「支援されることから対等の関係に向かうこと」

昨日、生涯学習推進センターで、
第64回国際理解・国際協力のための
主張コンクールが行われ、
私は審査員の一人として出席しました。

生涯センター01


審議の間、参加生徒への
ワークショップが行われましたが、
それを担当されたのが
小原ナオ子さんという方でした。

私は、審議が終わってから
ワークショップを覗きに行きました。

もう残り5分という段階でしたが、
そのときの小原先生の話に
私はとても心が動かされました。

それは、開発途上国の人々が望んでいるのは、
「支援される」ことではなく
「対等であること」という言葉でした。

私はそれを聞いて、東日本大震災の
復興について思いを巡らせていました。

震災直後は、被災地の住民は
「支援される」存在でした。

しかし、復興が長期化する中で
浮かび上がったことは、
支援される側であった被災地の住民が
「受動」から「主体」として
立ち上がっていくことこそが、
復興を持続可能にしていくということでした。

その地域にいる人間が、
取組みを自分事にしていくこと。

つまり、自ら新しい価値を創りだし、
地域の中で雇用を生み出すこと、

そして、支援する側との
対等な力関係によって
復興が進められるということです。

そのように見ていくと、
今や、開発途上国の人間は、
「支援される」側を超えて、
次のフェーズへと進化している
ということが言えそうです。

さて、このように考え進んだとき、
私は、学校教育における学びの問題についても
同様の構造があることに否応なく気づかされます。

それは、生徒が、教師から知識を
一方向に与えられ、それをひたすら
受動するという存在から、
教師と学習者が向上心を共にする
同志として互いに学びあう、
という対等の関係に進んでいくということです。
これが「教授パラダイム」から
「学習パラダイム」へと向かうフェーズの転換です。

「学習パラダイム」への転換が叫ばれる今、
私たちは専ら、授業者、
つまり教師の立ち位置にポジショニングして
解決を図ろうとしているのではないでしょうか。

だから、アクティブラーニングというと、
様々な授業手法、
あるいは、「教師が」どのようにして
生徒を深い学びに導く問いを立てられるか、
などにばかりフォーカスされがちです。

でもそこには、やはり、
「教師とは生徒に知識を授ける者である」
という目線が感じられるのです。

むしろ、私たちは、学習者の方に
ポジショニングしていくことが
必要ではないかと思うのです。

学習者が、一方向的に
知識がインストールされることへの
問題意識を持ち、自分事として
学びを考え始めるとき、
本当の「学習パラダイム」への転換が
起きるのではないか。

そういう意味で、
学習パラダイムへの転換とは、
学習者の意識改革であり
独立運動なのかもしれません。

もちろん、その意識の変革は、
教師が学習者に(おせっかいに)
植え付けるのではなくて、

教師や学校という、学習者をとりまく
「環境」そのものが、実は彼らのその芽を
つぶす存在かもしれないことに気づくことが
最初の一歩なのかもしれないと思うのです。


 

「万葉植物園復興プロジェクトに思いを寄せて」

一昨日、万葉植物園復興プロジェクトの
生徒リーダー3人と、
花巻家守舎の専務である高橋さん、
そしてそのアレンジをしていただいた
保護者の清水頭さんと、
初の打合せ会を校長室で行いました。

高橋さんは、あのマルカンデパート復興に
直に携わってきたリノベーションの専門家です。

万葉植物園の復興を
どのような筋道で進めればよいか、
多くのアドバイスをいただきました。

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本校にはかつて「万葉植物園」という
素晴らしい庭園がありました。

