「地歴AL研修会振り返りPART2」

もうだいぶ昔の話になってしまいましたが、
2月2日に行われた、地歴AL研修会での、
さっちゃんこと筑波大学五十嵐先生の
授業についてまとめておこうと思います。

尚、授業メモを失くしてしまったので、
曖昧な記憶を頼りに
記してしまうことをご容赦ください。


授業の冒頭、
昨年度本校を卒業した大江さんから、
自身が高校時代に行った
マルカン復興の取組みについての
お話がありました。

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五十嵐先生は、大江さんの話しを受けて、

「私にとってマルカンとは」

という問いを立て、
ペアでの話し合いを行います。

「小さい頃からの思い出の場所で、愛着がある。
だからなくなることは嫌」

という意見が出る一方、

「特に思い入れはない」

という意見も出されました。

そこで、五十嵐先生は生徒から発せられた
「愛着」という言葉に注目し、

「花巻に対して愛着がある?ない?」

という第二の問いを立て、
「ある派」「ない派」を混ぜ合わせて
グループディスカッションを展開します。

ここで、筑波大学の学生6名と、
大江さんを含めた京都大学の学生3人が
生徒の議論に混ざり、討議を活性化
させているのも注目ポイントです。

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花巻に愛着を持っている生徒の多くは、
花巻を「昔からの思い出の場所」
「友人との語らいの場」「ふるさと」
と受け止めていて、
花巻がなくならないように、
魅力あるまちづくりが必要である
といった話をします。

一方で、

「花巻以外にある魅力的な町や、
便利な町を私たちが選んで出ていくことは
そんなに悪いことではない。
悲しいことかもしれないけれど、
それが自然の流れではないか」

という意見も出されました。

もちろん「ある派」が多数ではあったのですが、
「将来花巻に住みたい」
と考えている生徒を挙手させたところ、
何と40人中5人しか手が挙がりませんでした。

つまり

「愛着はあるけれど将来花巻に
住もうと思っていない人が90%近くである」

という状況が明らかになってしまったのです。

五十嵐先生はここで、
生徒たちを立ち止まらせる問いを投げつけます。

それは、

「愛着」「ふるさと」「昔の思い出」
などといった言葉の主語は誰なのか、
つまり、誰にとっての「ふるさと」なのか、
という問いです。

それは「自分」なのか「花巻市民」なのか。

もし、「花巻市民」にとっての「ふるさと」とすれば、
このクラスの12.5%しか
花巻に残らないといっているので、
将来花巻に住む人はどんどんいなくなって、
やがて潰れてしまうのではないか。

こんな話をしながら、

「じゃあどうすれば花巻を残すことができるか」

という第三の問いに進み、
更にグループでの議論を展開します。

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生徒達からでてきた意見は
例えばこんなカンジだったかと思います。

●町が無くなっても文献などで名前を残す。
 (花巻江戸時代化計画)
●花巻ならこれ!という
 アピールポイントをつくって発信する。
 (強み発信計画)

ここで、五十嵐先生は
生徒達の意見をまとめながら、
次の様な提起を行います。

「ふるさと」につけられていた
「自分の」「花巻市民の」
という冠を取り去ってみる、

そして、その代りに「日本中の」「世界中の」
という冠をつけてみたらどうだろう。


更に、「市民」とは誰なのか、
という問いに置き換えて話を深めます。

「市民」とは、「その市に住んでいる人」といえる。
しかし、そのように捉えてしまうことで、
状況は悲観的になってしまうこともある。

実は「市民」にはもう一つの意味がある。
それは、「誰でも」「すべての人」
というものである。


このような流れで、
境界を越えて全ての人が
まちづくりに参画する政治が
民主政治の理念であるという理解に
生徒たちを導いていきます。

そして、そのモデルとして、
「モノ」ではなく「生き方・暮らし方」を
全米に向けて提供している
ポートランドについての紹介がありました。

このポートランドの例を踏まえながら、
最後の問いを発します。

「花巻」という「暮らし方」をどうやってつくるか。

「花巻という町」を残すのではなく
「花巻という魅力的な暮らし方」を
どうやって日本中の人達に提供できるか。

どんな暮らし方をすれば、
日本中、世界中の人が幸せになれるか。

つまり、世界が幸せになるために、
「花巻」をどう使うのか。


このような問いを生徒達に投げかけて、
授業が終了しました。


この授業は、ありがちな、
地域復興のアイデアを出し合う
ワークショップではありません。

それを越えて、
「地域復興」という御旗の中に
隠れてしまっている命題を掘り起こし、
そして、その議論に向かう人々のマインドを
問い直していこうという授業なのです。

