スケールのデカさに呆然

昨日は、午前中にマウンテンパイン高校、
午後がレイクハミルトン高校の訪問でした。

私は、途中ロータリークラブに
出席しなければならなかったため、
マウンテンは最初の1時間程度、
ハミルトンは最後の30分ほどの
訪問になりました。

マウンテンパイン高校では
我々の到着を
ブラスバンドの演奏で迎えてくれました。

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これから、私たちの学校にも
海外からの訪問が行われるのは確実ですが、
果たして私たちは
このようなおもてなしができるかなあ
という思いも抱きました。

最初の交流は何と折り紙の授業でした。

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折り紙は日本の物より
サイズが大きいのですが、
微妙に正方形が保たれていないようでした。

アメリカ側の教訓として言えることは

「日本人の前に折り紙を置くな」

終わってしまった生徒たちが
様々なものをつくりだしてしまい、
授業者の先生が一生懸命だっただけに
ちょっと気の毒でした。

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その後、生徒会のメンバーによる
社会活動の取組みの話を聞いた後、
ICT活用として、VRの体験を行いました。

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私もやってみました!
エキサイティング!

ホットスプリングスの高校では
各校に1台はVRのセットが
導入されているようです。

また、校舎内の廊下には
止まり木スペースがたくさんあり、
生徒たちは自由に端末(スマホ等)に
アクセスしていました。

ここ数日で感じたことは、アメリカでは、
日本はICTテクノロジーが進んでいて、
授業の中で積極的に機器を利用し、
最先端のICT教育が行われていると
思っている人たちが多いということ。

多くの学校が積極的に教育に活用すれば、
ユーザーからの意見が反映されて
良きものに発展していく。

しかし、使用を「禁止」する方向に
指導していくと、
教育への反映が薄れていき、
その代りお金が循環するだけの、
娯楽的な世界だけが暗躍、
浸透していくのではないか。

私はそんなことを考えていました。

さて、午後はホットスプリングス
最大の高校である
レイクハミルトン高校に行ったのですが、
何とまあ、そのスケールのデカさに
腰が抜ける思いでした。

ここは高校だけではなく、
レイクハミルトンエリアを対象とした
あらゆる学校が集結している一貫校です。

最初にエレメンタリースクールに着いたとき、
一人の小学生が
いきなり私にプレゼントをしてくれました。

それは3Dプリンターで作った
キーホルダーでした。

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彼らは3Dプリンターを自由に使いこなし、
我々のプレゼントを作ってくれたのです。

更に、何という名前かわかりませんが、
中にジャイロが入った
野球のボール位の大きさの球体を使った
デモンストレーションが行われました。

小学生(何年生かは不明)たちが、
プログラミングを行い、タブレットを操作して、
上り坂下り坂関係なく
球体を自由に転がします。

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私も彼らからタブレットを渡され、
操作してみましたが、実に面白い。

地上を這い回るドローンですね。

新学習指導要領によると
2020年から日本でも小学生に
プログラミング教育が必修になるわけですが、
このような強烈な設備を見ると、
環境によってデジタルデバイドが
進むのではないかという懸念も
一方でいだきました。

さて、引き続き、高校で
スポーツ施設を見学しました。

こちらの校長先生は、
今年の6月に花巻北高校を訪れていて、
その時、この学校のスポーツ施設の
素晴らしさとその伝統について
伺っていましたが、
まさに聞きしに勝る、でした。

これは写真をご覧いただくしかありませんね。

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バスケットボールコート。
凄すぎです。NBAができますね。

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生徒もシューティングングを
させてもらいました。ナイッシュ―!

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フットボール場です。
凄すぎます。NFLができます!