もちろん、春日大社はじめ、
全国に万葉植物園はたくさんあります。

本校の万葉植物園も、それに倣って
万葉集に因んだ植物が
それはたくさん植えられていた庭園でした。

しかし、本校の万葉植物園は
数十年来放置されてきました。

今では、草がぼうぼうと生い茂り、
池は泥沼状態になって、
ボウフラの住処になっています。

万葉植物園の看板はあるものの、
今や誰も足を踏み入れない
アンタッチャブルな場所になっているのです。

そんな中、これまで生徒会を中心に、
何人かの生徒達が
この万葉植物園を復活させよう
という声をあげてきました。

私は、昨年の生徒総会で、
生徒達が万葉植物園復興の議論を
熱く闘わせる姿に驚きました。

そして、ああ、こんなにも
真剣に考えている
生徒達がいるんだと感動しました。

彼らのそんな強い思いにもかかわらず、
復興が前進しないのはなぜだろう。

時間の問題、資金の問題、
マンパワーの問題・・

いろいろと考えているうちに、
私は、この万葉植物園の
荒廃と復興の根底には、
教育の根幹に関わる
大きな問題が潜んでいるのではないか
という気づきを抱きました。

私は、この万葉植物園を、
学校が学校であるかどうかを試す
リトマス紙のように感じるのです。

万葉植物園なんて、別に整備しなくても、
生徒の学力向上や進路実現や
部活動での成果が
停滞するわけではありません。

むしろ、その整備に費やす時間とお金を、
部活や学力向上策のために
充てる方がいいだろう
という人がいるかもしれません。

しかし私は敢えてこう考えます。

万葉植物園が忘れられ、放置され、
荒廃していった歴史は、
学校が学習の効率性を追い求めるために
無駄をそぎ落とし、
文武両道の名のもとに
進学実績や部活動の成果に
邁進してきたことの象徴ではないだろうか。

すると、生徒からの
万葉植物園復興の声に耳を傾け、
行動をともにできるかどうかは、
学校の見識、教育に対する
スタンスが問われる、
いわば試金石なのではないか、

そして、万葉植物園復興プロジェクトの
リーダー3人に、私はこのような命題を
つきつけられているのかもしれない
と痛感したのです。

そういうわけで、今私は、
PTAや同窓会など様々な場で
万葉植物園復興を叫んでいます。

そして、今、自分たちができることを
必死で行っている、
3人のリーダーたちを支援する輪を
作っていきたいと考えています。

今日の高橋さんと
清水頭さんとの打合せ会も、
そんな中で生み出された
確かな一歩だと思っています。

私はリーダーの3人にこんな話をしました。

数字や結果が残せなければ
何も残らないというのは「学校」ではない。
学校は営利を追求する企業とは違うからだ。

目標がかなわなくても
残るものがあるのが学校だ。

だから復興のために立ち上がり、
仲間を巻き込んで様々な行動を起こすこと、
その過程から、多くの宝物を
君たちは手にするはず。

たとえ復興が道半ばになったとしても、
そこで得た経験は社会に出てから
生きて働く力になるはず。

踏み出せばその一足が道となる
迷わず行けよ、行けばわかるさ
(アントニオ猪木)

すみません^^。
これはいいませんでした(笑)

私はそんなことを生徒に言いながら、
それはまさに自分に言いきかせる
言葉でもあると思っていました。

万葉植物園復興は、別にしなくてもいいこと。
だからこそしなければいけないこと。

私が在任中に、
万葉植物園を見て見ぬふりをし、
ただ放置していても特に何か問題が
起きるわけではないでしょう。

せいぜいやぶ蚊が多く発生するだけです。

でも、20年後、30年後はどうなのか。

恐らくやぶ蚊は更に異常発生し、
森のようになった植物園には
誰も足を踏み入れる者はなく、
その恐ろしいほどに生い茂る森に
いつか雷が落ちるかもしれません。

そうなってから、人はそこを
厄介な場所として、ブルドーザーで
根こそぎ無き者にしてしまうのです。

私たちに必要なのは過去リスペクトし、
未来の前提となる「今」を
つくり変えることではないか。
そのことを思う力が我々にあるかどうか。

万葉植物園復興には
3つのリスペクトがあります。

一つは、今述べたような
過去の先人たちの思いに対して。

二つ目は、復興を立ち上げようとする
生徒達に対して。

そしてもう一つは自然に対して。

先日、妖精アーティストのロナさんが
「フェアリートーク」の中で、
なぜ今妖精なのかということについて
このようなことを話したことが
今でも心に残っています。

先日ブログに書きましたが
もう一度書き起こしてみます。

人々は古来より自然と共に生きてきた。
そこには、「共生とバランス」の世界があった。
しかし、人間が便利さを求めていくうちに、
自然への関心が薄れていき、
妖精、妖怪はファンタジーの世界へ
追いやられてしまった。
妖精とは、実は自然そのものである。
妖精を知ることは、自然を知ること。
妖精を知ることで自然への
畏怖 (Awe)、
敬意 (Respect)、
感謝 (Apprication)
を知って欲しい。


