FC2ブログ

「生徒の感想から勇気をもらう」

9月に行われた前期末の
「社会と情報」の期末テストに、
これまで受けた授業で
印象に残っていることや、
授業についての感想を記述する
問題がありました。

情報のテスト問題は、
かなりボリュームがあったのですが、
それでも、生徒たちは
たくさんのメッセージを書いてくれました。

それを見ると、
特に、ディスカッションが楽しく、
印象に残ったという意見が多く、
とても驚きました。

私は彼らのコメントを読んで、
やはりこのような対話的な授業に
取り組んできて良かったなあと思い
彼らから勇気をもらいました。

以下に、あるクラスから出された感想から
抜粋して記しておきたいと思います。




一番印象に残っている授業は、
この先コンピュータなどが進化していく上での
メリットやデメリットについて話し合い、
他の人の意見などを聞いた授業です。
皆、いろいろな捉え方で考えていて、
そういう考え方もあるのかと感心したり、
自分では思いつかなかったけれど
確かにその通りだなと
共感できる意見がたくさんあったからです。
やはり、進化した上での応用の仕方によっては、
人間の仕事を奪い、人間の生きがい
を奪いかねないので、
そこを十分注意したうえで
応用していってもいいように思います。
また、このような意見交流をしたいです。

私は情報の授業を
いつも楽しみに待っている。
私が何よりも楽しみにしているのは
ディスカッションの時間だ。
情報のことについての関心を深めながら、
クラスとの親睦も深められるという
素晴らしい時間だと思う。
これからもディスカッションを
楽しみに待っているのでぜ
ひやっていただきたいです。

私は、パソコンを使ったことが授業でしかなく、
情報の授業についていけるか心配だったのですが、
情報という授業で扱うのは、
パソコンの使い方だけではなく、
メディアとは何なのか、著作権とは、
などの勉強ができ、これから社会に出ていく上で
活かせそうな知識を学ぶことができてよかったです。
下町先生の授業では、
「これってどう思う?」をみんなで共有して
楽しんで授業を受けることができたので、
それをまたやって欲しいなと思いました。

情報の授業は面白くて楽しいのです。
特に好きなのは、ディスカッションです。
高校に入ってから、新しい友達に
たくさん出会いましたが、
みんなそれぞれ違う意見を持っているし、
考え方も人それぞれであることを、
情報のディスカッションの時間で
知ることができてとても楽しかったです。
私自身も、意見をみんなに発表して
共有し合うことが好きなので、
真剣に取り組むことができました。
また新しいディスカッションをやりたいです。

情報の授業で印象に残っているのは
ディスカッション。
友達や先生の意見を積極的に聞くことができたし、
自分の考えを他の人の意見と比べたり、
新たな考えを取り入れたりすることで、
自分の考え方に変化があり
より良い意見を持つことが
できたのではないかと思いました。
便利になることの良いところと悪いところを
テーマにしたディスカッションが
一番印象に残っているのですが、
今までざっくりした意見だったものに、
具体的な根拠を加え、
そこから発展させていくということが
とても楽しく感じました。
そして、そこから他人と考えを比べ、
その考えについて考えることも
とても楽しかったです。

情報の授業では、
先生が結構深い話をしてくれることがある。
そのたびに私は色々なことに
気づくことができるし、
それについて考えさせられる。
また、他の人の意見を聞くことで、
様々な考え方があることに気づき、
自分の世界が広がる。
例えば「快適=幸せか」という授業があった。
そこにも様々な意見があった。
快適になることで良くないこともある、
とか、快適すぎると自分の世界がせばまる、とか。
私はそもそも幸せが何かわからない。
様々な意見を聞くうちに、
そういう考えがあるんだと考えさせられたが、
その上で私の意見として、
幸せは幸せという言葉でしか表せない。
幸せに理由なんてないと思う。
なので、快適=幸せにはならないと思う。
この答えにたどり着いたのは
授業でディスカッションしたからだと思う。
先生の話も面白いし、
もっとディスカッションをしたい。

下町先生の授業では、
みんなでディスカッションを行ったりして
他の人の考えも知れるから
自分の視野が広がって良いと思う。
また、最後にまとめて行なう
下町先生のディスカッションのまとめは、
有名な人の言葉や、下町先生の意見を聞いて、
自分の生き方を考え直せてとてもためになる。

周りの友達と意見を伝えあい、
受け取り合うことは新鮮だし、
自分の考えが深まります。
いつもだいたい同じ意見が
揃うことが多いので、
「快適」についての話し合いのときのように、
いろいろな意見を交わすことで
新たな考えを知ることができるのだと思います。
「快適」についての話し合いは
とても印象に残っていて、
みんなの様々な角度からの話を聞き、
自分で考えていくのが面白かったです。
また、いろいろな種類の話題で
意見交換をしてみたいと思います。