すると、そこに存在する哲学は、
花巻復興という文脈に留まらず、
様々な事象に通底するものと
捉えることができるのではないか、

授業を聴きながら、私はそのように感じました。

実は私は、この授業を、
途中から勝手に頭の中で
「授業論」に読み替えて聴いていました。

例えば「地域復興」を「学力向上」
という命題に置き換えて考えてみます。

「学力向上」というと、
往々にして様々な手法や、
どんなコンテンツを提供するかといった、
プラクティカルな方向に議論が進みがちです。

そして、誰もがすぐ使える「解答」を求め、
学力向上を「自動化」しようとします。

しかし、「こうすれば得だよ」、
「このメソッドが効果的だよ」、といった、
ある意味哲学なきスローガンは、
一時をしのぐカンフル剤になるかもしれませんが、
持続するものになるか疑問です。

五十嵐先生は、「ふるさと」に被せられた
「自分」という冠を外す、
ということを提起されました。

それは、授業において、
教師が従来の固定観念に
とらわれていることから解放されること、
あるいは、肩書や属性や過去の慣例
などといった「鎧」を脱いでいくことではないか。

また、「花巻にあるモノ」ではなく
「花巻という暮らし方」を提示するというのは、
「授業メソッド」ではなく、
教師の佇まいを含めた
新たな学校文化を構築することによって、
生徒の心を動かそうとすることではないか。


「学力向上」のために教師はどうするか。
「魅力ある授業を提供する」
では「魅力ある授業とは何か」
それは、スペシャルなコンテンツという
「解答」にひたすら触手を伸ばすことではない。
教師がどんな哲学を持って
「学び」に向かうかということ。
これが生徒の心を掴むための生業である。
そのためには、肩書や属性といった鎧を脱ぐこと。
そして境界を越えて人が繋がりあうこと。
そんな学校文化をつくっていこう。


「花巻復興」のために市民はどうするか。
「魅力ある花巻を提供する」
では「魅力ある花巻とは何か」
それは、イベントやインセンティブなどの
「カンフル剤」に手を出すことではない。
市民がどんな哲学を持って
「暮らし方・生き方」を提示するかということ。
これが世界中の人々(=市民)の
心を掴むための切り札になる。
そのためには、肩書や属性といった鎧を脱ぐこと。
境界を越えて人が繋がりあうこと。
それを基盤にした社会をつくっていこう。



そんなことをぐるぐると考えていました。

そこで私はハッと気づきました。

そうか。

実は、今回行ったAL研修会で
私が抱いていたテーマはこのことだったのだ。

つまり、五十嵐先生の授業は、
実は我々教師に向けての
メッセージでもあったのだと
ビビッときたのです。

それは、うがち過ぎ
という人がいるかもしれません。

しかし、学びとは、
教授者が何を与えたかではなく、
学習者が、そこから何を
自ら掴みとったかということ。

だとすれば、参観した教師たちは
五十嵐先生の授業から、
想像力を働かせてメッセージを
自分事として受け止めなければなりません。

少なくとも、教えのプロを標榜する
教師であるのならばなおさらです。

そして、研究会では、
評論家目線で授業分析するのではなく、
自分が何を掴み取ったかについて、
皆でディスカッションする場であれば
良かったなあと感じていました。


 

「日本史×政治経済コラボ授業にみる3つのチャレンジ」

2月2日に行われた、日本史A✕政治経済の
提案授業について振り返ってみたいと思います。

この授業には
3つのチャレンジがあったと思います。

一つは、授業者の学校を越えたコラボレイトです。

今回の授業を行うにあたり、
本校の助川教諭と盛岡三高の高屋教諭が、
学校を越えて共同で教材を研究・開発し、
実践を行うことができたことは
大変画期的なことではないかと思います。

