います。

三つ目のポイントは、グラフから
社会情勢の変化を読み取る部分です。
1974年を境に、グラフは
折れ線になっていることがわかるので、
1974に何が起こったかの議論に進みます。

ここで、事前に、
本校の佐々木教諭との対話の動画を
準備しているので、
満を持してそれを観てもらいます。

オイルショック前後の一連の歴史は、
まさに現在の中東問題にもつながるので、
様々な授業に展開しうるのではないかと思います。


【授業の一言コメントより】(港北高校)
● 自然現象だけでなく、社会現象も
  数学で解析できるのですね。凄い。
● 社会現象を対数で考えることの
  発想は素晴らしい
● 数学の内容が実際の物事の中に出てくる、
  利用されていることを伝えることができる
● 扱うデータが実社会のもので興味深く、
  分析を社会科教員に協力してもらっていた!
● 対数って実生活と関係していることがわかった。
  世の中のことを知らないとだめね。
● 国民所得とPC台数など実生活の話題から
  対数グラフの良さを学んだ
● 社会現象が数学で表されることを
  生徒にグラフを描かせることによって
  気づかせるという部分が非常に面白い。
● 数学で対数は、計算操作ばかりに
  目がいってしまうけれども、
  社会経済の点で見ると、
  しっかり活用されているのがわかってよかった
● 数学を通して世の中の事象、
  自然現象などを解き明かす面白さ
● 数学的に表現されたグラフで
  オイルショックが現れたところがびっくりでした
● 生徒、生活に関連付けて授業を
  展開していくという点は良かった
● 今学んでいることが、
  現在何に使われているのか、
  将来どう関わる可能性があるのか
  わかるような気がする

● 対数法則を図で説明することで(オウム貝)
  理解しやすくしていた。
● オウム貝の模様をもとに
  対数の概要を興味深く説明
● 対数そのものの説明がわかりやすかった
● 対数(関数)の見方には他にもありますが、
  今回の回転する半径の角度で考えるのは
  初めて知りました
● 対数とは何かをとてもわかりやすく
  伝えてもらえた。
  高校生の時は理屈がわからず学んでいた。
  だからすぐに忘れてしまった。

● 伸び方の変化をつかむのに
  対数グラフは使えると思った。
● 社会に出たときに
  データ分析など大変役に立つ
● 対数グラフが折れ曲がるってことを
  気づく人がいるということに
  気づかされたことがよかった
● 指数関数が社会現象の
  ターニングポイントを示してくれたことに驚いた
● 通常のグラフと対数方眼紙とを対比
  することで指数の見方がわかり易くなった
● 物事は一つの視点ではないことがわかった

● 都市解析論の授業を久々に思い出しました
● 他教科との繋がりを意識している
  →学校全体のモチベーション
● 経済成長とPC台数の対数グラフを
  描くことで公民につながることが、
  教科を跨いだ取組事例としてわかりやすかった。
● 数学の時間に数学の学習内容を
  身近に感じられるような題材を利用し、
  かつ他の教科の学習内容を含むとは驚きです
● 一つの科目の中だけで留まらずに、
  他教科との横のつながりも考えていくと
  世界が広がっていき、数学が苦手な
  生徒にも興味を持たせることができる
● 社会の先生や他教員の解説や知識によって
  「なるほど」という気持ちになる
● いいね♪数学から他教科に広がるのは楽しい
● これから求められる教科横断型になっていること。
  様々な学びがある

 

一日体験入学

大分前の話になってしまいましが、
8月26日の午後から、
大野高校の一日体験入学が行われました。

この日は、午前中に高校再編関係の出張が
久慈市でありましたが、それを終えた後、
大急ぎで高校にもどり、
ぎりぎりでダッシュで、
冒頭の挨拶に間に合いました。

大野中学校の3年生だけでなく、
近隣の多くの中学校からの
参加もあり大変嬉しかったです。

あちこちを駆け回りながら、
少しだけ、動画を撮影することができました。

本当はまだまだ紹介したい
場面があるのですが、
とりあえず、今ある素材で
1分半ほどのダイジェストビデオを作りました。

ご覧ください。



大野高校では、
遠距離から通学する生徒の交通費の補助も
更に充実させていきたいと思っています。

 

ショウガスープでしゃぶしゃぶを

昨夜、一人夕食だったので、
何を食べようかと、
ふらふらと近所のスーパーに
買い出しにいったら、
肉のたっぷりと付いた豚骨が
357gで何と169円!
(169は13の2乗!関係ないけど)

そこで、これでスープをとって、
しゃぶしゃぶにしようという
案がまとまりました。
(自分の中で)

たっぷりのショウガとともに煮込んで、
せっせとアク取りをし、スープを濾して、
唐辛子、ニンニク、砂糖、醤油などで
薄く味付けします。

9月21日の夕食LT

しゃぶしゃぶ用の黒豚をスープにくぐらして、
針ショウガや白髪ネギを巻き、
さらにそれをレタスで巻いて食べます。

美味い!出しをとった豚骨の
まわりの肉がこれまたグッド!

ショウガスープ+ネギのしゃぶしゃぶは、
身体も温まり、滋養強壮にもなると思います。

ま、ビールを飲んでチャラですが。



 

1人ワールドカフェ

現任校に赴任した4月に、
自分がこの1年で
やるべきことを整理するために、
一人寂しく!
付箋紙ワークショップをやりました。
ハーブティーを飲みながらやったので、
一人ワールドカフェ、
なんつって。

その成果物がこれです。
一人WCLT

下段から上段に向かって作成します。
まず下段に、学校と地域の実態、課題、
特長などを網羅します。

そしてそれを踏まえて
5つの目標を立てました(中段)。
これは、学校の目標ではなく、
あくまで私の個人目標です。

・大学進学対策の充実
・基礎学力向上
・地域と連携した教育の推進
・新しい少人数教育の模索
・発信力の育成・活動のアピール


その目標を達成するために、
どんな方策を行うかについて
上段にまとめます。

・授業の充実
・発信する
・外部との連携


という3つのジャンルに分けてみました。

そして、9月の段階で、
それぞれのジャンルに対して
これまで具体的に取り組んできたことを、
吹きだし型の付箋に書いて貼りました。

結構いろいろなことをやりました。

A4の紙に作ったので、
貼りきれなくなってしまいました。

いつもこんなことをしているので、
もう何年も周りから
「暇だね」「好きだね」
とよくいわれてきました。

「仕事なのにそんなに遊んでいていいのか」
的な厳しい言い方をする人もいました。

アソビながら仕事をすることが
モットーなので・・・。

そんなことを言うと、火に油。
また叱られそうですね。

では、少し真面目なことも書きます。

校長は学校経営計画を立てる場合、
それは、どのような手順で
行わなければならないでしょうか。

学校経営計画とは、校長の見識を基に、
多様な人の知を結集することで、
学校の基本ビジョンとして構成することであり、
そして、それを具体化することで、
教育活動が充実していくことが期待されます。

しかし、学校現場を見て、
これまで感じたことは、

①前任校などでやってきたこと
②前年踏襲、例年通り

というパターンで
計画が立てられるケースが
多いのではないかということです。

まあ、それを全面的に否定する
わけではありませんが、
ゴールにたどり着くためには、
まずは、いくつかの「理解と把握」
から出発する必要があるはずです。
それが「見識」につながるはずです。

例えば、私は、次のようなものを
「理解・把握」の基準にしています。

①現在の生徒の実態
②学校が直面している課題
③保護者の期待と要望
④学校の歴史・沿革・カリキュラム
⑤国や県の方針・法令
⑥学校を取り巻く多様な教育資源
⑦現代社会・国際社会が要請する人材やスキル
⑧社会の動向と学校が社会に果たす役割
⑨人間らしく生きるための哲学
⑩未来の教育の姿


これらを踏まえたうえで、職員、地域、保護者、
他校などと対話や相談、情報交換を繰り返し、
カリキュラムの編成や、
分掌・学年・教科の重点目標が
具体化していくわけですね。

私は、その際に、
従来の予定調和の会議ではなく、
ワールドカフェやOSTなどのスタイルの
セッションを行って
マップを作る活動を行うことを
提案したいと思います。

(もちろん本校でも
実現していませんが)

そうすることで、やるべきことが可視化され、
全員の「やるぞ!」という一体感が
生まれてくるのではないかと思うのです。

更にいうと、教科指導・授業方針についても、
それぞれの教員がこのようなマップをつくり、
マインドセットを整理すると良いと思います。

教師が個々に作ったマップと、
職員集団が知を結集して作成したマップ。

それらを、一冊にまとめ生徒に提示する。
学校の目標、教師のスタンスを
「見える化」する、
何と夢のあるシラバスでしょう!