授業で一番印象に残っているのは、
人によっての「幸福感」の違いをやったときです。
他の人の意見や感想などを見てみると
一人ひとり全く違う内容で、面白かったし、
やっぱり感じ方は、ひとそれぞれなんだと
改めて感じました。
人によって考え方や感じ方が違うから、
社会で生きていくうえでは、
たくさんのことを学んで、聴き取る力が
必要になってくるのではないかと思いました。

授業で、ディスカッションをするときに、
いろいろなグループに分かれて
話し合うのが楽しいです。
人それぞれの意見や考え方があって
「何でそう思うのかな」とか
「同じ考えだ」とか、
たくさん自分の考えも働いて、
とてもいいと思いました。

「人の幸せ」について
みんなと討論をしたのが
とても印象に残っています。
一人ひとり自分の考えや価値観を
しっかり持って生きているんだな
と思って感動しました。
このような、友達やいろんな人と
意見を出し合ったりする授業は
印象に残りやすい
と言えるんだろうなと思いました。

特にディスカッションのとき、
初めて意見を考えて発表して、
他者の意見の良いところを見つけて
メモしたりしました。
このことはとても大切だと思うので、
社会に自分の意見を
発信していきたいと思いました。

情報の授業では
ディスカッションするということが
楽しいと感じる。
ディスカッションは将来会社に入っても
非常に重要になってくるし、
今の段階でも意見を交流するということは
少なくないので、
現段階でも重要だといえる。
そんなディスカッションを授業の中で
取り扱ってもらっている自分は
幸せだと感じるし、自分自身、
ディスカッションが好きなので、
今後とも取り上げてもらえたら本望である。

下町先生の授業は、
個人の意見を出して終わりではなく、
たくさんの友達と意見を出し合いながら
中身の濃いものにしていけたので、
とても心に響くものがありました。
情報を学ぶうえで、この世界には
コンピュータの糸がたくさんあって、
そこにはその糸の何倍も多いワナが
仕掛けられているということに気づかされました。

ディベートをした場面が印象に残っている。
情報で得た知識を使って、
同じ講義を受けたのに、
自分と全く異なった捉え方をしている人がいて、
とても面白いと思った。
その中で、
「人間だけでなく、植物にも気を遣うべきだ」
という考えがあり、とても驚いたことを
いまでも覚えている。
本心から述べているのであれば、
全人類も見習うべきだと思った。

情報の時間では、
今日私たちが求められている、
知識、能力が直に与えられていると思います。
タイピングなどの技術だけではなく、
情報分野を通した、人としての在り方など、
より本質的なことを教えてくれようとする
下町先生の授業は毎週とても楽しみにしています。

「情報」「コンピュータ室」と聞いて
すぐ思い浮かぶのは、パソコンを使って、
いろいろな物を作ったり、ただ検索するものだ、
というものでした。
しかし、実際は、
コンピュータの良いところ、悪いところや、
コンピュータから今の社会を考えたり等、
想像していた以上に深く考えさせる授業でした。
特にペアで話し合ったり、
みんなでディスカッションをしたことが、
他の人の考えや意見を聞ける
良い経験になりました。


 

「俳優は経営者」

今日は、花巻出身の俳優、
松村龍之介さんのトークショーでした。

冒頭、松村さんはこんなことを話しました。

「自分は経営者になろうと思って
大学に進んだ。でも、考えてみると俳優は、
自分を商品としてプロデュースする
会社経営者のようなものではないか
と気づいた。しかも資本金ゼロの」

