「生徒研究発表会」に感じた彼らのポテンシャル

今日は、生徒研究発表会でした。
6本の発表がありましたが、
どの高校の発表からも
生徒の皆さんの主体的な姿勢を
感じることができました。

そして、自ら問題意識を持ち、
継続発展していこうという
ポテンシャルを感じました。

私は審査委員長なので、
各レポートの講評を行う立場でした。

発表が終わり、結果発表まで90分間。

その間、合議があるので、
各校の講評をまとめるのは
30分ほどしかありません。

結構どころか、ものすごく大変です。
一応、昨夜(カラオケ後)レポートを読んで、
大まかな枠組みを作っておいたので
何とかなりましたが、
でも、レポートを読むだけと、
実際に発表を聞くのでは
大きな違いがありますね。

そういうわけで、
発表審査→協議→講評作成
→結果発表・講評→表彰式
という怒濤の流れの中で
アドレナリン出っ放しで、
表彰式が終わった時は
わたしゃあもう放心状態でした。
(しかもその後閉会式に
なだれ込むわけですが)

以下に、各校に対する講評を
備忘録として記しておきます。


1 東京都立杉並総合高校 
「公立高校が普通にできる国際交流」


スギソウさんの「とびたってみましたチーム」、
とんがっていてステキです。

国際交流を語るとき、
ボトルネックになっているものがあります。
一つは、金銭的、時間的、
人材的な面での欠乏です。
もう一つは、人々のマインドの問題です。

スギソウさんも言っているように、
国際交流は
「特別な学校や特別な生徒による
特別な活動」
あるいは、とにかく海外に出かけて
交流すればよいというものではありません。

このような、国際理解教育推進の前に
横たわっている種々の課題に対して、
「forからwith」というスローガンを掲げながら、
批判的な視点を持って、
問題提起をされていることを
私は評価したいと思います。

レポートから発表者の強い思いとともに、
母校スギソウへのLOVEも感じました。

時に批判力は愛に根ざしているんです。

国際理解とは、一つのプログラムや
コンテンツに寄り添うのではなく、
人によりそう、魂で通じ合うこと。

スギソウさんには、
そんな根本を失わずこれからも更に
活動を充実させて欲しいと思います。

2 秋田県立由利高校 
「異文化と異国語を乗り越えて」

今回の研究大会では、アメリカと台湾から
オブザーバーとして参加していただいています。

岩手と台湾も昔から縁が深く、
また、現在も相互の行き来が
積極的に行われています。

国際交流とは、
他国の方々と混じりあうなかで、
互いの文化や歴史や価値観を認め合う
ということだと思います。

そして、それは、日常生活の中で、
他者に共感し支援する力にも
つながっていくことだと思います。

つまり、国際交流の価値とは、
人としての優しさを持つこと、
あるいは社会に参画し、
地域の未来を創造していこうという
社会的知性を身につけていくこと
ではないかと思います。

由利高校の皆さんは、
台湾訪問の経験をきっかけにして、
そのことに気づきだし、
自らが「由利高校国際科」の顔になって
牽引するという自覚を持たれていることが
とても素晴らしいことだと感心しました。

3 岩手高校 
「目指せ、真の国際人!! 郷土の先人Respect!! 
我ら世界の架け橋とならん」

岩手高校の国際交流部は、
公式のフェイスブックサイトを持っていて、
様々な活動の様子が
定期的にアップされていますね。

昨日も、盛岡タイムズに活動の様子や
この会に臨む姿が紹介されていました。

発表者の応答も堂々として良かったですね。
地に足がついた活動をされている
証だと思いました。

新渡戸稲造研究は
まさに大会テーマにマッチしたもので、
継続研究されているわけですが、
今回は単にその焼き直しというのではなく、
台湾との交流にフォーカスして、
また新たな視点を持ってバージョンアップ
していることが感じられました。