このように互いのリソースを
共有することによって、
教師の見識が高まるだけではなく、
それが他の教員に波及していく文化が
生まれていくことを私は期待しています。

髙屋教諭が、授業後の振り返りの中で、

「助川先生と事前の授業構想を一緒に練る中で、
先生の教材感に大いに刺激を受け、
私にとってはまさにOJTでした」


と話されていたことがとても印象に残っています。

今後の高校再編を考えるにあたり大切なことは、
局所的な手当てではなく、
全県的な視点に立っての
マンパワーの活用ではないかと思います。

それは、数をどうするかの問題ではなく、
学校という境界を越えて交流し、
知見や授業技法を共有しあうような
コミュニティを生みだす
ことではないかと思います。

そういう意味で、
今回の授業後の研修会において、
校種、職域、地域を越えた参加者による
ディスカッションが行われたことも
特筆すべき点として
付け加えておきたいと思います。

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二つ目のチャレンジは、
クロスカリキュラムの視点です。

本時の学習テーマは、
「戦後の日本経済の流れ」を理解し
「今後の日本経済」について確認する、
というものでした。

そこで、まず、戦後政治史の変遷という
歴史的側面について、
前日までの段階で本校の助川教諭が担当します。

そうやって土壌を耕した後に、
高屋教諭が政治経済の視点に立って
タネをまいていったのが
本時の授業であったということです。

授業展開をもっぱらリードするのは、
政治経済担当の高屋教諭であり、
助川教諭はサブに徹して
授業をサポートします。

私は、今回の授業を参観しながら、
助川教諭というOS上に、
髙屋教諭というアプリケーションが
起動されているというイメージを抱きました。


教科どうしをつないで、
教材に新たな息を吹き込むこと。
それによって、テストのための勉強から、
生きて働く知識に展開される。

今後の教材研究、教材開発は
このような視点が
求められるのではないかという気がします。

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余談になりますが、私は、この授業を観た後、
数学と保健コラボレーションを考えました。
内容は、今年のセンター試験の
データ分析問題の解説を数学の教員が行い、
その後、保健の先生に
バトンタッチするというものです。

なぜかというと、今年のセンター試験には、
BMI(ボディマス指数)の話題が
何の説明もなく登場していたからです。
この問題は、ロジックを駆使すれば
パーフェクトに答を出すことができるでしょう。
でも、たとえ答が求められても、
保健・健康の視点がなければ、
その問題が訴えている本質、真実には
到達できないと私は思うのです。


さて、

三つ目のチャレンジは、メディアの活用です。

髙屋教諭は、この授業を行うために、
前もって20分ほどの事前学習動画を作成し、
YOUTUBEにアップしました。

初対面の授業ということもあり、
これは大変効果的であったと思います。


ここで、「反転授業」について
少し論じておきたいと思います。

高屋教諭は配布プリントで反転授業を
次のように説明されています。

「事前に各自で
動画視聴などを通して
個人で知識を理解
→授業では知識を活用して
思考や表現をする」


つまり、「表現」を活発に行う授業にするための
前提として、事前に家庭等で
準備をしておくということですね。

ところが、しばしば、反転授業を、
「教師が授業をスムーズにすすめるために、
前提となる知識を家庭で予習しておく」
と捉えている教師に出会います。

それは単に、「予習をして授業に臨め」
というのと変わりませんね。

気をつけなければならないのは、
このような事前課題とは、
教科書の進度を確保するといった、
教師の都合で行われるのではなく、
あくまで、授業をワクワクさせたいとか、
対話型のアクティブな授業を展開する
という目的がその先にあるからこそ
行われるということを
明記しておきたいと思います。

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「反転授業」で私が思い出すのは、
サマンサこと才神敦子さんが行う
「ドラマキャンプ」。
全国から子どもや大人が一同に集まり、
そこで英語劇を創作するという活動です。

サマンサさんは、集まってから、
何をするかなどの講義を行うのではなく、
事前に参加者にシナリオが配っておきます。
そのことによって、
「教室」という空間に集まった人たちは、
知識のインストールからではなく、
最初から対話や創造の活動を
自発的に行っていけるわけです。