なるほどなあと思いました。

そして、最後の挨拶で
彼は力強い言葉でこう締めくくりました。

「私は、岩手の、花巻の、星になります!」

私は一瞬、
「舞台に、映画に、そして、
あらゆるメディアで大活躍している彼は
既にキラキラ星だよ!」
と思いました。

ところが、彼は、
更に続けてこういったのです。

「自分が大きな星になることこそが、
自分に愛を与えてくださる
皆さんへの一番の感謝なんです」

私はこの言葉を聞いて、ハッとしました。

そして、冒頭の彼の
「俳優は経営者」
という言葉と繋がりました。

ドラッカーはいいます。

「企業とは利潤動機を前提とする
営利組織ではない」と。

企業とは、顧客を創造し、
顧客の未来の幸福のために存在するのだ。

俳優を「企業」としたとき、その夢とは、
自分が立身出世して
エグゼクティブになることなんかじゃない。

自分を応援してくれる人の思いを背負って
共に生きること。

龍之介さんの言葉に、
私はこのような彼のメッセージを感じました。

そして彼は、最後にこう付け加えました。

「僕は絶対負けません」

私は、悲壮感さえ感じさせる
その言葉を聞いたとき、

「ああ。この世界でトップをとろうとすることは、
我々が想像を絶するほど、大変なことなんだ」

と少し切ない気持ちになりました。

でも、それに負けない気持ちで
立ち向かおうとするのは、
周囲に感謝を示そうという
強い思いがあるからなんだ。

「自分が大きな星になることは、
自分の夢であるとともに、
周囲の人々の幸せのために、
自分に与えられた使命でもあるのだ」

という決意には、
優れた「企業経営者」マインドを
垣間見ることができます。

そして、それはお母さんの
さゆりさんにも感じられることです。

私は、彼の真っ直ぐな眼差しと、
その強い覚悟に、
熱いものがこみ上げてきました。

その強い心はどこからくるのか。

その答えも、
やはり彼の口から話されていました。

「無償の愛を受けた人間は、
強く生きることができる」

彼は、見守られているものの強さを
知っているからこそ、全力で感謝し、
恩返しをしようとしているんですね。

松村龍之介。

アニメの世界から
抜け出してきたかのような
2.5次元界のアイドル。

一見、ファンタジーの世界を生きる
妖精のような存在です。

でも、本当は、並みのタレントは及ばぬ、
じっくりと大地に根ざした、
逞しい骨太の花巻人なんですね。

そんな心とカラダを作ったのは、
おばあちゃんのしんさん、
そしてお母さんのさゆりさんの
「愛」と、惣兵衛の玄米をはじめとする
「食」なんだなあとしみじみと思いました。

今日のトークショーの副題は
「おばあちゃんのおにぎり」。

最後は、総合司会の瀬川こうこさんから、
おばあちゃんが書いた詩
「大きな手」の朗読で締めくくられました。

このとき私は、おばあちゃんへの思いを語る
龍之介さんに対して、
おばあちゃんが、言葉をかけるために
天国からやってきたように感じました。

恐らく会場にいるみんなも。


「世界にはばたけ!『のすけ』!」

nosuke01.jpg



 

私の「選択理論心理学」のイメージ④(最終)

先日、日本選択理論心理士の
齋藤みずほさんが主催する、
選択理論の概要を学ぶ
セミナーに参加しました。

まるで幸せ量子が部屋中を
飛び交っているような、
優しくアットホームな雰囲気の
セミナーでした。

みずほさんは、理論の説明と同時に、
ぺアでの対話や、グループディスカッション、
ロールプレイなどを適宜配置して、
理論がどのように活用されるかを
展望しながら進められました。

よく私たちは
「理論と実践」「研究と活用」
などという言葉を使います。

その際、理論を学んでから実践する、
とか、
まず研究があり、然る後に活用がある、
といったように、
順序立てて時系列で捉えがちです。

例えば授業でよく見られるのは、
「意味や活用や楽しみは
ずっと先になってわかる。
だから今はそんなことを考えずに
まずガマンして基礎を学べ」

などという言葉をスローガンに、
ドリルドリルの「あぜ道」を
ひたすら歩ませるというもの。

でも私は、「理論」と「実践」は
同時並行的に、そして循環的・一体的に
学び進めていくことが
理想的な学びではないかと思っています。

そして、基礎を学ぶ中にも
活用のエッセンスを取り入れることは可能です。

みずほさんのワークショップは
まさにこれでした。

私はこのセミナーで
多くのことを学びました。
その具体的内容について、
ここで言及するわけにはいかないので、
セミナーの冒頭に話された、
「知覚のシステム」の部分について、
感じたことを、
以下に私なりに
まとめてみたいと思います。




私たちは、現実世界で、モノを見たり、
人の話しを聞いたりするわけですが、
そこで得た知覚は、
実は現実と同一のものではなく、
脳内で、ある種のフィルタを通したものを
「現実」と認知しているということです。

選択理論心理学では、このフィルタを、
感覚、知識、価値の3つにまとめています。

例えば目の錯覚のように、
感覚システムの誤作動的なもので、
見える世界が現実と変わる
ということもありますが、
それだけではなく、目の前の現実に対して、
自分の中で、ある価値を付加して、
それを現実として見てしまっている
ということもあるわけです。