岩手の偉人の一人に
橋本八百二という画家がおられます。
彼は「国際人であればあるほど地域人」
と述べています。

国際交流部が、世界と繋がりながらも、
郷土岩手を発掘して、地域の良さを
発信していく継続的な活動を
されることを期待しています。


4 盛岡中央高校
 「Global Citizens for a more peaceful
and tolerant world」


盛岡中央高校が主催する
「CHUO国際教育フォーラム」は、
国際交流活動の一環として
広くアジアの高校生に集まってもらい
意見交換をする目的で実施されている
非常に大規模なイベントですね。

私も何度かテレビで拝見し
その内容の素晴らしさに
圧倒されておりました。

今年は19回目を数えるということで、
進化発展していることが窺えました。

大切なことは、この取組みが
単発の打ち上げ花火的なフェスティバルとして
終わっていないことですね。

持続発展させていくために、
「地球市民」という言葉をキーワードにして、
4つのテーマを設定していること、
そして、事前学習と振り返りを行うことで、
点ではなく線の取組み、あるいは、
この活動の成果を他の様々な活動に
転移させていくという面の取組みが
なされていることに感心しました。
発表の仕方も工夫がされていて
良かったですね。

5 秋田県立西仙北高校
 「なぜデンマーク人は幸福なのか」


今、雇用や職業や教育などの大きな変化の中で、
幸せに生きる事が問い直されています。

そのような中で、西仙北高校では、
福祉先進国であり、医療、教育においも
先進であるデンマークと10年以上も
交流を深めてきたこと、そしてその中で
「なぜ」を掘り下げ、得た知見を広く
発信していこうとしていることが
とても素晴らしいことと思います。

ノーフュンホイスコーレの話の中で
千葉忠夫先生の話がありましたので、
少し補足します。

彼は岩手県一関の出身で、
デンマークでは大変な有名人です。
彼は、高校卒業後、
「われ日本とデンマークの架け橋にならん」
と言ってデンマークに船で渡り、
福祉関係の学校をつくったのです。

西仙北高校の皆さんも、
是非、デンマークと日本の架け橋になって、
これからの未来における幸せのカタチを考え、
発信していって欲しいと思います。

ある意味デンマークの先進性が
日本人によってもたらされていること
がとても面白いですね。

文化や習慣の違いから他国に学ぶとともに、
あわせて自国の良さにも
目を向けていければと思います。

6 神奈川県立相模原青陵高校 
「高校生の視点から作成した日本語教材」

CEMLA(多文化学習活動センター)は
「外国につながる子ども」の学習や
相談に応じるためのセンターで、
「世界の村」 をもじって、
セムラと呼んでいるそうですね。

相模原青陵高校の皆さんは、
昨年に引き続いての発表ですが、
日本語を教えるというハウツー的な支援を越えて、
異文化、多文化を受け入れる立場に立つという、
「自分事の問い」に掘り下げている段階に
進んでいることに感心しました。

高校生だからこそできるという視点で
教材開発を行うことに
私は大きな価値を感じます。

そのような自分事の問いに
編み直すことにより、その支援は、
他者を潤すだけではなく、
自分たちの意識を変えて、
主体的に社会に参画する姿勢が
つくられることと思います。

今、「見えない子ども達」という言葉が
よく言われています。

出生後、親が戸籍を作らず、学校に通うこともなく、
社会の枠外に置かれた外国人です。

私たちに必要な視点は、そういった、
国籍や制度や自国の都合などの
境界や垣根を取り払って、
互いに尊重できる関係の下で、
自分たちのできる一歩、
自分たちだからこそできる強みを見出だして、
共同、連帯していくことかもしれませんね。

相模原星陵高校の取組から
このようなことを感じました。


 

月を確認しあう

8月5日は「自由の翼展」の準備でした。
午後から同窓会総会があったため、
バタバタでした。

何と盟友松嶋さんと、山下さんがわざわざ
お手伝いにかけつけてくれました。

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ありがたいです。感謝しかありません。

息子とセッションの合わせを行いましたが、
会うのは本番までにこの時間だけという。

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あとはぶっつけで失敗しても
ご愛嬌ということで許して下さいね。