私は、今回の授業動画の配信は、
授業の中で対話を活発にさせること以外に、
以下のような価値を感じました。

1 スマホなどのデバイスを
 授業で活用することについての
 問題提起。

2 開発した優れた教材を
 メディアコンテンツとして蓄積し
 それを共有化するという展望。

3 今後のZOOMなどのテクノロジーを用いて
 外部とつながる授業の可能性。

以上、私が今回の授業で感じた
3つのチャレンジについてまとめてみました。


最後に、高屋先生からメールでいただいた
振り返りの中で、
「深い学び」について
大変興味深い記述がありました。

高谷先生に許諾をいただきましたので、
その部分を以下に掲載させていただきたいと思います。

ご意見やご感想をいただければありがたいです。



 <前略>
特に私の中で最も心に残り、
今後の授業作りの大きなヒントになったのが、
研修会で同じグループだった
次世代型教育推進センターの先生から出た疑問です。
それは、
「前半の戦後の日本経済史を概観するという活動が、
後半の生徒の思考する活動に
どの程度生かされていたのか」
というものです。

私としては、前半のA~Dの時代の流れをつかむ中で、
経済状況には波があること、
好景気は一定の要因があって発生すること、
等に気づかせながら、
それらの要因がこれからの時代ではどうなるのか、
また各要因を総合的にみたときに
果たして景気は上向きor下向きとなるのかを考えさせる、
という授業のイメージだったのですが、
後半発表した2人の生徒から出てきた

「オリンピックや改元で多少上向きになって、
その後は停滞するのでは。」

といった(おそらく大半の生徒がそこに落ち着いた)意見は、
ひょっとしたらプリントAからの学びがなくても
出て来得るもので、
プリントAとプリントBのつながりを
うまく作れていなかったな、と反省しました。

もっとプリントAを通して
約70年間の経済の波(好景気の後には不景気、
不景気の後には好景気というように
いろんなきっかけで景気が変動していく様子)を
生徒が感じとれるようにしていけば、
違ったかもしれ ないと思います。

「主体的・対話的で深い学び」の中でも
特に「深い学び」の部分に
どう生徒を連れていくのかが
私の中の授業改善の課題の1つです。

恥ずかしいことですが、
「主体的・対話的」にばかり自分の意識が行って、

「生徒が活発にわいわいやりとりしている授業
=AL型のいい授業」

であるかのような錯覚をしていた時期がありました。
その時、(気のせいかもしれませんが)
生徒の側も授業の中で一生懸命ALっぽく
振る舞い始めるような気配を感じ、苦しくなりました。

授業者として自分が無意識に生徒に伝えていた
無言のメッセージが、以前は

「机に座って授業者の話を黙って聞き続けることが
あるべき生徒の姿だ」

としたら、今度は

「一生懸命となりの生徒と活発 に話し合うのが
あるべき生徒の姿だ」

に変わっただけではないか、と思ったからです。

でも
「それは違う、ALで授業中の
生徒の多様な姿・考え方を引き出したいのに、
画一的な生徒のあり方を押し付けてるのでは
旧来と何も変わらない」
と思いました。

そして、「主体的・対話的」な結果として
「深い」学びになるのだとしたら、
どう学びの深さを保障するのかを考えなくては、
と思いながら、
「でも深い学びの「深い」って何なんだろう」
っていうのが正直な気持ちでした。

そして今回、この
次世代型教育推進センターの先生のご指摘から、
「学びの深さ」を見取る指標の1つに、
授業内の「知識・理解」の活動が
「思考・判断・表現」にどう生きていたのか、
「知識・理解」の活動があった場合と
なかった場合とでは、
「思考・判断・表現」の活動に
どのような差が生まれたのか、
という視点があるのでは、という気づきを得ました。

ひょっとして、「知識・理解」の活動がなくても
言えてしまうような発言ばかりが
「思考・判断・表現」の中で出てきていないか、
を冷静かつ具体的に見ていくことが、
生徒の学びの深まりを作る授業につながる、
という気がしています。




