オオカミのうた

最近、音楽関係の動画作成にハマっております。
動画作成といっても、単に適当に選んだ画像に、音源を挿入
しているだけですが。

Happy Wedding Blues
卒業写真
Happy Xmas

こうやって、自分や、身近な人の演奏をアップできるなんて
ブログは本当に便利ですね。

というわけで、今回は、息子がやっていたバンド MyPiano
のCDから「オオカミのうた」をアップしました。

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MyPianoは仙台のバンドで、CDも結構出していますし
FM放送の番組も持っているようです。



 

Happy wedding blues

先日の日曜日、本当に久しぶりにギターを弾きたくなりました。
ピックアップはおかしくなっているし、アンプは接触不良、
何より、自分の腕がサビついていました。

人様に聞かせるものではとうていないのですが・・・・
人生は一回きりですし、恥のかき捨てでアップしました。

余裕ができたら、少しずつ練習を始めてみよう。

昔、友達の結婚式のときに作って演奏した曲。
イントロを結婚行進曲風にして、あとはFのブルースです。

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再生が遅い場合は、こちら(you tube でご覧ください) 

イノベーションリーダーと

今自宅に戻り、ブログの更新が今になってしまいました。
時は過ぎましたが、今日(25日)の分のアップということで。

今日は、京都南陽高校の尾中清香先生と懇談を行いました。

尾中先生は、京都大学でイカの研究をなさっていたのですが、
一転、教員の道に進まれました。

彼女は、今、京都府全体で12人指定されている、
京都イノベーションリーダー事業の担当の1人として、
京都の教育行政の活性化を担うための取組みを行っておられます。

その取組みの一環として、盛岡三高参加型授業に注目されて、
本校を訪問したとのこと。ありがたいことです。

先生と懇談を深める中、教育について私たちと同じ問題意識を
持っておられることがわかりました。
互いに意見交換しあって、全国規模で教育のイノベーションを
起こしていきましょう。

onaka.jpg

とてもカッコいい先生で、先生からインスパイアされることが
多かったです。

 

解の公式

皆さん。突然ですが「解の公式」ご存知ですか?

解の公式とは、こういうやつです
kainokousiki.png
あ、そこのあなた。逃げないでください。
え、嫌な思い出がある? もう忘れた?

そうでしょう そこで、

この解の公式を楽しんで覚えてもらおうと
節をつけて歌にした人がいます
青森県に住む中村潤さんという方です

kai.jpg

私は、以前この曲を、J.S.BACH 平均律クラヴィア曲集のプレリュード風に
アレンジして、以前HPにアップしておりました

解の公式

すると、今年の7月、金沢医科大学に勤めている友人の
井上具規さんから、vocaloid3 に歌わせてみたとの連絡がありました。

ウェブファイルはサイズが大きいので動画にしました。こんな感じです。
お聴き下さい。歌声結構綺麗ですね

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ギターでアレンジしたものをそのままピアノ譜にしたので
ピアノ演奏物足りないです。バッハ風に聞こえないかも
 

ジョギング

今日は天気がいいのと、足の調子がいいので朝6時にジョギング

そういえば、今日は日報駅伝の号砲が鳴る日だ
気分は駅伝ランナー

天候や、足の具合などでここ数日走っていなかったが、何とか
完走できた(3.5kmだけどね)

最後の数百メートルで、「もうアカン」と思ったが
完走したことをブログに書くんだ!
という思いが後押しした

そういう意味でもブログは力になる

昨日、薬物乱用防止のチラシが、3年生に全員配布するよう
大量に送られてきて驚いた

つまり、それだけ深刻な状況であるということか

そういう常習性のあるものを断ち切るには習慣を変えるしかない。
そのためには、朝のジョギング+毎日のブログ更新はおススメ

ジョギング後の爽やかな空気と、朝の山々の風景は
活力のある一日を予感させてくれる
asahi.jpg  iwatesan.jpg



 

あぶりだし覆面算

先日、以前紹介した、広島の中原克芳先生から
「あぶり出し覆面算」の問題をいただきました。

まず、「覆面算」について説明します。

 sendmoremoney.png

このように、文字によって表される計算式で、それぞれ異なる
1つの文字に対し、0~9までの1つの異なる数が対応する
というものです。

上の問題では、4桁どうしの足し算で5桁が生じているから
M=1以外はあり得ないことがわかります。
するとOは、S(または1繰り上がっもの)に1を足した数の
1桁目の数だから、0か1以外考えられないことがわかります。
ところが、すでにM=1がわかっているので、
O=0でなければなりません。
というようにして、すべての文字に対応する数を決めていくパズルです。
なお、解は1種類しか存在しません。

あぶり出し覆面算とは、覆面算を解いた後に0から順に対応する
文字を並べると、ある言葉が現れるというもので、
覆面算を解くことと隠れたメッセージを読み取るという二重の楽しみ方
ができるパズルです。普通は割り算形式で書かれ、
割る数・割られる数・商に意味のある言葉が来るようにしてあります。
では、中原先生の問題です。
覆面算1

中原先生によると、問題の意味としては
「盛岡第三高は、生徒も教師もみな寛大で、木々も豊かで香りも良く
も芽生える素敵な学校です。」だそうです。




出来た方はご一報を!