息子の作品(ぬるキャラ)をちょっと紹介。

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松嶋さんはこの日花巻に泊られたので、
花巻駅前で、一献を交わしながら、
語り合いました。
「月とガスタンク」の話が一つのテーマでした。

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今回の花巻への旅は、
「命の洗濯」なのだと思っていたのですが、
しもまっちと話しているうちに、
「月」を確認しに来たのだな、
という気づきがありました。
この月とガスタンクは
11日のトークセッションの
テーマにもなるかもしれません。

8/11のこと、
シャッターアートフェスティバルという夢、
ホメオスタシス、善玉菌と悪玉菌、
五次元からの幸せ粒子、
管理的な教育行政、数学とアート、
偶然とご縁、
マウンティング野郎とアクティブラーニング、
モテ期(笑)、しもまっちファミリー、
しもまっちの来年度以降のことなどなど。
最後は2人でオンラインフェスの
グランドフィナーレを覗きながら、
焼きそば食べてました。
(以上松嶋さんのFB記事より)


松嶋さんとの対話は、餅つきのような感じ。

私が杵で餅をつくと、
彼がが上手に餅をこねて、ひっくり返す。
気持ちよくなってまた餅をつく。

今度は攻守交替して
彼が餅をついて私がこねる。

まさに共感と気づきの嵐。

私にとっても「月」を確認する旅でもありました。

焼きそばが注目されていたことが
可笑しかったです。

 

「教師と学校組織のホメオスタシス」

8月2日に岩手県総合教育センターで、
教員免許状更新講習の講演を行いました。

「学級・学年における
組織マネジメント(34歳)」という講座です。

こんなカンジでプランを立てました。

研修0802

アイスブレイクを入れて、15分休憩をとって、
グループ討議とシェアリングも2回行ったので、
最後のテーマである
「授業をアクティブにする仕掛け」の話を
大幅にはしょってしまいました。

反省です。

でも、皆さんとても素晴らしい
アクティブラーナーで、
楽しい時間を共にすることが
できたのではないかと思います。

ありがとうございました

翌日に、長野市のホテル国際で、
北陸地区4県の私立学校初任者研修があり、
9時からの講演を依頼されていたため、
この日の講演終了後、
速攻でセンターを後にし、
新幹線に飛び乗って長野に向かいました。

長野で行われた初任者研修会は、
長野、富山、石川、福井の北陸4県の
私立の高校の初任者を対象とした
3日間にわたる大規模なイベントです。

公立高校では、初任者研修が
学校教育法によって義務付けられているので
悉皆(全員対象)になりますが、
こちらの初任者研修は、
あくまで希望者を対象としたものとのことです。

にもかかわらず、50人を超える先生方が
集まっておりました。

だからこそなのでしょう、
先生方のやる気と元気の
若いエネルギーを感じながら、
講演を楽しむことができました。

内容については後日
ブログにまとめたいと思いますが、
ここで、一つだけお話したことを
記したいと思います。

というわけで本題に入ります。

【教師と学校組織のホメオスタシス】

最近私は、尊敬する我が師、
惣兵衛(株)社長でフードセラピストの
畠山さゆり先生の影響で、
ミトコンドリアやホメオスタシスなどのことを
しばしば考えるようになりました。

しかも、教師の悲しい性(さが)によって、
そのような生化学をすべて
「学び」や「学校文化」のメタファーとして
思いめぐらせてしまうのです。

そんなわけで、今回の講演では
「教師と学校組織のホメオスタシス」
というスライドを用意しました。

ホメオスタシスとは「恒常性」といわれるもので、
環境の変化に応じながら、
健康な状態を維持していこうという
身体のメカニズムです。

例えば、暑くなったら汗をかいて
熱を逃がすとかもそうですね。

生命を維持するといったとき、
これまでの一貫した自分を頑なに変えずに、
外圧を全部突っぱねるというフィードバックと、
そうではなく、その環境に応じながら
変化を受け入れて自分の体質を
少しずつ変えていこうとする
フィードバックもあると思います。

