3月14日の出来事

最近は、フェイスブックの記事が主になり、
ブログの更新が途絶えておりました。

少し前のフェイスブックの記事になりますが、
3月14日の一連の出来事を
ブログにも記しておきたいと思います。

この日の朝、校長室に、
翌日からアメリカのオクラホマ州に向かう
1年生の小田島さんが
担任の先生と一緒に挨拶にきてくれました。

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小田島さんは、国際ロータリー事業の
短期海外研修生に選ばれ、
15日から28日までオクラホマに滞在します。

思う存分楽しんで、見聞を広げてくださいね。

この日は3月14日、円周率の日、
じゃなかった、ホワイトデイ。

お餞別がわりに、オリジナルチョコを1個プレゼント。

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お昼には花巻ロータリークラブの第3036回例会に出席し、
15分ほどスピーチをいたしました。

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その後、速攻で学校に戻り、卒業式を行いました。

卒業式当日が入学試験と重なったために
出席できなかった生徒が1人だけおりました。

その生徒のために3学年会が企画した卒業式です。

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Mさん、卒業おめでとうございます。
振り返ると、今年の3年生の活躍は
目覚ましいものがありました。

部活動では多くの成果がありましたが、
私は、その結果だけでなく、皆の、
日々頑張るプロセスを評価したいと思います。

特に、Mさんは野球部のマネージャーとして、
献身的に活動されたと聞いております。

希望郷いわて国体では、
野球競技の開会式で始球式を行われましたね。
大所帯の本校野球部唯一の女子として
活躍されている姿が、多くの関係者の心を動かし、
抜擢されたのでしょう。

そんな、Mさんの、選手をサポートしてきた経験は
きっと、今後の進路に
役立っていくことになると思います

(以上式辞より抜粋)。

企画、準備をしてくれた3学年の先生方、
そして、彼女の卒業をお祝いしてくれた多くの先生方、
ご隣席いただいた野球部コーチの伊藤さん

ありがとうございました。


さて、家に帰って、ホワイトデーの準備。

この日のために仕入れた必殺のお菓子です。

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私が、昨年大野で出会った、
オリーブオイルソムリエ、野菜ソムリエの美しき妖精、
かおりんこと 布施香さん。

身近な食と健康から、地域復興、
そして世界平和まで見据えて行動されている、
それは素敵な方です。

そんな、かおりんの経営する
フェアリーチェからの超限定品をゲットしました。

一番感謝しているカミさんに渡しました。

とても喜んでくれました。

よしっ。

 

「承認欲求という難敵」

私は今、株式会社惣兵衛の代表取締役で、
Sobe’s Cafeのオーナーでもある、
畠山さゆりさんのプログラムモニターとして
お世話になっております。

第一クールでは体重や体形の
顕著な変化が得られました。

今、第二クール。

具体的な内容はモニターなので詳しく明かせませんが、
「うまくいきそうでいかない理由」で有名な
佐藤由美子さんと畠山さんは連携をとられていて、
佐藤さんの「10秒ワーク」の手法なども
取り入れておられます。

そのプログラムの中で、
いろいろな形でフィードバックをいただきながら、
私は多くの気づきや学びを得ています。

「さゆりメソッド」は非常に奥深く、
私は特に、学校教育に取り入れたい
エッセンスが豊富であることに惹かれています。

私は、このプログラムに取り組むことで、
今後の学校改革や教員研修の場などに
活用していきたいという思いがあります。

では、そんな中で生じた、
最近の気づきについて記したいと思います。


私は、毎朝ジョギングをしていますが、
走りながら考え事をしていると、
パッとしたヒラメキ(さゆり語によるとパカチョという)
がしばしば生まれます。

ま、後で冷静に振り返ると
たいしたことなかったりするのですが。

さて、先日雪の中決行した朝ジョグで
「承認欲求」のことをずっと考えていました。

すると、閃きがありました。

パカチョきた~!