 

ドラッカーのマネジメントを教育論として読む

前回のブログでCSRのことを書いたので、今回はその流れで、
少し古いのですが、Peter F.Druckerの「マネジメント基本と原則」
について語りたいと思います。
以下は、2年前に県庁に赴任した時に私が「マネジメント」について
書いた書評です。教育論とかぶせてまとめてみたものです。


ドラッカーのマネジメントが未だブームだという。
なぜこうも猫も杓子もドラッカーなのか。
この本は企業経営コンサルティングのノウハウ本ではなく、
いわば組織の生態学について述べたものだ。
だから、多くの人間が様々な視点でこの本の内容を咀嚼し楽しんでいるのだろう。
であるならば、私も、この本を教育論、授業論のアナロジーとして
勝手読みをさせてもらい書評としたい。

「マネジメント」には冒頭からドキリとする言葉が書かれている。
それは、「企業とは営利組織ではない」である。利潤動機を前提にすると、
結局利潤追求のためには何をやっても正義となってしまう。
ドラッカーは「利潤動機は、的はずれであるだけでなく害を与えている」
「この観念ゆえに、利益の本質に対する誤解と、利益に対する根深い敵意が生じている。
この誤解と敵意こそ、現代社会におけるもっとも危険な病原菌である」
と述べ、更に「利益と社会貢献は矛盾するとの通念さえ生まれている」と断じている。

 さて、ここで、例えば「企業」を「学校で行われる数学の授業」に、
「利益」を「数学教育の成果」に、「利潤追求」を「偏差値向上」に置き換えて考えてみる。
すると、上に述べたことは次のように読み替えることができる。

「数学の授業は、テストの成績を伸ばすためにある」という前提に立てば、
偏差値を上げるためには、何をやっても正義になる。
なぜなら、生徒は、人より偏差値を上げたいという動機で数学を学んでいるから。
しかし、それは「的はずれであるだけでなく害を与えている」
「この考えが、数学教育に対する誤解と、数学への根深い敵意を生じさせている」
「数学の学力を伸ばすことと、数学を通して人格を陶冶し社会貢献する
生徒を育成することは矛盾するとの通念を生む」という感じになる。

 では、ドラッカーは、企業の目的は何であると述べているか。
それは、『顧客を創造すること』である。企業は社会の機関であり、
企業の目的は社会の中にある。そのため、人々が自覚していないニーズを探し、
提供することで市場を生み出すということが書かれている。
「顧客のニーズに応える」のではなく「顧客(のニーズ)を創り出す」
というところがポイントである。例として、コピー機やコンピュータの欲求は、
それが手にはいるようになって初めて生まれたと示している。

 さて、これも教育に置き換えてみよう。「顧客のニーズに応える」は
「生徒のニーズに応える」ということになる。生徒が国公立大学に進学をしたい
というニーズを持っていれば、それに応え、センター試験でよい点を取るために
鍛えることは、そのニーズに応えることになるだろう。
しかし、中には、「数学や理科は嫌いだから、文系の大学を志望する」などという、
ある種後ろ向きなニーズもある。生徒の「好き」「嫌い」という価値観やニーズに
教師や学校が目線をあわせ、その流れに沿って必要な手助けをするのは一面大切
なことではあるが、生徒は子供であるが故に、未熟で幼稚な判断を行い、
結果として不本意な進路を選択する可能性もある。

 そこで、ドラッカーの言うように、「生徒のニーズに応える」ではなく
「生徒のニーズを創造する」という視点に立って考えてみる。
私たちが教育を行う場で、教師が、その学識や経験を基にした指導を行う中で、
生徒を啓発し、潜在している興味関心を引き出し、広い視野を持たせ、
「学び」に根ざした高い進路意識を持った生徒を創造することが、
教育の一つの使命であると考えられる。そして、そのような教育は、
個に依存するものではなく、教師集団の組織としての力量が問われる。
ドラッカーのマネジメントは、教育に携わる者へも多くの示唆を与えている。
 

コンプライアンスを語る前に

TRAFFIC RULES (交通規則)の12文字を並べ替えて文字列を作ります。
できる文字列の総数は何と、約1億通りもあります(12!/2!2!)。
その並べ換えのパーミュテーションの中に、奇跡のような文字列があります。

それは、CAREFUL FIRST (安全第一)  です。

なぜ、こんな話をしたかというと、コンプライアンスとは法令を遵守する
ことだけではないということをいいたかったからです。
交通規則というと、信号を無視しないとか、道路交通法などの法律を守る
ことです。しかし、その法令の根底には、「安全第一」という理念がある
ということです。

少し違う例をあげます。例えば入試などのテストの採点では、
最初は赤ペンで丸をつけるけれど、2回目、3回目の検算では、
色の違うボールペンでチェックします。これは、別の人の目で見ることや、
見過ごすなどのヒューマンエラーを防ぐための手段としてそう決めています。

でも、それを、
「色の違うボールペンですべての箇所にチェックをしなければならないからつける」
という気持ちで行うのであれば、絶対エラーが無くなることにはならないわけです。

日本人は、理念や、本質を考え、理想を語るよりも、上からいわれたことには
従っておけば楽だという気持ちが働く傾向があるといわれています。

私は、コンプライアンスをいくつかの決まり事を守ることだけでとらえ、
「守れ守れ」と何度も唱えたり、研修を繰り返すことだけでは効果がないと思います。

今、企業ではコンプライアンスの意味が「法令遵守」から「相手の気持ちに応えること」
「願いを受け入れること」へと変わっていて、

CSR(Corporate Social Responsibility)

という言葉が用いられています。

CSRとは、企業が利益だけでなく、顧客、株主、従業員、取引先、地域社会
などのとの関係を重視しながら果たす社会的責任のことです。

余談ですが、先日、学校に、100社もの企業からCSRレポートが届きました。
例えば「丸紅」のCSRレポートでは、ガバナンス、リスクマネジメント、
コンプライアンス、社会貢献活動、地球環境への取組み、人材と人権に対する取組、
外部評価、第三者意見・・・ という内容でまとめられています。