因みに、私は昨年から、
さゆり先生のご指導の下、
食の改善の一環として、
断食を5回ほど行いました。

最初は、断食明けに食べ始めると
すぐ体重が戻ってしまいました。

いわゆるひとつのリバウンドですね。

ところが、今では断食後に
結構飲み食いを激しくしても、
ある一定の体重が保たれるようになったのです。

そして、30年来のお付き合いをしていた
花粉症様ともきっぱりと決別することもできました。

これって、ホメオスタシスが働いて、
自分の体質が変わっていった
ということなのかなと思っています。


話しを戻します。

人間は、基本的に変化を嫌い、
今の状態を保持しようとする生き物であります。

そして、新しいことを受け入れたくない理由を
考え出す天才でもあります。

同様に、学校という組織も、
「前例踏襲・例年通り文化」から脱しきれず、
内部から変化を起こしていくことが
なかなかできない面があるかと思います。

従って、往々にして、改革は
文科省や県教委や学校経営者(校長)の
トップダウンによって行われていくことになります。

さて、そこで、例えば、
観点別評価への転換や、
アクティブラーニングの推進、
道徳教育や主権者教育の実施といった
「外圧」に対して、
教師はどのような態度をとるでしょうか。

一つは、従来の自分の考え方や見識は
絶対変えないぞというスタンスです。

そういえば、頑なに
アクティブラーニングを嫌う人がいますね。

私の知っている方で
「アクティブラーニング」という言葉を
発することができない人がいます。

彼はいつも「アクティブなんとか」とか、
「アクティブだかなんだかだか知らないけれど」
などとしかいいません。

ま、これはこれで、何か
「俺は女なんかに興味はねえ」
と突っ張っている純情な中学生みたいで
微笑ましくも思うのですが。

いずれ、このような頑なに変化を拒む人のとる道は、
図に示すような2つが考えられます。

ホメオスタシス1LT

一つは、批判して拒絶するというものです。

でも、このような立場をとる人がいることによって、
現在の日本型のアクティブラーニングの
理念というか、在り方が
補強されていったという一面があることを
明記しておきたいと思います。

異なる意見による対立や相克という
陰陽のバランスは、
アウフヘーベンされて
しばしば新しい価値を生みだします。

二つ目は、取りあえず、形を繕って
やったことにしてしまおうという姿勢です。

思考を停止し、WHATから入っていくタイプですね。

そうすると、やらされ感満載の業務が
1個増えるので、多忙化が促進され、
不満がつのっていくという循環が
起こっていくことは明らかです。

このような外圧に対して、
それを拒絶するのではなく、
「なぜこのようなことが行われるか」
というWHYから問いただしていくこと、

また「自分の学校にとっては
どのような意味があるのか」と自分事の問いに
編み直して行くこと、

そういった、自分のマインドと
折り合いをつけながらも
新たな自分への脱皮をしていこうというのが、
ホメオスタシスの働いている状態
ではないかと思うのです。


私の愛読マンガ「ピアノの森」の中で、
一ノ瀬海のピアノの師匠である阿字野壮介は、
「自分が教えたことを一度全部忘れろ」といいます。

そうすることで、
もっと自分を高めることができるのだ、と。

芸能の世界でも
これと似たようなことが言われます。

一度自分の中に在るものを捨て去って空にしろ、とか。

つまり、自分が多くのものを持っているということは、
同時に、コップが満たされていて
新しいものを受け入れていくスペースがない
ということでもあります。

ベテラン教師であるほど、そのコップの中には
昔取った杵柄で満たされています。

しかし、逆に、満たされているために、
新しい価値を受け入れることが難しいわけです。

捨て去ることは、
新しいものを受け入れる準備をすること。

人間がつねに成長し続ける
生き物であるとするならば、
持っている様々なノウハウを
一度捨て去る勇気を持つことも必要です。

優れた地図(コンテンツ)ではなく、
自分の方向を決めるコンパス(学び方)
さえ持っていれば、
いつも自分を更新していくことができる
ということなのかもしれません。