例えば、無意識に、
「自分がこうありたい」と思う方向に
バイアスをかけ、
それを自分の中で「現実」であると
了解してしまうというように。

そうした「現実」と、
実際の現実の違いがきっかけとなって
ある種の行動が選択されるわけです。

私はこの話を聴いたとき、
ある数学の問題を思い出しました。

ちょっとここで脱線して、
そのことを述べたいと思います。

高校1年生の2次関数の問題で
次のようなものがあります。

mondainiji#01


変形して頂点と軸の方程式を求めておきましょう。

mondainiji#02

この2次関数は、パラメータaが変化することで
グラフが変化します。

ここで、多くの教師は、図のように、

軸が、0≦x≦2の「オビ」の左側にある場合、
軸が、「オビ」の範囲にある場合、
軸が、「オビ」の右に外れている場合、
の3通りの場合に分けて説明します。

figm01.png

figm02.png

figm03.png


つまり、軸<0のときは、
最小値は左端

0≦x≦2のときは、
最小値は頂点のy座標

2≦軸 のときは、
最小値は右端

というようになりますね。

普通は、上の3つのパターンをまとめて
下の図のように示されます。

figm04.png

ところで、この2次関数の変化の様子を
パソコンでリアルに表示させると
どうなるでしょうか。

aの値を少しずつ変化させたときの
グラフの動きを、
下の様なGIFファイルを作って
表現してみました。

nijiminmax.gif

これを見ると、軸の横の動きよりも、
グラフの上下の変化が気になってしまい、
最初に考えたような場合分けの図は
イメージしにくいように思います。

例えば、ある人は、
グラフのこのリアルな動きから、
「aが変化しても、常に原点を通る」
ということに意識が向かうかもしれません。

またある人は、
「頂点が、上に凸の放物線上を動く」
と考える人もいるかもしれません。

つまり、最初の図は、
「最小値を求める」という前提によって、
「常に定点を通る」とか
「頂点の軌跡がy=-x^2上にある」
などという「事実」を捨象して、
軸の位置と帯の関係だけにフォーカスして
表現したということです。

教師は
「自分が見たいように見たものを
生徒にも見せる」わけで、
それこそが真実だ!とばかりに
口角泡を飛ばして説明しても、
生徒の現実とマッチングしない場合、
うまく理解されない
ということもあるわけですね。

まあ、でも、数学の問題解決においては、
動的な対象に対して、
何を固定して何の動きに着目するか、
そのために、いかに余計なものを捨象して
「~を、~と見る」ということができるかが
一つのポイントのように思います。

さて、オマケとして、
もう一つ数学の話題をあげておきます。

私は大学時代、
心理学にハマったことがありました。
といっても、私がハマったのは、
計量心理学と数理心理学でした。

計量心理学では、自分の専門だった
符号理論とも関連させながら、
テスト理論とか意味論とか、
認知心理学と情報理論との
関連分野にとても興味を抱いていました。

一方、数理心理学では、
「視空間」の数理に関する話に
とても興奮したことを覚えています。

当時読んだ書籍は処分してしまったので、
詳しい内容は記憶の外ですが、
その興奮した内容とは、
人の視覚のモデルに関するものでした。

リアルの場(物理空間)で
知覚されたあるカタチは、
視空間ではどのようにカタチになっているか、

いわば物理空間がユークリッド空間のとき、
視空間は、どのような幾何が
成り立つ空間であるか
という話だったと思います。

その結論として、
視空間は、負の定曲率を持つ
リーマン空間であり、そのモデルとして、
「疑球面」が取り上げられていたのです。

ええっ疑球!(ハアハア←興奮)

疑球ってどうやって作るかわかりますか。
これが凄いんです。(ハアハアハア💦)

疑球を作るには、
まず指数関数から懸垂線(カテナリ)を得て、
その伸開線からトラクトリクス(追跡線)を作り、
その母線をx軸周りに回転させることで
得られる立体なんですね
(ハアハアハアハア💦💦💦)。

指数関数も、カテナリもトラクトリクスも、
自然界の中の力学を記述する、
とても重要な図形なのです。

それらが勢ぞろいして生まれてくる
「疑球」は、数学をやっているものにとっては
感動物語なのですね。

こんなことを書いていたら、
昔読んだ数理心理学の本を
もう一度読み直したくなりました。

うーん残念。


すみません。

数学話に脱線してしまいました。

まあ、リアルな物理空間そのものではなく、
それを我々は変換して「視空間」として
見ているという話しです。


話しを戻します。

現実と、自分がこうでありたい
と思うところの「現実」の狭間で
「うっ」となった瞬間、
ある行動が選択されるわけですが、
みずほさんは、その瞬時に選択される
行動の集合体を
「タンスの引き出しにしまわれたモノ」
と例えられました。

私たちは行動を選択する際に、
無意識に、タンスの引き出しの
一番取りやすいところに
手を出してしまいがちです。

例えば、誰かの言葉が、
自分がそうでありたいと
望むことと合致しない場合、
タンスの引き出しから、
「批判する」「責める」「文句を言う」
などといった行動を
安易に取り出してしまうかもしれません。

みずほさんは、適宜

「タンスの奥の方にあるものを
取り出して整理する」

習慣を作ることが必要であると言われます。

それは、あくまで自分を守ろうとする、
いわば自分に向かうベクトルではなく、
相手との人間関係の改善を優先するという、
相手に向かうベクトルで
行動を選択するということです。

絵に描いてみました。

行動原理


「やさぐれしもまっち」は、
自分はいつも正しい、相手は変えられる、
といったメンタリティによって
行動が生み出されています。

一方、「ハッピーしもまっち」は、
相手は変えられない、
人によって上質世界は異なる、
という内発的な動機づけによって
行動が選択されます。

これが内的コントロール心理学(選択理論)
による行動ということだと思います。

では、私たちは、
自分が「嫌だなあ」と思うような
困難な事象に遭遇した場合、
「ハッピーしもまっち」のような行動を
「身体化」するには
どうすればいいのでしょうか。