各社のCSRを読んでみると、そこには現代社会において、働くことの意味や企業の
役割などを透かして見ることができます。

進学校の先生方。進路室は「赤本」だけを置く場所ではないですよ。
このような企業のCSRレポートを置くべきですよ。
これを読ませることはキャリア教育の一つだと思います。

さて、話を元にもどします。私はCSRをまねてTSRという言葉を考えてみました。
これは、テンパイ・ソク・リーチのことではありません 

Teacher’s Social Responsibility と捉えてください。

学校、そして教師が、地域や保護者や生徒の要請に応えて責任を持って行動する。
そのために、教員は、もっと本質や理想を語り、自主的に発信していくことが、
実は、コンプライアンスの根底にあるのではないかと思います。

では、どうすれば、そういう教員文化が築かれるか。
それは、教師が、子どもたちをとりまく社会を見つめる目を持つこと、
外の世界と連携、共同し、発信すること、
自己啓発に努め、子どもたちをエンカレッジすること、などではないかと思います。
そのことにより、教師は、地域や社会、生徒からもっとリスペクトされ、
無意味な多忙化から解放されるのではないかと思います。

 

スクラップ アンド ビルド

私は今、毎日ブログを更新することを自分に課している。
それは単に凝り性だからではない。
実は立派な理由があるのだ。

以前まで私は、帰宅後や休日に、自宅で「AI将棋」や「WORDAMENT」
といったPCゲームを毎日のようにやっていた。
さあ仕事をしようと思ってPCの前に座る。
しかし、マウスを持った指がおもむろに「AI将棋」のアイコンをクリックしてしまう。
さあ始まった。
すると、これが1回でやめられない。
ひどいときは、AI将棋→WORDMENT→Youtubeの「黄金のサイクル」だ。
知らないうちに半日過ぎてしまうこともあった。
これでは心身の健康に良くない。

どうすればやめられるか。
「ゲームをやめることを課す」ことに集中するだけでは、
私のような意志薄弱な人間ではなかなか解決に進まない。

そこで考える方向を変える。ビルドから始めよう。
ブログを開始する。そして、「毎日更新する」ことを世界に公言する。
世界の人間が見ていようがいまいがそんなことは関係ない。
自分自身に対する契約なのだから。

では、どうすればブログを書く時間を捻出できるか。
そうだ。ゲームをやめればよい。
ここで、ブログを作るというモチベーションが、ゲームをやらないことに作用している。
ゲームをやめることと、ブログを開始することは繋がっている、
つまりスクラップとビルドは同時に起こっているのだ。

例えば、子どもが携帯ばかり使っている。
「携帯ばかりいじるんじゃない」では少しも効果がない。
「携帯使う時間を減らして勉強時間にあてなさい」もダメ。
勉強と携帯はバーターにならないからだ。
携帯の時間を減らさなければならないくらい熱中する何かを見つけだすこと。
これがポイントではないか。
まあ、それがブログだっていえばやっぱり携帯を使ってしまうのだけれど。

ブログを書き続けることは、そんなに楽なことではないが、
題材を探すため、自分の周囲を注意深く見つめ、
それがきっかけになり一日を丁寧に過ごそうという気持ちにもなったりする。
そうなるとシメたものだ。そこで初めて携帯で遊ぶ時間が減る。
つまりスクラップ&ビルドが起こるのだ。
 
私は、スクラップアンドビルドとは、単純に何かをやめて、
別の何かを作り出すことだと思っていた。
そして、その「何か」は互いに関連なく、独立していると考えていた。
今回のブログとゲームの一件でスクラップ&ビルドの意味が少わかったような気がした。

 

盛岡三高参加型授業

私は、この4月本校に赴任以来、少しずつ授業やSSHイベントをビデオ
撮影してきました。
それを編集し、「H25盛岡三高 SSH+参加型授業」という動画DVD
を作成しています。
現在の段階では、次のようなコンテンツになっています
<SSH>
■ 緑丘ラボⅡ中間発表 
  SSH中間発表課題研究グループの準備と本番のプロモーションビデオ
■ SS英語プレゼンテーション  
  SS英語の発表会のプロモーションビデオ
■ 緑丘ラボⅠ①~化学・中和滴定~  
  ラボⅠ(1年)のダイジェスト版
■ SSH 4月~9月の活動
  仙台一高で行われた東北地区SSH担当者教員研修会で発表したフォトプロモ
■ 緑丘ラボⅠ②~物理・光とレンズ~
  ラボⅠ(1年)の授業のダイジェスト版。野田中学校の生徒6名が参加している
■ 緑丘プレ大学講座
  岩手県立大学ソフトウェア情報学部の馬淵先生の講義の模様
■ SSH研究発表会 英語ディスカッション
  SSH研究発表会における2年生による英語ディスカッション
  テーマは「日本は理数教育を強く推進すべきか」
■ SDⅡディベート決勝戦
  学校説明会における2年生によるディベートの決勝戦
  テーマは「日本では法的な成人年齢を18歳に引き下げるべきである」
  1200人の中学生の前で行われました
■ SD総合Ⅰ クラス内ポスターセッション
  1年生の三陸復興に関するポスターセッションの授業風景

<参加型授業>
■ 国語(現代文 授業者:寒河江佳諸理)
  2013年1月に実施した授業を、今年度9月に行われた
  校内授業力研修会用に編集したもの
■ 地理(授業者:鈴木徹)
  授業ダイジェスト。校内授業力向上研修会用に作成したもの
■ 化学(授業者:菅野幸輝)
  授業ダイジェスト
■ 地理(授業者:鈴木徹 ゲスト:柿崎朗(数学))
  地理と数学のコラボ授業
■ 地理(授業者:鈴木徹 ゲスト:児玉晃寛(化学))
  地理と化学のコラボ授業