もちろん、ここで述べている自然とは
自然環境に留まらないことは
先日のブログで述べた通りです。

いわば万葉植物園は
妖精が住む森づくりなのかもしれません。

つまり、復興の場所は、
その庭園であるとともに、
私たちの心の中でもあるのです。


 

「相澤先生の感想コメントから生徒の主体性について考えた」

8月7日に、3年生を対象として行われた
「黒橋の鉄人セミナー」で講座を
行っていただいた相澤徹先生から、
生徒の感想に対するコメントが
先日送られてきました。

相澤先生は元県教育長で、
岩手県立大学の理事長も
努められていた先生です。

先生の講座は、地域創生、
働くことについてなどの内容で、
直接受験と関わる内容では
ありませんでした。

昨日、進路課長の田上先生から
その感想とコメントを
見せていただきましたが、
いやあ本当に驚きました。

受講した99人の生徒全員に
きめ細かいコメントが書かれているのです。

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そして、生徒それぞれのいいところに
アンダーラインを引いてピックアップし、
共感のコメントを寄せています。

99人誰一人同じコメントはありませんでした。

私は、すぐに先生に電話をして、
私がどれだけ感激したかを伝えました。

すると、先生は、受講した生徒全員が
びっしりと記述していて、
しかもその内容が素晴らしかった。

それほど私の話しを
真剣に受け止めてくれたことがわかり
嬉しかった、としみじみ話してくださいました。

3年生の夏休み中の特別セミナーというと、
普通は教科の受験指導を行うところです。

しかし、今回は、将来社会に出て、
地域社会の中でどのように生きていくか
という大きなテーマでこの講座がセットされました。

まずそれが素晴らしいことですね。

高校を卒業したその先を伸ばす力に
繋がる取組みだったのではないかと思います。

相澤先生の素晴らしさはもちろんですが、
生徒の感想を読むと、自分で一生懸命考え、
それをしっかりと自分の言葉で
表現していることがわかります。

ここで、生徒の感想の素晴らしさを見て、
「さすがは花高生だ」という人が
いるかもしれません。

もちろんそれは一面正しいのでしょう。

でも、もう一つ注目して欲しいのは、
相澤先生の講座の進め方なのです。

先生は、最初に講義を行い、その後、グループで
「質問づくりワーク」(QFT)を行っています。

この活動によって、生徒の思いが具体化され、
自由に対話し、表現できる姿に
なったのではないかと思うのです。

つまり、感想文に見られる生徒達の主体性は、
この「質問づくりワーク」によって顕在化した、
つまり、アクティブラーニング「型」手法の
勝利なのではないでしょうか。

今、本校の生徒の主体的な活動が
顕著になってきました。

夏休みの様々な活動を見ても
そのように強く思います。

それは生徒が「変わった」のでしょうか。

私は、そうではないのではないか、
と最近思うようになりました。

そう。

生徒は、最初から主体的な存在だったのだ。
ただ、それを顕在化される場が
与えられていなかっただけ。

つまり、変わったのは生徒ではなく、
そんな場を与え、主体性を引き出した
学校や教員集団だったのかもしれません。

昨日の職員会議でそんなことを話しました。

 

「自由の翼展② フェアリートークで思ったこと」

8月11日に行われた
「自由の翼展」の午前の部は、
高校生妖精アーティストである、
ロナ・ラージスさんによる
「フェアリートーク」、
妖精学講座が行われました。

まさにギャラリーBunの雰囲気にピッタリ、
そして、今回のイベントの
スタートにふさわしい講座でした。

妖精についての様々なエピソードが話された後、
ロナさんは、なぜ妖精学なのか
ということについて次のようにまとめられました。

人々は古来より自然と共に生きてきた。
そこには、「共生とバランス」の世界があった。
しかし、人間が便利さを求めていくうちに、
自然への関心が薄れていき、
妖精、妖怪はファンタジーの世界へ
追いやられてしまった。