それは、悩み事、不安、依存、怒り、
果てはアクティブラーニングや
カリキュラムマネジメントまで、
森羅万象あらゆるものが、
「承認欲求」というタームで
説明・分析できるのではないかということです。

例えば、不安やイライラについて考えてみます。

私はわりと心配性なところがあり、
人に迷惑をかけたのではとか、
自分を不快に思っているのではないかなど、
過剰に不安になることがあります。

だいぶ昔のことですが、私がある方に、
お世話になったお礼にと、ある物を制作し
贈ったことがあります。

ところが、その後、
返信がしばらくなく不安になりました。

最初は「ちゃんと届いたのか」
「住所は間違っていなかったか」
などの思いだったのですが、

その後、
「もしかしたら、贈られて不快に思ったのではないか」
などと自分を責める方向に妄想が膨らんでいきます。

更に「早く気持ちを落ち着けたい」という焦りから、
メールを頻繁にチェックし、
そして、メールが来ていないとわかると
とたんに力が抜け
「ストーカーと受け取られたのではないか」
などとまたあらぬ妄想が始まります。

このような自意識過剰・自分劇場型メンタリティは、
恐らくその人から「嫌われたくない」
「よく思われたい」「認めて欲しい」
という承認欲求によって生み出されていると思うのです。

そして、そのイライラが次のイライライライラを生み出し、
そのイライライライラが次のイライライライライライラ
を生み出す、いわば、自家発電的にイライラが増幅され、
再生産されるという、
負のサイクルに陥ってしまっているのですね。

更に、この葛藤が近視眼的に進むと、
「自分の正当性を探し出す(言い訳)」
「逆に相手を誹謗する(攻撃)」という危険な方向に
思考が働いていくのかもしれません。

ちなみに、その方からは、後日ちゃんとお返事がありました。
そして、私の一人よがりの顛末を正直に話す中で、
そんな自分の心の在り様を書き換えるための
ご指導までしていただきました。

その方は私が尊敬するメンターで、
今でも様々な学びをいただいております。

さて、話を戻します。

では、このような不安のサイクルから
脱するにはどうすればよいか。

アドラー的な言い方をすると

「他者の評価を気にかけない。
他から嫌われることを怖れない。
承認されないかもしれないというコストを支払わないかぎり、
自らの自由な生き方を貫くことはできない。」

という思いを持って行動することなのかもしれません。

でも、それが簡単にできれば苦労はしませんね。

わたしは、朝ジョグしながら、3つの事を考えていました。

【その1 自分を俯瞰する】

自分の顔を鏡に近づけて見るほどに、
自分の全体像が見えなくなります。

むしろ毛穴や皺などの醜い部分にばかり
意識がフォーカスされてしまいます。

すると自己嫌悪のネガティブサイクルが始まるのです。

自分を見るには、鏡から距離を置いて
我が身を俯瞰すべきですね。

つまり、欲求過剰になって妄想をいだいている
自分に気づいてくれる、
「もう一人の冷静な自分」を心に棲ませておくことが
必要なのではないかと思います。

そうやって、承認欲求を、
自己のアンダーコントロールに置いておくのです。

【その2 「他者の鏡」の存在】

でも一人で、自分を俯瞰するのは
なかなか難しいですね。

そこで、冷静に自分を評価してくれる
他者の存在がとても大きいのではないでしょうか。

よい仲間に恵まれ、よい人間関係があれば、
承認欲求のマグマを沈めてくれるかもしれません。

【その3 リスペクトする人をつくる】

承認欲求は、他者との相対化によって引き起こされます。

例えば、自分を卑下するとか、優越感にひたるとかは、
他者と引き比べることによって起きます。

そのように自分の評判を
他者との比較で決めてしまうことをやめて、
そのかわりに、
「ああこの人にはかなわない」
ということを素直に受け入れ、
その人に惚れ込んだり、リスペクトできる人間を見つけ、
その人のファンになること。