現在進行中ですが、とりあえず今のところはこんなところです。
これらの動画が1枚のDVDに収められています。
尚、ファイルはすべてmpegです。

今回、このブログをご覧になった方で、このDVDが欲しいという方がいましたら
連絡下さい。枚数に限りがありますので、全員には無理かと思いますが、
差し上げたいと思います。

メールアドレスはこちらです
simon@mvh.biglobe.ne.jp
 

紫波町ゆかりの画家 橋本八百二

今日は、紫波町オガールで、
平成25年度岩手県文化振興事業団プレゼンツ
「文化・芸術が集うときin紫波町」が開催されました。

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その中で、県立美術館専門学芸員の盛本直美さんによる、
岩手を代表する画家の橋本八百二についての講座に参加しました。

橋本八百二(1903~1979)は紫波町生まれで、東京美術学校(現在の芸大)
に進み、在学中に帝展初入選を果たすなど、頭角をあらわし、中央画壇
で活躍した画家です。
私財を投じて橋本美術館を盛岡市に立てた方としても有名です。
岩手山や群像を描いた作品が私は好きです。

さて、今回の話で感銘を受けたことは、

八百二は、中央で活躍しても、地域での活動や交流を怠らなかったということ。
彼が所属していた岩手出身の画家による北斗会というグループの
会則の結びには次のように書かれています。

世界人であればあるほど、むしろますます郷土人である

東京で活躍しながらも岩手の人間としての責任と誇りを持っていたのですね。

岩手の高校生も八百二のように
 Think globally, act locally の精神で巣立って欲しいと思います




 

自己啓発とキャリア教育

先日の朝5時。ジョギングをしようと外に出たところ、満天の星空であった。この時間にこんなに星が奇麗なのかと驚く。ずうっと夜空を見上げながら走っていた。すると、足元を見ながらとか、「次の電信柱まで」などと思うより、息も切れず、すいすい走っていけることに気づいた。

最近、朝3kmほどのジョギングを日課としていて、こんな私でも、もう1週間も続いている。
ジョギングを始めたきっかけは、自分の生活を一新し、自己改革に踏み出したいと考えたからである。大上段に振りかぶった割に、たかがジョギングかよ、といわれそうだが、そんな小さいことでも継続することに意味があるのだ!と思う
ところで、最近、どこの書店に行っても、自己啓発関係の本が溢れている。そしてそれがまた、
10万部突破などという困った世の中でもある。私はこのような本には手を出さない方だが、一か月ほど前、何を間違ったか、とある本を購入してしまった。それは、死を覚悟することで、自分の生活や性格が変えられるという自己啓発ものだった。魔がさしたとはいえ、大きい字、目立つフォント、演習問題付き、などに目が行って思わず買ってしまった自分を責めた。
いや、特にその本がダメだとか、著者がアカンというつもりはない。ベットに寝そべりながら手っ取り早く自己啓発しようと思っている自分に嫌悪したのである。

死を目前にした人間の心のありようについては、数10年前に「夜と霧」(ヴィクトールフランクル)を読んだ時、思わず居住まいを正し、「これはあとでもう一回読むぞ」と思ったことがあった。あるいは、池田晶子の「人生は愉快だ」を読んで、死ぬことが怖くないと開眼した(つもり)。「薔薇は生きてる」(山川彌千枝)で感じたのは、死を前にした少女の生の強さだ。などなど。本による啓発というものはこのようなものではないか。

自分の行動から敷衍すると、巷にあふれる「~すれば、~が手に入る」「~するだけで幸せになれる」といった啓発本に手を出す人は、その代償として地道な努力を続けることや、強い意志を持つこと、自分の弱さを自覚すること、などはすっとばして、インスタントに幸福や富を手に入れたいというメンタリティを持っているのではないか。
そして、そんな読者に乗っかって、「売れれば勝ちよ」という阿漕な著作も存在する。そんな売り手買い手の低次元での利害の一致が循環して、マーケットが形成されているようにも思える。

実は、告白すると、このブログを含め、私の自己改革プランは、キャリアカウンセラーの工藤倫子さん(OfficeRinko)という方からのアドバイスによる。
工藤倫子さんは、青森に住む普通の二児の母親だったが、ある年一念発起し、東京でキャリアカウンセラーとして独立された。何の後ろ盾もなく、たった一人で、キャリア教育関連事業や女性の自立支援などユニークな活動を次々実行している。これまで行ったキャリア講演会は1000回を超えるという。また、近年は「グローバル人材育成を語る自分がグローバルでなければ」と、ドバイやシンガポール、パリなどでの海外講演も行っている。
私は、昨年度、岩手の大槌高校での倫子さんの被災地講演をお手伝いしたことが縁で、今年の9月には、本校の1年生に「働くこと」についてのキャリア講演を行っていただいた。進学校でのこのようなタイプの講演会は画期的である。そしてまた、その縁で、自己啓発やキャリア教育についてご指導いただいている。

なぜ、彼女は、全国各地の多くの人々から熱い眼差しを受けているのか。それは、彼女自身が、自己啓発や意識改革を自らの生き方で体現し、それを発信し続けていること、そして、1度きりの出会いも大切にし、一隅を照らす草の根活動をされているからだと思う。つまり、彼女の生き方そのものが既に1冊の濃密な自己啓発本であると思うのだ。前にあげた「夜と霧」などの3つの著作も、作者の言葉と生き様とが一体的であるがゆえに感動を覚えるのだと思う。

