鮭の遡上

今日は、入試説明会の用務のため、
勤労福祉会館に出張しました。

各校3分間の推薦入試の説明では、
最後の20秒で、
本校が期待する生徒像として、

わやかに挨拶ができ、
んろ意識をしっかり持って
ポーツと勉強が両立できる。
っきょく的な姿勢で、
とに向かって発信できる。

と、「さしすせそ」でまとめてみました。

さて、昼休み時間、
勤労福祉会館の近くにある、
北上川を橋の上から眺めてみたら
たくさんの鮭が川を遡上していました。

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産卵や放精のため、
鮭は海から最後の力を振り絞って
母なる川に帰ってくる、
母川回帰という習性です。

なぜ、生まれた川に回帰できるのか、
そのメカニズムは解明されていない
といわれます。

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息絶えている鮭を見つけました。
自分の死に場所を探すように、
生まれた川を目指し、
全力で遡上してくる様。
それはむしろ、
自らの役割を全うしようとする、
生への強い執念とも思え、
感動します。

実は、鮭からの、
「一日一日を精一杯生きよ」と、
私をエンカレッジしてくれる
メッセージなのかもしれません。






 

埼玉県立坂戸高校で講演

今日は、埼玉県立坂戸高校で講演を行いました。

坂戸高校は全校生徒数1000人を超え、
70名もの教職員がいらっしゃる大規模校です。

忙しい中にもかかわらず、
皆さんとても熱心に聴いて下さいました。

本当にありがとうございました。

そして、校長先生が一番前の席で、
メモを取り、時に頷きながら
聴いてくださる姿を拝見し、
学校改革や授業改善への
熱い思いを感じ、頭が下がりました。

講演では、
本校の参加型授業を語る前に、
導入として、授業改善に関わって、
最近私が耳にする質問や
疑問などについて提起しました。

それは、次のようなものです。

①よくある質問 その1
アクティブラーニングだろうが、
参加型授業であろうが、一方的な
授業であろうが、要は学力がつけ
ばいいのではないか。

②よくある質問 その2
ペア学習やグループ学習をやって
いれば教科書が終われない。
授業が遅れるのではないか。

③よくある質問 その3
アクティブラーニングや参加型授業
によって、大学入試に耐えうる
学力が身につくのか。

④よくある質問 その4
グループワークに馴染めない生徒
がいる場合どうするのか。
そもそも、意欲や関心を評価するのは
可能なのか。
それは傲慢な考えではないか。

⑤最近いただいたメールから
教師「教科書をていねいになぞる
One way授業、どこで授業の山場をつくるか、
というシナリオも必要ではないでしょうか」
校長「双方向の授業という理想論も
けっこうだか大体そういう授業は
教室の秩序が乱れて失敗する」

⑥中学校の授業研究会でのある風景
「先日、数学のグループ学習を行ったら、
生徒達だけで二次方程式の解の公式を
作りだした。
教師は何のアドバイスもしなかった。
生徒の自ら学ぶ力は素晴らしい。」

これらについて、講演の最後に、
私の考えや問題意識について述べました。
それは以下の通り。

①について
ここでいう「学力」とは何か。
それは、単に基礎的な知識・技能を
指すのではない。
知識・技能を活用し課題を解決
するために必要な思考・判断・表現力、
主体的に学習に取り組む態度も
学力の要素である。
また、企業の側では「学力」を
「学び続ける力」と捉えている。
それらを考えると、
一方的な注入型の授業では
「学力」をつけることは難しい。

②について
・授業とは教師が効率的に
教科書の内容を伝える場
ということなのだろうか。
教科書を早く終えて演習を行う
という授業で、
我々は生徒の創造力を伸ばし、
自ら学ぶ力を育ててきたのだろうか。
・ペアワークやグループ学習にも
いろいろある。
ジグゾー法、反転学習などは
工夫によってはむしろ教科書を
早く終えることも可能。

③について
・参加型授業とはパターン化された
スペシャルな授業メソッドではない。
骨太の学びを提供するための
工夫を凝らした授業である。
グループに拘る必要はない。
・大学入試が活用力を見るような
問題づくりに舵を切っている
ことにも留意したい。
・大学入試の問題を一方的に
教え込む授業で我々は成功してきたのか?

④について
・グループワークに拘る必要はない。
しかし、他者と繋がり、傾聴する力や、
協働で問題解決する力は、
授業の中で育てていくことができる。 
・大学のAO・推薦入試での志望理由書や
自己評価書などは、
まさに意欲・関心・態度を評価しよう
というものである。
高校の教師は、その評価を高めようと
懸命に指導するのに、
自分の授業では
そういう評価を否定するのはなぜ?
・数学の言葉で言うと、あらゆる分野で、
関数の値(それまでの実績)の評価とともに、
関数の微分係数(今後の方向性)の評価がある。

⑤について
・「アクティブな授業」=「楽しく賑やかな授業」
と勘違いしてはいけない。
・国際社会に生徒を送り出す教師は、
キャリア教育を自らの生き方で体現しながら
生徒に示し、語る者として、
今こそ、他校、他の職種や、世代を越えての
ネットワークを作るべきである。
集団指導ができない教師や、
やろうとしない教師は、
そのような行動ができない。

⑥について
・生徒の主体性を育てることは、
単に見守ることとは違う。この生徒は、
教師が適切に助言や指導をすれば、
もっと高所に到達できたのではないか。
・逆に、チョーク&トークだけで
指導力のある教師が、
時に、アクティブな手法を
取り入れれば鬼に金棒ではないか。
・参加型授業は、トレーニング型の授業や、
偏差値による定点観測を
一律に否定するものではない。
・学校目標や生徒の実態にあわせて、
学校独自の参加型授業を
全職員でつくりあげていくことが大切。

長くなってしまいました。

坂戸高校演題

教頭先生が書かれた演題。素晴らしい!
教頭先生には、
送り迎えなどもしていただき、
本当にお世話になりました。

坂戸高校の皆様、ありがとうございました。

ご静聴ありがとうございました。



 

韓国訪問

アジアの国々の青少年親交のために
外務省が行っている事業に、
「21世紀東アジア青少年大交流計画
JENESYS
Japan-East Asia Network of Exchange
 for Students and Youths)」
というものがあります。

その中に、韓国との交流事業があり、
先日、本県から50名、本校から6名の
生徒が派遣され、
5日間韓国に滞在し日韓の交流を深めました。

昨日、帰国した彼女達が
報告を行いました。

6人が共通して話していたことは、
○ 韓国では日常的に反日教育が行われている
  という先入観を抱いていた。
○ ところが、訪問した学校は、とてもフレンドリーで、
  反日的な雰囲気は全く無かった。
○ ホームステイ先でもとても温かく迎えてくれた。
○ コミュニケーションは英語が中心だったが、
  韓国の学生が日本語で話しかけてくれた。
  韓国では外国語として英語と日本語を
  学んでいる人たちも多い。
○ マスコミやネットでの情報だけを鵜呑みにしないこと、
  自分の目で見て体験することの大切さがわかった。