セミナーでは、様々なケースを想定した
ロールプレイ(模擬カウンセリング)
を体験することによって、
「やさぐれ」から「ハッピー」に向かっていく
「レバレッジポイント」のようなものを
実感することができたように思います。

私は、このワークをしながら、
ポジティブ心理学の研究者である
ボニウェルの
「SPARKレジリエンスプログラム」
における「7つのオウム」を
思い出していました。

そのことを最後にまとめておきたいと思います。

尚、このボニウェルの研究の話は、
みずほさんから紹介された
「実践ポジティブ心理学」(前野隆司)
という本に書かれているものです。


レジリエンスとは、
人が困難に遭遇しストレスを受けた時、
それを自然に治癒するために働く
心理的プロセスのことです。

ボニウェルはこのレジリエンス力を
高めるために
SPARKというプログラムを考案しました。

困難に出会った時の思考や行動を
次のようなSPARKのサイクルで分析します。

■S(Situation)
事実に目を向け状況を把握する。

■P(Perception)
事実を、感情を入れずに受けとめ解釈する。

■A(Auto Pilot)
解釈によって、自分の中で自動的に
どんな感情が生まれるかを把握する。

■R(Reaction)
その感情がどのような行動に
影響するかを理解する。

■K(Knowledge)
その状況から何を学んだかを理解する。

この中の、PとAがポイントです。
自分が事象をどう捉え、
どんな感情が芽生えるかのパターンとして、
心の中に飼っている、
次の絵のような
「7つの思い込みオウム」を
意識することが大切なのだそうです。

7つのおうむ


「ああ、また今度も『正義オウム』が発動されたか」

「今回は『批判オウム』を黙らせることができたぞ」

などというように、
Kの部分で振り返るわけですね。

それを繰り返す中で、
オウムを上手に飼いならす、
つまり自分の考え方に
柔軟性を持たせることができ、
レジリエンスが強化されるということですね。




選択理論心理学や、
ポジティブ心理学や、アドラー心理学も、
楽しく、ハッピーに生きる
ということに深く根差したものであって、
学問としてそれをどう理解したかというより、
そのエッセンスを自分の人生に
どう生かしていくかということが
大切なことなのかもしれない。

などと思う秋の夜長ではあります。




 

ガールスカウトとアクティブラーニング

今月の11日は国際ガールズデーでした。

これは、女の子の人権について考え、
教育とエンパワーメント推進の
契機とする日として、
2011年に国連総会の中で
決定された国際デーです。

私は、数十年来、フォスター・プラン
(現在はプラン・インターナショナルに名称変更)
というNGOに参加し、
途上国の子どもたちの支援に
微力ながら関わってきました。

プラン・インターナショナルでは、
Because I am a Girlキャンペーンや、
「女の子の早すぎる結婚防止プロジェクト」
などの、ガールズプロジェクトを
積極的に推進しています。

私は、このような活動から、
開発途上国における
女子の危機的な状況を
知ることができました。

そして、これを敷衍していけば、
女性の地位や権利、
ジェンダー平等に関する問題など、
それは途上国だけではなく
世界全体の課題に
つながっていくことがわかります。

私は、そういう中で、
「虐げられている女性を
救うために支援する」
という取組は大切だと思う一方、
もう一つ別の意見も持っています。

それは、これからの社会におけるリーダーは、
女性がよりふさわしいという視点です。

だから、女性への差別や
理不尽な行いを止めさせる、
ということを超えて、多くの女性が、
世界のためにより能力を発揮できる環境を
整えていくことが、
人類の使命ではないかと思うのです。

私は、ここ数年、
授業や学校組織の改革について、
様々なことを学び、
ささやかな発信もしてきました。

その中で、学校という枠を超えたところで
多くの素晴らしい方々と
出会うことができました。

そのことによって、
私の思いは学校改革に留まらず、
個人が幸せに生きることについて、
幸せな組織マネジメントについて等々、
たくさんの知見や哲学を
持つことができたと思います。

そして、その結果、
自分が大きく成長できたとも思っています。

人間は何歳になろうと、
学び、自分を更新し、
成長を実感できることは
この上なく嬉しいことです。

ここで、私が言いたいのは、
私の成長を促してくださった方の多くは
女性だということです。

心は出会いで出来ているLT

教育の分野において、
あるいは、幸せに生きること、
健康に生きること、
競争ではなく共創すること、
傾聴し共感すること、
などにおいては、
女性が男性より能力を発揮する傾向が
強いのではないかと私は思います。

