「数学の授業参観で思ったこと」

11月10日にレイクサイド高校を
訪問した際に参観した
数学の授業について
所感を記したいと思います。

私が参観したのは、10thGradeというから、
日本でいうと高校1年生にあたります。
アドバンスクラスとのことでした。

s-lsmath-03.jpg

授業内容は、因数定理を用いた
多項式の因数分解の授業です。

日本ではだいたい2年生で習う
単元になります。

授業の流れは、

宿題プリントを教師が一問ずつ解説
→机間巡視をしながら生徒個々の質問に対応
→次のプリントを配布し演習
→再び教師が解説、

という極めてオーソドックスなものでした。
ある意味日本でよく見られる授業スタイルです。

s-lsmath01.jpg

眺めてみると、
生徒の習熟の差が大きいことや、
やらされ感があり、
生徒達のモチベーションが
低いように思えました。

ランチ前ということもあって授業終盤では、
そわそわしている生徒が多く、
チャイムが鳴ると同時に、
生徒は脱兎のごとく教室を後にしていました。

まあ、それもまた、数学の授業では
世界共通でよくある風景でしょう。

では、いくつか印象に残ったことを
書き留めておきたいと思います。

●グラフ・方程式の解・因数分解を一体的に行う

日本では高次式の因数分解というと、
f(α)=0となるαを見つけて、
組み立て除法によって残りの因数を
決定するという流れで行います。

例えば、f(x)=x^3-3x+2であれば、
定数項の2の約数をxに代入し、
f(1)=0 となることから
x-1を因数に持つことがわかる
というわけですね。

ところが、この授業では、
生徒個々にグラフィックカリキュレイターが
与えられていて、y=f(x)の描画から、
f(x)=0になる点を見つけ、
f(x)=0の解と集合を求めるのと同時に、
複素数の範囲に拡張した
因数分解を行っていました。

s-lsmath-05.jpg

s-lsmath-06.jpg

なるほど、

そういうアプローチも面白いと思いました。

日本では何となく因数分解のための
「技法」に焦点化して教えがちですが、
そうではなく、グラフや方程式と
結びつけながらイメージを広げていく
ということも大事ですね。

●教室のレイアウト

教室の机の配置は、写真のように、
生徒を半分に分けて
対面させる形にしています。

s-lsmath-07.jpg

なぜこのような配置にしているか、
授業後に先生に尋ねたところ、
机間巡視がしやすいということと、
中央に立つことで
生徒全体に目が届くとのことでした。

私は、このようなレイアウトにすると、
学ぶ様子を互いに観察できるので、
自然と集中力が高まるのではないか
と思いました。

つまり、一般の日本型のレイアウトだと、
後ろの方で寝ている生徒が出たりしますが、
このようにすると、互いに監視し合うという
相互作用が働くため、
寝るわけにはいかなくなるかな、
ということですね。


アメリカではだいぶ以前から
グラフィックカリキュレーターを
授業で利用しています。

そういう意味では、今回の授業は
テクノロジーの活用とは言っても、
かなりオールドスタイルではないか
という気もしました。

私は1992年にカナダのケベック市で行われた
国際数学教育者会議(ICME7)に参加した時に、
そのような実践がトレンドとして
多く発表されていて、
私もそこでテキサスインストルメンツ社の
製品を購入した記憶があります。

今なら、そんなことをしなくても、
スマホのアプリで十分対応できます。

でも今回の授業では、
グラフから零点を求めるためだけに用いるので、
あまり高機能のものを用いる必要はありません。

そもそも、ソフトを使うと、
因数分解や積分の技法などが
簡単に求められてしまい、
数学的技能を教えることそのものに
意味がなくなりそうで、
痛しかゆしではありますね。

いずれ、今後は、数学的技能を問うことよりも、
手軽なテクノロジーを使いながら
数学的事象を解決していくような授業が
普通になっていくのかもしれないなと思いました。

今後の参考になる授業でした。

ありがとうございました。


 

「単一誤り訂正符号」

時差ボケなのか眠れないので、
いつか書こうと思っていた記事を
記したいと思います。

私にいつも適切なアドバイスや
示唆をしてくださるSさんが、
先日このようなことをおっしゃっていました。

今日の研修でお話ししたテーマは
『ヒューマンエラー』についてです。
人は誰でもエラーを起こすモノです。
だからこそ、ミスやエラーを
起こした人を責めるのは、
あまり意味がないことです。
それよりも、エラーを少しでも減らす
仕組みをつくることが大切です。