 

草の根グローバル

雑誌「数学教室」に2014年4月から
毎月連載を続けていましたが、
出版社の国土社が民事再生手続きを
申し立て認められたとのことで、
9月号からの発行が途絶えていました。

最近の情報によると、販路を引き継がれる
別の出版社が現れたとのこと。
とりあえずホッとしています。

私が連載していた
「数学という名の自由の翼」ですが、
そのネーミングについて、
連載第1回で、マララ・ユフスザイさんの
国連での演説を例にあげながら、
次のように書きました。

私は、グローバル社会の中で
ものをいう学力とは、
偏差値に守られた学力ではなく、
好奇心に燃え、楽しく勉強することから
生まれるものであると思う。

そしてその楽しい経験を発信し、
国を越えて交流しあうことが、
私の考える草の根グローバリズムだ。

数学は世界の公用語である。
いわば、数学を勉強することは、
世界へ羽ばたき、
自由を獲得するための翼を手に入れること、
つまり、数学は「自由の翼」である。


さて、先日、
ハヤイングリッシュアカデミー校長の
角田愛さんが桃山学院で
講演されている動画を拝見しました。

角田さんのポリシーは、
「世界中の子どもたちが繋がること」です。

「世界中の子どもたちが友達になったら、
友達のいる国に戦争をしかけたりしませんよね。」

「お腹が減っている友達が外国にいたら、
食べ物をおくってあげようと思いませんか。」

という話にとても感銘を受けました。

角田さんは、まさに私が考えていた
「草の根グローバリズム」を
すでに実践されているのですね。

私は、3.11の震災の時、
2つのあるエピソードに心が打たれ、
涙したことがありました。

一つは、
モンゴルの貧困地区に住む子供たちが、
自分たちの生活保護費の一カ月分を
東北の被災地に支援した話です。

そしてもう一つは、
コロンビアのトイレもない小学校に
通う子供たちが、
被災地の子供たちに絵を描いて送り、
もし、自分たちのところに避難してきたら、
あたたかい食事をご馳走したい
といっているという話でした。

世界中の子どもたちが、
こうして繋がることが、
実は、核兵器や、集団的自衛権より
断然強力な戦争抑止力になる。

角田先生の言葉から
そんなことを考えました。

 

山登りをしながら教育を考えた

昨日は、久しぶりに
カミさんと山登りをしました。

家から車で10分もかからない場所にある、
東根山です。歩く距離は10kmほどで、
頂上付近は「七曲」という坂道があり、
それなりに険しい山ではあります。

ここ最近、いろいろな事が押し寄せ、
じっくりと自分の考えを整理し、
深化させる時間がありませんでした。

そういう意味で、この日は
心身をリフレッシュさせながら、
いろいろなことを考える
贅沢な一日を過ごしました。

山道上に、
たくさんの栗が落ちていました。
拾ったらこんなに!

20150920-02.jpg

2年前の紫波町の豪雨の爪痕が
まだ生々しく残っています。
先日の東日本豪雨での、
栃木・茨城・宮城などの被害は
これどころではないと思うと、
恐ろしい気持ちになり、
そして心が痛みました。

20150920-03.jpg


さて、登る途中、偶然、
知り合いのNさん家族にお会いしました。
彼らは、私たちと違って、
山道から脇に入って、
栗やキノコ(ボリメキ)を、
それはそれはたくさん採っていました。

私は、山道を歩き頂上に辿りついたとき、
ふと「登山と教育」について
こんな思いを巡らせていました。


私は与えられた山道を
素直にわき目もふらずに通って
頂上というゴールにたどり着いた。

頂上に着くということが目標だとすれば、
余計なことをせずに、
ひたすらペースを守って登り続けることは
効率のよいことではある。

辛くてもゴールが待っている。
だから頑張って歩きつづけろ、
それが正解だ、と。

ところが、Nさんたちは、
脇の山道に入って栗をとったり、
キノコを採ったり、景色を眺めたり、
時に走ったり。
そう。
オプションを楽しみながら登っている。
つまり、頂上に辿りつくことは目標だが、
その過程も楽しんでいるのである。

私の登山は、教育に例えると、
先生に導かれるまま、
与えられた教科書を網羅する勉強をして、
進路先というゴールを目指すことであろう。

それに対してNさんたちの場合は、
ときどき、ちょっと背伸びした学習をしたり、
課題研究をするなどといった
オプションを入れながら
学んでいくことなのだろう。

そして、両者の違いは、ゴール(頂上)での
ハーベスト(栗・キノコ)の違いに現れる。


久しぶりにリフレッシュするんだから、
そんな理屈っぽいことなんか考えるなよ、
という声が聞こえそうだ。

すみません。性分なもんで。

20150920-01.jpg


 

オンラインセッションでパーソナライズについて考える

昨日は、FBで、
反転授業のグループを運営されている、
田原真人さんからの依頼を受け、
21:00から2時間半の長丁場で、
ネット上でのオンライングループセッションに
参加させていただきました。

自分はこのようなスタイルに慣れていなくて、
適切な対話ができませんでした。
参加した皆さんには
申し訳なかったなと思っています。

でも、ルームマスターの角田さん始め、
皆さんとてもハートフルな方々で、
温かく受け入れていただきました。

ICTを利用した
ダイナミックな交流の場でありながら、
ヒューマニティ溢れる世界でもありました。

そのような中から、
新しい何かが生まれると感じました。

最近、田原さんが
エイミー・レンゾーさんのインタビューの中で、
「産業革命後、テクノロジーは
人間を自然から遠ざけてきたが、
インターネットは、人間を自然に戻していく
可能性があるテクノロジーだ」
という話をされたことを、
ふと思い出していました。

AI(人工知能)の世界では、
今、ディープラーニング(ニューラルネットワーク)
の研究が飛躍的な進歩を遂げつつあり、
今後、どんどん人間の仕事をAIが行うことになり、
そのような中、教育というフィールドで残るのは、
「創造的な思考による問題解決を行う分野」
といわれています。

この日セッションに参加された皆さんは、
AIが進展する社会の中で、
「人間を自然に戻していく」
クリエイティブでプレシャスな行動を
起こしている方々だと私は思います。

余談ですが、最近読んだ本には、
芸術家こそが
永遠に人工知能を振り切る職業である
と書かれていて、なるほどと膝を打ちました。

そういう意味でも、アート&サイエンス
というグループを立ち上げた
田原さんのセンスは凄いですね。

ところで、昨日私は、山登りをしました。

山道を歩きながら、
この日のセッションについて考えていました。
「今日どういう話をすればいいのか」
「対話の相手はどんな方だろう」
「事前にどんなリサーチをすればいいか」等々。