少し話が脱線してしましました。


学校が、変化を嫌う内向きで
自己防衛型の組織だとすると、
そこに新しい考え方が入ってきた時、
「やっつけ型業務」「業者などへの丸投げ」
という対応になるでしょう。

ホメオスタシス2LT

そうなると、学校は
それまでの価値観は保存されるのでしょうが、
それはいわばガラパゴス化という道でもあり、
未来を担う子どもを育てていくポテンシャルは
失われていくのではないかと思います。

一方、学校が、生徒を主体化するという思いを共有し、
変化を柔軟に受け入れる職員集団であり、
また、経営体として、学年や校務分掌を越えて、
重なり合いつながり合うような
ガバナンスが行われているような組織であれば、
外圧を取り入れながらイノベーションを
生み出していくことができると思います。

ホメオスタシス3LT

以下、講演では
「カッコイイ教師のマインドセット」とは何か
という問いを立てて
グループワークにすすんでいくのですが、
今回はまずはこの辺で終わりたいと思います。


最後にオマケの話題を一つ。

変化を受け入れるという話しをした場面で、
ダーウィンのこんな言葉を紹介しました。

変化2

更にその後、次のようなセリフを紹介したら、
北陸の初任者の先生方には好評でした。

変化1

少女ファイトという漫画のワンシーンです。

彼氏に振られた友人に向かっていうセリフ。

実は私は数学で時々使っています。

ベクトル相手の気持ち1

これは点Pが直線AB上にある条件を
ベクトルで表したものです。

ベクトル方程式が私、
パラメータの関係式が相手です。

ここで、相手が心変わりしてしまいました。

ベクトル相手の気持ち2

そこで、

どうにもならない相手の気持ちはあきらめて
なんとかなる自分の気持ちを変えてみませんか、


といいながら、次のような変形をします。

ベクトル相手の気持ち3

これによって、新しい価値が生まれるのです。

失礼しました。


今回2日間、私の講演を聴いてくださった、
34歳の皆さん、そして初任者の皆さん、
ありがとうございます。

皆さんは、社会、世界にアンテナを立てて、
リサーチャー、エデュケーター、ファシリテーターとして
自分自身を更新しつつ、
更にまた、職場を揺さぶって、
学校改革のイノベーターとなって欲しいと思います。


 