飛行機は上空で何かエラーが起きたとしても
それを補うバックアップシステムがあります。


私はこの話にとても興味を抱きました。

ヒューマンエラーは
「撲滅すべきもの」と考えるのではなく、
誰にも起こりうるものだ
というスタンスに立つこと、大事ですよね。

そうすることによって、
起こさないようにするための工夫(デザイン)や、
起きたときそのエラーを
どう修復するか(バックアップ)に光があてられ、
その結果アイデアが生まれていく
ということかと思います。

そして「ヒューマンエラー」を
「不登校」や「いじめ」と置き換えることも
できるのではないかとも思いました。

「撲滅」という立ち位置からは、
エラーが生じた際、
「叱責」「懲罰」のサイクルがグルグルまわり、
解決に向かいませんね。

大切なのは「バックアップコミュニティ」を
創造することだと思います。

Sさんはその後、「ヒューマンエラー」から敷衍して、
自らの生き方を問い直し、
律するためのコミュニティとして
フェイスブックという場を捉えておられました。
その真摯な姿勢にいつもながら心が打たれました。

さて、私は今回の「ヒューマンエラー」の
バックアップシステムの話を伺いながら、
通信経路における「誤り訂正符号」について
思いを巡らせていました。

私は大学時代「誤り訂正符号」の
研究をしていました(挫折^^;)。

特に通信路における二重誤り訂正符号である
BCH符号についての論文を
書いた覚えがあります(すっかり忘れた)。

そんな私ですが、ちょっとだけ、
線形符号について今頭に残っていることを
自分なりにまとめてみたいと思います。

そうとう昔の話なので、本質的な「誤り」が
あるかもしれません。ご容赦ください。



昔のテープレコーダーは、録音するとき、
赤い小さなボタンを押しながら再生ボタンを押す
という2つのボタンを押す操作を行っていました。

録音ボタンを別の1つのボタンにすると、
うっかり再生と間違えて録音を押した瞬間
データがパーになってしまいますね。

これはヒューマンエラーを防ぐ
人間工学の視点と言っていいのかと思います。

ポイントは、ある操作に、余計な操作を付加し
冗長性を持たせるところです。

この冗長性(redundancy)は
情報理論において大切な視点です。


今下図に示すように、約350文字の文章があり
この文字全体の約5%である17文字が
虫に食われて消えたとします。

単一誤り01

あなたはこれを元に文章に修復できますか。

恐らく殆どの文字が修復できると思います。

それは、消えた文字の前後の
文脈によって予測できるからですね。

では、次はどうでしょう。

単一誤り02

同じように17個の文字が消えていますが、
連続的に文字が消滅しているところがありますね。

これを符号理論では「バースト誤り」と呼びます。

通信路において雷など発生によって
符号のある区間に集中的に
誤りが起きるという現象です。

こバーストが起こっていると
誤り訂正は難しくなりますね。

最初の文章の場合は、誤りが1個になるような
センテンスを取り出して前後の文脈から
判断しているところがポイントです。

つまり、ここで言いたかったのは、
一つの言語を時系列と見たとき、
そこに生じた誤りを訂正可能にするには、
その誤りが、前後のいくつかの文字列の中で
局所的に単一であること、

そしてその文字列が一定の長さを
持っていることによって、
修復が担保される
言語空間になるということです。

例えば、日本語の会話において

「わさしはミカンをたぼている」

という言葉を受け取ったとき、
日本人だったら即座に、
これは「わたしはミカンをたべている」に
誤りが起こったと理解するでしょう。

なぜなら、「わさしは」とか「たぼている」いう単語は
日本語の単語の中には
ないものだからです。

もし、1文字変化したとき異なる意味を持つ
名詞や動詞になってしまえば修復できません。

つまり、日本語という自然言語は
一文字間違えると
違う文脈になってしまわないような
冗長性を持った言語体系であるということです。

ところが、通信路においての情報伝達は、
基本的に信号に置き換えるわけですから、
0と1からなる、ある長さを持つ
「符号語」によって行われます。

例えば次のようにアルファベットの
AからHに3桁の符号に割り振ってみましょう。

000=A , 001=B , 010=C , 011=D ,
100=E , 101=F , 110=G , 111=H

これを「符号化」といいます。
例えば

000010011101101111001

という信号が送られたとします。
これを3桁ずつ区切って受信すると

000|010|011|101|101|111|001

となるので、受信者はこれを

ACDFFHB

と変換します。
これを「復号化」といいます。

ところが、ここで、この通信路に雑音が生じ、
3桁目の情報に誤りが生じたとします。

ここでいう誤りとは0が1に、
あるいは1が0になることを言います。

つまり、3桁目の数は0なので、
受信する符号語は

001|010|011|101|101|111|001

となることから、BCDFFHBという
別の情報が受信されてしまいます。

0と1の3桁の8種類の符号全体の集合は、
どれか1個誤りが起きると、
違う文字に対応してしまうので、
誤りを発見(「誤り検出」という)できないし、
訂正もできないわけですね。