そして、セッションが終わると、
皆さんの意見をもとに、
多分私は、自分なりに考えをまとめて、
後でブログにまとめるでしょう。

学習は個で行うもの、
だからグループでの活動ばかりでは
意味がないという人がいます。

しかし、今回私は、グループセッションの
前後に価値ある「個の活動」を
していることがわかりました。

つまり、グループセッションは、
その場面だけでなく、その氷山の下に、
とても大きなパーソナライズの
過程があるということです。

むしろ、他者と様々な意見を交流したり、
知識を構成する活動を経由しない
個の活動は信用ならないとさえ思いました。

また、今回のセッションで、
ALの推進と震災復興との類似性、
同型な構造を感じていました。

「復興は辛く苦しいけれど、
未来のために必死で頑張ろう」ではなく

「復興活動そのものを魅力あるコンテンツにして、
被災地に住む人が今を生きる糧にする」

ということが求められています。
そして、旧パラダイムから新しいパラダイムに
橋を架ける人たちの存在があり、
他者と共存することを強みとして進められていく。

まさに、教授パラダイムから
学習パラダイムへの学びの転換を目指す
ALに通じるものではないでしょうか。

今回のセッションには大きな可能性を感じました。
皆さんありがとうございました。

 

大野の月虹

少し前の話になります。
9月7日の朝、学校に、
「ひろのまきば天文台」で
いつも素敵なガイドをつとめていらっしゃる
三本木久美子さんが訪問されました。

実は、9月4日に大野の夜空に
「月虹(げっこう)」が現れ、
それを「ひろの星をみる会」の
野田司さんが撮影した写真を
持ってきてくださったのです。

その写真はこれです。
月虹
撮影日時 2015年9月4日 22:55
撮影地 洋野町大野地区
撮影者 野田 司 氏

夜11:00頃の星空です。
青く見える空に満点の星が見られます。


月虹とは、月の光によって
夜に見える虹のことです。

ウィキペディアによると、
月虹がよく観察されるマウイ島では、
それを観たものには
「幸せが訪れる」
「先祖の霊が橋を渡り祝福を与えに訪れる」
とのこと。

写真をスキャンしたもので、
少し見えにくいのですが、
これが大野の「月虹」です。

字が違いますが、この写真のBGMは
やはり「月光」ですね。

ベートーベンではなく鬼束ちひろさん。



How do I live on such a field? 

この汚れた世界をどうやって
生きていけばいいんだろう。

切ない歌詞の中に、
そんな思いが見え隠れします。



「月虹」が私たちに
幸せをもたらしてくれることを祈りつつ。




 

アイ・リーグを観戦して

今日は、朝から学校で仕事をし、
その後、軽米町の
ハートフルスポーツランドで行われた、
サッカーのアイ・リーグの応援に。
午後は、東北6県+北関東+北陸の
女子卓球の精鋭たちが大野に集うという、
スぺシャルな合宿に顔を出し、
そしてまた学校で仕事をし、
今、紫波町の自宅に戻ったところです。


さて、ここで、今日の、
サッカー、アイ・リーグの話をしたいと思います。

アイリーグ01

雨模様の中での強豪校との試合。
前半開始直後、私が駆けつけたときには
既に2点をとられ0-2のスコアでした。

本校の選手もよく頑張ったのですが、
前半を終わった段階で2-4。

ところが、後半に入り、
驚くべきことが起こります。

それまでの曇り空から、
一転して青空になり
太陽の光が眩しく降り注がれました。

すると、それに呼応するかのように、
選手は縦横無尽にグランドを駆け回りました。
監督の大峠先生が、適切な指示を出し、
選手がそれに応じて
俊敏な動きでボールを奪います。

アイリーグ02

これまでの練習がピタリとハマった
プレーが続出しました。

そして、終了のホイッスルが鳴ったとき、
なんとスコアは6-4。大逆転したのです。

選手も、大峠先生も、久保田先生も
快心の勝利に喜びました。

私は、選手たちに
「いいゲーム見せてもらった。ありがとう」
といって、会場を後にしました。

車を運転し、この日のプレーを反芻しながら


「天国の彼も喜んでいるだろうな」

と思った時、
「あっ」と、衝撃が走りました。

そうか。彼が一緒にやっていたんだ。

奇跡のような、いきなりの晴天。

そして、どう見てもキーパーの正面で、
入るはずのないシュートが
なぜかゴールインする場面もありました。

後半の終盤は、
絶体絶命のピンチが何度もありました。

でも、逆に、敵のノーマークのシュートが
なぜかワクからはずれてくれました。

あり得ないほど、
天が味方してくれた後半の展開。


我々は、12人で戦っていた。

いや、イレブン一人一人の中に彼は生きていた。

だからだ。

あの奇跡のような展開は、
そうとしか考えられないのだ。


私は涙がとまりませんでした。

アイリーグ03

アイリーグ04






 

校歌を再現するアイスブレイク

今年の8月は、
宮城(東北高校)、
愛知(河合塾千草校)、
神奈川(港北高校)で
数学の授業を行う機会がありました。

私は、初対面のメンバーで
グループワークを行う場合、
冒頭にグループ内の融和のための
アイスブレイクを行っています。

例えば、「微分」の授業を行うとき、
「分」のつく算数・数学用語を
30秒で1枚の紙に
できるだけたくさん書きだす競争。

「微分」「積分」「分数」「分母」・・・

皆さんはいくつ書き出せますか。

昨年、仙台二高でやったとき、
あるグループから15個も出てきました。

ポイントは「1枚の紙に書きだす」ということ。
これで、グループの協力体制が生まれます。
そして、1人で考えるより、協力し合うことで、
気づきを共有できます。

「あっ、そうか『因数分解』忘れてた。
それじゃあ『素因数分解』もいいんじゃない」
「なるほど、『分散』かあ。
統計方面にもっとありそう」等々・・・。

さて、今年のアイスブレイクは
「校歌を再現する」というものにしました。

写真のような、校歌の1番から3番の歌詞を
文節ごとに切ってバラバラにしたカードの
どれか1セットを各グループに配ります。

校歌LT

1番が配られる班もあれば、
2番または3番のカードが配られる班もあります。
(これは大野中学校の校歌です)。

次のような活動を行います。

①前後の繋がりや構造に注目して
 グループで話し合い、カードを並べ替え、
 予想される校歌を再現します(2分)。
②各グループ内で1人代表
 (アイランドキーパー)を決め、
 それ以外の人は、他のグループを
 自由にまわってアイランドキーパーから
 説明を受け情報を集めます(1分)。
③知り得た情報を基に、再び、
 グループ内で検討を加えます(1分)。

尚、それぞれの歌詞の出だしは
提示しています。

皆さん、どうですか? 
正解は敢えて伏せておきますね。

以下、名古屋のSANNOフォーラムで
行った授業の様子を紹介します。

何と、6人一組30グループ
という中での授業でした。

アイスブレイク名古屋LT

<活動を終えて>
6人一組30グループという
大人数でのALは大変です。
そこで、急遽CT(クリエイティブチーム)
を結成して授業に入りました。
CTとは、京都精華大学の
筒井洋一先生から教わった手法です。

この活動は、校歌を再現する過程で、
例えば「青木山並み」に続くのは
「麗しく」ではないかという、
「横のつながり」を意識すること
(関数や微分の概念につながる)と、
全体が七五調で構成され、
最後は七七で結ばれるなどといった
「構造を考える」ことを目標としています
(グラフの見方につながる)。

まあ、数学的活動と無理やり
こじつけているわけですが(笑)。

また、活動の仕方として、
グループワーク後に
シェアをする時間を稼ぐために
(何せ30グループ180人なので)、
ワールドカフェ方式で、
アイランドキーパー(説明役)を決め、
他の人は自由に他のグループを覗いて
情報を仕入れるという方法をとりました。
1番の歌詞を構成しているグループが
2番や3番の歌詞の構成を見ることで
実は、気づきがあります。
1番から3番までトータルで見ることで
パターンが見えてくるんですね。