高屋先生の授業に対する真摯な姿勢と
プロフェッショナリズムを感じる振り返りです。

今後、更に多くの人達が、この学びの輪に
加わる中で、新たな気づきが生まれてくるものと
思っています。



 

「私は何歳だと思いますか」という問い。  

先月、尊敬する母校の先輩である、
キムTこと木村利光先生と、
北上地区PTAでコラボ講演を行いました。

その講演会で、木村先生は
こんな話をされました。

生徒の前で自己紹介する際、
最初に

「私は何歳だと思う?」

と問いかける。

生徒達は「50歳」「55歳」「65歳」
などと口々にこたえる。

そんな生徒たちに対して
「ピンポーン!全員正解!」
と言う。

なぜ全員正解なのか。

それは、最初の問いかけが
「自分は何歳か?」ではなく
「何歳と『思うか』」という、
いわば答えのない問いだから。


というものです。

つまり、その問いに対し、
自分が一生懸命
その根拠を考えながら
出した答えならば、
それはすでに正解なのだ、
というわけですね。

大切なことは
正解を知っているかどうかではなく、
想像力を働かせること。

たとえそれが
「正解」とは異なっていたとしても、
間違いを恐れず、思ったことを
発信することにこそ価値がある。

そしてその「答」が
真実と異なっていたとしても、
自分で考えだしたという経験を経て
真実に到達することの方が、
より強い理解につながっていく。

私はキムTの話をこのように受けとりました。

ちなみに余談ですが、彼のこの
「年齢クイズ」にはオチがあって、
本当は「3歳」なのだそうです。
なぜなら「利光=(としみっつ)」だから。
こりゃあ爆笑ですね。


「対話」における「問い」の基本は、
相手の気持ちや思いを知りたいからこそ
発せられるものだと思います。
だから、そこには
「正解」が存在しているわけではありません。

しかし、今、教師や親が、
子どもに行う「問いかけ」をみると、
往々にして、
既に教師や親が持っている
「正解?」に導こうとするものだったり、
あるいは、自分が有している「正解?」を
子どもがその通りこたえられるか
「験す」ものになっていないか、
私はそんなふうに感じるのです。

そんなことをつらつら考えていたら、
先日PTA講演会で話題にした、
ヘリコプター&カーリングペアレント
のことを思い出しました。

これは以前ブログで述べたことと
重なるかもしれませんが、
また書こうと思います。

ヘリコプターペアレントとは、
子どもの上空で常に目を光らせ、
子どもが嫌な思いをしたり、
失敗しそうになったときに舞い降りて来る親、

カーリングペアレントとは、
子どもの行く先々の障害物を
先回りして取り除き、
子どもを誘導する親のことなのだそうです。

いわゆる過干渉・過保護ということですね。

するとある人から、
ヘリコプターティーチャー、
カーリングティーチャーというのも
あるのではないかと言われ、
なるほどと頷きました。

それは、子どもの学力は
すべて自分の指導によるものと勘違いし、
過剰に語り、すべて自分の掌で
生徒をコントロールする教師のこと。

そして、子どもの考え方を、
教師の思う方向に
無理やり導こうとするというものです。

いわば、教師と保護者は
生徒を幸せにするための同志であるとともに、
生徒をスポイルしてしまう
共犯関係にもあるのかもしれませんね。

ちょっと絵を描いてみました。

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ヘリコプター&カーリング
/ペアレント&ティーチャーとは、
子どもをより良い方向に
導きたいという強い思い(=愛)が
根本にあると考えて、
どちらもかわいく描いてみました(笑)。

つまり、子どものために先回りして
手を打つこと、
コントロールしようとすることは、
子どもを傷つけたくない、
失敗させたくない、
もっと「できる子」にしたい
という思いがあるからこそなのでしょう。

でも裏を返せば、それは
「傷つくあなたは許せない」
「できないあなたはもっと許せない」
「だからあなたは~すべき」
というメッセージにもなります。

そして、そもそも人は、
ひたすら「他よりできるようになる」ために
生まれてきているわけではないのです。

ウルグアイのムヒカ大統領は、
人間は発展するために
生まれてきたのではない。
そして発展は幸福を阻害するもの
であってはいけないと言っています。


ところで、先日、
つねに一歩先行く
教育改革のフロントランナーであり、
未来からの使者であり、
かつ宇宙人でもあるらしい、
尊敬する江藤由布先生が
フェイスブックの記事に
このようなことを書かれていました。


繰り返し言っているのは、
・Don't worry if your're not finished.
・It's important to try new things.
・Having the right answer is NOT important.
・Help each other.
 さらに、
・There’s no wrong idea as long as it has a reason.