それも承認欲求のサイクルからフリーになる
一つの手かもしれません。

私は結構この傾向があります。


まあ、その2とその3によって、
その1に到達することが一つの目標かなと思います。

つまり自分の中に眠っていた一つの真理を、
他者の適切な支援によって見つけることで
自分のマインドセットが変わってゆくというイメージです。

心理学者でも、カウンセラーでもない
私の駄文ではありますが、

でも、頭に今ぐるぐる思いが巡っている内に、
もうちょっと承認欲求について、
思いつくままに少し書き記しておきます。

<フェイスブックの「いいね」>

正直「いいね」がいっぱいくると嬉しいですよね。

なぜなら、自分に賛同してくれる人がこんなにもいること、
つまり承認欲求が一時的に満たされるからです。

でも「いいね」欲しさに記事を書いたり、
「いいね」が少ないと不安がかきたてられたり、
「なぜあの人は最近いいねをくれなくなったんだろう」と、
あらぬ妄想にエスカレートしたりとか、
そういう倒錯がおきないように
気をつけなければいけません。

「いいね」はされるより、する側にまわる方が
健康ではないかと私は思っています。

そういう意味で、フェイスブックの「いいね」は
まさに承認欲求の水源地なのかもしれません。

PCゲームと承認欲求

PCのゲーム(ソリティアなど一人遊び系)を
何気なくやってしまう背景には、
承認欲求があるのではないかと思いました。

昔は、ゲームを、
「トライ&エラーを繰り返し、成功体験を積む訓練」
などとポジティブに考えたこともありました。

でもこれって、自分がのめり込むことの言い訳ですね。

今はそれより、PCゲームは、それをクリアすることで、
承認欲求を安直に満たそうとするもの、と考えています。

つまり、「パソコン君」に
安直に承認してもらうということ。

これが高じると欲求過剰や、
インスタントに他者に承認を求める、
承認ジプシーになっちゃうのではないかと思うこの頃です。

<怒りと欲求承認>

また、自分が他者に向ける「怒り」についても
「不安」と同様のことが言えると思います。

ある人の理不尽な行為、言動に対し、
それを他者に説明し共感を求めることなどは、
自分の正当性を担保しようとする、
ある種の承認欲求ではないかと思われます。

また、なぜ彼はこんなことをするのかと、
怒りが怒りを生み出す自家発電モードになるのも
承認欲求といえるかもしれません。

なぜなら、その時、心の奥底には、
「改心して欲しい」「こうあるべき」
「本当はわかり合いたい」などの
過剰な期待や要求が潜んでいて、
それがかなわないから自分劇場の
「怒り」のサイクルに陥ると思うからなのです。

<足し算ではなく引き算で>

承認欲求とは、今の心の欠乏を満たそうと、
そこに何かを埋めること、
貪欲に何かを求めることではありません。

そうすると、ネガティブサイクルに陥るのです。
そうではなく、心の中によどんでいる
負の細胞を浄化させること、
取り除くことではないかと思うのです。

つまり、必要なのは、足し算ではなく
引き算の心持ちではないかと思うのです。

長文お付き合いいただきありがとうございました。


 

「カイロス的時間感覚で自分へのメッセージ」

生徒会誌「桜雲」が発行されました。

桜雲2017-01

今回のテーマは「飛躍」(Fly to the Future)。

いやあ、とっても素晴らしいです。
作成した人自身が楽しんでいることが
伝わる内容です。

よい本ができるためにはそれが一番ですね。

知らないうちに私のイラストが使われていました!