「文化の力」は時に「政治力や武力」に勝る。
また、若い世代どうしの小さな行動が、
国レベルの外交を動かすこともある。

皆さんの経験が、アジア友好への
次の一歩に繋がることを期待しています。

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参加型授業のスピリッツ

今日、たまたま、
平成10年に出された中教審答申
「新しい時代を拓く心を育てるために」
-次世代を育てる心を失う危機-
を読み直す機会があった。

そこには、
「親にとっての子どもの位置付けと
過干渉の問題」として、
次のようなことが書かれている。

今日の親は、
「神のように人智を超えたもの
から子どもを授かった」
という思いが薄れ、
「子どもは親の計画的な決断によって
生まれてきたもの」
という認識が強くなっている。
そのため、時には子どもは、親の生産物、
持ち物のようになり、
子どもの希望や個性よりも、
親の趣味や嗜好、自己愛や
虚栄心の方が優先されてしまっている。
「いい学校=いい会社=幸せな人生」
といった既に崩れつつある図式を頑なに信じ、
早い時期から過度に知育に偏った教育に邁進して、
子どもの生活を細かく管理しようとする
親の姿にそうした意識を見ることができる。

親は過干渉を見直し、
意識を変えていく必要がある。


この文章を読んで。はたと思った。
これは、教育にも当てはまる
部分があるのではないか。

上の傍線部分を
学校教育のアナロジーと見て、
書き換えてみよう。

時には生徒は、教師の生産物、
持ち物のようになり、
生徒の希望や個性よりも、
教師の都合や、指導の効率性、
自分のクラスの偏差値や
進路実績を上げるという功名心や
虚栄心の方が優先されてしまっている。
「いい学校=いい会社=幸せな人生」
といった既に崩れつつある図式を頑なに信じ、
早い時期から過度に知識・技能に偏った
教育に邁進して、
生徒の勉強を細かく管理しようとする
教師の姿にそうした意識を見ることができる。
教師はそのことを見直し、
意識を変えていく必要がある。


盛岡三高の「参加型授業」は、
単に学習定着率を上げるための
手軽なメソッドではない。
これは、上に述べたような問題意識から出発し、
当時の教員が侃々諤々意見を戦わせながら
生み出した、一つの信念でありスピリッツなのだ。

 

おしょす

昨日、卒業生のお母さんから、
自作のメモ帳とダイアリをいただきました。

おしょす01

おしょす03


名付けて
「盛岡おしょすガール」と
「2015おしょすダイアリー」

つまりコンセプトは「おしょす」です。

「おしょす」とは、
恥ずかしい、照れる、愚かだ、
などの意味ですが、
笑止(笑われそうな様)が語源
だともいわれます。

でもこれは、盛岡の誇る!? 
とてもいい言葉だと思います。

恥を知ること。
奥ゆかしく、一歩下がって
相手を立てること。

それが「おしょす」文化。


そんな「おしょす」や「やんた」
という言葉を、
少女漫画キャラのキラキラの娘が
発するという、
一種の不条理感に、
何となく1970年代のロックで
ポップなテイストを感じます。

ありがとうございます。

この「おしょす」セットを欲しい方は
私にメール下さい。

おしょす04

おしょす02
 

情熱のフラメンコギター

ラフランス温泉に行ったら、
銀杏の黄色がとてもきれいでした。

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そして、今日は何と
カボチャ風呂でした。

ハロウィンモードで
カボチャもたくさんありました。

2014ハロウィン

何かと黄色っぽい一日でした。


さて、ライブのご案内です。
11月6日(木)カクテルバーespritで
フラメンコギターの伊藤芳輝さんの
ソロライブが行われます。

フラメンコ


伊藤芳輝さんのプロフィールはこちら
 ↓
http://www.spanishconnection.jp/profile_ito.html


カクテルと素敵な音楽でおしゃれな夜を

19:00開演1カクテル付3,500円です。


 

鵬同窓会総会+渋谷毅トリオ

昨日は、鵬同窓会が
ベルオーブで行われました。

私は、盛岡三高の現職員であり、
同窓生でもあります。

また、十数年前には、盛岡三高に
勤務した旧職員でもありますので、
たくさんの教え子との出会いもありました。

皆さんキラキラとしていて、
自慢の教え子たちです。
鵬同窓会02
担任した臼井さんは、
今年本校で保健講話の講師として
講演をしていただきました。


鵬同窓会01
40回生の仲間たちと。
深田さんにはこの10月から
同窓会の新理事になっていただきました。


懇親会終了後、教え子のIさんなどに
誘われてスペイン倶楽部に。

オーナーの西部さんと
お話をさせていただきました。

西部さんはサックス奏者であり、
先日行われた岩手ジャズでは、
ランディブレッカー(tp)と
白熱の共演を行いました!

歳をとっても、進化している凄い方です。

そして、この日は、
なんと渋谷毅トリオが出演していて、
堪能することができました。

My One And Only Loveの演奏を聴いたとき、
ハッと気づきました。

私が渋谷毅さんを最初に聴いたのは大学の時で、
私が当時心酔し、追いかけていた
ボーカリスト酒井俊のアルバム「Shun」でした。
渋谷毅酒井俊

そのときの渋谷毅さんのピアノは、
優しく、美しくバラードを奏で、
ボーカルを引き立てていました。

私は、このアルバムをきっかけに
ジャズの世界にハマっていったと思います。

そういう意味で私の中で「shun」は
特別なアルバムです。

今日の渋谷さんのピアノを聴いて、
そんな昔のことを懐かしく思い出しました。

とても楽しい一日を、最後にしっとりと
締めくくることができました。






 

理想の答案

今、盛岡三高3年の数学科がとても熱いです。

どの授業でも、生徒が黒板で、
全体に説明する姿が見られます。

3年の数学科3人が話し合い、
表現することで、思考を整理させたいということで、
生徒のプレゼンの場面を設けることにしたとのこと。

3年生の今の段階になると、
教師が一方的に解説しながら、
問題数を数多くこなすことに走りがちですが、
さすが本校の数学科は一味違いますね。

さて、昨日、小瀬川先生から
「理想の答案グランプリ」の審査を頼まれました。
彼のクラスで、
理想の答案を作るという課題を与えたとのこと。

問題はこれです。
理想の答案1

60人のクラスなので、60もの答案が出そろい、
その中からベスト3が選出されました。

「理想の答案づくり」を行うことで、
「答案の構想」を
いかに「数学の言語で表現」できるかという、
思考と表現を一体的に進める大きな力が
培われると思います。

そして、答案づくりは、
問題を読み解く力を育てるとも思います。

更に、それを「グランプリ」として競わせることで、
採点者の立場で問題を俯瞰することや、
ポイントゲットするために、
より発展的に問題を分析するなど、
プラスアルファの思考も働くと思います。