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スポーツジムです。
フットボールのメンバーがトレーニング中でした。
一人ずつに大きなロッカーが与えられています。

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我々も挑戦。
高校生とは思えない体格にため息が出ました。

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コンテスト直前のチアリーダーたちの
練習風景も見せていただきました。

迫力がありますね。


私は短時間しか
見学できませんでしたが、
それでも、まことにエキサイティングな経験でした。

感動しながらも、
日本が追いつくのは大変だなあと
しみじみと思いにふけってしまった
レイクサイドの秋でございました。

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「多様性とテクノロジーとアフォーダンスと」

昨日は、ホット・スプリングス・ミドル・スクール
を訪問しました。

ここでは、
Sixth gradeからEighth gradeまでの子ども達が
在籍しています。

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Tシャツをお土産にいただきました。
シャツの背面に、この学校のモットーが
書かれています。


最初に生徒達どうしの交流が行われました。
それと並行して、職員間でも
教育についてのディスカッションがもたれ、
有意義な時間を過ごすことができました。

その後、いくつかの授業を見学して、
最後に家庭科の授業に参加し、
飛行機で使うようなU字型の枕を
作らせてもらいました。

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とても親切で温かい対応に
とても感動しました。

こちらの学校では、
黒人やヒスパニック系の
子ども達が多く通っています。

そのため、第二外国語としてスペイン語、
フランス語、中国語が準備され、
彼らはそれを選択して学びます。

個性的な子ども達がたくさんいます。

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写真にある、
花巻の生徒が座っているイスは、
座るとブルブルと動く
ロディオチェアのようなタイプです。

これは、落ち着きのない子ども達を
座らせるために準備したものだそうです。

タブレットが一人一台与えられているなど、
ICTテクノロジーを、効果的に
利用している点も印象的でした。

特に、校内にある、
支援が必要な子ども達の教育を行う場も
見学できたのですが、
そこでもパソコンが自由に使える
環境が準備されています。

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校内の廊下や教室は、
楽しい絵や子供たちの成果物が
展示されていて、
遊びの空間のような雰囲気が漂っています。

どの授業も、長時間教師が子どもたちに
一方向に講義を行うことはなく、
子ども達の共同活動が主になっています。

そして、そのような活動が
行いやすいような教室のつくりになっています。

私は「あなたと夜と数学と」という
ブログを書いているのですが、
その表現を使うと、
この学校を参観して思ったことは

「多様性とテクノロジーとアフォーダンスと」

です。

ダイバーシティという言葉が叫ばれて
久しいこの頃ですが、
「多様性を認め合う」と
標語的に述べるだけではなく、
そのためにどのような手段を用いるかを
示していくことが大切です。

私は、今回の訪問で
テクノロジーは多様性を乗り越えるための
ツールであるということに気づかされました。

つまり、多様な子ども達が、
共通に何かを学ぶために生じる差を
埋めるためにICT機器の利用が
促されるわけです。

これはとりもなおさず、
子どもが多様な世界を生き抜いていくために
自分を守る武器でもある
といえるかもしれません。

そして、教室という空間を、
安全で楽しい場にデザインすること、
そういうアフォーダンスが
多様性を認め合うためには
重要な要素ではないかとも思いました。

多様性への対応という面で、
日本の教育は学ぶべき点が
多くあるのではないかと感じる一日でした。

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「ASMSAでのアートの授業」

昨日のASMSA訪問で参観した
「アート」の授業について
振り返ってみたいと思います。

今回の訪問の中で、
コリー校長先生の話しを伺うと、
今後ASMSAは、
音楽も含めたアートの分野にも
チャレンジしていこうとしているようです。

私は彼の考えに非常に共感しています。

「今後10~20年程度で、米国の総雇用者の
約47%の仕事が自動化される」

というマイケルオズボーンらの言葉が
相変わらず独り歩きしていますが、
彼らの論文「雇用の未来」を引用するなら、
私は次のことの方を強調しておきたいと思います。

それは、AIと共存する社会において、
私たちに求められているのは
ファインアート(優れた芸術性)
であるということです。


さて、昨日の授業は
「何もないところからクリエイトする」
というテーマで次のように進行しました。

①ASMSAの生徒と日本の学生がペアになる

②それぞれに1枚の画用紙が与えられ、
 そこに好きなように表現していく。

③10分後、互いの作品を交換し、
 相手の作品に手を加えていく。

④③の活動を数回繰り返す。

⑤最終的に2人の合作の作品が完成し
 それを全体にシェアする。

円形に座っている生徒達の中央に
「クリエイティブセンター」とよばれる
場所を設定します。

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そんなカッコいい名前で呼ばれるのですが、
実は、ペンやマジックやハサミや紙切れなど
様々なものが無造作に置かれているだけです。