「キャリアカウンセラー工藤倫子のブログ」は、やさしく包み込むあたたかさ、真髄を突く鋭い言葉、マイノリティを支援する視点に満ちている。また、著書「何ももっていないと思っているあなたに」は、著者の、自分は「これしかできない」という身の丈を知った上で、自分の生き方を見つける過程を、読者をエンカレッジしていく形で書かれている。感動的な書である。

さて、今、学校現場において、「キャリア教育」が恐ろしく脆弱であると思う。その原因は、キャリア教育を語らなければならない教師が、キャリア教育の何たるかを知らないこと、そして、自身の生き方でそれを体現しようとしていないことではないかと思うのだ。
自分のことを棚にあげていうならば、「教科指導のノウハウは持っているが、教育は語れない、語ろうとしない」教師が多いのである。
今(も昔も)、学校現場で行われるキャリア教育は以下のようなものではないだろうか。
●定例に実施するインターンシップという名の職場訪問
●ワンショットサーベイと呼ばれる単発のアンケート調査
●専門学校とタイアップした業者への丸投げ、という形で実施される進路ガイダンス
●ジョブカフェ、卒業生、ビッグネームなどを呼んでの「キャリア講演会」
●進学校では、「キャリア教育=文理選択・学部研究」という視点で、結局予備校講師によるガイダンスや受験指導に転化
 などではないだろうか。このような通り一遍の、ある意味キャリア教育をやったという事実づくりともいえる活動は、いわば安直に、自己啓発本をテキストに自己変革を手に入れようということと構造的に似ている。

繰り返しになるが、キャリア教育を行うことの難しさは、それを語る教師自身が、自身のスキルアップを考えていかなければならないことだと思う。未来の自分自身のために投資すること、身銭を切って自分を高めること。極論かもしれないが、それができない人間はキャリア教育は語れない。

教育現場はある種特殊な空間である。
「教務主任をやらされた」「管理職試験を無理やり受けさせられてさあ」などをエクスキューズにしながら、スキルアップに勤しむことから距離を置く人が多い(自分もまさにそうだった)。
しかし民間ではそうはいかない。職域が変わったならば、それに応じて、身銭を投じてスキルを磨かなければ生活を失ってしまうという危機意識を持っている。
もちろん「民間」と一括りにはできないが、自発的に研修会に出向くことなく、悉皆研修(全員を対象とした指名手配研修)に「いやいやながら」参加するのが関の山である教員世界とは異なる。

教育現場においては、そのような自己啓発に勤しむことを「出世意欲」に置き換えて冷やかに見る人もいる。また、「マネジメント」など民間的発想は教育になじまないという人もいる。それはもしかしたら一面真実かもしれない。
しかし、そういう集団から、激動する国際社会という荒波に生徒を送り出すことができるだろうか。その責任の重さを自覚せずに、出口指導に明け暮れるだけでよいのだろうか。

そういった社会に子供たちを送り出す我々には「働くことの意義」を語ること、そして、自らそれを語れる生き方をしていくことが求められると私は思う。
 それは教師が聖人君子となれ、偉くなれ、ということではない。偉くないくせに教室で君臨する「いばりんぼう将軍」ほどイタイものはない。
我々は、自分が「足りない人間である」という自覚から始まって、それを克服する努力をし続ける姿を生徒に見せることが、キャリア教育を語る資格を得ることではないかと思うのだ。

私は、再び、夜空を見上げてジョギングした朝のことに思いをめぐらせた。
一歩先の足元を見て走ること、少し前にある電信柱を目標に走ること。これを教育にもあてはめると、例えば、明日のテストのための力をつけること、身近な進路目標を持つことなどかもしれない。もちろんそれらには大きな意味がある。
では、壮大な夜空を見て走ることは何にたとえられるだろう。それは、世界の中で自分は何者であるか、今の自分はどう生きるべきか、などを思索すること、激動する社会の現状を見つめ、その中で自分ができることを考える・・・。
それはキャリア教育の視点であるかもしれない。

ときどきシリアスな話をします。長文にお付き合い下さりありがとうございます。

 

コルトレーンと餃子

久しぶりに餃子を作りました。餃子作りは私が係りです。

頑張って100個位作りました。
帰ってきたカミさんが、喜んでせっせと冷凍にしてしまいました。

まあ、大事な非常食でもあります。

私の餃子は、白菜を簡単にゆでて徹底的にたたく。
タケノコとシイタケとショウガを徹底的にたたく
ネギもたたくのですが今回は省略です。
以上 簡単であります。 
あ、もちろん挽肉にまぜて、醤油、ごま油、酒で味を調えます。それだけ。

gyo3.jpg gyo2.jpggyo1.jpg
左から 餡、生、焼

colt.jpg
餃子作りのバックグラウンドはコルトレーンンの「バラード」を選びました。
1曲目の「Say It(over and over again)」最高です。
コルトレーンのサックスが歌います。

コルトレーンを聴きながら餃子。
意味もなくとてもリッチな気分です。




 

数学東北大会in青森

今日は、青森高校で数学教育研究大会の公開授業と分科会が
行われました。

公開授業では、青森東高校のベクトルの授業を参観しました。

「任意の四面体の頂点から対応する面の重心に引いた線分は
1点で交わり、互いに3:1に内分する」

という事実を、グループでの数学的な活動を通して納得するという授業でした。

ここで、写真の彼のグループが早々と作成。4本の糸は確かに
1点で交わっています!
作ってくれた写真の彼に、「写真撮ってブログに載せていい?」と聞いたところ
爽やかに快諾してくれました。佐藤良君と名前も教えてくれました。
ありがとうございます。
simen2.jpg simen1.jpg
いつか岩手に来る機会があれば、盛岡三高を思い出して下さいね。