つまり冗長性がないことが
致命的だったのです。

では、どうすればこの情報を
うまく伝えられるでしょうか。

一つの考えは「愚直に繰り返す」という方法です。

例えば、100=Dという情報を送信するとき、
これを3回繰り返し、

100100100

と9桁の符号に置き換えます。

すると、受信側は、それを3桁ずつ取り分けて、

100|100|100

とします。もしこのとき、受信した符号が

100|101|100

だったとすると、
真ん中の101が怪しいということで、
実際の符号語は100だったのではないかと
推理できます。

これを「多数決符号」と呼びます。

9列の符号語の単一誤りを検出し
訂正する機能を持つ符号系ですね。

しかし、これは、3桁の情報を9桁にするので
あまりにも冗長性が大きく、
資源を多く使い実用的ではありません。

よく、学校においても
「愚直に徹底指導を繰り返す」
ことが行われますが、
これは結構する方もされる方も
疲弊してしまいますね。

もう少しスマートにできないものでしょうか。

そこで、この3桁の符号に
1個数字を付加して
次のような4桁の符号にします。

000→0000 , 001→0011
010→0101 , 011→0110
100→1001 , 101→1010
110→1100 , 111→1111

どういう規則かわかりますか。
4つの符号における1の数が
偶数個になるように最後の1桁で
調整しているのです。

因みに、2進符号に対し加法という操作は、
次のような「排他的論理和」で行うことにしまていす。

0+0=0 , 0+1=1+0=1 , 1+1=0

つまり、ここで述べた4桁の符号は
各ビットの和=0となるように
冗長性を付加したということです。

すると、もし、1101という情報が受信されれば、
各ビットの和=1+1+0+1=1 となり
これは言語空間に存在しない符号語なので、
どこかが誤っているということがわかりますね。

でもそれがどの桁なのか特定できません。

桁数は節約できましたが、
誤りを検出できても訂正できない符号である
ということですね。



ちょっと消耗してきましたので、ここまでにします。

本番の線形符号の話しはまた後で。

 

「授業改革先取りセミナー その④」

今回は、データ分析のモデル問題に対する
批判的な分析を行いたいと思います。

もう一度、前回のまとめの図をあげておきます。

data17-07.png

【仮説を立ててデータ分析へ】

まず、のっけから注文をつけたいと思います。

問題では、太郎さんと花子さんが、
睡眠時間調査のランキングを見ながら、
分析を進めていく形になっています。

しかし、高校生が
課題研究を行う態度としてみたとき、
どうなんでしょう。

いきなり与えられたデータから出発する
ということは稀であって、普通はまず、
仮設を立てて、それを検証するために
どのようなデータをとるかを選択し、
そしてそれを分析する
という流れにいくのではないでしょうか。

例えば、

太郎さんと花子さんは、
「高校生のSNSの利用時間が
学力や生活習慣に影響を与える」
という仮説を立てました。
それを検証するために、
高校1年生100人に対して、
SNSの利用時間、睡眠時間の調査、
及び学習に対するアンケートを実施しました。