生徒達はそこから好きなものを選び、
コラージュしていきます。

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裁断機で大胆にカットしてもいいし、
はみ出してもいいし、
別の紙を貼り合わせてもいい。
とにかく「自由」が与えられます。

活動が始まると、ASMSAの生徒は
次々とクリエイトしていきます。

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一方、花巻の生徒達の手は
なかなか動きません。

日本の学生は、
何をやるかが決められていれば、
それをその通りこなしていくことは
得意だと思われますが、
何もないところから創りだすのは
不得手なのかもしれません。

最初の10分は、
日本の生徒のアクティビティは
ASMSAの学生に比べ
数段消極的でした。

花巻の生徒たちの作品は、
丁寧に木や花を書いたり切ったり
というものが多く見られました。

また、幾何学模様も、
一定の規則にのっとったものを
丁寧に描いているように思いました。

ところが、これを10分ごとに交換していくうちに、
彼らの創造の扉が開いたかのように、
大胆な表現が見られていきます。

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相手の作品の意図を汲み取って
それを膨らませたり、
調和させようとしたり
という動きも目につきました。

最後に出来上がった作品はこのようなものです。

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担当のブラッド先生は次のように話します。
(聞き取りが難しかったので
エッセンスを取り出します)

・人は多くの「~すべき」に囲まれている。
・物事をクリエイトするためには
 それに縛られていてはダメ。
・計画通りに進まないことを恐れない。
・流れにまかせて表現すること。
・更に他者とアイデアを交換することで
 創造力が増幅する。
・このことは、芸術作品をつくることに留まらず、
 人生に役に立つのだ。

私は、この活動を参観しながら、
箱庭療法やコラージュセラピーを
イメージしていました。

そして、生徒が心の扉を解き放つ瞬間を
垣間見たように思いました。

そして、STEM教育に
力を入れているASMSAが、
なぜアートの視点を強調しているのか、
その意味がわかったような気がしました。

数学もサイエンスも創造力がなければ
新しい何かを生み出すことはできない。

歴史も国語だってそうだ。

創造的知性を生み出すアートの授業に
ますます関心が高まりました。

ブラッド先生、ありがとうございました。

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O君が、折り紙の作品をブラッド先生にプレゼントしました。
大変喜んでおりました。
とてもよい交流ができましたね。





 

「ASMSAでの日本語の授業」

ホットスプリングスの訪問記事を
日々フェイスブックにあげておりますが
こちらのブログにはまだ書いておりません。
後で、まとめたいと思います。

そういうわけで、少し時間的に
前後することになりますが

昨日(11月6日)に行われた
今回の海外派遣のメインである
ASMSA(アーカンソー数理芸術校)
への訪問について記したいと思います。

ところで、話は脱線しますが
今回の訪問で感じたことの一つは、
ホストファミリーも学校も
フェイスブックの公開を全く問題にしていなくて、
どんどんアップしてくれ
というスタンスであることです。

もちろん、たまたま私が出会った人たち
だけがそうだったのかもしれませんが。

でも今の日本ではなかなかそうもいきません。

生徒の活躍ぶりを、生徒の許諾を得た上で
web上に公開しても、
全く関係のない人たちからしばしば、
「先生は個人情報を
勝手にSNSに晒す権利があるのか」
という言葉を投げつけられます。