そして社会が今、
そのような知見と価値観を持ち、
新しい生き方、働き方を創造し、
幸福を追求していこうとしています。

であるなら、まさに今は女性の視点、
女性のリーダーシップが
求められる時代ではないかと思うのです。

社会変革ファシリテーターの
ボブ・スティルガーは、
著書「未来が見えなくなったとき、
僕たちは何を語ればいいのだろう」の中で、
福島の復興支援活動に奔走する
本田紀生さんの
次のような言葉を紹介しています。

「もし男たちが
女性の感性を受容することを学んだら、
物事はもっとうまくいくでしょう。
<中略>
重要なことの一つは、
女性は男性に比べて
心的状態を容易に変えられることです。
おそらく女性は考え方を、
守るべきものや子どもの目線に
できるからでしょう」



さて、ようやく本題に入ります。

私は、そのような中で、
この度、ガールスカウト岩手県連盟から
講演の依頼をいただきました。

対象はガールスカウト活動の
指導をされている
成人会員の人たちに向けて
ということですが、
基本的にどなたでも
参加できるとのことです。

依頼をいただいたとき、
その担当(首謀者!)の清水頭さんから
ガールスカウトの活動を活性化させるために、
指導者に対して、
アクティブラーニングの視点から
話しができないかと相談されました。

私は、その話を受けた後、
ガールスカウトについて少し勉強しました。

すると、そこにアクティブラーニングとの
親和性を感じました。

例えば、ガールスカウトの目指すことの中にある、
自尊心を高めることや、
自然や人や社会への関わりを大切にすること、
そして他者をエンパワーする行動力を持つこと、
などという部分です。

そこで、今、私にできることは、
ガールスカウトの活動に携わっている方々の
思いや取組みの具体を学び、
彼女たちをリスペクトし、
その上で、これからの指導者像を
創造していくことではないかと思いました。

もしかしたら、
それがガールスカウト活動を超えて、
ジェンダー平等に関する問題に光を当て、
その解決の方途を探ることに
つながるかもしれない。

多くの女性が社会でリーダーシップを
遺憾なく発揮することへの
ささやかな一歩になるかもしれない。

そんなことを思いながら、
私は講演のアブストラクトを作りました。

今見るとちょっと堅苦しいのですが、
とりあえず、その時の思いということで、
以下に記しておきたいと思います。




知識基盤社会、高度接続社会
などと言われる今日、
太平洋戦争や産業革命時代などとは
比較にならない程の大きな社会の変化が
訪れるともいわれています。

そしてAIの進展によって実現される
「ユビキタス社会」は、
人々に効率性と利便性を与え、
新たな価値を提供してくれるかもしれません。

しかし一方、2030年には
日本の人口の三分の一が
高齢者(65歳以上)となることで、
GDPの低下、年金の大幅見直し、
人材不足、医療不足などの問題が深刻化し、
更にその10年後には
全国1800自治体の半分が
消滅危機を迎えるともいわれています。

また、世界に目を向けると、およそ10億人、
地球の人口の15%近くの人々が
最貧困層(1日1.9ドル未満の生活状態)
という状況にあります。

そのような中、21世紀に生きる
私たち大人の使命は何でしょう。

私はその一つは、夢を思い描き、
自らの手で未来を切り開く子どもたちを
育てる人づくりではないかと思います。

アクティブラーニングの本質とは、
単に学習効率を高める技法を
追求することではありません。

社会の中で主体的に学び続ける
アクティブラーナーを育てる人づくりこそが
本来の目的です。

ではそのために指導者に求められる
専門性、見識とはどのようなものでしょうか。

私は、ガールスカウトの何たるかを語るなど、
到底できる者ではありません。
ですが、尊敬する平井ふみ子先生の
ご講演を拝聴したり、
縁あって清水頭さんから
様々なご指導をいただく中で感じたことは、
私の中でガールスカウト活動の理念と
アクティブラーニングの本質とが
オーバーラップするということです。

ですから、先ほどの

「指導者に求められる専門性、見識とは
どのようなものか」

という問いのヒントは、
まさにガールスカウトが目指していることの
中にあるように思うのです。

それは、自然や仲間や社会との
「関わり合い」から自ら考え行動を起こす
という視点、

その際に仲間をエンパワーしながら
リーダーシップを発揮していくという視点、

また、他者をリスペクトしつつ、
ありのままの自分を受容する
セルフエスティームという視点、

そして、グローバルなレベルで仲間と連帯し、
地球規模の問題を解決していこう
という視点、

などであります。

このような中で、私は
「アクティブラーニングの本質と
ガールスカウト・エージェンシー」
ということを考えてみようと思いました。

ここで、エージェンシーとは、
OECDが最近提唱している概念で
「自ら考え、主体的に行動して、
責任をもって社会変革を実現していく力」
というような意味合いで捉えられています。