というカンジです。

対話的な活動を促進する
という意図があるならば、
このような課題研究を想定した問題設定に
すべきではないかと私は感じました。

【どのような対象に行った調査なのか】

次に、サンプリングについての
疑問を呈しておきたいと思います。

「東北はやっぱり平均気温が低いので、
寒い地域の睡眠時間が長いのかしら。」

っていう花子さんの言葉は
とても安直に感じます。

一瞬、東北の俺たちって熊かよ、と思いました。

ま、それは冗談ですが(笑)。

もっというと、太郎さんと花子さんの

「仕事が忙しい人って、
睡眠時間が短くなりそうだね。」
「通勤・通学に時間がかかる人は、
早起きをしなければならないそうよ。」

という掛け合いもなんだかなあ。

小学校の自由研究のように感じちゃいました。

ようするに、調査データを見るとき、
まず最初に、どのような対象であるのか、
年代は、性別は、職業は等々、
サンプルの属性に注目すべきです。

なぜなら睡眠時間の数値は
その対象の属性によって
異なる因子の存在が考えられるからです。

この問題ではそのようなターゲットが
示されていませんので、
県全体の全市町村から、まんべんなく
任意にサンプリングされていると
解釈するしかないわけですが、

だからといって
「寒いから早く寝る」といった
動物的なまとめには
私はあまり賛同できません。

また、通勤時間や仕事時間についても
調べていますが、未就学児や高齢者、
過疎地の存在などを語らずに
単純に数値やグラフをいじくりまわすことに、
私は違和感を覚えます。

繰り返しになるのですが、
だからこそ、このような調査は、
ある対象に絞って行われ、
そこからその集団の特徴を見出だし、
何らかの対策を講じていくという意図のもとで、
行われるのではないかと思います。

例えば、全国学力調査では
中学3年生の寝る時間調査
というのがありますが、
それは、その結果と学力との間に
特徴的な関係があるのか、
という分析に進むことを意図して
作られているわけですね。

【様々な因子が考えられる】

この調査が任意のサンプリングだとしたら、
私は、気温、仕事時間、
通勤・通学時間の以前に、
次のことを指摘しておきたいと思います。

1 日の入り時間の問題
私は、東北地方の睡眠時間が長いのは、
単に日の入り時間の関係ではないか
という思いがよぎりました。

因みに、9月8日の
岩手県宮古市の日の入りは17:54で、
鹿児島市は18:33、京都は18:15ですね。

東北地方は単純に暗くなるのが早いのです。

2 教育政策
ランキングの第4位に
高知県が入っているのに注意がひかれ、
ちょっと調べてみました。

高知県のホームページを見たら、
笑ってしまいました。

高知県のHPはこちらです→★★

chara1001.gif chara1002.gif chara1003.gif
(高知県のHPより)

高知県には図のような
「はやおき君」「はやねちゃん」「よふかしおに」
というキャラクターがいるんですね。

ちなみに、はやねちゃんの髪の毛は
時計の9時の針の位置をさしています。

よふかしおにはバイキンマンにそっくり。

さすが高知。
やなせたかしを生んだ県ですね。

つまり、高知では県をあげて、
子どもの早寝早起きを推奨しているわけです。

因みに、長野や秋田も
子ども達の早寝の習慣を
キャンペーンしているようです。

このように、県の文化や習慣、
教育政策の力学による影響も、
因子の一つとして考えられるわけですね。

【相関があるとは】

結局、
「1年間の平均気温が低いほど
睡眠時間が長い傾向は、
東日本が全体より強い。」
という結論にいたるわけですが、
そこから人は
どんなことを考えだすのでしょうか。

最初の花子さんの
「東日本において寒いと睡眠時間が長い」
という問いが支持された形に
なっているような印象をいだきます。

私は、講演の中で、次の図のような
一つの極端な例を示しました。

tibasoukan-01.png

これは薬指の長さと算数の計算力との
相関図です。強い相関がありますね。

もちろん、これは私が適当に作った
フェイクデータです。

これを見て
「薬指が長ければ計算力が高い」
と総括してはいけませんね。

この相関図には「年齢」という
隠れた因子が入っているわけです。

指の短い乳児や就学前児童は
計算力がないのはあたりまえですね。

このように、データ分析において、
相関があることを、因果関係があると
捉えてしまうことの危険性を
指導者は注意していく必要がありますね。


【平均値と分散を求めるのが基本】

いやあ、もうこうなると、矢も楯もなく、
全体のデータが知りたくてたまりません。

そういうわけで、
47都道府県の睡眠時間のデータを、
総務省のホームページから
ピックアップしてみました。

すると、今年は、1位が秋田県で482分、
最下位は神奈川県の451分、
全国平均は465.9分で、
分散が47.7(標準偏差6.9)でした。

全体の分布を眺めると、
上位と下位のいくつかの都道府県は
平均からの差がやや大きいのですが、
その他の約35都道府県は、
平均値±σ(6.9分)の範囲に
集まっていることがわかります。