私は、3つに絞られたものから
順位をつけることを頼まれましたが、
それぞれに、見せ場、ストーリーがあり、
とても楽しく問題を読ませてもらいました。

このような遊び心を持たせながらも、
工夫を凝らし、
受験に耐える学力をつけていこうという
取組みに、数学教師としての
プロフェッショナリズムと、そして、
生徒を高所に導こうという情熱を感じました。

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用意された解答用紙には、サイドに、
構想と必要事項を書く欄が設けられている。

risotoan-02.jpg
グランプリなので、説明が丁寧になる
→自身の理解が深まる

risotoan-01.jpg
表や、グラフなどの図解を入れて、
人に優しい答案づくりを目指している。



 

おばけのしもまっち

私が親しくさせていただいている、
山形大学のI教授のこどもさん
(小6の娘と年長の息子)が
私の描く「しもまっち」を気に入って
くれていているとの話をいただきました。

二人のお子さんは「しもまっち」を
おばけと考えて、新しいキャラクタをつくったり
お話を作ったりしているとのこと。

先日、息子さんの考えた
「しもまっちファミリー」と、
娘さんの描いた4コマ漫画をメールでいただきました。

ここでは、特別に息子さんが、
このブログ掲載のために
「描き下ろして」くれた作品を、
作者の許諾を得て!紹介いたします。

しもまっちあそぼ3


しもまっちファミリーが
滑り台で遊んでいる絵です。
「しもまっち」の他に
「しもかく」「しもまる」
「しもしか」「しもほそ」がいます。

全部が幾何学的で、
そして、トポロジー的に合同なキャラですね。
さすが、可積分幾何を専門とする数学者の息子!

いやあ、本当に嬉しいですね! 
これからもたくさん描いてくださいね。


皆さんどうぞ「拍手」を下さいませ。


 

チーム力

今日のホットニュース。
駅伝で本校チームが5位入賞!
見事東北大会出場を果たしました。

この駅伝もそうですが、
盛岡三高の強さは、
一人のスーパースターの活躍より、
チームのまとまりの力によるものと
私は思っています。

インターハイや全国選抜に進んだ
新体操やボート男女はまさにそうですね。

優勝まではいかなくても、
野球の活躍もそうですし、
バスケット、バレーは
男女とも4強の力を持っています。
ハンドやサッカーにしてもそれに遜色ない
チーム力を誇っています。


さて、話は変わりますが、
今日、紫波第三中学校で、
県教委主催の英語の授業力向上セミナー
が行われました。

これは、中学校の先生方を対象とした
公開授業とワークショップなのですが、
このセミナーに、本校から、
テニスの東北大会引率の教員1名を除く
英語科8人全員が参加しました。

更に、山形県から研修に来られている
2人の先生と、ALTのジェフも含めて
総勢何と11名が参加しました。

実は、昨年度も上田中学校で行われた
このセミナーにも多数参加し、
中学校の担当指導主事から、
驚きとともに、とても感謝されました。

このセミナーは、予備校が行う
進学対策という性質のものではなく、
純粋に授業力向上を考えるものです。

三高の英語科は
「中学校での授業はどのように行われているか」
「中学校との連携・接続をどのように行うべきか」
などを全員で共通理解し、
今の盛岡三高の授業に活かしたい
という気持ちで自発的に全員が参加したのです。

これは、他の学校では恐らく真似のできない、
盛岡三高ならではの素晴らしいチーム力ですね。

このような骨太で、ポジティブな活動は、
必ず生徒に還元されていくと私は信じています。



生徒も、先生も、三高が誇るのはチーム力です。


 

国語・地歴公開授業

今日は、神奈川県立霧ヶ丘高校から
本校を訪れた、2人のフレッシュな先生の
応対をしました。
その一人である、国語科の木和田先生とは、
私が、8月に産業能率大のフォーラムでお話
させていただいたときに出会いました。

その縁で、是非本校の参加型授業を参観したい
と、はるばる神奈川から、もう一人の若い
地歴の先生を連れていらっしゃいました。

本校では、学校訪問に来られる先生の教科に
併せて、授業公開をセッティングしています。

そのことによって、公開授業を行う教員も
授業力向上を目指す、win-win型の
取組みを意図しています。


午前中は、高屋先生(倫理)、山中先生(古文)、
竹下先生(漢文)、斎藤先生(世界史)
の入魂の参加型授業を見ていただきました。

それぞれの先生の、工夫と仕掛け、そして
何より、生徒のアクティビティが素晴らしかったですね!

午後は、山形の二人の先生も交え、授業改善について
の話をたっぷりとさせていただきました。

またいつかお会いできることを楽しみにしています。

お疲れ様でした。

横浜ビール
沢山お土産をいただきました。
横浜ビールありがとうございます。









 

神奈川県から若い先生がやってきました

明日一日、本校の授業を参観するために、
今日の夜に、神奈川県から
盛岡に到着した先生方と懇談し、
今家に着いたところです。

若い先生ですが、意識の高さと、
フットワークの軽さに驚くとともに、
頭の下がる思いをしました。

本校には、このように意識の高い
先生方が全国から集まります。

それを、自分たちの力量(教師も生徒も)を
高めるよい機会と捉えて
いかなければなりませんね。

人生は掛け算。
どんなにチャンスが巡ってきても、
自分がゼロならみんなゼロ。

というような歌がありました。(少し違うかも)

今、盛岡三高の「参加型授業」は
全国から注目されています。
それは、本校が学校力を高める
チャンスだと思います。

その時、迎える我々が1より大きくないと、
その成果(積)は期待されるものにはなりません。
しかし、とはいっても、
素晴らしい授業を提示しようとするあまり、
変調な、一時しのぎのことをするのでは
意味がありません。

それより、いいものを提示しようと
努力することこそが大切なのだと思います。

明日は我々にできる精一杯のことをしたいと思います。

 

生徒のノートに勇気をもらう

昨日書類を整理していたら、
十数年前、盛岡三高に勤務していた時の
生徒のノートが出てきました。

彼女は、数学は大の苦手で、
数学の課題をこなすことが苦痛でした。

でも、絵を描いたり、本を読んだり、
小説を創作することが大好きな生徒でした。

そこで、彼女は、
自分の得意分野を数学のノートに活かしました。

イラストや短文を散りばめた、
とてもカラフルな「炎のテストノート」
づくりを始めたのです。

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私がそれを見て、喜んで褒めまくっていたら、
1年間で数学の成績もグングン伸びたのです。