この授業の翌朝、名古屋を出発し、
そのまま神奈川県の港北高校でも
同じ活動を行いました。

港北高校での感想
(付箋紙での一言コメント)を紹介します。
●最初のアイスブレイクは
 班の団結力を高める良い手法だと思った
●アイスブレイクは
 誰でも導入できるもので良かった
●アイスブレイクでの
 和やかな雰囲気づくりが良かった
●オープニングでのアイスブレイクが
 とっつき易く次の課題に入っていき易かった
●アイスブレイキングが
 よい予備活動になっている
●ユニットのパターンが
 アイスブレイキングから同じなので
 後半大変スムーズになる
●授業に入るための
 アイスブレイキングが大変良かった
●アイスブレイクのお蔭で
 それぞれの意見を言いやすい状況ができていた
●オープニングアイスブレイクの
 校歌は今度使ってみたい
●校歌、日本のうた。五七調、
 七五調やはりよい
●校歌から法則性を導き出すのが面白かった。
 全国を調べたら何かでてくる
●校歌を推測する活動が
 一見数学と関係なさそうなのに
 繋がりがあることが面白かった


参加された皆さまありがとうございました。


 

読売新聞の記事

9月11日の読売新聞に、
総合教育センターの鈴木先生のコラムが
掲載されています。

8月27日に本校を訪問して授業参観
した時の様子を書いていただきました。

以下、記事の内容を紹介します。

スクール形式と呼ばれる座席配置がある。
教壇の教員に、生徒が正対して数列で
等間隔に着席する型で、
高校でごく一般的に見られる形式である。
この配置は教員の話を聞いて板書を写すという、
一方向的な講義型の授業には適しているとされる。

ところがアクティブ・ラーニング型の
授業の導入が進むにつれて、
学校現場で目にする
生徒の座席配置も変わってきた。
「活動」を伴う授業スタイルに対して、
スクール形式では限界があるのだろう。

先日、大野高校でアイランド型といわれる
座席配置の授業を見学した。
生徒の机を数台くっつけて
教室内にいくつかの島を作る型であり、
グループ活動に適しているといわれる。

授業後、生徒にインタビューしてみると、
コミュニケーションの取りやすさや
教えあいのしやすさ、
意見交換による新たな発想の喚起など、
肯定的な意見が相次いだ。

担当教員もこのような効果を狙っての
セッティングであり、
ここまでは予想された回答である。

予想を超えた答えも返ってきた。

「お互いに向かい合っているので、
「攻める」質問がしやすい。
教えてもらうときに自分が納得するまで
「追求」して聞くことがメリット」。

生徒達はアクティブであるだけでなく
ディープな学習にも入り込んでいたのである。
座席配置の工夫の効果はここにもあるようだ。

現場の教員から、授業改善について
何から始めたらよいかと問われることがある。
その場合、まず座席をくっつけてみることを
提案している。
そしていつも予想以上の効果が報告されている。

大野高校の生徒たちからはもう一つ、
予想以上の答えを得た。
「この座席配置で眠くなることはある?」。
彼らは笑いながら即答した。
「全然ありません」

(県立総合教育センター主任研修指導主事 鈴木徹) 
読売新聞9/11



尚、この授業は2年B組の数学の授業。
授業担当者は吉田先生です。


ところで、本日の職員会議で、
授業アンケートの結果が出されました。
その中で、嬉しかったのが
「授業中生徒どうしの話し合いや
意見を発表する機会がある」
という項目に対して、
「大いにある」とこたえている
生徒の割合が多かったことです。

教師は往々にしてしゃべり過ぎます。
そして、時に語りたがりです(人生とか)。

そこでみられる語りは
「教えたという事実づくりのための説明のしすぎ」
「上から目線の生徒いじり」
「自分はこんなに凄いんだ、
という自己陶酔のパフォーマンス」
「自分語りや説教」などです。

教師は早くその問題点に気づき、
生徒が能動的に学習を行うように、
自身のしゃべり過ぎや、
一方的な注入を封印していくべきです。

今回の授業アンケートの結果から、
本校の先生方の授業は
着実に変革していると感じました。

尚、アンケートの中の生徒のコメントに
次のようなものがありました。

「国語・地理・数学はグループ学習で授業するので、
わからない所を聞ける時間があるので良い」
「グループ活動をもっと増やして欲しい」
「もう少し発言する場があっても良いと思った」


生徒は、自分たちが主体的に参加する
授業を欲しているはずだし、
そのような方向に生徒を育てていくことが、
教師に今求められているのです。

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障碍・高齢化問題と学校存続問題

一昨日、養護老人施設の下道さんが来校し、
デンマークにおける福祉教育の話や、
大野という地域におけるCCRC
(Continuing Care Retirement Community:
高齢者居住コミュニティ)、
そして、大野高校との連携
についての話を深めました。

実は今、久慈平荘と大野高校が連携し、
来年度から新たな科目を設定しようと
画策しています。
まだハードルはあるのですが、
着実に前進しています。

8月に京都精華大の
筒井先生が訪問されたときも、
久慈平荘にご案内し施設見学をしながら、
非常に有意義なディスカッションを行いました。

そのとき思ったことは、
大野高校の統廃合問題を考えることは、
大野の地域創生を考えることである、
ということです。

更にいうと、もっと大きな視点で、
日本の高齢化や障碍の問題を
考えることとも等価であると感じたものです。

この半年、統廃合に向き合い、
様々なことを考えてきました。

最初は、自分の勤める学校の存続という
ローカルな視点でしか考えていませんでした。

どうすれば生き残れるか、
どういう戦術で行政にどうアピールしようか、
などと。

しかし、そういう視点だけでは、
ちっとも前に進まないことが見えてきました。

つまり、そのような視野狭窄は、
学校エゴ、当局への不満といったものしか
生み出さないと感じたからです。

大野高校の存続は、
地域創生と不可分一体であるとの考えに立って、
地域の実態や子供の未来を見つめたとき、
実はそこに、日本が将来直面する、
人口減少社会、高齢化社会に対して、
すべての日本人が思いをはせて
いかなければならない問題が
横たわっていることに気づきました。

だから、統廃合問題、存続問題を考えることは、
子どもや地域の未来を、
多くの立場の人が叡智を結集することであると、
今はそういうポジティブなスタンスで
臨もうと思っています。

そうすることで、実は、
新しい学習の在り方、
ALとは何か、
未来を担う教師のマインドセット
など、新たな側面が
語られだすことにもなるのです。

それは、教育屋として持つべき見識であるし、
だからこそ、存続問題に直面している
当事者だけではなく、
すべての学校で考えていかなければならない
「パワフルな問い」でもあるはずです。


先日、特定非営利活動法人
里・ つむぎ八幡平の理事長で、
同窓生仲間でもある高橋和人さんが
FBで紹介された、
貞末麻哉子さんの「知ることの意味」
を読み衝撃を受けました。

貞末さんは、マザーバードという
グループの代表で、
障碍問題など社会性の高いテーマの
記録映像を発信し、
問題提起をされている方です。

少し長いのですが、引用させていただきます。

<前略>  
多くの方は「障がいのある方が抱える問題」を
自分の問題として捉えることが難しいだろう。
わたしも若い頃はそうだった。
気の毒だと思う気持ちが先に立って、
我が身の問題として考えることは出来ていなかった。

知ろうとしない、
知ろうと思っても知る機会が少ない、
知ることが怖い、知ったところでその意味は?
など、さまざまな気持ちの連鎖の中で、
知ることを避けていたかも知れない。

多くは最初に書いた「気の毒だと思う」
感情にも振り回される。

小さい頃、身体の不自由な方を見ると
「ジロジロみちゃいけません」と窘められる、
そんな体験を誰でもがしているだろう。
それが障がいのある人への
礼節とも教えられてきた。
それは障がいを「気の毒だ」
と思う気持ちが生んだひとつの弊害だ。