つまり、上位下位の3~5県を除けば、
ほぼ団子状態で、有意な差がない
ということが言えることがわかります。

このように、まずは平均と分散を調べて、
データ分析を行うことが
基本ではないかと思います。

講演では、かつてPISAに出された
次の問題を扱いました。

pisa2006-02.png

1998年の盗難事件数が508件、
1999年の盗難事件数が516件であるとき、
盗難件数が激増したといえるかどうか
考察せよという問題です。

これは、「足切りグラフ」になっているので、
ビジュアル的に差が強調されています。

しかし、きちんと基準を0にとって
棒グラフにすると、図のようになりますね。

pisa2006-01.png

図の描かれ方で印象が大きく変わります。
だから、図やグラフの傾向だけで
判断するのは危険ですね。

そこで、数学的な検証が登場するわけです。

2年間の全事件数1024件を
1998と1999にランダムに振り分ける
というモデルで考えてみましょう。

すると、平均値が512で、
どちらか一方に振り分ける試行による事象は
n=1024、p=1/2の二項分布に従うので、
分散はnp(1-p)=1024×1/2×1/2=256
つまり標準偏差は√256=16となりますね。

すると、512±16が標準偏差内なので、
与えられたデータは特に、「激増があった」
とは言えないことがわかるわけです。

【箱ひげ図の問題】

最後に、箱ひげ図の問題について
問題提起しておきたいと思います。

私が今抱いている
箱ひげ図に対する疑問点を
以下のスライドでまとめておきます。

tibahakohige-01.png

今回の問題は、データの個数が47個で、
4で割ると3余る数なので、
中央値、第一四分位数、第三四分位数の
データが確定する形ですが、
もし、これが48個になると、
第一四分位数は12番目と13番目の変量の
相加平均をとるというのが文科省ルール。

しかし、エクセルのパーセンタイル関数では、
12番目と13番目の値を1:3に
重みをつけた値を返します。

これによって、いつでも第nm分位数が
一つの方法で確定されるわけです。

つまり、教科書で学ぶ手法は、
実社会では使われないものに
なっているわけですね。

まあ、そもそも、箱ひげ図を使って
分析することはあまりないわけですが。

もう一つ、

次のような問題をあげておこうと思います。

tibahakohige-02.png

これは、静岡県が、「箱ひげ図」の導入に伴って
2010年から先行指導を実施した際の評価問題です。

正解は「c」となっていますが、
それでいいと思いますか。

例えば、2つのクラスの人数を15人とします。
すると、第1四分位数、中央値、第3四分位数は
データをソートしたときに、それぞれ、
4,8,12番目のデータとなりますね。

そこで、今、クラスA、クラスBの
データを次のようにしてみましょう。

tibahakohige-03.png

このデータでは、確かに「評価問題」にあるような
箱ひげ図ができます。
しかし、クラスAは60点以上の人数は
11人(約73%)であり、
クラスBの60点以上の人数は8人(約53%)です。

箱ひげ図とは、5つの代表値で
分布を表現したものに過ぎないので(5数要約)、
このような例はいくらでも
作ることができてしまいます。

以上で、批判的な分析について
終わりにしたいと思います。

最後に、講演で示した
「批判的な分析とは何か」
「問題演習の指導を行うための8つのポイント」
のスライドを以下にあげておき、
このシリーズを終わりにしたいと思います。

tibahihanteki-01.png

tibamondaiensyu-01.png

長きにわたり
お付き合いいただきありがとうございました。


 