私は、それは「幸せな人生を生きる」
ということにも繋がることではないか
と考えています。

今回の講演では、
アクティブラーニングとガールスカウト活動の
根っ子に通底する本質にアプローチする中で、
ガールスカウト・エージェンシーを培うための
「カッコイイ指導者像」とはどのようなものかを
参加者の皆さんと意見交流しながら
楽しく考えて学びあっていければと思っています。





概要は以下の通りです。

■日時 11月11日(日)13:30~15:30
■会場 アイーナ7F(702会議室)
■参加費 無料(ただし、ガールスカウト成人会員は
 受講料1,000円とし、当日単元をさしあげる)
■演題 「かっこいい指導者像とは」

どうぞお気軽にご来場ください。




 

私の「選択理論心理学」のイメージ③  

9月23日に行った
「ハッピーマネジメント」の
ワークショップの中で、
組織のマネージャーの資質、
リーダーシップについて話をしました。

今回は、そのリーダーシップ像と
選択理論との関わりについて
少し記しておきたいと思います。

一般的に教師や親が考えている
リーダーシップ像とは
どのようなものでしょう。

例えばそれは
「人の上に立つ能力」
と言えるかもしれません。

周囲の相談にのり、人を導く。
適切な指示を出し
チームや全体をまとめる。
成果を上げるために、
重要な判断を下し、人を動かす。

等々。

学校現場で調査書や要録に
「リーダーシップがある」と記述されるのは
上記のような子どもたちです。

ですが、更に言うと、
「臆せず前に踏み出す」
「元気で積極的である」
のようなタイプのような子も
往々にしてリーダー性があると
記述されるのではないかと思います。

すると、ここで私は、
学校といういわば「閉じた世界」の中で、
教師や周囲につねに
「監視される存在」でもある
子どもたちの「リーダー性」が生み落とす
ネガティブな面も想像することができます。

「リーダーシップ」という言葉から
「ネガティブ連想ゲーム」
をやってみましょう。

「一致団結」「全員協力」「人任せ」
「頼りきり」「ヒエラルキー」「シンパ」
「反対意見封殺」「対立」

少し穿ちすぎ
と言われるかもしれませんね。

しかし、現在は、
世界の価値やモラルが、
「均質と効率性」から「差異と創造性」へ、
「一斉労働とピラミッド型組織」から、
「協調によるフラットなプロジェクト的結合」
へと推移していると言われています。

また学校教育においても、
効率性重視、行動主義型パラダイム、
知識の量がモノをいう、
偏差値による価値のランク付け、
競争主義、
夢逆算型による成功モデルの標榜、

などといった「産業主義型パラダイム」から、

高度な複合的知識、
多様な人々と協創・共生する個性、
創造的知性・社会的知性、
学習者主体の学習パラダイム、
テクノロジー・ネットコミュニティの活用、
などといった方向に価値が転換しています。

だとすれば、そのような中にあって
求められる「リーダー像」は、
従来より異なってくるのではないか
と私は思います。

例えば、あまり人前に出るタイプではなく、
これまでリーダーの素質がない
と言われてきた人物であっても、
良好な人間関係を広げ、
新しい価値を創造する
キーパーソンになっていく可能性も
高いのではないかと思います。

ワークショップの中でも
少し語ったのですが、
ここで、現在随所で語られている
新しいタイプのリーダーシップについて
以下に少しまとめておきたいと思います。

●サーバントリーダーシップ

傾聴・共感・癒しなどを大切にし、
先見力や奉仕の心を持って、
人々の成長、コミュニティづくりに
関与していく。
(ロバート・K・グリンリーフ)

●シェアードリーダーシップ

特定の一人がリーダー格になるのではなく、
各自がそれぞれの役目と責任を負い、
その能力を発揮できるよう
リーダーをわかちあう。
(ガールスカウトの理念)

●Eリーダーシップ

デジタルとビジネスについての
知識や経験をもとに
発揮されるリーダーシップ。
ネットワーク上で人を繋げ、
様々な戦略を立て仕掛けを行う。

●セキュアベース・リーダーシップ

フォロワーが心から信頼し、
安心感を与える存在であるとともに、
高い目標に向かって背中を押し、
能力を引き出してくれる存在。
(ジョージ・コーリーザー他)

ハッピーマネジメントのワークショップでは、
このような知見を参考に、
私は、新しいリーダーシップ像
(ハピネスリーダーシップ)を
次のようにまとめてみました。

〇他者の良さに気づく嗅覚が鋭く、
 他者をエンパワーする行動力がある
〇俺についてこい型のリーダーではなく、
 自ら下支えして周囲を支援する
〇未来先取りの視点と、
 社会を変革しようとする使命感に溢れ、
 そこから明確なビジョンを示し、
 人を繋いで信頼の輪を強くしている。
〇管理、上意下達という
 支配型の手法は用いず、
 相手を思いやるホスピタリティが
 行動の基本である。
〇常にアンテナが高く、他職種、
 異ジャンルとの共創によって
 新しい価値を生みだそうとしている。
〇SNS・ICTをヒューマンアプローチの
 手段として使いこなす。