そして、誰もが、やがて我が身で
「障がい」と関わるようになる
ある人は老いて。ある人は病気や事故で。
ある人は障がい児を得て。
当事者として、または家族の問題として
背負うことになる。誰もがなる。

その時に、知ろうとしなかった自分を後悔する。
世の中の問題はすべてにおいてそれが通じる。
どうしたら他人の問題を
自分のことに置き換えて考えることができるのか・・・。


想像力がそれを助ける。

その想像力を膨らませるのが、
表現者の役割のひとつでもあると思う。
そして伝え続けることが大切だと思う。

わたしはこの10年、
多くは人生が「障がい」に関わる方々を
題材に映像作品を制作させてもらった。
そのきっかけになったのは、
障がいに関わる方々が決して
「気の毒ではない」と感じたからだ。

いや、むしろ自らの前にある
生きづらさに直面してきたことで、
強くなり、さらに人生を豊かに歩むことを
得た人たちに出会ったからだ。


そして、この人たちが決して
「気の毒であってはならない」と思ったからだ。
 
目先の利益に溺れ、
誤った判断をするのが人間だとすれば、
今の社会はとんでもなく歪んだ利益に
溺れかけている。

利益のために、生命を軽視し、
一部の生き残りしか考えていない。

当然のことながら「気の毒」と判断した弱者から、
真綿でくるむように阻害し、排斥し、
最後は除外する。


福祉は「生かさず、殺さず」。
それを率先する人たちは、
やがてそれが自らにも降って湧く
「天に向かって吐いている唾」
だということを知らない。

いや、知っていても知らないふりをしている。
なぜなら「ただちに問題がない」からだ。

わたしたちは、「ただちに問題がない」問題を避け、
未来にツケを残して生きようとする
貧しい生き方を強いられている。


さて、障がいに関わる人たちが、何と闘い、
どうやって強くなり、
障がいと共に人生を豊かに歩むことを得たか。
ここがポイント。

それは、障がいによって
「人権」のほんとうの意味を知る作業から始まる。
そして「人権」を尊重し、
「人権」が守られることこそ、人が「生きる」という、
もっとも基本的な人間の営みの核であることを知る。
血を吐くような痛みの中から、
「生きる」ということの
ほんとうの強さと美しさと尊さを学びとる。

それは、障がいがあろうが健常な人だろうが、
誰もが、人として生きてゆく上で
知り学んでおくとよいことだ。

必ずや、学びを得た人たちの言葉は、
多くの健常な子の子育てにも通ずる。
そして、家族の愛と絆を強くすることにも通ずる。

学ぼうとせずに目を背け、
自らを健常だと思いこんでいる人にこそ、
知ってほしい。学んでほしい。
<以下略>



この力強いメッセージに心が打たれました。
そして、人口減少、高齢化による
学校存続問題や、それに伴う
教育の転換の問題にも
同じような構造があると感じるのです。

更に、貞末さんは、
重度の脳性麻痺で生まれ、15歳で亡くなった
山田康文さんの詩を紹介しながら、
最後はこのように結んでいます。

いま、障害者の問題は、
高齢者の方たちの問題でもあります。
『老いる』というのは、
障害が先送りされているということ。
歳をとると、足腰が不自由になって
車椅子が必要になったり、知的障害になったり・・・

健常者の方も、たいていはいつか
障害者になるんですよ。

だから康文くんたちは私たちの先輩。

世の中をより良くするよう切り開いてきた、
パイオニアなんです」
と・・・


大野高校も、未来の教育を提示する
パイオニアでありたい。



 

授業が変わりつつある!

今日は、来客の方と一緒に
授業を参観しました。

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初任の佐々木先生は、
いつものペアでの教えあいの授業から
一歩進んで、批判的なコメントを行う
という活動を入れていました。
彼はアクティブラーニングの推進者として
頑張っています。


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保健の工藤先生の授業。
いつものように、同心円状にレイアウトした教室に
オリジナルのPPTスライドを用いた授業。
ペアワーク、グループセッションを
積極的に取り入れたアクティブラーニングです。



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木戸口先生の古典の授業。
グループにセンテンスを割り振って
共同作業で読解を行い、
その後、それぞれの班が先生役になって解説し、
全体を統合していきます。
生徒全員がアクティブに授業に参加する
素晴らしい授業です。


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久保田先生の数学の授業。
生徒と教師の対話、生徒どうしの対話が
頻繁に行われる授業です。
何より先生も生徒も明るく、楽しく
授業に取り組んでいる姿が印象的でした。
久保田先生は11月に県が行う
授業実践セミナーの講師を担当します。




夜は、ほぼ一か月半ぶりに
グリーンエコーの練習会に出かけました。
なんと、知らぬ間に山のような譜面が・・・。

12月19日のクリスマスコンサートに向けての
準備が始まります。
今日は、「そりすべり」と、
「カッチーニのアヴェマリア」のパート練習。
道は険しいです。

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トランジッション

昨日より就職選考が始まりました。
私も就職試験に向かう生徒に
面接練習を行っていて、
昨日全員終了しました。

面接練習とはいっても、
高々1人10分程度ですので、
雑談程度なんですけれどね。

でも、こちらが対話をしようという
スタンスで臨んでも、
生徒は、どうしても「練習通り」
という観念にとらわれていて、
ステレオタイプの一方的な反応に
出会うことも多いですね。

そうなると、彼らに
一体どんな個性があるのか、
その輪郭さえも掴むことができません。

私は、久しぶりに
就職試験の面接を経験しながら、
8月に本校を訪問された
京都精華大学の筒井洋一先生の
話を思い出しました。

筒井先生は、こちらが興味のありそうな話題を
当意即妙にふられます。
その問いかけに反応し、
なるほどと考えを巡らせているうちに
いろいろな気づきが得られます。
あたかも自分が一人で思いついた
気にさせるところが、コーチングのなせる技。

自分は、未だに自分が気持ちよくなるように
語ってしまうことが多いので、
筒井先生を見習いたいですね。

さて、その筒井先生の話です。

彼の友人で、量刑の重い受刑者が
仮釈放される際に、
彼らを、社会に送り出すため
支援を行うカウンセラーがいるとのこと。

刑務所から社会へ出ることは、
相当なできごとであり、
心身に大きなプレッシャーが襲いかかるので、
このような職業は必要なのですね。

筒井先生曰く、
そこで行われるカウンセリングは、
受刑者に、いい思い出などを想起させ、
記述させ、言語などによって表現させる
という過程で行われるということです。

つまり、それは、まさに
アクティブ・ラーニング型授業の
手法そのものであるとのことです。

そういえば、以前、処遇カウンセラーと呼ばれる、
刑務所における心理カウンセラーの方が、
薬物依存者に対して、
雑誌の切り抜きを使うコラージュ療法などの
認知行動療法をグループワークの中に
取り入れているという話を聞いたことがありました。


私は筒井先生とそんな話しをしていて、
構造的に学校も同じではないかと膝を打ちました。

話はすこしそれますが、
以前、筑波大学の五十嵐先生と院生の方々が
本校に訪問されて哲学カフェを行ったとき、
五十嵐先生が、ミッシェルフーコーがいうところの、
「監獄、学校、病院」の共通性とは何か
という問を立てられました。

生徒からは、どれも「監視されている」場所である
という発言が出ました。

対話の中で提示された一つの解は、
三者とも、強制的に権力に従わせるのではなく、
教育、訓練によって、規則に適応的(従順)で
生産性のある人間に作り変える
システムであるというものでした。