妖精とは、実は自然そのものである。
妖精を知ることは、自然を知ること。

妖精を知ることで自然への
畏怖 (Awe)、
敬意 (Respect)、
感謝 (Apprication)
を知って欲しい。


ここで、ロナさんは、
妖精を自然のメタファーとして捉えています。
私は、ロナさんの話しを聴きながら、
ここでいう自然とは何か
ということを考えていました。

この日のイベントの
トークセッションに登場する畠山さゆりさんは、
人間の生命維持のメカニズムは、
共生と循環、調和を繰り返す
自然環境と相似形であるといわれます。

また、齋藤みずほさんからは、
人間が本来潜在的に持っていたアートの能力が、
日常生活を維持していく中で薄らぎ、
どこかに追いやられ、
最初から自分には備わっていなかったと
思ってしまっているのではないか
という話しもありました。

そして、ロナさんの母親のサマンサさんは、
子どもは生まれながらの天才であり、
ありのままの自分が完璧であるという、
「あり完」「No Limit」を主張され、
世界に発信されています。

このように考えると、
ロナさんの言う自然を知ることとは、
自然環境を守るという話に留まらず、
自分の身体や心を見つめ、
あるがままの世界に回帰し、
個人のしあわせとは何か、
そして、世界、地球のしあわせとは何かを
追求することではないかと思いました。

すると、それはまさに、
Chiharuさんの歌声と併せて、
その後のトークショー全体を貫くような

いわば、基調講演ともいえるものだったんだなあと、
今しみじみと思っています。

ロナさんは高校卒業後、
妖精アーティストとして身を立てていくとのこと。

ロナさんの今後の活躍を
これからも応援していきたいと思います。

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自由の翼展① 

8月11日に
「しもまっちwith friends 自由の翼展」の
スペシャルイベントが行われました。

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この日、芳名帳に記帳していただいた方
だけでも50人もの参加がありましたので、
会場に入れなくて
外から眺めていた人も含めれば
100人近い参加者が
あったのではないかと思います。

この日はFMワンや
岩手日日からの取材がありました。

FMワンのDJは
花北時代の教え子でびっくりしました。

岩手日日から以下のように、
とても大きく紹介していただきました。

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また、5日・6日には山口県から
盟友マツシマンこと松嶋さんが、
盛岡の山下さんとともに駆けつけ
準備を手伝ってくださいました。

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マツシマンからいただいたお菓子は
全日の準備で皆さんと美味しくいただきました。

5日の夜は、マツシマンと
じっくりお話ししました。

彼との対話は餅つきのような感じかな。

私が杵で餅をつくと、
マツシマンが上手に餅をこねて、ひっくり返す。

気持ちよくなってまた餅をつく。
今度は攻守交替して
マツシマンが餅をついて私がこねる。

この日の夜は共感と気づきの嵐でした。

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また、山下さんには準備の他に
当日の運営も手伝っていただき本当に助かりました。

そして、夜の打ち上げ後には、酩酊の私を
自宅まで送り届けてくださいました。
感謝、感謝です。


さて、今回の自由の翼展の
イベント開催にあたって、
皆様からたくさんのお花、お祝い、
差し入れをいただきました。

本当にありがとうございます。
この場を借りてお礼申し上げます。


金沢PTA会長、
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様々な施術で私の体を
診てくださっている齋藤重貴先生、
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昨年まで本校に勤務していた牛崎先生、
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そして、神戸の百合学園勤務の
アクティブラーナー内橋先生、
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素敵なお花ありがとうございました。

息子が昔お世話になっていた柏山さんからは、
がんづきなどの手作りお菓子をいただきました。

息子のお嫁さんの実家の相馬さんからも、
それはそれはたくさんのおにぎりの差し入れや、
南部せんべいなどのお菓子、
そして抱えきれない程の野菜もいただきました。

清水頭さんからは、お母さんが作られた、
おこわやお煮つけなどの惣菜の差し入れを
たくさんいただきました。

スタッフや参加された皆さんに大評判、
美味しいとむせび泣く人もおりました。

ああ、写真を撮ることができなくて残念。
準備が本当に大変だったと思います。
感謝にたえません。

齋藤みずほさんからは、
この日のために塗香を用意していただきました。

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これは、夜の部での海外の方との
交流の中でもご紹介され大変好評でした。

また、私をイメージし調香したという文香を、
私だけではなくスタッフへのお土産用にと
準備していただきました。

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また下の写真の「ジャズ羊羹」は、
今回の「自由の翼展」にふさわしいもの
ということで、わざわざ大分の由布院から
取り寄せてくださったとのこと。