最近このように注文をつけ誹謗する人を
「繊細ヤクザ」と呼ぶそうですね。

でも、そういうことを恐れて、
新たな出会いや価値を見つけるチャンスが
失われるのはとても残念に思います。

私は以前勤務したある学校で、
その学校に関するブログの記事を
すべて削除するよう
校長に言われたことがあります。

それは、私の投稿の内容が問題なのではなく
「プロアクティブな危機対応」とのことでした。

上からの「親切な」情報提供
だったのかもしれません。

グローバル化の中で求められる
インディビジュアルな文化って
そんな閉塞的で、排他的で、
事なかれ主義的なものなのかなと思ったものです。

前置きが長くなりました。

ASMSAでは「日本語」の授業と
芸術の授業を参観しましたが、
まず今回は「日本語」の授業について
簡単に紹介します。

授業者は23歳のフレッシュな方でした。

教室の入り口には
「雨ニモマケズ」の暖簾がありました。

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花巻北高校とASMSAの姉妹校提携の
コーナーがしっかりありました。

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嬉しいのは、教室内に、以前私がプレゼントした絵が
飾られていることでした。
これは、花高の1年間の学校生活を絵にしたものです。

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授業は以下のような流れで行われました。

①チェックイン(それぞれが自己紹介)

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②ペアワーク
 ASMSAの生徒と日本の生徒がペアになり
 日本語の問題のテキストを行う。
 日本の学生はアドバイザーである。

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③Youtubeの動画を使って皆で歌を歌う
 (Ten Little Indiansの和洋折衷版)

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④ボール・アクティビティ
 ビーチボールを教師が投げつけ、
 受け取った人にワンセンテンスの質問を
 次々浴びせていく。
 ASMSAの生徒には日本語の、
 日本人には英語の質問をテンポよく行う。

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⑤今日のテーマとなる新しい文法の説明
 「(place)に(type of person)が(counter)います」
 ボール・アクティビティの中から自然に導入する。
 説明はほんの数分、日本人との対話によって
 教師自身も様々な気づきがあったようだ。

⑥グループワーク
 くじ引きで4人グループを作り、
 ネットワーク上でユニークな
 アプリケーションを使った単語学習。

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⑦チェックアウト 
 楽しかったか、理解できたか、などの質問を
 全体に投げかけ、全体写真をとって終了。

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この授業を観て、
日本の授業との違いをあげると、

・90分授業であること、
・少人数編成(十数人)の授業であること、
・だからこそ対話的な活動が
 十分に取り入れられていること、
・スマートフォンを使って(BYOD)
 インタラクティブな活動が取り入れられていること、
・基本的に技能の習熟は個々の主体性に
 委ねられていること、
・教室の配置や掲示物などに遊びがあること

などです。

アメリカ在住の日本人に話しを伺うと、
日本ではどんな地域でも、
経済的に格差があっても、
きちんと標準的な能力を備えるような
システムになっていることを
とても高く評価していました。

確かに日本は、
学習指導要領が法的拘束性を持ち、
何より、「学力」という概念が
学校教育法によって規定されているという、
教育ガバナンスがしっかりしていることが
他国と異なるところかもしれません。

でも、その「統治」によって
主体性が喪失しているとも言われています。

そんな中、それをも教育行政の力によって
克服しようとしているのが、
現在の状況なのかもしれません。

私は、これをどう見るか、どう評価するか、
ということより、そのことをを踏まえつつ、
現場レベルで、自分事に書き換えていけるような
行動をとりたいと思っています。

「主体的、対話的で深い学び」を標榜している
日本の教育が「鬼に金棒」となるかどうか、
いよいよ現場教師の主体性が
問われるところなのかもしれません。

 

ブレイクスルーの窓

以前ブログで取り上げた
「ブレイクスルーの窓」→
を校長室のホワイトボードに
図解してみました。

これは、京都大学総長の
山極壽一氏の入学式の式辞で話された
「WINDOW構想」からヒントを得て
考えたものです。
因みに山際総長の「WINDOW構想」とは

■ Wild and Wise 
■ International and Innovative 
■ Natural and Noble
■ Diverse and Dynamic
■ Original and Optimistic
■ Women and Wish

というものです。

一方、私の「ブレイクスルーの窓」は

■ What から Why
■ Input から Intake
■ Negotiation から Narrative
■ Discipline から Diversity
■ Organization から Open Innovation
■ Win から Worth

です。

花高活性化プロジェクトのポリシーとして
掲げておきたいと思います。

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