で、話を戻しますと、
私が、筒井先生の話を聞いて、今思うのは、
監獄も学校も病院も、
いつかはそこから社会に出ていく
場であるという共通性です。

つまり、三者とも、
そこに居続けることが目的ではなく、
いずれ、違う(本来の)場所に移行するための
準備の場であるということです。

そのように考えれば、そこで行われる教育は、
社会で逞しく、しなやかに、他者と共に
どう生きていくことができるか、
つまりトランジッション(移行)を視野に入れた
「学び」「支援」を行うことが当然になるわけです。

極論すると、そこを目指さずして、
監獄・学校・病院は存在する意味がないともいえます。

刑務所からシャバに出るときに、
「社会に出るとはこういうことだ」という講義を
一方的に注入したとて、
服役者がそれを自分ごとと捉えなければ、
真にそこで役立つ力にはならないでしょう。

それは、就職試験、面接応答があるから
それに対処する仕方を教え込むだけでは、
生徒の生きる力は育まれないのと同じです。

溝上慎一先生は、トランジッション(移行期)を
視野に入れた学習は、
総合学習やホームルームや学校行事
などで賄うのではなく、
すべての授業で行う必要があることを
力説しています。

私も同感です。

生きる力を含めたキャリア教育は、
形だけのインターンシップや、
総合的な学習や、ホームルームなどでの
「プラクティカルな訓練」によって
形成されるようなものではなく、
すべての授業の中で行われてこそ、
骨太の力となり、
社会的なマインドが形成されるはずだと思います。

そして、授業がトランジッションを目指して
行われたとき、
そのスタイルはALにならざるを得ないし、
同時に、教師のマインドセットも
整うのではないかとも思うのです。

そのような中でこそ、学校は、
フーコーの言う、
規則や権威に従順な生徒を再生産する場から
転換していくことができるのではないか。

そんな大それたことを、
刑務所の話を聞きながら、
一人得心したのでした。


 

「飛翔」02

「飛翔」は、旧大野村の40行政区
1,862世帯全戸配布している
大野高校通信です。

例年、年1号の発行でしたが、
昨年度は2号まで発行したようです。

この「飛翔」を今年度は大幅に改革し、
作成、町長に起案、印刷、
各行政区への仕分け、
など一切を私が行うことにしました。

これは、担当していた先生の
業務軽減とともに、
私自身の「是非やりたい」という、
両者の思惑の一致によって実現しました。
そうです。お互いハッピーなのですね。

そして、今回から、大野地区だけでなく、
関東支部同窓会へも50部ほど送る
ルートもつけました。

一昨日、役場に行き、各行政区の
ボックスに入れてきました。

「飛翔」第2号はこちらからご覧ください。

→「飛翔02


今回の目玉は、10月29日・30日に
行われる地区懇談会です。

これまで低調だった地区懇談会ですが、
これも大きく変えました。

ちょっと気合を入れて
勝負をかけています。

だって、従来の、学校からの
一方的な説明だけでは、
夜にわざわざ参加しようと思いませんよね。

今回は、理科のワクワク体験授業あり、
秘蔵映像の公開あり、
学校再編の最前線の話あり、
地域創生と大野高校についての
ディスカッションありの、
バラエティなラインアップです。

そして、参加対象も、
これまでの中学生の保護者から、
大野に住むすべての人に
門戸を広げることにしました。

しかも!参加者に、
大野高校オリジナルチョコレートを
プレゼントします!

是非、「飛翔」をご覧いただき、
ふるって参加ください。
皆で大野と大野高校を
盛り上げていきましょう。


 

高大接続「高校生のための欧米の文学」

高大接続の取組についての連絡です。

10月3日(土)に、
岩手大学人文社会科学部主催、
県教委後援の講座

「高校生のための欧米の文学」

が大野高校で行われます。

今年は、本校から岩手大学人文社会科学部に
2名が進学し、地域創生の取組など
大変活躍しています。
また、彼らの2つ上にも本校の卒業生がおります。

そのような縁もあり、
今回大野高校での開催をいただきました。

さて、一昨日、私は洋野町大野支所の
教育委員会事務局に行き、
この講座を、高校生だけに限定せず、
中学生以上を対象に、洋野町全体に
紹介してもらうようお願いしました。

実は、高大の連携に
地域を巻き込んでいくのが、
今年の本校のテーマの一つです。

これまでも、筑波大の先生と
院生がいらっしゃったときは、

授業参加・参観、哲学カフェ、里山整備体験
などを行っていただくだけでなく、
町会議員とのディスカッションなども企画し、
実施しました。

8月に京都精華大の先生が
いらっしゃったときも、
老人介護施設の久慈平荘を
視察していただいたり、
洋野町でアグレッシブに活動されている
ケイティさんとの懇談なども取り入れてきました。

学校訪問や出前講座など
よくある高大接続の取組であっても、
これを地域とコミットすることで、
地域創生や社会教育を視野に入れた
ダイナミックな展開になる可能性があると
私は思っています。

そして、アクティブラーニングの進展とともに、
最近注目されている
「サービス・ラーニング」を模索することも
秘かに目論んでいるところであります。


さて、10月3日の内容は以下の通りです

日時 10月3日(土)10:00~12:00
場所 大野高校
対象 文学や国際文化に関心のある方
講師 
 秋田淳子先生
 (国際文化課程欧米言語文化コース講師)
 齋藤博次先生
 (国際文化課程欧米言語文化コース教授)
内容 
①イギリス文学 
ルイスキャロル作
「不思議の国のアリス」を題材に
② アメリカ文学 
ラングストン・ヒューズ作
「黒人の魂の詩」を題材に

パンフレットはこちらです

「高校生のための欧米の文学」

 

秋ですねえ

今日は、里山から、
大きくなってしまった松茸を
取ってきてもらいました。

収穫祭まで冷凍保存します。

この日は、夜から
PTA役員会があったので、
それらを展示しました。

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PTA役員会では、
収穫祭についての相談が中心。

カマドで焼き芋を作る案もでました。
ことしは豊作そうなので、楽しみですね。

さて、今日の午後、
体育の授業を参観がてら、
学校の敷地内を散策しました。

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グランドの裏の栗の木林を歩いていたら、
いきなり肩にぶつかるものが・・・

上から栗が落ちてきました。

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何十年ぶりでしょうか。
一人で栗拾い。

数分でこれだけとれました。

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体育館で体育をしている生徒に
得意になって見せると、
「季節ですもんね」
と大人の対応をされました。

事務のKさんに茹でていただきました。
小ぶりですが、味が濃くて最高です。

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体育館の脇にはアケビもありました。

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大野高校の周りを
少し散策しただけですが、
しっかりと秋を感じました。

今日もいい一日でした。


 

生徒会執行部への激励

8月28日に生徒総会が行われ、
新執行部体制がスタートしました。

これまでの生徒会活動のスローガンである

「5つの心」、

好奇心・探究心・向上心・心意気・誠心、


あらためて素晴らしいと思います。

そして、それぞれの「心」に、

進路、学習、部活動、行事、奉仕・挨拶

を対応させているところがいいですね。

私は、数学の教員なので、5つの心というと、
「重心、内心、外心、垂心、傍心」という
三角形の「5心」を
思い浮かべてしまうのですが(笑)。

京都の青蓮院というお寺に
「大切な五つの心」という教えが
掲げられていて
いろんな人が引用しています。

それは、

「はいという素直な心」
「すみませんという反省の心」
「おかげさまですという謙遜の心」
「させて頂きますという奉仕の心」
「ありがとうございますという感謝の心」


というものです。

そして、最後に

「よき心の灯で一隅を照らそう」

と結ばれています。

「一隅を照らす」は最澄の言葉で、
まずは自分ができる一歩からはじめる
ということです。

私は、この4月の入学式の式辞で
こんな話をしました。

「自分の隣の人を幸せにしようとする
ささやかな行動が、周囲の人々の心を動かし、
やがては大きく社会や世界を変えるものに
繋がるかもしれません。」


これは、「一隅を照らす」を
踏まえてのものです。


さて、今回新たに策定された、
新生徒会のスローガンは

「No Limit」 です。

学習のNo Limit、
部活動のNo Limit、
行事のNo Limit、
奉仕のNo Limit、
挨拶のNo Limit


いいですねえ。

No Limit という言葉は、
正に今、私が言いたいことであり、
タイムリーでした。

このスローガンを見て、私は、
「できる人」と「できない人」
の違いについて考えました。

「できない人」は、
自分でリミットをつくる人のことです。

限界という壁で自分を守ろうとする人。
できないことの言い訳を繰り返し、
自らを変えていこうとしない人。
余計な苦労を背負い込みたくない、
自分の役割や責任をできるだけ狭くする
という考えに基づいて行動する人。