論語の一節に
「これを知る者はこれを好む者に如かず
これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」
(知ることは好きであることに及ばない。
好きであることは楽しむことに及ばない)

とありますが、彼女は楽しむことから
数学嫌いの自分を克服したのでした。

私は、彼女が卒業するとき、
そのノートをいただきました。

このノートは、彼女自身が
自分を鼓舞するために作ったものです。

でも、それは、私自身に、今でも
元気や勇気を与えてくれる一冊でもあります。

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教師は生徒に育てられる。


 

「マミイキッチン」から「働くこと」を考える

本校の購買に来ていただいている
マミイキッチンさんは、
当初は、オニギリ、海苔巻だけでしたが、
今は、オリジナルの「三高いなり」に始まり、
ピロシキ、ぼうギョウザ、ハッシュドポテト、
ライスハンバーグ、パングラタン・・・
と次々と新メニューを持ってきてくれます。

まみい01

まみい02


ママさんは、料理を作ること、
そして、新メニューを考えることが
楽しくて楽しくてしょうがないのだそうです。


定番のオニギリを、需要と供給の
バランスを考えながら提供すれば、
一定の利益があがるでしょう。

そして、新メニューを考えることは、
時間も、コストも、そして売れるかどうかの
リスクもあるはずです。

それなのに、なぜ、苦労してそのような
工夫を凝らしたものを提供するのでしょう。

ここに、「働く」ということを考えるときの
一つのヒントがありそうな気がします。

働くとは

「生活のために収入を得ること」

しかしそれだけではない。

「誰かを幸せにすること」
(誰かの役に立つこと)

でもそれだけでもない。

「自分がその仕事によって楽しい生き方ができること」

でもあるのです。

マミイキッチンさんは、きっと、
食べてくれる三高生の顔を思い浮かべ、
三高生の笑顔のために仕事をしている。
そして、それがきっと、新メニューを開発したり、
ポップを書いたりする原動力になる。
作ることが楽しくて、アイデアが次々湧き出る。
そして、その新作を生徒が喜んでくれる。
それが嬉しくて、自分も幸せになる。

この循環が「働くこと」なのだと思います。



 

ノンクトンクと綾戸智絵

今日、書道部・華道部合同展に出かけた後、
ジムでトレーニングし、
その後、盛岡が世界に誇るジャズ喫茶
「ノンクトンク」でジャズを聴きながら、
ぼーっとしていました。

広くてお洒落な空間で、
音を静かに浴びることで心も身体も癒されます。

マスターとママさんと、綾戸智絵トークをしました。

実は、来週の日曜日、綾戸智絵のライブが、
ここノンクトンクで行われます。

綾戸さん本人から、ノンクトンク25周年のお祝いに、
東京から駆けつけてくれるとの電話があったそうです。
何と、当日朝に東京を発ち、ライブ後に、
最終の新幹線で帰るという、
まさにノンクトンクのためだけに来盛されるとのこと。

私は、1998年に綾戸さんのファーストアルバム
For All We Know を聞いてぶっ飛び、
以来、リリースされる度に
彼女のアルバムを買いまくりました。
今は、「智絵熱」も覚めましたが、
アルバムの数を数えてみたら12枚もありました。

綾戸01


綾戸智絵とノンクトンクの関係はとても古く、
彼女は、ここでのライブをきっかけに
ブレイクしたといってもいいと思います。

ファーストアルバムのライナーノートに、
児山紀芳氏が、
綾戸千絵とノンクトンクとの関係について
こんなことを書いています。

<前略>
さらに1月15日(1998年)に、盛岡の「のんくとんく」で
歌ってもらいたいと彼女にお願いした。
毎年成人の日にその年一番期待される
ミュージッシャンに白羽の矢を立てて、
「のんくとんく」でライブを行うのが
10年前からの恒例となっている。
もちろん、盛岡の人たちは綾戸智絵といっても
知っているはずもなかった。
公式にはまだ一枚もCDはないわけだし、
第一、私自身も数か月前に始めて
ライブに接したばかりという具合なのだ。

しかし、盛岡の友人たちは、私の“智絵熱”に
共鳴してくれて、ライブを楽しみに待ってくれた。
<中略>
盛岡でのライブは文字通り
「music speaks itself」だった。
彼女は2時間あまり、ピアノを弾き、
ジャズとゴスペルを歌って
何度となくアンコールに応え、
聴き手の魂を揺さぶり続けた。
涙を流しながら聴いている人もいた。
ライブが終わった後、何人かの人たちは
腰が抜けたようになり、
すぐには客席から立ち上がれなかった。
誰もが初めて聴く綾戸智絵に大きな衝撃を受けた。
<中略>
聴くところによれば、かねてから抗ガン剤による
治療を続けてきた彼女が
喉にポリープのようなものができたと変調に気づいて、
いくつもの病院で診てもらい、
その結果「歌えるのはあと1年位かもしれない」
と宣言されたのは数年前のことという。

以来彼女は、
「このステージが最後になるかもしれない」
という思いを抱きつつ身体を張って
毎回ライブをつとめてきたのだ。
一回ステージをつとめると、声がかすれるので、
数日は休まないと次のステージには立てない・・・
そういう数年間が続いている。
しかし、それでも彼女は歌うことをあきらめない。
歌は彼女の生き甲斐、生きていることの証なのだ。
これ以上は書かないが、
綾戸智絵のパフォーマンスが
聴き手の心を揺さぶるのは
彼女はひとつひとつの曲に彼女の全人生・命を
賭けているからに他ならない。

(CHIE AYADO /FOR ALL WE KNOW
ライナーノート(智絵さんをめぐって)より抜粋)

綾戸智絵は、
今やテレビでも売れっ子になりましたが、
このように、各地にいる昔からのファンを大切に、
利益度外視で、歌う活動を続けているのですね。

綾戸02
綾戸智絵ファーストアルバムの上に
ノンクトンクのフライヤを置いてみた



 

なんでしょう

じっと見ると動物のように見えます。

imo.jpg


名付けて・・・
「小首を傾げ佇むヒツジ」
「謎の見返り豚」
「宇宙からやってきたカモ」
「奇妙なスフィンクス」

妻の実家で獲れたジャガイモでした。


 