私は、ワークショップの前日に
上記のようなことを
スライドにまとめながら、
ネット上でデミングのマネジメントについて
調べていました。

するとそこで、選択理論の創始者である
グラッサーの教育理念に辿りつきました。

グラッサーは、現在の教育システムでは、
Bの成績をとる生徒と、
Aの成績をとる生徒との違いは
ほんの僅かであり、
それは試験の5分前に忘れるか、
試験の5分後に忘れるかである
と述べています。

そして、ひたすら暗記を強いるような学習を
強制学習(スクーリング)と呼び、
真の教育(エデュケーション)とは、
知識の取得ではなく、
知識を使うことであると主張しています。

そんなグラッサーは、
デミングの企業経営哲学と共鳴しながら、
学校にかかわるすべての人が
「欲求」充足できる「上質」な方法や
対応の仕方をマネジメントするという、
選択理論を基盤にした
教育システムの改善を
行ってきたということがわかりました。

因みに、グラッサーのいう「上質」(クオリティ)
のキーワードは
「暖かい人間関係」
「強制のないこと」
「自己評価」
「そのときの最善であるもの」
「常に改善可能なもの」
「役立つもの」
「気分のよいもの」

というものです。

そのような「真の教育」を目指す
グラッサーのクオリティ・スクールの理念は
次のようにまとめられています。

■競争ではなく、協調することで
 最高の学習ができる。
■強制のあるボスマネジメントではなく、
 リードマネジメントの環境で生徒は成功する。
■脅したり、罰したりしないで、
 問題は話し合って解決する。
■自己評価が上質を達成する鍵である。

ここで述べられている
「ボスマネジメント」とは
外的コントロールを用いたマネジメントであり、
「リードマネジメント」とは
内的コントロール(選択理論)
を用いたマネジメント
とのことです。

ここでCrawfordのまとめを引用します。

■ボスは駆り立て、リーダーは導く。
■ボスは権威に依存し、
 リーダーは協力を頼みとする。
■ボスは「私」と言い、
 リーダーは「私たち」と言う。
■ボスは恐れを引き出し、
 リーダーは確信を育む。
■ボスはどうするかを知っているが、
 リーダーはどうするかを示す。
■ボスは恨みをつくりだし、
 リーダーは情熱を生み出す。
■ボスは責め、リーダーは誤りを正す。
■ボスは仕事を単調なものにし、
 リーダーは仕事を興味深くする。


■ボスマネジャーは
 生徒を動機づけることに心を配り、
 リードマネジャーは、
 動機づけの障害を取り除く。
■ボスマネジャーは誰が悪かったかを探し、
 リードマネジャーは何が悪かったかを探す。
■ボスマネジャーは欠陥の責任を取らせ、
 リードマネジャーは欠陥を防ぐ方法を調べる。
■ボスマネジャーは生産性に
 全員の注目を向けさせ、
 リードマネジャーは
 「上質」に全員の注目を向けさせる。
■ボスマネジャーは個人の達成を強調し、
 それに報奨を与え、
 リードマネジャーはグループの達成を強調し、
 その達成を認める。
■ボスマネジャーは
 「勉強しなさい」と指示を与え、
 リードマネジャーは「勉強をしやすくなる」
 方法を確立する。


先ほど、「リーダーシップ」という言葉から
ネガティブ連想ゲームをやってみましたが、
従来のリーダーに内在する「ボス性」を
意識していたのだということに気づかされます。

すると、更に上の文脈を踏まえると、
「駆り立てる」「権威への依存」
「責める」「恨みを生み出す」「思考停止」
なども加わってくるかもしれません。

私は、「ハッピーマネジメントWS」の最後に、
「マネジメント持続可能第一基本定理」(笑)
というものを提示しました。

それは、

「本当に大切なことを、本当に大切なことにする」

というものです。
これに付随して、

■本当に大切なこととは何かを皆で共有する
■本当に大切なことは「あなた」ではなく
  「あなた」を含めた「世界」を幸せにする
■本当に大切なことは、時空を越えてつながりだす
■本当に大切なことは神棚に飾って
 眺めるものではない
■本当に大切なことは、他の領域と垣根を超えて
 共有し合う中で価値が高まる
■本当に大切なことは、
 校訓や建学の精神の中に潜んでいる

という言葉も添えました。

「本当に大切なこと」とは何であるか。

それはグラッサーのいう
「上質」にあたるのかもしれないと
私は思いました。

その「上質」は個々それぞれ
異なっているでしょう。
また時が経てば、
あるいは他者との対話の中で
変化していくこともあるでしょう。

そのようなそれぞれが抱く「上質」を、
すり合わせ、共有し、
学校の目指すカタチにしていくことが、
ハッピーマネジメントによる学校経営の
スタートでありゴールなのかもしれない
と思いました。