これが「できない人」です。

では「できる人」はどのような人か。
「できる人」は、できないという前に、
「どうやったらできるか」を
考え続ける人のことです。

それまでの慣習、前例に縛られない
自由な発想を持ち、
そして、様々な人と協力、協働して、
チームワークを大切にして、
共に向上していこうという人。

また行動がすばやく、他者の意見を傾聴し、
新しい考えを柔軟に取り入れ、
困難にも笑顔で前向きに取り組む人。

そのような人の輪から、
アイデア、知恵が生まれ、
組織は発展していくのです。

実は、今述べた「できる人」「できない人」は、
生徒だけでなく、大人たちも同じです。

今、社会が変化している中で、この二者が
際立って存在している時代でもあります。

今被災地で行われている震災復興は、
「できる人」がネットワークを組んで、
「できない人」を鼓舞し、
仲間に取り入れてることで
大きく推進されていると私は見ています。

今年の生徒会は、そういう意味で、
No Limit=「できる人」
の集団であってください。

そして、
「できないと思っている人」への橋を架けて、
生徒全体がチャレンジし、
チャンスを捉えてチェンジしていく気概を持って、
生徒会活動に関わっていきましょう。



以上、生徒総会での私のメッセージでした。




 

マツタケ・ドリーム

先日、大野の山の名人である
小沢一男さんが突然学校に見えました。

この日の朝採った巨大松茸を
見せていただきました。

まつたけ01

凄い!
40cm近くはあるでしょうか。
しかもズシリと重いのです。

小沢さんに聞くと、市場では
5万~10万円の値がつくとのこと。

いやあ、目の保養でした。
通りかかる生徒達に見せると皆びっくり。

ところで、写真の小さい方の
松茸でも10cmほどの長さです。
大きい松茸はその
ほぼ4倍というところでしょうか。

さて、では、巨大松茸が
5万~10万円とすると、
小さい松茸の値段は
いくらぐらいと推察できるでしょう。

1/4倍だから
値段も1/4とするのは間違い。

食べる量は松茸の体積で
考えなければなりませんね。

相似比が1:4のとき、体積比は
相似比の3乗に比例するので、1:64

つまり64分の1ということになりますね。

なので、だいたい800円
というところでしょうか。
だいたい妥当な値段ですね。

「ここでも数学が役立っているだろ」と、
そんな話を得意になってカミさんにしたら、
「結局重さを計ればいいんでしょ」
とさらっといわれました。

ま、そういうことですね(汗)。
密度が同様であれば、
体積と重さは比例するわけですからね。

でも、小沢さんからいただいた
松茸を見せたら目を丸くしていました。

まつたけ02

これでも、半分くらい
人に差し上げているんです。

というわけで、この週末は松茸三昧でした。

塩焼き、バター焼き、松茸ご飯・・・
そして、一度やってみたかった
松茸のすき焼き。

まつたけ04

夫婦2人でたっぷりいただきました。
喉の奥が震えるほど美味かったです。

すみません。
嫌らしい記事になりました。

大野の魅力はこの松茸でもあります。

10月9日に、大野高校では、
里山整備事業マツタケ収穫祭が
1日行事で行われます。

全校生徒と地域の方が一体となって、
マツタケ山に入って収穫します。
そしてその後、
PTAの方たちとの食事会を行います。

また、10月7日には、
カミナリキノコで有名な
岩手大学教授の高木先生の
講演も予定しております。
参観希望の方はご一報ください。


ところで

最近、職員と生徒達が
一生懸命整備した里山が、
心無い人たち(県外らしい)によって
荒らされているという
情報が入っています。

収穫祭当日まで、本校職員、
大野高校を守る会の人たち、
消防の人たちが見回りを行います。

本校が1年かけて行っている、
地域と一体となって実施する
大きな学校行事です。

どうか、看板の掲げられている山には
絶対に入らないようお願いします。

まつたけ07

まつたけ05

まつたけ06




 

即時フィードバック

先日の講演後、参加されたある先生から
「講演の中で盛岡三高や大野高校の何人もの
先生方をホメていたことが印象的だった。
自分も明日から積極的に生徒をホメますよ」
と言われました。


話しは昔に遡りますが、
8月8日・9日(土日)に、
キャリア・クエスト様主催
「みんなのための教える技術」
(インストラクショナルデザインの理論と実践)
のセミナーに参加しました。

このセミナーに参加した大きな目的は、
8月23日(日)に名古屋のSANNOフォーラムで、
数学のAL型授業を行うことになっていたので、
そこに役立てる手法を、
向後先生から学びたかったからです。

名古屋では、6人1組の30グループ
計180名でのAL型授業
(数学の教員は60人)
ということだったので、
これは真剣にやらねばと思い、
一念発起したわけです。

そして、結果として、
このセミナーの経験を
バッチリ活かすことができ、
本当にありがたかったです。

さて、今回はそのセミナーの内容から、
ホメることに因んで
「即時フィードバック」
について記したいと思います。

「即時フィードバック」とは、
スモールステップで
トレーニングを進める過程において、
相手の行動に対して瞬時に声をかけ、
やる気を刺激していく方法です。

「シェイピングゲーム」
というワークを行いました。

まず、動物役とコーチを決めます。
私のグループではジャンケンの結果、
私が動物役となり、
コーチはゴルフのレッスンプロをされている
女性の方になりました。

動物役に、ある行動をコーチが
教えることがゴールです。

班員が私に与えた行動は

「チョウチョのように手をパタパタさせながら、
その場でケンケンする」

というものでした(何と厳しい課題でしょう!)。

私は、無言で手を上げたり下げたり、
クルクル回ったり、腕を組んだり、
ジャンプしたり座り込んだり等々、
様々な行動をします。

その動きをコーチがよく観察して、
与えられた内容に近い行動をした瞬間に
「よし!」の声をかけます。

つまり「ホメる」という行為です。
コーチが使える言葉は
「よし!」だけに限定されています。

例えば、手を少し挙げた瞬間に
コーチから「よし!」の声がかかります。
そこで、「手を上げる」という行為が
正解である行動に
含まれていることがわかるわけです。

私は、指導者から
「よし!」の声をもらうために、
無心で様々な動きをし続けます。

コーチは私の行動の
適切な瞬間を捉えて
「よし!」の声をかけます。

そうして、スモールステップを踏んで、
部分的に「よし!」をもらった行動を
統合・構成させながら、
少しずつ完成に近づいていくわけです。
もちろん行動を繰り返すうちに、
だんだんハードルが上がっていきます。

ところが、何ということでしょう。

5分位で、目的の行動に
到達することができたのです!

「よし」の声一つで!