震災遺構について学ぶ

一昨日は、2年生のSD総合の授業で、
宮古市の副市長である
名越一郎先生をお招きして講演会を行いました。

名越先生は、大阪出身で、
東大法学部を卒業後、平成12年に自治省に入省し、
平成19年の和歌山市財政局長、
平成22年に総務省消防庁総務課長補佐を歴任され、
震災後の平成23年から宮古市の副市長に就任しました。

震災復興は、もちろん地元の人間が
中心となり行うのですが、
より早い復興と安全・安心なまちづくりの実現のため、
総務省から優れた見識と判断力と行動力、
そしてグローバルな視点を持つ職員を被災地に配置する
という国の方針によって名越先生は就任されました。

さて、現在、2年生は、SD総合の時間に
ディベートを行っていますが、
後期から震災遺構維持の可否を
テーマに取り組んでいきます。

もちろん、ディベートという場面で、
論理的思考力や発展的対話力を磨くことが
一つの目標ですが、
現2年生が、昨年度から行ってきた
震災復興と防災についての延長線上の取組みとして、
今後の復興の在り方について
深い考察を行うということも大きな眼目です。

私はこの日、
中学校での講演会に行かなければならず、
冒頭の講師紹介をさせていただいた後、
講演を聴かずに失礼してしまいました。

後で聞いたところ、
先生から復興や震災遺構についての現状や課題、
展望、そして復興まちづくりのための合意形成
など非常に参考になるお話を伺えたとのことです。

ところで、盛岡三高の校訓の一つは「鴻鵠の志」です。

これは、12年前、
本校が創立40周年を迎えるにあたり、
生徒から出されて制定されたものです。

名越先生は、キャリアとして
国家全体のために高い志を持ちながら、
岩手に単身で4年間にわたり
復興に尽くされています。
その姿に、「鴻鵠の志」、「noblesse oblige」の
体現者としての先生の生き方を
垣間見ることができます。

今回の名越先生との出会いは、
「鴻鵠の志」を校訓とする三高生が今後自覚を持って、
学び、行動するためにもとても
貴重な経験だったのではないかと思います。

名越先生ありがとうございました。

nagosi.jpg
何とか最後の場面に間に合いました。
生徒から多くの質問が寄せられ、
名越先生は三高生の意識の高さに感心していました。


 

SSH三校合同中間発表会

明日土曜日は、
本校で県内SSH指定校による
合同中間発表会が行われます。

10時頃に学校にいらっしゃれば、
生徒のポスタープレゼンテーションを
自由に聞くことができます。

どうぞ皆さんおいで下さい。

因みに、今回の数学部門の
発表の要旨は以下の通りです。


●The probability of SEKIGAE  
私たちは,身の回りで起きる不思議なことを数学的に解明しようと、
「席替えをして席が替わらない」、「好きな人と近くの席になる」など
みんなが気になるような確率を数学的に調べようと思った。
完全順列を用いてn人で席替えをしたとしてn人全員の席が以前とは
異なるのは何通りあるのかというモンモール数を求め、
それを利用した確率を調べる。人数を変えると確率がどのように
変化するのかをグラフにまとめる。
また、全員の席が変わる場合の期待値をまとめた結果、
人数を変えたとしても、1で一定になっていることや、数列、
モンモール数と関係していることがわかった。

●無理数と数列                           
私たちは,数列を用いて自然数nの平方根の近似値を出す方法
について調べた。例として、√3の場合を考えた。√3に近い値の分数を
いくつか調べたところ、分数の分子・分母は規則的に変化しており、
それぞれの変化の仕方について式で表すことができた。 

●本当に病気なのか ~ベイズの定理からの考察~            
本研究の目的はインフルエンザの検査結果が本当に正しいのか
ということと再検査でどのくらい正確さがあがるかを明確にすることである。
ベイズの定理を用いて全国民が検査を受けた場合、陽性と判定された人が
本当に陽性である確率を求める。
一次検査の結果は50.0%だった。再検査をするとその値が上がる。
一次検査の結果の理由は、陽性の人が陽性と判定される確率が、
陰性の人が陽性と判定される確率を下回っているからだと考える。

●効率の良さを決めるのは、あ・な・た ~ぐ・ちょき・ぱー~           
大人数からじゃんけんで1人を選ぶにはどうすれば効率が良いのか
と思い研究を行った。効率が良い方法を「最も少ない回数で大人数(36人)から
1人を選ぶことができる方法」とした。
トーナメント方式で様々な分け方をし、期待値を用いた理論値とExcelを用いた
模擬実験値の2つの値でじゃんけんの回数を数えた。
36人の場合初回を4人ずつ9グループに分け、2回目以降は3人ずつで
組んでいったものが最も効率が良かった。
将来的には大人数をn人として効率が良い方法を探っていきたい。

●魔方陣                               
連続した自然数が正方形のマスのなかに並べられていて、
それらの列、行、2本の対角線の総和がすべて同じ数になっています。
私達は、様々な魔方陣の作り方を学び、9次までの魔方陣の作成する一方、
魔方陣の存在などについての証明を進めてきました。
今後は、7次方陣の存在数の予測や、
汎魔方陣などの他の方陣の研究を行う予定です。


皆さん意欲的ですね。
明日の発表が楽しみです。

 

人生とは「選択」である

今日は、滝沢南中学校で
進路講演を行いました。

takinan.jpg


3年生の生徒と保護者、
300名近くの皆さんが集まり、
とても元気よく、熱心に聴いて下さいました。

今回は、生徒の皆さんに
こんな問題を考えてもらいました。

「人生とは○○である」
○○にあなたなら何を入れますか?

ペアでいろいろ出し合ってもらいました。

私の用意した答えは
「人生とは選択である」です。

これは、どんな「選択」をしたかによって
運命が決まるという意味ではありません。

まず、「選択」するために、
自分のことや、進路先のことを
真剣に「考える」こと、
そして、「選択」したことに
自分が責任を持つことが重要です。

そして、どんな道を「選択」したとしても、
そこに、いい悪いは無くて、
その後の生き方次第で、
いつでも自分のやりたいことや
夢を見つけることができるのです。

例えば、自分が行きたかった学校や、
やりたかった仕事につけなかったとしても、
最終的に自分が選択した進路であるならば、
その中で生き甲斐を見つけることができるのです。

よく「夢を持ち続けろ」といいます。
もちろんそれは大切だけれども、
夢を追いかけ、夢に破れ、
立ち直れなくなってはいけない。

どんな小さな世界でも
自分を輝かせる場があると信じ、
柔軟に自分を変えていける力を
持つことも大切だと私は思います。

今日の講演では、
こんな話をして、生徒の皆さんに
「キャリアアダプタビリティ」
という言葉を覚えてもらいました。


 