「授業改革先取りセミナー その③」

前回は、データ分析の
モデル問題を紹介しました。

ごらんになってどんなことを感じましたか。

では、私の所感を以下に記したいと思います。

まず、この問題のストーリーを
おおざっぱにまとめると、
次の図のようになります。

data17-07.png

この図をもとにしながら、
問題を振り返ってみたいと思います。

最初に、作題者側に立ってまとめてみます。

まず、いえることは、
対話の流れに乗って文脈を理解する力が
必要であるということでしょう。

だからそのためには、普段の授業で、
対話型の授業を行う必要がある
ということが導かれるわけですね。

非常に安直なまとめと
いわれるかもしれませんけれど。

もっというと、このような前後の文脈を理解し、
まとめていく力は、数学に限らず
あらゆる教科で養われ、他の教科に
転移していくものであるということです。

いわば科目を横断する、
学び方の基本ともいえると思います。

であるならば、「対話型学習」は、
学校全体として推進していくべきである、
というメッセージが、
この問題に込められているのかもしれません。

まあ、これは
うがち過ぎの見解かもしれませんね。

その他、変量の特徴を見るには
代表値と散布度の両者が必要であることの
納得感を持たせること。

データ分析の単元では、
身近にある自然現象や社会現象を元に
探究型の課題研究を行う経験を積ませたいこと。

相関係数は算出法だけでなく、その意味を理解し、
イメージ化されている必要があること。

などの点がこの問題から指摘できるかと思います。

ところで、大学入試センターからは、
この問題に関して
次のようなコメントが発表されています。

■ 都道府県別の平均睡眠時間について、
 平均気温、通勤・通学時間、仕事時間に
 関するデータを用いて、多面的、批判的に
 考察する力を問うた。

■ 平均、分散、標準偏差などの統計量を
 求めるだけではなく、問題場面における
 データの分析のプロセスに沿って
 問いを設定し、データの傾向や
 変数間の関係について考察する問題とした。

■ また、見出した事柄を既習の知識と結びつけ、
 データを多面的に考察するよう工夫した。


この文章の中で
「批判的・多面的な考察」という言葉が
何度も登場します。

であれば、私は、この問題が果たして
「批判的・多面的な考察」を
行うものであったかどうかについて
「批判的・多面的」に考察してみようと思います。

私は、問題の考察とは、その問題を解いて、
今後の対策を練るということだけではなく、
問題の前提となる条件設定や
結果の分析などを批判的に行うという、
問題の構造自体を疑うという
メタな視点を持つことも
必要ではないかと思うのです。

それは、問題を解く側の
主体的な態度ともいえます。

では、次回は、この問題を批判的に
分析していきたいと思います。

実は、ここからが本番です。



 

「授業改革先取りセミナーその②」

前回から間が空いてしまいました。
今回は、大学入試センターからリリースされた
データ分析のモデル問題を示しておこうと思います。

この問題は、太郎さんと花子さんの
会話によって進行していきます。

テーマは47都道府県における
睡眠時間のランキングについての考察です。

講演では、以下のように
マンガチックなスライドで表現しました。

data17-01.png

<問1>(答②)
47都道府県全体の平均より平均気温が
低い都道府県が睡眠時間が長い
という結論を得るには下線部①では
根拠として不十分である。
その理由として最も適切なものを、
次の0~③のうちから一つ選べ。

0 表1の8つの県の平均気温の
 中央値も調べる必要があるから

① 表1の8つの県の最低気温の
 平均値も調べる必要があるから

② 表1の8つの県以外の都道府県の
 データも調べる必要があるから

③ 表1の8つの県に東北以外も含まれているが、
 それを除外していないから

data17-02.png

data17-03.png

<問2>(答②)
図1の1年間の平均気温と睡眠時間の相関係数として
最も近いものを次の0~⑤のうちから一つ選べ
0 -3.0 ①-0.8 ②-0.4 ③0.0 ④0.4 ⑤0.8

<問3>(答①③⑤)
図1~図4から読み取れる事柄として
正しいものを、次の0~⑤のうちからすべて選べ
0 1年間の平均気温が低い程睡眠時間が長い傾向
 は、東日本の方が47都道府県全体より弱い。

① 1年間の平均気温が低い程睡眠時間が長い傾
 向は、東日本の方が47都道府県全体より強い。

② 東日本では1年間の平均気温と睡眠時間の間に
 相関は殆どない

③ 1年間の平均気温が低い程睡眠時間が長い傾向は、
 西日本の方が47都道府県全体より弱い。

④1年間の平均気温が低い程睡眠時間が長い傾向は、
 西日本の方が47都道府県全体より強い。

⑤西日本では1年間の平均気温と睡眠時間の間に
 相関は殆どない。

data17-04.png

data17-05.png

data17-06.png

<問5>(答②③)
太郎さんと花子さんがこれまで行ってきた
問題解決の過程と結果から
正しいと判断できる事柄を、
次の0~⑤のうちからすべて選べ。

0 平均気温、仕事時間、通勤・通学時間のうち、
 睡眠時間と最も相関が強いのは仕事時間である。

① 東日本では、平均気温が低いほど
 通勤・通学時間が長くなる。

② 西日本では、睡眠時間は、平均気温より
 通勤・通学時間の方が、相関が強い。

③ 睡眠時間と通勤・通学時間の間には、
 東日本、西日本とも負の相関がある。

④ 睡眠時間が短い原因は平均気温が
 低いことにある。

⑤ 平均気温が低いほど通勤・通学時間が
 短くなる傾向にあり、そのために睡眠時間が長くなる。



以上です。
さて、皆さんはこの問題を見て
どんなことを考えますか。

私の考察は次回に記したいと思います。