証明は行っていませんが、「全員が異なる四面体で実践」→「同じことがいえた」
→「性質として納得」という帰納的な推論を経て証明に進んでいくことで、
概念が確かなものになっていくと思われます。

なお、この授業は、三角形の重心の性質のアナロジーです。実は今回の大会に岩手から
発表者として参加した藤澤さやかさんは、三角形の重心の性質を同様のアプローチで
行っています。
 以下に藤澤先生の授業の様子について、当時発行していた数学通信で取り上げたものを
あげておきますのでご覧ください。
  ↓
岩手の数学教師の実践例

分科会では、藤澤先生含め3人のレポートに助言をさせていただきました。
それについては、機会があれば取り上げていきたいと思います。

大会後は、発表を終えた佐藤宣昌先生と3人で新青森駅で昼食。
佐藤先生と藤澤先生は「津軽そばとミニ海鮮丼セット」私は「ねぶた丼」を
頼みました。何となく人の頼んだものがおいしそうに感じてしまいました。
tugarusoba.jpg nebutadon.jpg


とても楽しく過ごした2日間でした。お二人の先生お疲れ様でした。
nebuta2.jpg

 

青森市に来ています

今日から2日間、第62回東北地区算数・数学教育研究大会
で青森市に来ています。

今日は、宇宙航空研究開発機構教授、あの「はやぶさ」の
川口淳一郎先生の熱い講演でした。

川口先生の一つ一つの言葉から、科学への愛が伝わってきました。
そしてそれは、地球への愛、人間への愛とも感じられました。

先生は科学者としての立場から震災に心を痛めておられました。
それまで「あきらめない心・最後まで頑張る」というスローガンから
「明るい展望を持つこと」へと変わったというお話が印象的でした。


その後、明日発表する佐藤宣昌先生と藤澤さやか先生を誘って
青森の夜を楽しみました。

とても楽しい夜でした。明日の発表頑張って下さいね。

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青森の町並みには幾何学的なオブジェが多くてとても楽しい。
雪が降るから、錐体や球体が多いのかなあ。
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大戸屋の前にあったイルミネーション。

aomori6.jpg aomori1.jpg
左:海の幸満載のお店でした。    右:表面張力の実験?(豊盃) 

サクセスストーリー


バスケットやハンドなどの顧問を経験してきた中でいつも言っていたことがある。

試合は、コートに立った瞬間から始まるのではなく、実は、コートに立った瞬間
には試合は大方終わっているのだ。コートに立つということは、それまでの準備
という過去もひっくるめて立っているわけであるから、その場だけで勝とうとす
るチームとは最初から勝負にならない。二流のチームは、試合に勝つことだけを
追い求め、その場で何とかしようとする。その結果、負けが決まってから焦って
頑張ってみたり、そして泣いたりする。

インディアナ大学のバスケットボールコーチで、NCAAで3度の全米優勝を導
いた名将ボビーナイトはこう言った。「勝つ意欲はたいして重要ではない。そん
なものは、誰もが持ちあわせている。重要なのは、勝つために準備する意欲である」
このことはスポーツの世界だけではなく受験にも当てはまる。センター試験本番
の戦いは1月半ばのたった二日間だが、実は、その会場に到着し、試験開始のベル
を前に机に着席した段階で、すでに大方の勝負はついているのだ。

本番の戦いのために、いい準備をしてきた者は、勝っても負けてもその結果を
きちんと受け入れることができる。それは明日の自分を作る原動力となる。
ろくに準備をせず、その場の能力だけで何とかしようとする者は、後悔だけを残す。

本校が発行している卒業生の合格体験記はとても素晴らしい。
それは、そこに収録された手記には、単に合格の秘訣やノウハウを綴ったものではなく、
彼らが、どういう準備をし、どんな葛藤や挫折があったかなどが書かれているからである。
合格を勝ち取るために努力する姿は、とりもなおさず自分を磨き向上させる姿でもある。

進路実現はよく自転車の走行に例えられる。自転車の車輪は「能力や性格」、
ハンドルは「興味関心」を表す。しかし、どんなに自転車のスペックが優れて
いたとしてもペダルを漕がなければ進まない。
ペダルを漕ぐことは「努力と頑張り」を表す。
つまり「人生苦しいときは上り坂」であるし
「ペダルを漕がなくてもいいのは下り坂の人生のみ」なのだ。
また、学校や保護者は自転車の走行を支援する「追い風」に例えられるだろう。

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では、卒業生の手記を含め、先輩の経験に学ぶことは、自転車走行でいえば
どんな意味があるか。それは、生徒が今運転している自転車の前方を走っている
もう一台の自転車の姿だと思う。

進路実現への道が孤独な戦いであるとするならば、並走する仲間の自転車や、
前方を走って道標となっている先輩の自転車の姿を見ることは、
大きな心の支えとなるだろう。

3年生は今大学進学に向けて頑張っているところである。
三高生の更なる躍進を祈りつつ、そして、すべての卒業生の
ネバーエンディング・サクセスストーリーを心の中で応援していきたい。
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岩手県芸術祭 華道展

11月11日に県民会館で行われている、第66回岩手芸術祭華道展
に行き、伊藤千賀子先生の作品を鑑賞してきました。

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私は「華道に暗い」ので、周りにある多くの芸術的な作品について
語ることばは持っていません。