できないこと

上原ひろみさん
私が今一番好きなピアニストです。

彼女の記事はここ

彼女はこんなことを言っています

「できない」ことはネガティブだけど
なぜできないのか理由を探すこと、
どうすればできるようになるかを
考えることはポジティブである。


私は、さすがに三十年以上も
数学教師として、飯を食ってきましたので、
数学や、授業改善については、
いっぱしに人に語れることはあります。

でも、生徒の抱える、
生活や進路などの悩みのすべてに
自信を持ってこたえることは
もちろんできません。

そして、私は教師として、
あるいは、人間として欠けている部分、
できない部分が、
人よりたくさんあると思います。

ただ、
そんな私が自慢できる部分があるとすれば
それは、
できない自分を自覚していること、かな。
(自慢ではないか)

そして、私よりずっと若い人から
教えを乞うことを
厭わないことかと思います。
(自慢ではないですね)

昨日は、
私の持っていないものを持っている、
とてもクールで、キラキラしている
人たちとの出会いがあり、
とても充実した一日を送ることができました。

私を含め、年配の教師は、若い人たちや、
異業種の方々に敬意を払って、
素直な気持ちでもっと学んでいくべきだなあ
と思った台風前夜でした。


 

アクティブラーニングと参加型授業

最近は、何かと
「アクティブラーニング」
という言葉が躍っています。

本校の「参加型授業」も、
いわば
「盛岡三高型アクティブラーニング」
ということなのでしょう。

でも、私は敢えて「参加型」
という言葉に
少し拘ってみたいと考えています。

授業改善、授業力向上といったとき、
そこにはいくつかの観点があります。

かつては、知識や技能は
「大量に」、「一斉に」、「効率的に」教える、
という考え方が主でした。
そんな中での授業改善とは、
能力別クラス編成など、
教える側の都合という視点で
行われていたと思います。
その結果として、
多くの弊害が生み出されたことも事実です。

その反省や、
それまでの大量生産型社会が行き詰まり、
新しい価値観が求められ、
教育や学力に対する考え方も
大きく変化していく中で、
今まさに、アクティブラーニングが
脚光を浴びているということだと思います。

アクティブラーニングでは、
教師の授業技術を云々するというより、
集団の中で、
教えあいなどの主体的な活動を通して、
学習定着率を高め、
結果として学力の向上を図る
というのが目指すところでしょう。

アクティブラーニングのセミナーなどで用いられる
ラーニングピラミッドは、
いかにして学習定着率を高めるか
を示す一つのモデルですね。

ラーニングピラミッド01


さて、ここで、本校の「参加型」の意味を
考えてみたいと思います。

私は、「参加型授業」を、
アクティブな授業形態を指すだけでなく、
共生社会の実現に寄与するための
「マインドの育成」
という視点で捉えてみようと思っています。

今、特別支援教育の推進が
謳われて久しいのですが、
特別支援教育とは、
特別な場で、
特別の資格を持つ教員が行う教育
だけではなく、
すべての学校のすべての教員が
行うべきものであるという
考え方が強くいわれています。

それは、単に障害者が生きやすいような
優しい世の中をつくるというだけでなく、
特別支援教育をすべての人が理解し
推進することが、
ひいては共生社会の実現につながる
という意味を持っているからです。

共生社会とは、誰もが互いに尊重し、
支えあい、他者の意見を傾聴し、
相互に認め合う社会、

それは、障害者を含め、
あらゆる特性(個性)も
社会の構成者として活躍し
貢献することを保証する社会ともいえます。
つまり、全員参加型の社会です。

それは、寛容な社会という一面だけではなく、
行き詰った社会に変革をもたらす
非常にポジティブな戦略と
考えてもいいのではないかと思います。

ポスト産業主義社会と言われる今、
均質と効率性という価値観や、
一斉労働とピラミッド型上意下達の労働組織
という考えは崩れ、
今は、自身の特性を活かしつつ、
他者と繋がって、
集団や組織の目標達成に貢献できる
人材が求められています。

様々な人々とプロジェクトで繋がり、
異なる分野とジャンルを超えて
コラボレートする。
他者と積極的に関わり社会参画を試みる。

このような中で、
新しい価値は創造されていく、
これをイノベーションというのでしょう。


盛岡三高の「参加型授業」を、
このような
「様々な人々の多様なあり方を認め合う
全員参加型の共生社会を築くための準備の場」
という文脈で捉えることで、
学校が社会に果たす責任という意味から、
授業の在り方を提起するもの
となるのではないかと思います。

長文にお付き合い下さりありがとうございました。






 

グループワークをスムーズに行うためのアイスブレイク

先日の仙台二高での授業からの話題です。
初対面だったこと、
微分の応用の時間だったこと、
そして彼らは恐らくあまりグループワークを
経験していないと思われたこと、
などから、
オープニングにこんなゲームを行いました。

今日は微分の授業なので、
「分」のつく数学用語をグループ内で協力して、
できるだけたくさん書き出して下さい。
時間は30秒です。
最も多く書き出したグループには
素敵なプレゼントがあります! 
では、スタート!


他の班に聞かれないように、
体を寄せて、小声で相談したり、
話し手(発信)と書き手(傾聴)が
テンポよく対応しあうことによって、
グループ内の融和が深まり、
協力する態勢が作られます。

分のつくもの

さて、皆さんは「分」のつく数学用語
いくつあげられますか?

今回は「分」でしたが、
例えば方程式などを学んでいるときは、
「~式」という言葉を探せ!
(この場合は「卒業式」などの
数学以外の言葉も可とする)
なんていう活動もいいですよ。


生徒達からでてきた解答は
「微分」「積分」「分数」「仮分数」「帯分数」
「分母」「分子」「内分」「外分」「因数分解」
「約分」「通分」「素因数分解」・・・・・

ちなみに優勝した班は
30秒で11個も見つけました。

優勝した班には、
「あなたと夜と数学と」のチロルチョコをプレゼント!

deco-01.png



これは、自分のオリジナルチョコを
制作できるサイトで作ったものです。
 ↓
デコチョコのサイト

皆さんも活用してみては?