即時フィードバック恐るべし。

さて、

私は、このゲームを経験して、
こんなことを感じました。

● 共に創るという感覚
一連の活動をハタから見ると、
コーチが言葉で
私を調教していくように見えますが(^^);
実は、そうではありません。

この活動の肝は、
「コーチが何を教えたか」、
ではなく、
「学習者が自分で何を獲得したか」
ということです。

あるいは、コーチと学習者が
協働で創り上げた(課題を乗り越えた)、
ということでもあると思います。

だから、行動が完成した時、
コーチも私も同じ達成感が
あったように思います。

もし、課題がクリアできなかったら、
その責任は学習者に向けるのではなく、
即時フィードバックのスキルが不足していた
コーチに向けられるものでしょう。


● ホメることから生まれる信頼感
コーチの方とは初対面でしたが、
使う言葉は「よし!」だけで、
ホメることを限定しているので、
ゲームの中において、コーチへの
絶対の信頼感が生まれることが実感できます。


● 非言語によるコミュニケーション
使う言葉が「よし」だけでも、
実は、ちょっとした表情の変化、目の動き、
声の強弱といったノンバ―バルな
コミュニケーションによる、
「それは違うよ」
「その行動はもうOKだから
違うことをやりなさい」
といった情報が暗黙の内に
伝わったというのもあります。


50を過ぎたおっさんが、汗だくになって、
数分間ひたすら分けのわからない動きで
踊り続ける姿は、
知らない人が見ると
「大丈夫かこの人」
なのではありますが、

身体を動かし、経験することによって、
多くの気づきや学びがありました。

普段から、教授パラダイムから
学習パラダイムへ、などと
口幅ったいことを言っている私ですが、
この活動の中にも
多くのヒントがあったのです。

高校教育の場においても
非常に参考になる内容でした。

皆様ありがとうございました。

シェイピグゲーム
達成の瞬間!写真は、キャリア・クエスト代表の
齋藤みずほさんの記事から引用させていただいたものです。
みずほさんは、思ったとおりの素敵過ぎる方でした。


 

パワフルな問

昨日のアクティブラーニング(AL)の
講演の話の続きです。

ALを行うためのポイントとして、
「パワフルな問を立てること」
という話を、ワーク仕立てにして行いました。

例えば今、「生きる力とは何か」
という授業を行うとします。

パターン①は次の図に示す様な授業です。
生きる力授業①LT



この授業の問題点を辛辣に分析してみましょう。

まず、教師の上から目線の指導言がアウト。
生徒を指名した後に、
問題を示すのも順番が逆です。

つまり、この授業は生徒にとって
安全・安心の場になっていません。

また、問いかけが、
教師が用意した答えを言わせるだけのもの
になっていることもダメですね。
これでは生徒の発言から
思考を読むことができません。

単に発問したという事実づくり。
教師の都合によって進められる
典型的な授業ですね。

そして、紋切型、ワンセンテンスの定義を
「生きる力」のゴールにして、
果たしてそれが生徒の
どんな力につながるのでしょうか。

多分、その後に行うテストに出す
ということでしか意味を持たない
のではないのでしょうか。


では次にパターン②の授業です。
生きる力授業②LT

この授業はグループワークを
取り入れているので、アクティブラーニングだ、
などと思いがちですが、
だまされてはいけません。

そもそも、この問いかけは、
グループワークをする価値が
あるものでしょうか。

グループでいろいろな意見を出し合い、
知識を構成するというものではなく、
単に、どこかに書いてある
知識を見つけるというだけの作業です。

いわゆるひとつの、
「活動ありて学びなし」
「はいまわるだけのアクティブラーニング」
というやつです。

グループなので、
教師から指名されるプレッシャーはないので、
安全安心の場といえるかもしれませんが、
このようなグループワークからは
フリーライダーや「浮きこぼれ」が
出現しやすいですね。

それは問いの立て方に問題があるから
といえるのではないでしょうか。


最後のパターン③です。
生きる力授業③LT

私は、このように、問を、
自分事として考えることができるような
価値のあるカタチ
(「パワフルな問」「本質な問いかけ」)
に組み替えて生徒に提示し、
それを様々な活動を通して深め、
解決に向かわせ、
持続する理解、他に転移する能力を培うことが、
授業をALにすることではないかと思います。

このような展開にすると、
生徒のパフォーマンスや、
それによって得られた成果物を
評価することにもつながるでしょう。

極端にいうと、ALは形ではなく
「パワフルな問」をどう提供するか、
といってもいいのではないかとも思うのです。


講演では、実際に先生方にパターン③で、
ワールドカフェ型+OST型
(なんちゃってですが)の
グループワークを経験してもらいました。

黒沢尻北高校の生徒の良さと課題について
全職員が、真剣に考えるという場面は
これまでなかったのではないでしょうか。

短時間で尻切れにしてしまいましたが、
考えを付箋紙によってまとめ、
成果物をある程度までつくることもできました。

この取組が、学校全体のグランドデザインや、
個人の授業改革につながっていく
きっかけになればと思っています。

黒沢尻北高校の先生方
ありがとうございました。

 

マインドセット

昨日は、岩手の黒沢尻北高校で
アクティブラーニングの講演を行いました。

今回は、アクティブラーニング(AL)
を行うためのポイントとして、
「マインドセット」と
「パワフルな問を立てること」
の2つを特に強調しました。

さて、マインドセットとは何か。

辞書(コトバンク)によると、
「マインドセットとは、考え方の
基本的な枠組みのこと」

とあります。

しかし、私は、
「生きる力」などと同じように、
マインドセットもやはり自分の言葉で
定義してみようと思います。

ALもそうですが、
「自分の言葉で、自分事として考える」
ことなしに、
使えるもの、生きたものとして
定着することはありません。

例えばこれを、

「行動と経験、教育などによって
形成される思考パラダイム、
心構え、信念や価値観。」


としてみます。

こりゃだめですね。
まだカリ・マネ(カリモノ・モノマネ)
の段階ですね^^。

「自分の世界を広げ、
人生を切り開くために
どう思考、判断、表現(行動)
を一体的に行うかという、
様々な事象に応じて持つべきスタンス。」


ではどうでしょう。

少しは、自分が感じていることに
近づいているような気がしますが、
回りくどいですね。

ところで、「set」は数学用語では
「集合」のことです。

すると、マインドセットとは、Mind Set
つまり、「マインドの集合体
という考え方がしっくりくるような気がします。

大分以前、
Marilyn Price-Mitchellさんという
発達心理学者のホームページの
The Compass Advantageという図に興味を抱き、
英語の勉強をかねて彼女のHPを
必死に和訳していたことがありました
(現在挫折中。誰か訳してくれないかしら)。

8つのコンパス01LT


ああ、これってマインドセットだなあ
と思ったものです。
(彼女のホームページはこちらです)
http://www.mpricemitchell.com/

そんなことを思い出しながら、
とりあえず私の考える
ALを成功させる12個のマインドを
配置してみました。

12個のマインドセットLT


私は、アクティブラーニングとは、
アクティブラーニング型授業と
教師のマインドセットが伴ってこそのもの、
と主張するものです。
そして、そこに更に、

「育てたい生徒像を自分たちの言葉で語る」
「そこにいる生徒や
地域を巻き込んで推進する」

というカリマネ(カリキュラムマネジメント)
が入ることで、「学校としてのAL」が
実現すると思うのです。

マインドセットLT


私は、ALをマインドセット抜きに、
単に「学習定着率を高めるための授業の一工夫」
とするだけでは、
逆に、教材への深いアプローチが失われ、
教師の自立性・創造性が損なわれる方向に
進んでいくのではないかと懸念します。

あるいは、「学力調査の平均点を高める」とか
「模試の偏差値を上げる」という
旧パラダイム型マインドでALが進められ、
教師や学校が評価されるならば、
ただでさえ多忙な教師は
ますます疲弊してしまうのではないか、
などと思うこの頃でもあります。

私は、人からALの推進者などといわれ、
穴があったら入りたいわけですが、
AL推進が、そんな方向にならないために、
ささやかながら今あちこちで話をしている
といっても過言ではありません。