でも、千賀子先生の作品は、先生のお人柄のとおりの、暖かさと優しさを
いっぱいに感じました。

後で聞いたら、テーマは「家族」とのこと。生け込みは小学校のお子さんも
一緒にやられたとのことです。

千賀子先生ありがとうございました。 

ブログのタイトルのこと

私のホームページにも書いてあることです。

「あなたと夜と数学と(You And Night And Mathematics)」は、
アーサーシュワルツ=ハワード・ディーツが1934年にかいたナンバー
(ミュージカル「音楽で復讐を」の挿入歌)の
「あなたと夜と音楽と(You And Night And Music)」から取ったものです。
この曲はフランクシナトラとかが歌ってヒットしていますが、
私はアニタオデイが1962年に録音したものが大好きです。
(ANITA O'DAY AND THE THREE SOUND)
演奏物ではモチロン!ビルエバンスの「インタープレイ(1962)」
の中のナンバーが最高。フレディハバード、ジムホールのユニゾンで
奏でるテーマがかっこいい。

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 インタープレイ/ビルエバンス
 

緑が丘小学校の児童と

今日は、緑が丘小学校から30人の3年生が来校しました。

盛岡三高の今と昔を調べるのだそうです。

私は、何を隠そう緑が丘小学校の卒業生。そして、盛岡三高の昔も知る
人間ということで、説明役になりました。

オープニングでちょっとした手品を披露。
まず、盛岡三高の旧校舎の写真を見せます。
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その写真をぐちゃぐちゃに破いて丸めてしまいます。
でも、そこに皆の息を吹きかけてもらって・・・
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開くと、写真が復元され、何と、新校舎の写真に変わってしまいました。
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子どもたちもこれにはびっくり。
ある子どもは
「学校が新しくなったのは、三高の生徒が皆で息を吹きかけたから?」
かわいいなあ。

最後は、緑が丘小学校3年生のために作った詩を全員で朗読です

未来を見つめる 
同志たち 
理想も高く
頑張るわれら
大きな希望を胸に秘め
輝く明日を夢見てる


漢字を使ったので読めないかなと思っていたら、みんなで目を輝かせて
大きな声で合唱が始まりました。すごい「輝く」も読めるんだ。

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実はこの詩にはある仕掛けをしています。
私は、こんな質問をします。
「この詩には隠された秘密があるんだよ。なんだかわかる?」

皆さん。わかりますか。この質問後、ほどなく「わかった!」と手を挙げる子が。

謎はばっちり解かれてしまいました。

うーむ。小学校3年生はあなどれない。

緑が丘小学校の皆さん、ブログ掲載の許諾ありがとうございます。 

地理と化学のコラボレーション

11月7日の地理の授業では、今度は化学とのコラボを行っていました。
7日は雨が降っていたので、その雨を取り出して酸性雨かどうかの実験です。

「酸性雨」から他国のエネルギー問題や、気候の問題、人々の環境意識
や国の政策などが透かして見えます。

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さすが鈴木指導教諭。最後は、生徒にグローバルな視点で考えることの
大切さを力説されています。

いきなり指名された化学の児玉先生もとても分かりやすい説明でした。
必見! 

盛岡市民のソウルフード

盛岡市民のソウルフードといえば「じゃじゃ麺」という声が返ってきそうです。
私も盛岡っ子ですので、じゃじゃ麺歴40年の生粋の「じゃじゃMEN」であります。

しかし、盛岡市民にはもう一つ忘れてはいけないソウルフードがあります。

それは「福田パン」です

「共震」(相場英雄)を読んでいたら、福田パンが「福山パン」として出ていましたよ。

「小腹がすいていませんか?盛岡を出る前に名物のコッペパンを買っておきました」
田辺は紙袋を開く。
「随分とでかいパンだな」
「福本パンです。盛岡市民のソウルフードですよ。上司にいわせると昭和の味だそうです。どうぞ召し上がってください」
紙袋に手を伸ばす。大人の拳が二つ分ほどありそうなふかふかのパンが指先にあたる。薄いビニールで小分けされたパンを手に取ると、手書きのシールに「あんバター」の文字が見える。封を切って頬張る。口中に小麦の香りが広がったあと、こしあんとバターの風味が古い記憶を呼び起こした。
(以上 「共震」63ページより抜粋)

これを読んだら、もう昼食は福田パン! ということで、昨日は、学年PTA終了後、福田パンに出かけ、「オリジナル野菜サンド+トッピングれんこんしめじ」を注文しました。

福田パン3  福田パン


具があふれるので、ビニールに包んだまま「ばくうっ」と頬張る。なんともどっしりした食感。これ1個で満腹・大満足ですね。

店内は行列でしたが、店員さんの見事なヘラ捌きは、見ているだけで楽しい。
他の人の注文を聞いていると、「ピーナツバターの厚塗り」だとか「あんバターとピーナツバターのハーフ&ハーフ」とか、メニューに書いていないトッピングのリクエストが多いのにも驚きました。

私が、平成9年から15年まで盛岡三高に勤めていたとき、数学通信「すうがく大好きさ」を生徒に配っていました。そのときの懸賞問題の賞品はいつも「福田パン」にしていました。いい思い出です。 

図書館に数学書コーナー

図書館に、私の家にある本を少しずつ持ってきて数学書コーナーを着々と設置しております。


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そうしたら、私といつも数学談義で盛り上がっているU先生が、「数学ガール」はじめ、
面白い本をたくさん提供してくださいました。

充実だなあ~。

マンガあり(天地明察・算法少女)、洋書あり、専門書あり・・・楽しい本棚ですよ。
 

ぶれない生き方

先日、「三陸の海を放射能から守る岩手の会」大信田尚一郎先生から、
ミニコミ誌『止めよう!再処理 天恵の海』がメールで送られてきました。
大信田先生は、高校の教員を退職され10年近くになりますが、退職後、
核事故や放射能汚染の無い社会をつくる市民運動を一貫して行っておられます。
ミニコミ誌は現在133号を数え、盛岡市内のあるお寺に集まって行う
学習会はあと数回で200回目になるそうです。