桜雲2017-02

桜雲2017-03

ところで、殆どの生徒会誌は、
最後に生徒一人一人の
一言メッセージが書かれています。

もちろん「桜雲」もそうなのですが、
でも「桜雲」の場合は、
ただの自由記述ではなく、
テーマが設定されています。

今回は全体テーマ「飛躍」にあわせて

「『高校卒業後、新生活に向けて
飛躍しようとしているあなた自身』
に向けたメッセージ」


となっています。

例えばこんな記述があります。

「拝啓 未来の私。
明日に向かって生きていますか?
愛に向かって生きていますか?」

「今の私より、充実した大学生活を
おくれていますか。
大好きな憧れの方たちに近づいていますか」


などなど。

さてさて、そんな生徒達の、
未来の自分への一言を
楽しく読んでいて感じたことがあったので、
それをちょっと書いてみたいと思います。

3月のこの時期は、卒業式にあわせて、
生徒会誌だけでなく、
たくさんの会誌や会報が出されます。

本校でも、PTA会報、同窓会報、図書館だより、
学校新聞等々次々発行されています。

これらに書かれている
多くの文章に共通する点は、

「未来のあなた」「未来の自分」

へのメッセージであることです。

つまり、その原稿を書いた時点の思いを、
それを読む未来の誰か(自分も含めて)に向けて
発信しているわけです。

そして、時を経て、その未来が現在になり、
そのメッセージを読み返すことで、
それは、過去の誰かから現在の
誰かへ向けたメッセージとなるわけですね。

つまり、メッセージのベクトルは、
現在→未来、過去→現在という、
過去から現在を経て未来に向かうという
一定方向に向かっています。

それは、我々が常識として疑うことなく
身につけている「クロノス的時間」の
概念に則っています。

普通は、そのベクトルに逆行した
メッセージはあまり行いませんよね。

例えば、

過去の自分に今の自分がメッセージする、
未来の自分から現在の自分に
メッセージがおくられる、なんてことは。

だって、過去の自分に
今の自分がメッセージしたとしても、
過去を変えることはできないし、

未来の自分からメッセージが来るなんて
SFのようなことはありえない、と。

でも、我々は、「クロノス的」時間だけではなく
「カイロス的時間」という
もう一つの時間感覚を持っています。

それは人間の意識が生み出す内的な時間です。

映画を観たり、小説を読んだりするとき、
頭に流れている時間感覚は
「カイロス的」時間ではないでしょうか。

カイロス的時間はその速度も方向も
一定ではありません。

過去・現在・未来が同時に存在したり、
未来から過去に逆行することもあります。

実は私は今、そんなカイロス的時間感覚に立って、
過去の自分へ今の自分がメッセージをおくる
という実践をしています。

私が最近行っている数学の出前授業でも
授業の振り返りとして
過去の自分にメッセージをおくるという
リフレクションシートを使っています。

例えば、昨年末に沖縄で行った
数学の授業での振返りシートはこんなカンジです。


リフレクションシート01


佐藤由美子さんという方の
「うまくいきそうでいかない理由」という本に、
「過去へのメッセージ」についての話がかかれています。

実は、現在私は、畠山さゆり先生という方に
体質改善のご指導をいただいているのですが、
さゆり先生のプログラムに、
佐藤由美子さんの「過去へのメッセージ」の手法が
取り入れられています。

お二人は懇意にされていて、
もちろん、さゆり先生のプログラムにこの手法を
取り入れることは了解済です。

その具体的な内容は、モニターなので
詳しくはあかせませんが、
学校教育にもとりいれらるヒントがたくさん潜んでいる
奥深いテーマであることを感じています。

私が現在感じているのは、個人だけではなく
組織のマネジメントにも
この手法が使えるのではないかということです。

今本校は「花高活性化プロジェクト」という
カリキュラムマネジメントを
全職員で行っていますが、
学校経営を考えるときに必要なのは
このような視点でないかと、
畠山さゆり先生の言葉や、
佐藤さんの本を読んで、膝を打ったのです。

現在の学校の姿は、
これまでのあらゆることを含めての
「過去からの贈り物」であるという視点に立つこと。

そして、現状の課題や、
環境に引きずられるのではなく、
理想の未来をイメージして、
その前提となる現在をどう生きるかを
前向きに考えることが求められるのではないか。

そのように感度を磨くことで、
環境の見え方が変わってくるのではないか。

うーん。言語化難しいっす。

でも、大切なことは、
底流をなすのは
ポジティブマインドではないかなあと思うのです。


 