「フローとグリットそして黒橋魂」

夏休みを迎え、学校新聞、PTA会報などが
刷り上がっております。

DSC_0570.jpg

学校新聞では、「気魄に燃える青春」
というテーマで原稿依頼がありました。

そこで、

「気魄に燃える青春
~フローとグリットそして黒橋魂~」

というタイトルで原稿を書きました。

依頼に来た新聞委員会の生徒に

「何文字なの?」と聞いたら

「667文字でお願いします」
と刻んできました^^。

その通り667文字で書きましたよ。

以下に紹介します。




皆さんは「気魄に燃える」と聞いて
どんなことをイメージしますか。

「不撓不屈の精神」という言葉を
思い出すかもしれませんね。

今、AI(人工知能)が世の中を席巻し、
様々な仕事がAIにとって代わられる
時代がやってくると言われています。

そのような中、AIが人間に追いつけない
知性や能力が注目されています。

「気魄に燃えること」は
まさに人間が人間として
力強く生きるための
一つのキーワードなのではないかと思います。

私は「気魄に燃える」と聞いたとき
イメージしたのは
「フロー」「グリット」という
最近注目されている二つの概念です。

フローとは、心理学者の
チクセントミハイによって提唱された概念で、
物事に深くのめり込んでいて、
「気」が充実している状態のことをいいます。

ゾーン、ピークエクスペリエンスとも呼ばれます。

「気」が充実しているとは、
体や脳にエネルギーが満ちている状態であり、
それにより集中力や高揚感、
そして何事にも屈しない
強い精神力が生み出されます。

グリットとは、目的を達成するために
粘り強く、最後までやり遂げる力のことです。

努力、才能に代わる第3の成功因子として
心理学者のダックワース氏が近年提唱し、
今世界中で話題になっています。

AIの進展の中で、
時代はグリットのような精神性に注目しています。

フロートグリット、それはまさに世界のトレンド。

でも待てよ。

そんな横文字を並べなくたってねえ。
だってこれってまさに「黒橋魂」じゃないですか。

グリットの概念を研究したいなら
世界は花高の黒橋魂に注目すべき。

我々の「黒橋魂」は世界のトレンドになりうる
素晴らしい宝物なのかもしれません。


 

「一念発起とOODA」

今日は終業式でした。
今回は夏休み前ということで
「一念発起」をテーマに話をいたしました。
以下、ご覧ください。




先日、夜間歩行があって、
私も学校から石鳥谷まで
一緒に歩きました。

その時、前を歩いていた2人が、
なぜか「しりとり」をしていました。

というわけで、夏休み前の終業式の挨拶は、
「しりとり」で始めてみたいと思います。

「なつやすみ→みずぶとり→旅行いく!
→くたくた→たおれそう→うなだれ→
0点だった→たいへんだ」

だめだだめだ。こうなってはいけません。

では気を取り直してもう一度。

「夏休み→みなぎる闘志
→進路の決定→一念発起」

おっ。こうでありたいですね。

さて、今、「一念発起」という言葉が
でてきましたが、
皆さんはこの言葉の意味を知っていますか。

辞書によると

「あることを成し遂げようと強く心に誓う事」

とあります。

その例文として

「自堕落な生活をしていたが、
一念発起して勉強し試験に合格した」

とありました。

意志が弱く、誘惑に負け、
そしてすぐ妥協してしまう。
そんなことではいけませんよ、と親は言うし、
先生からもそういわれているかもしれませんね。

でもね。普通の人間であれば
それはごくあたりまえのことなんですよ。

私もこんなにして、偉そうに皆の前で
話しているわけですが、やっぱり意志が弱いし、
自分に自信がないんです。

うん。だからこそ、そこで一念発起なんですね。

一念発起するためには
「それまでの自分の(だめな)現状」
の認識があります。
そして、そのような現状にいる自分を観察し
「それでいいのか」という自分への問いかけがあり、
そして「じゃあやるぞ」と自分に鞭打ち、
行動を起こす。

このサイクルが大切なんですね。

皆さんはPDCAサイクルという言葉を
聞いたことがありませんか。

これは、組織の業務改善をすすめるための
有効な手段として知られています。

Plan:計画を立てる、
Do:実行する、
Check:評価する、
Action:改善する、

というサイクルです。
これをクルクルと回して、より良いものに
進化させていくということですね。

これは、組織の業務改善だけではなく、
皆さんの進路決定や、勉強計画なども含め、
およそ人間の基本的な行動原理の中に
あるものだといってもいいかもしれません。

でもですね。

ここで、先ほど私が述べた一念発起のサイクルは、
このPDCAとはちょっと違います。

計画を立てて管理するのではなく、
自己の観察(Observe)によって、
状況を認識(Orient)し、そこである気づきを得て、
決断する(Decide)ということ。
そして、行動する(Action)。

これが一念発起のサイクルで、
PDCAに対して、OODA(ウーダ)
と呼ばれ、今新たな行動原理として
注目されています。

綿密な地図を作って、そのコースの上を
危険を回避しながら動き出すのではなく、
失敗を恐れず、地図よりも、
瞬時に自ら進む方向を決定できるような
コンパスを携えて行動する
ということかと思います。

私はこの夏、皆の一念発起に期待します。
そして休み明けには、
逞しく日焼けした皆さんの笑顔と、
ボロボロにすりきれた教科書や
課題テキストに出会えることを
楽しみにしています。

では、皆さん!一念発起ですよ!