私が青年部だった時代は、大信田先生のような、平和や正義、教育
について信念をもって語る先生方がおりました。
私は、そのような先生方と関わることで、
自分の中の「教育者であることを欲する」部分が形成されたと思います。

今は、そういう理念を語り、真剣に議論する教師はとても少ないですね。
そのかわり、手段、方法論など、プラクティカルな話題を追い求める
傾向が強くなっているような気がします。

大信田先生の継続的な活動に敬意を表するとともに、
そのぶれない生き方に、あらためてエールを送りたいと思います。
 

小論文指導

おはようございます。

学校では、AOや推薦の面接・小論文指導の季節になりました。

先日、USBの中味をを整理していたら、私が八戸西高に勤務していたときに
作った小論文指導のファイルを発見しました。

看護医療系、弘前大学について、ある生徒に行った小論指導の経過について
簡単にまとめたものです。

アップしてみました。よろしければご活用下さい。
小論文 

恩師との再会で

今夜は、高校時代の恩師の平賀玲子先生と懇親を深めることができました。
先生は、退職したとは思えないほど、凛として、若々しく、溌剌としておられました。

私が高校時代、部活動中に、グランドの脇で佇んで私達を射抜く先生の眼差しは、
今でも脳裏に焼き付いています。

幾多の艱難辛苦を乗り越えてこられた先生の話しを聞き、自分はまだまだ及ばないと
思い知らされました。

私のわがままにつきあって、今日の飲み会を企画してくれた郷右近先生ありがとうございました。
カラオケも楽しかったですね。

 

数学という名の自由の翼

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月刊誌「数学教室」の編集部の松木英子さんから、2014年度の
「数学教室」4月号から2年間24回の連載を依頼されました。

とてもムリムリムリ!と36回ぐらい叫びましたが、
自分がこれまで関わってきた数学と改めて向き合える機会ではないか
と前向きに考えて引き受けることにしました。

タイトルは「数学という名の自由の翼」としました。
このタイトルは、「タリバン」に銃撃されたパキスタンの16歳の少女
マララ・ユスフザイさんの、国連での演説に心を打たれたことから
思い至りました。

グローバリズムの中で学ぶことの意味とは何か、などと大上段に
振りかぶり、第1回の原稿を書いてみました。

まだまだ先ですが、皆さんも機会があればお読みいただければ
嬉しいです。 

ヘキソミノパズル

皆さんこんばんわ。といってもまだ誰にもURLは公開していませんが・・・
誰に見られることを考えるでもなく、一人でいろいろ書いていてもハマるもんですね。

さて、一昨日、広島の数学仲間の中原克芳先生からメールをいただきました。
中原先生は、数学だけでなくパズリストとして有名で、覆面算にかけては右に出る者は
いない、まさに第一人者であります。

私と中原さんとは共通の秘密の趣味があります・・・・
それは「ヘキソミノパズル」です。

2000年に、東京の幕張メッセで国際数学教育者会議(ICME9)が開催されたとき、
二人共同で、「ヘキソミノパズルにおける数理」と題してポスタープレゼンテーション
に参加したことがなつかしい思い出です。

そのときのアブストラクトはこちら 

ICME9


ヘキソミノパズルとは、35個のピースで下図のような平面を敷き詰める
パズルです。テンヨーという会社で売っていました。

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このパズルは、普通、まる1日かかってもできない人が多いのですが、私たちの
ようなマニアは、ただ作るのではなくその中に面白い図形を織り込むことを考えたりします。

では、天才中原克芳の世界の一端を紹介しましょう。hex8.jpg
何と自分の名前を織り込みました。

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左は日本列島。右は中国?

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左はオーストラリア。 右はマーライオン!

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左は傘。 右は将棋の王

では、私の作品も少々
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左はマンデルブロ集合。
右は「ウサギのアニキとリーゼントの舎弟」(なんのこっちゃ)
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左はフランス国旗。 右は三重塔。
 

ハノイの塔の音楽

皆さんは「ハノイの塔」というパズルをご存知ですか。図のような円盤を移動するパズルです。

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上の図では円盤が3枚ですが、最短で7手で移動することができます。

さて、このとき、ハノイの塔の音楽なるものを考えてみました。
円盤が右隣に動くときは半音上がる、左隣に動くときは波音下がる、
隣の隣に移動するときは1音変化するというルールで「作曲」しました。
下の楽譜は6枚ハノイのバージョンです。
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私のHPのオープニングページを開くとこの曲が流れて驚く人もいます。

でも、何となくジャージーでカッコいいと思いませんか?

聞きたい人はこちらからどうぞ
ハノイの塔の音階
 

つながる高校数学

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「つながる高校数学」という本を昨年ベレ出版から出しております。
日本を代表する数学者の野崎昭弘先生とご一緒できるとは、夢にも
思っていませんでした。
野崎先生からたくさんのご指導をいただき、そして何森先生と
伊藤先生からアドバイスを受けながら、書き上げることができました。

ばらばらだった数学の知識をつなげ、ちょっと高いレベルも展望できる内容です。
キャラクターも手作りです。

ご一読いただければありがたいです。お近くの書店、
またはamazonなどでご購入できます。

定価2,400円 
 

SSH関連4月から9月までの流れ

盛岡三高のSSH関連事業のこれまでの活動をまとめました。(BGMはbirdさんです)

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