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うーんこの気配り。さすがです。
やはり、みずほさんは
「世界に自慢したい日本女性」ですね。

永島宏子さんからも素敵なお菓子を
たくさんいただきました

また、永島さんには前日の準備から
当日の運営まで、
齋藤さんと清水頭さんとともに
携わっていただきました。

そして、夜の部では海外の人達を交えて
線香花火パーティーを催してくださいました。

愛知の名城大から来られた
竹内先生からもお菓子をいただきました。

彼とはその翌日、
わんこそば対決を行いますが、
その記事はまた後日。

ソーベーズカフェオーナーで、
今回のトークセッションの主役の一人である
畠山さゆりさんからも、
人気のソーベーズオリジナルクッキーなど、
たくさんのお菓子をいただきました。

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添えられたカードのさゆりっちが最高です。

私は、この日、さゆりさんの天才ぶりに
あらためて衝撃を受けるのですが、
その記事はまた後で。

今回のスペシャルゲストのChiharuさん、
サマンサさん、さっちゃんからも
お祝いをいただきました。

ありがとうございました。

さゆりファミリーの一人、断食仲間であり、
イーハトーブマラソン仲間でもある
タキックスさんからは、
月の輪の無農薬米酒をいただきました。
今カミさんと美味しくいただいております。

断食マイスターの試験に向けて
お互い頑張りましょう!

そして、凄いと思ったのは、
私の断食仲間、髙橋佐智子さんからいただいた
手作りのパンとお菓子です。

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佐智子さんは花巻市内で
美肌フェイシャルサロンを経営し、
毎年様々なコンクールで入賞されている
カリスマエスティティッシャンです。

佐智子さんはお菓子作りもプロ級。
そして、凄い勉強家で、
最近では「ほっこり文字」を習っておられ、
それらを自分の仕事にも活かしておられます。

お庭で取れた可愛い桃
(香りがハンパなく甘み抜群)を彩り、
そして添えられたほっこり文字。

これはまさにアート。
今回の展示の一つといってもいいですね。

私は、この日バタバタしていたことと、
終わるや否や桜雲39回生の還暦祝いに
駆けつけなければならないこともあり、
お礼もいえずに失礼してしまい、
大変申し訳なく思っております。

そういえば、本校の八重樫先生からも
紅茶の差し入れいただいたことを思い出しました!

八重樫先生ありがとうございます。

そんなわけで、恐らく、ここには記していない
たくさんの方から
頂き物があったかのではないかと思います。

もしかしたら、
大変な失念をしているかもしれません。
ご指摘をいただければありがたく思います。

もちろん、妻には本当に苦労をかけ、
感謝のしようがないのはいうまでもありません。

そんな中、特に、今回のイベントの成功は、
清水頭聖子さんと齋藤みずほさんの
存在なくしては語れません。

お二人には、準備や当日の運営の他、
作品の出品、企画のプロデュース、
宣伝など全面的にサポートしていただきました。

清水頭さんの機転と気遣い、
そして思いを迅速に行動に移す力には
ただただ敬服です。

そしてみずほさんには、
当日のファシリテーションを
ほぼノープランでお願いしましたが、
いろんな人の思いを繋いで、
素晴らしく全体をまとめてくださいました。

お二人に共通しているのは、
優れた能力を自分が前に出るためではなく、
人を応援し輝かせるために
遺憾なく発揮されるところです。

本当にありがとうございました。

イベントが終わってみて思ったことは、
私は単なるアプリケーションの一つに過ぎなくて、
一番大切なのは、そんなアプリを支え、
動作させるオペレーティングシステム(OS)
の存在なんだなあと思いました。

あるいは、ジャズのコンボで
アルトサックスが六方踏んで
気持ちよくソロをとれるのは、
バッキングで支えるリズムセクションの
存在あってのこと。

かな。

支えていただいた皆様一人一人が主役。
そのベースの上で踊らせていただいた私は、
ひたすら皆さんに感謝するばかりです。

そして、このような素晴らしい場を
提供してくださった、
Bunの渡邊文子オーナー
本当にありがとうございました。

自由の翼展の展示は8月31日まで続きます。