なんちゃってトライアスロン

最近、休日にトライアスロンをやっています。

なんちゃって。

実際は、ふれあいランド岩手に行って、

アスレチックサイクルを30分
⇒トレッドミルでランニング30分
⇒プール25m10往復(ただし歩きで)
⇒ラフランス温泉入浴、

という流れ。

2時間ちょっとで完結するメニューです。

身体と心の毒を出すのに最適。
そして、考え事をまとめるにも。

このあいだの日曜日、
走りながら、ずっと考えたこと。

そして心に決めたこと。

それは


「今日は餃子と蒸し野菜を作ろう」

ははは。

餃子は焼き餃子と水餃子で、
蒸し野菜は、今回は豆もやしをベースに、
雪うるい、アスパラ、エノキ、
エリンギを入れてみました。

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蒸し野菜

オリーブオイルと塩でいただきましたが、
伊藤農園からいただいた
南蛮味噌でやってみたら、また格別でした。

 

「いわて国体と生徒総会のアナロジー」

今日は生徒総会が行われました。

冒頭に挨拶をしました。

この生徒総会後に、新応援団による
応援歌練習も控えていたため、
協力体制を呼びかける、多少説教臭い
話しになってしまったかもしれません。

以下に、私の挨拶を記しておきます。



今年度行われた
希望郷いわて国体・いわて大会は
大成功に終わりました。

大会の成功のために、岩手県知事を長とした
国体を推進する組織が作られ、
その方々が汗水流して頑張った結果ですね。

しかし、そういった組織の人たちと
選ばれた選手だけで
成功が生まれたわけではありません。

もし、希望郷いわて国体が、
天皇杯皇后杯の得点という結果のみにこだわり、
それを追い求めるためだけに行うのであれば、
それは、組織のメンバーや、
選手と強化を推進する各種目の
スタッフだけの問題として
片付けられるかもしれません。

しかし、国体の成功とは、結果だけではなく、
プロセスの成果にこそあると私は思います。

多くの県民が、
心から他県の選手のおもてなしを行い、
小中高生たちが応援隊を作って選手に声援を送る。
花を植えて美化に努め、岩手をアピールする。

開閉会式では、歌や踊りなど、
様々な活動をしている人たちにスポットが当てられ、
会を盛り上げる、等々、
選手ではない人たちの努力や汗によって、成功したのです。

つまり、国体の成功を支えたのは、
運営する組織に対して、
その近くにいて彼らを支援する人々や、
協力を惜しまなかった一人一人の県民なのです。

生徒会活動もそうではないでしょうか。

生徒会や応援団も、
組織のコアになる存在が必要です。

しかし、彼らのリーダーシップや、
カリスマ性だけで
活動が活性化するわけではありません。

それほど甘くはないのです。

大切なのは、組織の近傍にいる人たちの
エンパワーメント、支援の輪なんです。

組織の活性化や成功を阻むのは、
一生懸命やろうとする人の足を引っ張る
他者の存在だと思うでしょ。

でも私は、そうは思わない。

むしろ、そういう対立や批判をする勢力によって、
組織はそれを乗り越えようとするためにより強くなり、
自らをバージョンアップしていくからです。

生徒会活動の活性化を阻むのは、
ものを言わず、何も協力しない、
そして、それに対して何も感じないという
「自分だけよければ精神」を持つ人間、
あるいはそんな集団の存在です。

これからの時代に大切なことは、他者を支援し、
頑張る人たちを尖らせる周囲のパワーです。

例えば、生徒会行事に皆で協力しようぜと
立ち上がる仲間の存在、
応援歌や校歌を声高らかに歌う学校文化。
これが、皆さんの高校生活を充実させ、
やる気を持続させてくれる
大きなパワーになるのです。

私はそれを学校における「グリット」と呼んでいます。

だから、皆さん全員の力を貸してください。
生徒会、応援団を大いに盛り上げてください。

馬鹿になってがむしゃら頑張る、
自分はそんなタチじゃないと思ったら、
周囲にいるそんな人を応援してください。

そうすればきっと素敵な高校生活を送れると思います。

皆さんの協力をお願いします。



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