なぜなら、生徒たちが以下のように
ギプス状態だからです。

①普段の授業できれいに書いて
 提出することばかり求められてきたので、
 どうしても最後までできないといけない
 という呪縛がある

②普段の授業で同じことの繰り返しだったので、
 新たな挑戦への恐怖がある

③正解でないと再テストを課せられて来たので、
 答えを欲しがる

④小テスト慣れしすぎて、人の答えを
 見てはいけないと信じ込んでいる。

⑤アウトプットの構造自体何も教えられていない。


これまた膝打ちまくりで、早速メモメモ。

さすが宇宙人。

私はこれまでブログの中で、
教師の発問について何度も書いてきました。

なぜかというと、その発問、問いかけに内在する、
教師のヘリコプター/カーリング的教育観や、
さらに言うと、学校教育の構造的な問題点が
見えるように思うからです。

というか、教師の注入型・行動主義型メンタリティは、
そういった構造によって
産み落とされたものなのかもしれません。

であるなら、逆に考えて、
この「対話」「問いかけ」を見直すことが、
学校教育の根本を変えるための
はじめの一歩になりうるのではないか
とも思っています。


 

【Fさんと村上春樹氏と山折哲雄先生と】

ここ1週間ほど、公私ともに
ばたばたバタコさんで、
体調も崩したりして、
フェイスブックやブログの記事も
途絶えておりました。

今、何とか復活しました!

本日は始業式、
気持ちも新たにスタートしていきたいと
思いますのでよろしくお願いします。

先ほど始業式の講話で話したことを
以下に記しておきたいと思います。




いよいよ2018年がスタートしましたね。
今日は、年頭の挨拶として、

「Fさんと村上春樹氏と山折哲雄先生と」

という三題噺をしようかなと思います。

私には、Fさんという自慢の友達がいます。
Fさんはある病院に勤務している
40代の看護師さんです。

実は彼女と私は、去年から、
ある体質改善の
体験プログラムを行ってきました。

食生活を整えたり、
ランニングなどの運動をしたり、
時々断食したり、
あるいは生化学や医学について
学んだりなど、
互いに励まし合いながら
昨年から一緒に取り組んできた仲間です。

そのFさんは、殆どランニングの経験がなく、
当初は全く走れませんでした。

ところが、先月行われた
ホノルルマラソンに出場して、
何と初マラソンにもかかわらず
5時間台で完走するという
目覚ましい結果を残されたのです。

先日Fさんからその秘訣について
話を伺ったところ
2つのことがわかりました。

一つは、昨年、
「ホノルルマラソンで完走する」
と自ら宣言して以降、
朝5km、夜10kmを
毎日走っていたというんです。

これは並大抵のことではないですね。

彼女は、敢えて宣言することによって、
自分を追い込んだ
ということだと思います。

もう一つは、指導してくれている先生への
信頼と感謝の気持ちの強さが、
モチベーションを継続させたというものでした。

私は、彼女の2つの行いは、
単にマラソンを完走するという
結果を生み出しただけではなく、
それを超えて、
自らの精神の部分も含めての
大きな成長を促したんだと確信しました。

私はFさんのエピソードから、
作家でありアスリートでもある
村上春樹氏のことを思い出しました。

「走ることについて語るときに僕の語ること」

という彼のエッセイがあります。

そこでは、彼のフルマラソンや、
トライアスロンへチャレンジする
経過を述べながら
「リスキーなものを進んで引き受け、
それを乗り越えていくだけの力が、
自分の中にある」ことを
確認していく様子が綴られています。