 

やらなきゃならない仕事リスト

9月から11月まで、公私ともに、
やらなければならない仕事が
目白押しの状況です。

そんな時、私は、節目節目に
「やらなきゃならない仕事リスト」
を作ることにしています。

今朝も、ランニングしながら
「この連休にやらなけりゃならない事」
を考えて、今、リストを作ったところです。

リストを作っていくと、
どんどんタスクを追加したくなって、
ちっぽけなものまで書いてしまったりします。
だんだん
「やらなきゃならない事リストを作ること」
なんてものまで書いたりして(笑)。

でも、これを作って、
仕事が1コずつ終わる度に、
蛍光ペンでマークしていくのは
快感です(私、変でしょうか)。

話は変わりますが、
私は手帳を持っていなくて、
スケッチブックを「アイパッド」ならぬ
「マイパッド」と称して、
日々の予定や、
やり終えたことなどを書いています。
マイパッド2
(やっぱり私、変でしょうか)


さて、話を戻しますが、
リストアップしていて
わかることがいくつかあります。

一つは、書き上げていく作業は、
自分の行動を見つめる
もう一人の自分に対する
メッセージではないかということ。

それは、人から言われて仕事をするより、
もう一人の(なりたい理想の)自分から
内発されて行動を起こす方が、
モチベーションも高まる
ということではないかと思います。

そして、もう一つわかることは、
リストアップするタスクを書き並べると
① やりたいし、やらなければならない仕事
② やりたくないけれど、
  どうしてもやらなければならない仕事
③ やらなくてもいいのに、
  どうしてもやりたい仕事

のように分類されていることに気づくことです。

私は、どんなに校務多忙でも
③のタイプの仕事を削ることができません。

例えば、参加型授業の授業動画を作ったり、
数学通信を作ったりなどです。

もしかしたら、このブログで
こんなことを書いていることもそうですね。

私は、同僚から「先生は暇だね」とか
「先生は好きだね」とよく言われます。
それは褒め言葉と受け取っておりますが・・・

でも、もし、②タイプの仕事ばかりに
追われていれば、
それは、飯は食えるけれど、
生き方としてつまらないかなと思います。

つまり、リストアップする作業は、
本当に自分がやりたい事を
明確にするということでもあるな、
と思うのです。


おっと、そんなことを考えている内に、
時間が経ってしまいました。

では、まずはミッション①

「机上整理をする!」から始めます (^^);;






 

マララさんノーベル平和賞

今日は、劇団四季の
JESUS CHRIST SUPER STAR
を観て、今帰ってきました。

本物の迫力は違いますね。
公演回数1400回を超える、
劇団四季のまさに珠玉の名作です。

jesus01.jpg


さて。

「数学教室」11月号が届きました。

数学教室11


今月号の連載
「数学という名の自由の翼」は、
正多角形の対角線の話題です。
興味のある方は買って読んでくださいね。


今日、帰りの車のテレビで、
ノーベル平和賞をマララ・ユスフザイさんが
受賞したことを知りました。

実は、私の連載
「数学という名の自由の翼」のタイトルや、
書く内容の方向性は、
国連で演説したマララさんの
言葉に触発されて決まりました。

連載1回目の4月号には、
次のようなことを書いています。
少し長いのですが紹介します。



<グローバリズムの話の後に続けて>

女子教育の権利を求めたことにより、
イスラム過激派「タリバン」に頭部を銃撃された
パキスタンの16歳の少女マララ・ユスフザイさんの、
国連での演説は非常に心を打つものであった。
マララさんは、
「タリバンは銃弾で私たちを黙らせようとしたが、
失敗した。
逆にそれによって、強さ、力、勇気が生まれた」
と力を込めた。
そして、彼女は、
「学ぶこと」の重要性について次の言葉で結んだ。

 One child, one teacher,
  one book and one pen
  can change the world.

本を読んで学ぶことは、
人よりよい成績を上げて
ビジネスチャンスを得るためではなく、
純粋に知にあこがれ、見聞を広げ、
その結果、より大きい
自由を得ることではないか。
それが一個の人間として、強さを持ち、
逞しく生きることにつながるのではないだろうか。

マララさんの16歳とは思えぬ
毅然とした演説を聞いて
私はそんな気持ちになった。

ところで、タリバンは、
「そんなに本が読みたければ、
余計なものではなく、
我々が用意している本を読みなさい」
ということを述べたそうである。

このようなタリバンの姿勢に、
不快感を持ち異議を唱える者もいるだろう。

しかし、自由な発想を封殺するような
ドリル型の授業、
数学の楽しさを教えない一方的な注入型の授業
が横行している日本だって、
タリバンの言っていることとそう変わらないともいえる。

とはいえ、グローバリズムを否定したとて、
私たちは、この先、子供たちを否応なく、
ボーダーレスの世界に送り出さなければならない。
これは避けては通れない道であろう。

私は、グローバル社会の中でものをいう学力とは、
偏差値に守られた学力ではなく、
好奇心に燃え、楽しく勉強することから
生まれるものであると思う。

そしてその楽しい経験を発信し、
国を越えて交流しあうことが、
私の考える草の根グローバリズムだ。

数学は世界の公用語である。
いわば、数学を勉強することは、
世界へ羽ばたき、自由を獲得するための
翼を手に入れること、
つまり、数学は「自由の翼」である。

数学という名の自由の翼を携えた子どもたちが、
世界中の仲間たちと
数学を論じ合うような社会を夢見たい。
(以下略)



マララさんのノーベル賞に
心からおめでとうといいたい。


 

濃密な二日間

8日・9日と、仙台二高で、
それはそれは、濃密な2日間を過ごしました。

8日は、渡邊校長先生とランチをご一緒し、
その後2時間ほど
授業参観させていただきました。

1年生の数学Aの授業では、
真摯な先生の思いが生徒に伝わる授業でした。
その後の懇親会でも、先生の授業改善に向けての
前向きな気持ちに心が打たれました。

また、3年生の授業は、
切頂多面体の自作模型を提示し、
イメージ化を促したり、
グループワークで展開することで、
難解な問題をわかりやすく
指導されており感心しました。

そして、
16:00から、80分間、講演を行いました。
kouen-01.jpg


最初の45分は、授業改善に関するテーマ、
残りの35分は、
数学の参加型授業を体験していただきました。

仙台二高の先生方の他に、
他校や、教育委員会の方々25名程参加され、
50名近い先生方に集まっていただきました。

そして、18:30からは、
数学科の先生方を中心に
懇親の席を設けていただき、
本校から参加した3人の教員も合流して、
とても有意義な情報交換を行うことができました。


そして、本日は、
3時間目が1年生に数学Aの授業、
4時間目に2年生に数学Ⅱの授業を
させていただきました。
1-2 03

2-4 02

2-4 03

今回は、盛岡三高流「参加型授業」を
体験してもらいました。

聡明でフレンドリーな
仙台二高の生徒の皆さんのおかげで、
とても気持ちよく終えることができました。

ラストは、
昼休み時間の数学を愛好する
生徒達との懇談でした。
仙台二集いフライヤ


仙台二数学愛好2

沢山の生徒が集まり、合同式、魔法陣、
不動点の話や、10年以上前に
仙台二高で行った授業の思い出など、
とりとめもない話をさせてもらいました。

これで、この2日間のミッションは無事終了。

校長先生からこの日もランチをご馳走になり、
そして、校舎を案内していただき、

仙台二高を後にしました。

尊敬する校長先生と、
素晴らしい先生方と生徒達と
こんなにも濃密に触れ合う
貴重な体験をさせていただき、
感謝の思いでいっぱいです。

講演や授業の内容については、
あたあらためて書きたいと思います。

仙台二高の皆様ありがとうございました。

仙台二ボロメオ
校内に掲げられている陶板壁画。
ボロメオの輪と、その中に見える
クローバーノット
(トリビアルノット(自明な結び目)でない、
最も単純な結び目、だったかな?)
に思わず数学的好奇心を抱きました。

仙台二キャプション
校舎内外の見どころの随処に、
校長先生がキャプションをつけています。
仙台二高の歴史の重みと、
校長先生の高校への強い思いを感じました。

仙台二囲碁
今年度、囲碁部が全国制覇。
灘・開成・筑駒・洛南など
そうそうたる学校と肩を並べる
まさに東北の雄であり、
公立の星である。

仙台二校長室にて
校長室にて。プレス用バックディスプレイ
をイメージしたシートの前で。
 

「キミのミライ発見」

今朝、アイカムズ・ラボの片野社長から、
昨日のエアドームの写真をいただきました。

airdome-s.jpg
サムネイルをクリックしてください

前列がアイカムのスタッフです。
左端が川村社長、その隣が武田会長、
お二人とも岩手県出身の方とのこと。

因みに、「アイカム」と
「アイカムズ・ラボ」は
社名が似ていますが、
特に関連企業ではありません。



さて、本日
河合塾の「キミのミライ発見」
というサイトの
高等学校における
アクティブラーニング型授業
の事例報告の記事に、
7月20日に大宮で行った
講演の様子が掲載されました。

ご覧下さい。
 ↓
「盛岡三高の参加型授業を語る」 


 

数学的帰納法とペアノの公理

一昨日、ある授業を覗いたら、
数学的帰納法の説明をしている
光景に出合いました。

その先生は、ドミノ倒しを例にあげて
説明していました。
ドミノが倒れるための条件、

①最初のドミノが倒れること(n=1のとき成り立つ)
②k番目のドミノが倒れればネクストの
ドミノも倒れる(n=kのとき成り立てば
n=k+1のときも成り立つ)

が、数学的帰納法と構造的に似ているので
わかりやすいですね。


今回は、数学的帰納法について、以前、
ある先生の授業の感想メモに書いたことを
以下に述べたいと思います。

人類は、その発展の過程の中で数を発見し、
数学を作り上げてきました。

そして、数学の発展に伴って、
数学的「無限」の概念を生み出し扱ってきました。

さて、では無限とは何か。
「無限にたくさんある」とはどういうことか。
例えば「奇数全体の集合」と
「三角形全体の集合」とは
どちらも無限に「ある」けれど、
その無限に違いはあるのか・・・・

ここでは、無限の概念として、
奇数全体の集合や、素数の集合のように
小さい順に並べて数えられる
集合の個数についての無限を考えます。

このような無限は
写像の考えを使って定義されます。

つまり、我々が一般的に使う
無限数列の項数などの「無限」とは
「自然数の集合と1対1に対応をつけられること」
と定義するわけです。

ならば、自然数の集合はどのように
定義されているかが問題になります。

自然数の定義の一つとして
「ペアノの公理」と呼ばれるものがあります。

これは、宇宙のどんな知的生命体でも
有する概念だろうといわれています。 

ジョディフォスター主演の
コンタクトという映画では、
次のような印象深いシーンがあります。 

天文学者のエリーはある日、
何光年も彼方の星雲(ベガ)から、
2、3、5、7、11、・・・
と素数回数が続くノイズをキャッチします。

驚いて、マスコミに
「これは知的生命体からの信号だ」と発表します。

多くの学者達は

「知的生命体ならなぜ、言語ではなく
そんな数の羅列を」

と否定的コメントを出します。
そのときエリーの言うセリフは

「英語は高々地球の30%の公用語だ。
しかし、数学は宇宙の公用語だ。
(Math is only true universal language!)

素数とは1と自分自身としか割り切れない数。
だから、この信号には意図がある」

というものです。

余談が長くなってしまいましたが、
ペアノの公理とは次のようなものです。

集合Aに対して
Ⅰ 最小の数「1」が存在する。
Ⅱ Aの任意の要素aに対し、
  その後続(a+1)が存在する。
Ⅲ 「1」はAのいかなる要素の後者でもない。
  (「1」より前の要素は存在しない)
Ⅳ Aの異なる要素は異なる後続を持つ。
Ⅴ 「1」がある性質を満たし、
  aがある性質を満たせば
  その後続もその性質を満たすとき、
  すべてのA内の要素はその性質を満たす。

以上の5つの条件を満たす集合を
「自然数の集合」と定義するわけです。

ここで、Ⅴを、数学的帰納法の原理といいます。

日常的に使われる「帰納法」というと、
ある現象について、特定の場面の観測や
実験などの経験によって、
一般法則を類推することですが、
数学的帰納法は「帰納法」という言葉があるけれど、
それとは異なり、全ての場合を、
もれなくある法則が成り立つことを調べ上げることです。

しかし、
無限に続く命題の列P1,P2,P3,・・・ があったとき、
それらが全て真であることをいうのは
どんなに時間があっても無理です。

そこで、まず1番目の命題P1を示した後、
「k番目の命題Pkが成り立てば
ネクストも成り立つ」というシステムを確立すれば、

「無限に続くすべての命題が
真であることを示したことにしよう!」

と高らかに宣言しようというわけなのです。

数学的帰納法の原理(=「自然数の定義そのもの」)
とは、実は人間という知的生命体の
根源的な認識であるかもしれません。

であるならば、私たちが生徒に教えるときは、
証明の書き方やノウハウだけでなく、
理念をきちんと考えさせることが
必要なのだなあと思うところです。


 

9日の授業の指導案

10月8日・9日に仙台二高におじゃまします。

9日には、1年生と2年生の授業を
行わせていただくことになっております。

1年生は、数学Aの三角形のところ、
2年生は数学Ⅱの微積分の応用のところ
ということで、
今日は取り急ぎ指導案を作ってみました。

私は、出前授業を行う際、授業を行う
自分だけが気持ちよくなるのは失礼なので、
生徒や参観される先生方に
何らかの益があるようにと、
教材観を含めた指導案を作成しております。

とりあえず作りましたが、
授業のイメージがまだできていないので、
また変わるかもしれません。

とりあえずアップいたしますので、
興味のある方はどうぞご覧ください。

数学A 三角形 指導案

数学Ⅱ 微分の応用 指導案