例えばこんなことが書かれています。

「苦しいからこそ、
その苦しさを通過していくことを
あえて求めるからこそ、
自分が生きているという確かな実感を、
少なくともその一端を、
僕らはその過程に見出すことができるのだ。
生きることのクオリティーは、
成績や数字や順位といった
固定的なものにではなく、
行為そのものの中に
流動的に内包されているのだ
という認識にたどり着くこともできる。」

私は、この村上春樹氏の言葉を
Fさんの経験にあてはめたとき、
彼女を讃えるべきは、
ホノルルマラソンを5時間台で走りきった
という成果だけではなく、
そのために後戻りできない状況をつくって、
毎日15kmのランを課し、
それを愚直に継続してきた日常にこそ
フォーカスされるべきだということを感じました。

これは、皆さんの部活動や
進路達成に向けての日々の勉強にも
同じことが言えるのかもしれません。

結果はもちろん大切だけれど、
自ら道を作り、目標に向かっていく
行為そのものが尊いことなんですね。

さて、Fさんについてもう一つお話します。

私は彼女から
たくさんの勇気をいただきました。

また、Fさんは看護師さんなので、
もちろん私ばかりではなく、
きっと彼女の経験によって滲み出た、
優しさや包容力が、
多くの患者さんに生きる希望や
勇気を与えたのではないかと想像しました。

ここで私が思ったのは、
自らを磨くということは、
それは自分のためだけではなく、
誰かのためでもあるんだということなんです。

自らの向上と、他の誰かを輝かせることは
一体的なんだ、ということです。

若くもなく、運動能力もない、
そんな自分でも成し遂げることが
できるんだということを、自ら体現し、
その後ろ姿を患者さんたちに
見せることこそが、
もしかしたらFさんの
本当の目標だったのかもしれません。

そして、自らを厳しく鍛えあげることによって、
優しさを身につけるということは、
実は私たちが勉強や部活で学ぶことの
本質ではないかと私は思います。

私は、そんなことを感じながら、
本校の同窓生で、
世界的な宗教家、哲学者である
山折哲雄先生の

「激しく考え優しく語る」

という言葉を思い出しました。

これは、本校の80周年記念式典で
山折り先生が講演された時に、
いただいた言葉の一つで、
ここにある記念品の絵皿に記されています。

激しく考えるのは自分、
そして優しく語る相手がいる。
つまり自分が何を体現して、
それを他者にどう伝えていくか、
という自分から相手に向かう働きかけを、
激しい、優しいという表現で
とらえているわけです。

今、この言葉を少し掘り下げてみます。

この「激しい」「優しい」という言葉に注目して、
次の4つのセンテンスを考えてみます。

皆さんこれを、例えば授業の場面とか、
友人と接する時などを想像して
聞いて欲しいと思います。

一つ目です。

「激しく考えず、激しくあたる」

これはダメですね。
自分に甘く人に厳しい。
人からの信頼を失います。

では

「激しく考え、激しくあたる」

はどうでしょう。

もしこれが、
教師が授業を行う姿勢だとすると、
それは成果を残すかもしれませんが、
時に、生徒の心を育てません。

「激しく考えず、優しく語る」

はどうでしょう。

一見ストレスなくて、いいように思いますが、
互いに切磋琢磨し
成長を促し合う関係ではないように思います。

そこで、

「激しく考え、優しく語る」

なんですね。

自らを磨き、高めていくことが、
他者への優しさを生み出すこと。
そして周囲や社会を幸せにしていく。

Fさんの佇まいから
私はこのことを感じたのです。

そして、このような循環を生む
対話の場として
花巻北高校が存在していくことを
私は希望しています。

皆さんにとって、2018年が
素晴らしい一年になることを願っています。


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「2018年の年賀状」

明けましておめでとうございます。

毎年、いつも年末ぎりぎりに
年賀状を作っている私ですが、
今年は少し早くできました。

といっても、できたのは一昨日ですが。

毎年年賀状には、干支にちなんで、
教育などについての
何らかのメッセージ(のようなもの)を
記しているのですが、
今年は中々思いつかず、
急場しのぎ的なものになってしまいました。

というわけでこんなカンジになりました。

2018年賀

本年もどうぞよろしくお願いいたします。